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2021年2月24日 (水)

クリスティン・デュボワ「大豆と人間の歴史 満州帝国・マーガリン・熱帯雨林破壊から遺伝子組み換えまで」築地書館 和田佐規子訳

(大豆の)ほとんどの加工と販売は国際的企業の四社が牛耳っている。アーチャー・ダニエルズ・ミッドランド(ADM)、ブンゲ、カーギル、ルイ=ドレフュス
  ――第5章 家畜を肥やす肥料となって

政府が(バイオディーゼルに)経済的な支援をするのは主に次の三つの理由からだ。まず農作物のさらなる市場を作ることで農家を支援するため、輸入燃料への依存を軽減するため、そして、大気汚染の緩和だ。
  ――第10章 試練の油 大豆バイオディーゼル

【どんな本?】

 味噌に醤油、豆腐に納豆。暑い日のビールには枝豆が欠かせないし、甘党は黒蜜ときなこの誘惑に勝てない。そして味噌ラーメンにはタップリもやしを盛ってほしい。日本の食卓には大豆が溢れている。

 日本では「畑の肉」とも呼ばれ親しまれる大豆だが、実は世界情勢に大きな影響を与えている。大日本帝国の満州進出を促し、アメリカの戦略作物となり、鶏や豚の飼料として世界中の貧しい者のたんぱく質摂取を支える反面、南米では森林を破壊し、政権の転覆まで引き起こした。男の精子を減らすという噂もあれば、女の乳がんを防ぐとも言われている。なおアメリカ産大豆の90%以上は遺伝子組み換えだ。

 そんな大豆は、いつ、どこで栽培が始まったのか。豆腐や納豆のほかに、世界ではどんな大豆食品があるのか。大豆と戦争に何の関係があるのか。現代の国際貿易で、大豆はどのように扱われているのか。遺伝子組み換え大豆は安全なのか。

 ジョンズ・ホプキンス大学大豆プロジェクト研究部長を務めた著者が、私たちの食卓を彩る大豆の持つ様々な姿を、歴史・生産・流通・加工・消費・貿易・政治・経済・栄養など多様な視点で描く、一般向けの解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Story of Soy, by Christine M. Du Bois, 2018。日本語版は2019年10月31日初版発行。単行本ハードカバー縦一段組み本文約329頁に加え、訳者あとがき5頁。9ポイント52字×20行×329頁=約342,160字、400字詰め原稿用紙で約856枚。文庫なら厚い一冊か薄い上下巻ぐらいの文字量。

 文章は比較的にこなれていて読みやすい。内容もわかりやすさに気を配り、なるべく専門用語を使わないなど工夫をしている。その分、遺伝子組み換えの科学・技術的な説明は、やや物足りなく感じた。

【構成は?】

 各章はほぼ独立しているので、美味しそうな所だけをつまみ食いしてもいい。また、「序章 隠された宝」が見事に全体をまとめているので、試食にはちょうどいいだろう。

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  • 序章 隠された宝
    大豆と戦争/大豆たんぱく質が家畜を太らせる/巨大化する大豆貿易/大豆と根粒菌の共生関係/マーガリンを作る/南米と大豆/さまざまな工業製品への利用
  • 第1章 アジアのルーツ
    大豆栽培の始まり/食用に加工され始める/豆腐の誕生/フビライ・ハンがインドネシアに豆腐製造を伝える/大豆を発酵させるアジアッ人/相異にあふれるアジアの大豆食品
  • 第2章 ヨーロッパの探検家と実験
    大航海時代にヨーロッパにもたらされる/ヨーロッパで花開く大豆研究/高まる大豆への関心/第一次世界大戦後に始まった新しい利用方法
  • 第3章 生まれたばかりの国と古代の豆
    新大陸と大豆栽培/いかにしてアメリカに大豆食品を根づかせるか/栄養失調の子どもたちに豆乳を/産業・医療への利用 大豆に価値を見いだす/フォード社と大豆
  • 第4章 大豆と戦争
    兵士の食べ物/太刀素は大豆の重要性に気づいていた/満州に目をつけた日本/捕虜の栄養源となる/食糧難のソビエトで渇望された大豆食品/戦時下のイギリスで健康改善に貢献した大豆/戦争に勝つためにはもっと大豆を/戦後のアメリカでは、食用から飼料へ変身する/醤油と豆腐の製造方法が変わった戦後の日本/戦争と結びつけられた大豆
  • 第5章 家畜を肥やす肥料となって
    エジプトから始まった鳥インフルエンザ/鳥の血のソーセージ/飼料大豆の普及/骨付き鶏肉が日本にやってきた/スペインでのオリーブオイルvs大豆油/世界征服をねらうアメリカ産大豆/大豆で大量生産される鶏肉/劣悪な環境で飼育される豚たち/安い肉が引き起こす問題/消費者の健康と大量生産された肉/森林を破壊する飼料大豆/大量の排泄物が引き起こす問題
  • 第6章 大豆、南米を席巻する
    二つの生き方 ブラジル先住民と大農場主/カタクチイワシ不漁に始まる日本のブラジル進出/二人の大豆王/劣悪な環境に置かれた労働者/アマゾンの森林とブラジル農業/アルゼンチンでの闘い/アルゼンチンが大豆かす輸出第一位へ躍り出る/抗議運動/パラグアイでの大豆栽培を巡る緊張/「大豆連合共和国」
  • 第7章 大豆が作る世界の景色
    法的に疑わしいカーギル社の穀物ターミナル/輸出港へのジャングルを貫く道路建設/なぜ南米にばかり環境保護を押しつけるのか/単一栽培が農業を危機にさらす/雑草対策のためのグリホサート耐性をもつ遺伝子組み換え大豆/遺伝子組み換え作物に対する懸念/除草剤の使用を増やす遺伝子組み換え大豆の栽培/遺伝子組み換え作物が土壌に与える影響/グリホサートの農民への影響/クリホサート耐性大豆と不耕起栽培/農業には欠かせない淡水と環境汚染
  • 第8章 毒か万能薬か
    大豆の効果を単純化してはならない/大豆の基本的な知識/大豆に関する三大論争 精子減少・循環器疾患・乳がん/バイオテクノロジーと豆 遺伝子組み換えの基本的ステップ/遺伝子組み換え作物は「フランケンフード」か?/人体への影響は?/非GE大豆とGE大豆/遺伝子組み換え作物のリスク 二つのケース/GMO表示は義務化必要ないか/遺伝子組み換え食品議論のアイロニー/救援物資としての大豆
  • 第9章 大豆ビジネス、大きなビジネス
    大豆のはるかなる旅/先物取引の対象として/大豆をめぐるスキャンダル/懸念を生むアメリカ政府の自国農家への支援/反対運動にあう輸入GE大豆/栽培農家と企業間の不公平な契約/豆乳はミルクか?/大豆産業による土地の強奪
  • 第10章 試練の油 大豆バイオディーゼル
    大豆ディーゼル燃料がインドネシアに与える影響/バイオディーゼルと環境/バイオディーゼルの適切な使用法/バイオ燃料の再生可能燃料識別番号(RIN)制度/気候変動への影響/使用済み油からバイオディーゼルを/使用済み油をめぐる争い/大豆油の需要の高まり/世界の片隅にしわ寄せが/自分の身近な所で変革を
  • おわりに
  • 謝辞/訳者あとがき/参考文献/引用文献/索引

【感想は?】

 先に書いたとおり、「序章 隠された宝」が味見用として見事にこの本をまとめている。20頁に満たないので、好みに合うか否が、ざっと当たりをつけるのにとても都合がいい。なんとも親切な本だ。

 日本人にはお馴染みの大豆だが、作物としては傍役の印象が強い。なんといっても日本の食卓は米が主役で、それ以外は傍役なのだから仕方がない。が、作物としては世界的に極めて重要である由が、ヒシヒシと伝わってくる。

大豆は世界でもっとも多く栽培されている油糧作物で、他を大きく引き離している。また農作物全体では四番目に広い面積で耕作されている(上位三つはトウモロコシ、小麦、それから米で、すべて穀類だ)。
  ――第9章 大豆ビジネス、大きなビジネス

 これら主要作物のうち、トウモロコシは南米がルーツ、小麦はメソポタミア、米は東南アジアあたり。大豆は、というと…

すぐれた品種の野生大豆を見つけだして、農民である母の所に持ち帰ったというこの物語が、9000年前の中国北西部、賈湖の村の近くで実際にあったと推測できる。
  ――第1章 アジアのルーツ

 南京と徐州の真ん中ぐらいかな? そのためか、大豆の利用は中国・朝鮮そして日本と、歴史的にも東アジアが最も発達している。中でもいち早く近代化を成し遂げた日本は、積極的な貿易を繰り広げる。

日本の大豆輸入は1882年と1902年の間で400倍にもなっていた。
  ――第4章 大豆と戦争

 輸入元は満州だ。これは後の満州進出の動機にもなる。にしても、この極端な増え方は、明治維新で食生活が大きく変わったせいかな? いずれにせよ、その成果が世界に広まるきっかけが戦争なのは、なんとも切ない。

(日露戦争から学んだ)ヨーロッパ人が出した一つの結論は、大豆は重要な軍用食料となりうるということだ。
  ――第2章 ヨーロッパの探検家と実験

 中でも最も熱心に大豆栽培に取り組んだのはアメリカ。もともと土地が有り余ってるしね。これは第二次世界大戦で功を奏し…

1942年、ソビエトとイギリスを合わせて、マーガリンなどに使うため、およそ4憶5400万キログラム[45万4千トン]の油脂をアメリカに求めた。こうした需要によって製造が加速し、アメリカの農家は大豆の収穫をたった1年の間に75%も増やした。
  ――第4章 大豆と戦争

 自由の国と言いつつ、戦時体制への移行は素早い原因は何なんだろう? にしても当時のアメリカ、他にも鉄とトラックもソビエトに送ってるんだよなあ。農業と工業のいずれでも世界一って、とんでもねえチート国だ。もっとも、その大豆の使い道、豆腐を愛する日本人にとっては、いささか切ない。

近年では世界で生産される大豆たんぱく質のおよそ70%が鶏や豚の飼料になり、残りのほとんどすべてが牛や羊、馬、養殖魚、その他の家畜、ペットなどの餌として消費されている。
  ――第5章 家畜を肥やす肥料となって

 家畜の餌なのだ。ああ、もったいない。とはいえ、世界的に増えている肉の消費を支えているのも大豆。特に最近、急激な経済成長により肉の消費が増えた中国も…

…アメリカからの輸出大豆のおよそ70%を受け取る中国…
  ――第8章 毒か万能薬か

 はい、アメリカからの大豆輸入に頼ってます。ここでもアメリカが支配力を発揮してる。米中関係が煩い昨今だけど、アメリカは中国の命綱を握ってるんだよね。同様に、かつての日本もアメリカの大豆に頼ってたんだが、今は南米との関わりが深い。この物語も、「風が吹けば桶屋が儲かる」的な顛末が面白い。

  • 1972~73年、南米西海岸の気候変動によりペルーのカタクチイワシの漁獲量が90%近く落ち込む。
  • カタクチイワシは国際的な家畜の飼料だ。アメリカは国内の肉の高騰を恐れ、同じく飼料となる大豆の輸出を禁じる。
  • アメリカ産大豆に頼っていた日本は、他の供給元を探すが見つからない。なきゃ作る、とばかりにブラジルの大豆生産を支援する。

 この努力が実って…

1970年に150万トンだったブラジルの大豆生産量は、2015~2016年にはほとんど1億トンにまでふくれ上がった。
  ――第6章 大豆、南米を席巻する

 今でも大豆生産はアメリカとブラジルが激しくトップを争ってる。これは他の南米諸国にも波及し…

1995年になるとアルゼンチンは大豆油の主要輸出国となり、1997年には大豆かすの輸出国第一位となり、それ以降この地位を維持し続けている。
  ――第6章 大豆、南米を席巻する

 ばかりではない。大豆は非常時の支援物資としても優れているのだ。

2011年の日本での地震と津波、原発事故の後には、特に大豆は、非常時の援助と助け合いの手段となった。日本が窮地に陥った時、日本政府から何年にもわたって受け取っていた援助に対して、南米の農家がお返しとして援助を行ったのだ。(略)
(パラグアイの)日系人大豆生産者たちの協同組織が100トンもの大豆を寄付してくれたと、後日JICA(国際協力機構)が報告した。(→JICA)
  ――第8章 毒か万能薬か

 ちなみに、この時に提供された大豆は「遺伝子組み換えでない」んだが、これはかなり貴重なのだ。なにせ…

すべての栽培作物の中で、大豆は遺伝子組み換え(GE)種が作付けされている割合が最も大きい(2016年には世界の大豆作付け面積のおよそ80%)。そして、大豆は世界中のGE作物の作付け総面積の最大を占めている(2016年には50%)。
  ――第7章 大豆が作る世界の景色

 遺伝子組み換え技術には様々な意見がある。著者は穏やかな肯定派で、「慎重に検証しながら取り入れていこう」みたいな姿勢だ。中には医薬品用のGE種もあるし。とはいえ、そもそも「遺伝子とは何か」からして、多くの人はわかってない。そういう、よくわらかんモノに対し、人々は…

明確な解説が存在しない時、代わりに推測による解釈が広まる。
  ――第8章 毒か万能薬か

 今回の新型コロナに対しても、様々な噂が飛び交ったしなあ。ワクチンにケチつける人もいるし。少し歴史を調べれば、天然痘がどれほど怖いかわかりそうなモンだけど、ヒトってのは喉元過ぎれば熱さを忘れる生き物なんです。

 ソレはソレとして、欧米じゃ食品としての大豆に馴染みが薄いせいか、大豆に対してイロイロな噂が飛び交ってる。たんぱく質・食物繊維・ミネラルが多いんで健康的って説もあれば、男の精子を減らすって嫌な噂もある。じゃ、本当のところはどうなのか、というと…

医学的研究では、大豆食品がそれほど劇的な効果を持っていることは証明されていない。唯一の例外が、極端なたんぱく質欠乏の状況で人々の命を救っているという点だ。
  ――第8章 毒か万能薬か

 うん、知ってた。魔法の食品なんか、ないんだ。ガックシ。こういう、不慣れっぷりで笑っちゃうのがフランス。EUでミルクと言っていいのは「乳房の分泌物から製造され」たものだけ。じゃ豆乳をどう呼ぶのかっつーと、例えばフランスでは「トウニュウ」って、まんまじゃねーかw ナメとんのかエスカルゴ野郎w

 と、この記事では明るい側面ばかりを取り上げたが、もちろん本書は暗黒面もちゃんと扱っている。例えば冒頭の引用に挙げたように、大豆の流通は寡占状態で、これは結構ヤバい。南米では大規模な農場による土地の収奪が起きているし、大豆飼料で食用肉が増えたはいいが排泄物処理が追い付いてなかったり。また被災時の緊急食糧支援にしても、下手すると現地の農業を潰しかねない。

 などと大豆の様々な側面を、多くの具体例や数字を挙げ、素人にも分かりやすくかつ切実に伝える解説書だ。豆腐や枝豆が好きな人はもちろん、国際情勢に興味がある人にもお薦め。とまれ、つくづくアメリカってのはチートな国だなあ。

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