SFマガジン2021年2月号
恋人になった日から、千見寺初露は尋常寺律の前で着替えなくなった。
――斜線堂有希「回樹」「あんたの身体を俺たちに売らないか。もちろん、最新のH/T社の義体と交換だ」
――小野美由紀「身体を売ること」「ジャムとのコミュニケーションは、交戦という手段しかない」
――神林長平「戦闘妖精・雪風 第四部 アグレッサーズ 第四話」「ありがとう、パートナー」
――冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第34回「百合は当事者の他に、観測者が居て初めて成り立つものよ」
――月本十色「2085年の百合プロジェクト」
440頁の豪華版だぜわあい。
特集はお待ちかね「百合特集2021」。小説・詩・コミック・インタビュウ・評論に加え、TV放映が始まった「裏世界ピクニック」が表紙+カラー+いろいろ。
小説も豪華14本。
まず「百合特集2021」で7本。宮澤伊織「裏世界ピクニック」原作6巻冒頭,斜線堂有希「回樹」,眉木ウカ「貴女が私を人間にしてくれた」,小野美由紀「身体を売ること」,櫻木みわ×李琴峰「湖底の炎」の5本+第2回百合文芸小説コンテストSFマガジン賞受賞作の根岸十歩「キャッシュ・エクスパイア」,月本十色「2085年の百合プロジェクト」。他にコミックで伊藤階「体験しよう!好感異常現象」,詩で水沢なお「サンダー」。
連載は6本。神林長平「戦闘妖精・雪風 第四部 アグレッサーズ 第四話」,冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第34回,飛浩隆「空の園丁 廃園の天使Ⅲ」第6回,夢枕獏「小角の城」第63回,藤井太洋「マン・カインド」第14回,劉慈欣「繊維」泊功訳。
読み切りは1本だけ。ネオン・ヤン「明月に仕えて」中原尚哉訳。
まずは「百合特集2021」から。
宮澤伊織「裏世界ピクニック」原作6巻冒頭。この四月に大学三年生になった紙越空魚は、見知らぬ二人組に話しかけられる。一人は左手に黒革の手袋をした美人、もう一人は見覚えがある。先週、学食で話しかけてきた。
SFマガジン連載分しか読んでないから知らなかったけど、いつの間にか空魚は記憶を失っていた様子。何があったんだ。つか次巻は「Tは寺生まれのT」って、スーパー霊能者でも出てくるのかw
斜線堂有希「回樹」。取調室で、尋常寺律は淡々と答える。「私と(千見寺)初露は恋人同士でした。私は八年一緒に暮らしていた恋人を盗んだんです」。大学二年の時に、ちょっとしたいきちがいがきっかけで二人は同居生活を始めた。見知らぬ同士だったが、幸い互いに同居人としては快適で、就職を機に二人の関係はさらに深まる。
爪へのこだわりが二人の関係をうかがわせる。SFとしては、やはり回樹が光ってる。こんなのがあったら、日本全国はもちろん、世界各国から旅行者が続々と詰めかけるだろうなあ。やがて回樹を取り囲む街ができて、そこには世界各国の人々が住み着き…と、しょうもない妄想が広がってしまう。
眉木ウカ「貴女が私を人間にしてくれた」。愛依と真依と実依は高校生の未来アイドル。それまでのアイドルと違い、私生活を含む24時間を映像配信している。朝食や授業はもちろん、部活動だって「未来アイドル部」だ。顧問は教頭先生。今日の部活動はコラボ配信。ゲストはバーチャルシンガーソングライター、アキラさん。同学年なのに、落ち着いていて、喋り方も大人っぽい。
筒井康隆の「おれに関する噂」か映画「トゥルーマン・ショー」か、って雰囲気の設定ながら、若い娘さんのアイドルというのが新しい所か。確かにオッサンなんか見ててもつまんないし…とか思ってたら、物語は急転直下、とんでもない方向へ。百合がどうこうというより、真摯な愛の物語だった。いやマジで。
小野美由紀「身体を売ること」。世界には三種類の人間がいる。義体を買うため肉体の身体で稼ぐ者。義体を手に入れメンテ費用のため働く者。そしてステイタスのため金をかけて肉体の身体の健康を保つ者。スラムに住むニナは、16歳の誕生日に義体と交換で身体を売った。これで男たちから乱暴に扱われる心配はない。ある日、売った自分の身体をニナは見かける。
百合SFというよりフェミニズムSFの色が濃い。「機械の身体が欲しい」なんて望みは銀河鉄道なんちゃらかい、と思ったり。ただし本作は地球を離れないんで、そのつもりで。描かれるスラムの景色はゴミ山が広がり有毒ガスが漂う末期的な風景。いかにも未来のディストピアっぽいけど、現代だってフィリピンのスモーキーマウンテン(→Wikipedia)みたいな現状があったりする。
櫻木みわ×李琴峰「湖底の炎」。大学進学を機に北海道から東京に来た白水素良は、入学式の日に一目ぼれする。相手は二年の木許仙久、登山サークルのビラを手渡された時だ。同期で気が合う一青碧と共に登山サークルに入ったが、木許はあまり飲み会には出てこず、出会う機会に恵まれない。そこで大学の構内で木許が居そうな場所で網を張る。
…という紹介は表向きで、その奥には千年前の白蛇の精の生まれ変わりなど、中華風ファンタジイの設定がギッシリ詰まってる。というか少々詰めこみ過ぎの感が少々。特に、白水素良が木許仙久の秘密を知った後の話を、じっくり読みたい。三人の関係がどう変わり、それぞれがどう対応していくのか。ソレを考えると、妄想が無駄に果てしなく広がってしまう。
根岸十歩「キャッシュ・エクスパイア」。サチラブは、オンラインのアイドルゲーム。11歳の相良ユイカは、そこでカナエちゃんと出会い、仲良くなる。みんなは大人のアバターを使う。ふつうの子どものアバターを使うのは、わたしたちだけ。そのカナエちゃんが亡くなった。ところが、カナエちゃんから招待メッセージが届く。差出元は自動操作の疑似人格。カナエちゃんのフリをするアバター。でも三日たてば消える。
百合でもあり、オンライン・ゲームの可能性を探る作品でもあり。そういう点では、「ゲームSF傑作選 スタートボタンを押してください」収録の「1アップ」と似た味も。本作の主人公二人は子供だけど、将来は老人ホームがVRゲームを導入するんじゃないか、などと妄想したくなる設定だ。でも、家庭と学校しか知らない子供だからこそ、ゲームのコミュニティは価値が大きいのかも。
月本十色「2085年の百合プロジェクト」。2085年。ナコとチカはベンチャー企業リリイコネクトを立ち上げる。目的は hIE に百合を実装すること。幸い太いスポンサーがつき、二体の hIE サクラとアヤメも調達できた。ところが、肝心の実装がまったく進まない。改めて考えると、それも当たり前だ。なにせ肝心の百合の定義があやふやで、何が百合で何が百合でないのか、どんな百合にしたいのか、全く決まっていない。
長谷敏司の「BEATLESS」の設定を流用する「アナログハック・オープンリソース」作品。hIE、要は人型ロボットだ。ロボットはプログラムで動く。百合を実装するなら、百合プログラムが必要だ。要求仕様を決めねば。じゃ百合の定義は? ときて、「百合とは何か」へ向かう流れが巧い。この辺はディスカッション小説でもあって、その考察が実に面白い。その議論を踏まえたうえで、BEATLESS 社会だからこそのヒネリまで加えたエンディングが見事だ。
百合文芸コンテスト選考委員座談会「2021年の百合文芸に向けて」コミック百合姫×ガガガ文庫×SFマガジン×pixiv。「百合」って言葉が流行ったために、アレもコレも百合になったってのは、確かにあるなあ。今思えば「ケロロ軍曹」の小雪と夏美とか、「ニニンがシノブ伝」の忍と楓とか。あと第一回百合文芸コンテストを境に7割ほどpixivでオリジナル小説が増えたってのも興味深い。やはりコンテストは盛り上げる効果があるのか。
「百合特集2021」はここまで。
ネオン・ヤン「明月に仕えて」中原尚哉訳。シンはアンシブルだ。歌に乗せ、数光年のかなたから物質とエネルギーを運ぶ。その日は死体が届いた。接続先は原世界。コロニーは叛乱を警戒している。警吏はシンを疑うが、星魔のオウヤン大師はシンをいたわる。アンシブルは歌と性と姉妹関係で他のアンシブルとつながる。
アンシブルと言えばアーシュラ・K・ル=グウィンの超光速通信技術を思い浮かべる。本作では、機械ではなく、その役割を担う人を示す。Wikipedia によると「Lesbianのアナグラム」なんて説もあるとか。本作にもそういう描写があり、特集に含めていいんでない? 少し中国っぽい雰囲気があると思ったら、著者はシンガポール出身だった。舞台も貿易が命綱の都市国家っぽくて、妙に納得。
神林長平「戦闘妖精・雪風 第四部 アグレッサーズ 第四話」。ジャーナリストのリン・ジャクスンは、フェアリイのFAFを訪れる。目的はジャムの取材だ。だが、今のところ、人類がジャムとコミュニケートする手段は交戦だけだ。とすると、ジャムについたロンバート大佐を除けば、ジャムと最もコミュニケートしているのは雪風、ということになる。だが雪風もコミュニケートは難しい。
そうなんだよなあ。戦闘もコミュニケーションの一つなんだよね。今回の主役はリン・ジャクスンだけど、むしろ狂言回し的な役割。彼女との会話を通し、クーリィ准将やブッカー少佐が、ジャムや雪風をどう考えているかが見えてくる。はいいけど、深井零 vs 田村大尉はまだあ?
冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第34回。ハンターはシザースの尻尾を掴んだ。追うにはハンターが戦線を離れる必要がある。そこで後をバジルに託す。だが<クインテット>内部は一枚岩じゃない。おまけにイースターズ・オフィスも迫っている。そのイースターズ・オフィスは、バロットを主戦力としてウフコックの奪回に向け動き始めた。
今までは、イースターズ・オフィスによるウフコック奪還のアクション場面と、ウフコックの痕跡を辿る追跡の場面が交互に描かれてきたが、今回で二つの流れが合流する。懐かしい人もヒョッコリ出てきたり。襲撃の場面ではハンターが顔を出さず、バジルが交渉相手となった経緯も、今回で判明する。ぼちぼち終盤かと思ってたけど、まだまだどんでん返しがありそう。
飛浩隆「空の園丁 廃園の天使Ⅲ」第6回。児玉佐知は天使化しつつある。このままでは園丁に気づかれてしまう。かつて來間りり子は、天使化を誘導した。その來間家を、佐知は訪れ、ピアノの間へと向かう。しばらく誰も訪れていないはずなのに、ちゃんと調律されている。弾き始めると、微在たちが騒ぎ始める。40年前に止体化されたはずの、りり子が現れ…
ゲストが訪れなくなり、次第に変容していく数値海岸。その変容を象徴するような悲劇<天使空襲>だが、あくまでも遠い過去の出来事として記述はアッサリ流す。合奏の場面もなかなかだが、次の小野寺伊佐人が変異に出会うパートも相当なもの。ホラーっぽいと思ってたら、とんでもない人が出てくるし。
藤井太洋「マン・カインド」第14回。今回は5頁だけ。4ヶ月ぶりだってのに、なんてこったい。いまさら気づいたけど、作中に出てくる<メガネウラ>は「ハロー・ワールド」収録の「行き先は特異点」「五色革命」と同じ。舞台が共通しているのか、お気に入りのガジェットなのか。
劉慈欣「繊維」泊功訳。戦闘攻撃機F-18で空母ルーズベルトに帰艦しようとした時、謎の世界に放り込まれた。声が聞こえる。「もしもし、繊維を間違えていますよ!」。機から降りると、登録オフィスが見える。登録係の事務員が一人、男が二人と若い娘が一人。外にはリングを持つ黄色い天体が見える。登録係は、あれが地球だと言う。
8頁の掌編。アイデアは近年のものながら、ドタバタ風味で噛み合わない会話は、昭和の日本SF短編の香りがする。行儀のいい筒井康隆か、口が悪い星新一か、はたまた少し気取った半村良、そんな感じ。やたら剣闘士にこだわる娘はなんなんだw 人間の文化は世界それぞれながら、機械の原理は同じってあたりに、著者の思想の芯が垣間見える。
AI研究者にインタビュウする「SFの射程距離」、今回はスクウェア・エニックスで研究している三宅陽一郎。テーマはゲーム内のキャラクターAIはもちろん、ダンジョンを自動生成するなどゲーム環境を操る「メタAI」。「キャラクターが知能を持っていないなら、キャラクターに知能を与えなくちゃいけない」って、この人ヤバい人だw この世界が俺の思った通りじゃないなら、俺が実現してやるって、なんというか研究者・工学者の鑑ですねw
ということで、今号はここまで。
【今日の一曲】
Fleetwood Mac - Rhiannon
百合な音楽で思い浮かべるのはこれ。某氏曰く「爬虫類声」なスティーヴィー・ニックスながら、いかにも不気味で不穏なこの曲にはバッチリ合ってて、妙に妄想を刺激してくれる。
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