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2021年1月25日 (月)

メノ・スヒルトハウゼン「都市で進化する生物たち “ダーウィン”が街にやってくる」草思社 岸由二・小室繁訳

実を言うと、イエガラスはもはや非都市的な領域を生息地としておらず、姿が見られるのは、熱帯地域の町や都市に限られるのだ。
  ――Chapter 4 都市の自然愛好家

田園――都市縦断トランセクトを実行すると、都市部における生物多様性の下落幅は予想されるほど大きくないのがふつうである。それどころか、特に植物と、場合によっては昆虫についても、ときに都市部が多様性の頂点となることさえあるのだ。
  ――Chapter 4 都市の自然愛好家

高速道路沿いの僻地に建設されたガソリンスタンドの投光照明が、最初は膨大な数の昆虫を引き寄せるが、その後、2年も経過すると、飛来する昆虫の数は急速に減少するのである。
  ――Chapter 12 巨大都市の輝く闇

研究が指し示す方向は全て一致している。すなわち、都市のクロウタドリが別の種に進化しつつあるといいうこと。
  ――Chapter 18 都市の種の分化

都市とは、進化を強力に推し進める拠点でありながら、多様性の大いなる喪失が生じる場所でもあるのだ。
  ――おわりに

【どんな本?】

 19世紀、イギリスの工業都市マンチェスターは、石炭動力による織物産業が盛んだった。困ったことに、工場が吐き出す煤は街も樹木も黒く染める。これは生態系にも影響を及ぼし、シモフリガの羽根や体も保護色の黒に変わる。教科書にも載っている工業暗化だ。

 20世紀ロンドンの地下鉄では、独特の蚊が見つかった。街路の蚊は鳥の血を吸い、群れを成して交尾し、冬眠する。だがロンドンチカイエカ(→英語版Wikipedia)はヒトの血を吸い、交尾のための群れを成さず、冬眠しない。

 日本では、自動車にクルミを轢かせて割るカラスが有名だ(→日本鳥学会誌)。最近では公園の水道の栓を回して水を得るカラスが目撃されている(→朝日新聞)。

 都市は森林や草原と全く環境が違う。地下鉄路線内に鳥はいない。だがヒトは多く、気温は年中を通し安定している。街灯で夜も明るい。自動車や建設機械は騒々しい音を出す。土や水は鉛や亜鉛などの重金属を多く含む。虫などの餌は少ないように思えるが、ヒトが出す生ごみは豊かだ。そして、自然界ではありえない激しく急激な変化に満ちている。

 そんな都市でも、カラスやタンポポは逞しく生きている。単に生きているだけではない。都市の環境に合わせ、性格や習慣だけでなく、肉体まで変化させている。今、わたしたちの目の前で、「進化」が起きているのだ。

 都市には、どんな連中が住んでいるのか。彼らは何者で、どこから来たのか。どうやって都会暮らしに慣れたのか。都会に慣れるため、どう工夫したのか。都会者には、どんな特徴があるのか。その特徴に、どんな得があるのか。

 オランダの生物学者が、都市に住む生物に関するトピックを集め、「今そこにある進化」を中継する、エキサイティングで楽しい科学解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Darwin Comes to Town : How the Urban Jungle Drives Evolution, by Menno Schilthhuizen, 2018。日本語版は2020年8月18日第一刷発行。単行本ソフトカバー縦一段組み本文約314頁に加え、岸由二の訳者あとがき8頁。9.5ポイント42字×18行×314頁=約237,384字、400字詰め原稿用紙で約594枚。文庫なら普通の厚さ。

 文章はのなれていて読みやすい。内容もわかりやすい。敢えて言えば、生物の名前がカタカナ表記なのは、ちと面倒くさかった。「ワカケホンセイインコ」とか。

【構成は?】

 一応、前の章を受けて次の章に進む形だが、美味しそうな所だけをつまみ食いしても充分に楽しめる。とりあえず気になった所を味見して、気に入ったら頭から読んでもいいだろう。

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  • はじめに 都市生物学への招待
    地位下で驚異の進化を遂げる力/進化について再考する/都市こそ地球最大の「環境」/人類の影響も自然の一部/理解され難い「都市という自然」
  • Ⅰ 都市の暮らし
  • Chapter 1 生態系を自ら創り出す生物たち
    コレクション拡大に打った一手/アリの作る環境を利用するものたち/アリの社会に溶け込むトリック/様々な「生態系工学技術生物」
  • Chapter 2 都市という生態工学技術の結晶
    都市は巨大な「自然構築物」/人間の生態系工学技術の進化/人間の生態系工学技術の進化/地球上の都市拡大の未来
  • Chapter 3 繁華街の生態学
    シンガポールの都市生態系/都市部特有の気象現象/島の環境的特異性/都会の観察者たち
  • Chapter 4 都市の自然愛好家
    カラスvsハンターvsナチュラリスト/都市で死んだ動物たち/マックフルーリー・ハリネズミ/「周辺」の喪失/市井の自然愛好家の貢献
  • Chapter 5 「都会ずれ」したものたち
    都市部で生物多様性を高める要因とは/避難先としての都市/断片化する多様な環境
  • Chapter 6 生物は先に都市街に対応している?
    前適応とは何か?/ライデン駅の様々な前適応/前適応の型を探す/都市生活に向いている要因とは
  • Ⅱ 都市という景域
  • Chapter 7 進化にかかる時間はどれくらい?
    ダーウィンが返事を書かなかった手紙/ファーンの手紙が読まれなかった理由
  • Chapter 8 生物学で最も有名なガ
    イモムシに生じた歴史的瞬間/「工業暗化」の発見/シモフリガの暗化解明史/実験への懐疑/暗化問題にケリをつける
  • Chapter 9 いま、ここにある進化
    ホシムクドリの北米侵攻と進化/鳥の羽を短くさせるもの/緑の島のたんぽぽの種は飛ばない?/都市のトカゲは足が長い?
  • Chapter 10 都市生物の遺伝子はどこから来たのか
    遺伝子から種の歴史をたどる/生息地の断片化/ニューヨークの公園に孤立したネズミ/遺伝子プールの断片化の功罪/局所適応の可能性
  • Chapter 11 汚染と進化
    汚染に適応した魚/塩は生物の大敵/金属と黒いハト
  • Chapter 12 巨大都市の輝く闇
    ロナウドの頬にとまるガ/なぜ虫は光を目指すのか/アランの数少ない実験例/光害を利用するクモ
  • Chapter 13 それは本当に進化なのか?
    軟らかい選択、硬い選択/進化の起源/塩基配列でなく染色体の変化で形質が変わる
  • Ⅲ 都市は出会いだ
  • Chapter 14 思いがけない出会い、思いがけない進化
    フランスの「淡水のシャチ」/一方向の進化、双方向の進化/どの生き物もつながっている/たばこの吸い殻で巣をつくる鳥
  • Chapter 15 生物たちの技術伝播
    クルミ割りに車を利用するカラス/牛乳瓶をめぐるカラとの格闘/鳥は技術を仲間に伝えられるのか?/都市向きの生物に必要な才能/恐怖心が少ないことも重要
  • Chapter 16 都市の歌
    沈黙のさんぽへ出発/歌声の変化は進化か学習か?/囀りと性選択
  • Chapter 17 セックス・アンド・ザ・シティー
    白い尾羽に隠された意味/都市では男らしくないほうがモテる?/性選択を変化させる都市の要因
  • Chapter 18 都市の種の分化
    ダーウィンの広告塔になった鳥/都市で種分化したクロウタドリ/クロウタドリのヨーロッパ進出/種分化の過程を追う/ニッチが進化の鍵/生体時計の変化/種分化は逆戻りもする
  • Ⅳ ダーウィン的都市
  • Chapter 19 遠隔連携する世界
    シーボルト帰国の思わぬ副産物/均質化する世界の生態系/都市も似通ってきている/人間も都市で進化する生物か?
  • Chapter 20 ダーウィンとともに都市を設計する
    天空の里山/都市設計と都市進化の間/里山はいかにして存続可能なのか?/都市進化を以下に観察・記録するか
  • おわりに 都市で生物を進化させるために
    思い出の場所の変貌/都市すらも、手つかずの自然も等価に大事/「好人性生物」の今後を見守る
  • 謝辞/訳者あとがき/著者注

【感想は?】

 本書の主張は、ハッキリしている。

進化とは、実際、いまここで観察することが可能な現実なのである。
  ――はじめに

 ダーウィンのように世界を回らなくてもいい。人里離れたガラパゴス諸島まで出かける必要はない。あなたが暮らしている街で、生物が進化しつつある様を見ることができる。そういう主張だ。

 もっとも、そう主張するには、ちゃんと目的があって、それは終盤で明らかになる。「あなたが見つけた進化の証拠を教えてくれ」だ。学者もチャッカリしてるね。チャッカリしてるだけのことはあり、この本を読み通すと、双眼鏡とスマートフォンまたはカメラを持って街に出かけたくなるのだ。

 先のマンチェスターのシモフリガのように、都市の環境に合わせ、生物が変わる実例は幾つかある。ちなみにシモフリガには続編があって、大気汚染が減ったら元の白い色のギモフリガが増えた。「進化」って字面から、優れた者が残るみたいに思われがちだけど、単に環境に適した者が栄えるってだけで、環境が変われば適者の条件も変わるのだ。

 もっとも、シモフリガは適応にしては極端な例で、遺伝子そのものが変化している。逆に自動車でクルミを割るカラスは穏やかな例だろう。少なくとも今のところ確認されているのは振る舞いの違いだけで、遺伝子までは確認されていない。いや調べていないだけかもしれないけど。

 都市で黒くなるのはガだけじゃない。ハトも黒くなる。これも原因は汚染物質だ。

汚染された環境下ではより暗い色の羽毛をまとうことに、真の進化的優位性があることをしめしている。
  ――Chapter 11 汚染と進化

 ただし、原因はシモフリガと全く違う。シモフリガが食われないために保護色をまとった。ハトはもっと凄絶だ。野生の環境では、亜鉛など重金属は滅多にない。だが都市では亜鉛メッキされた鉄筋などがそこかしこにある。よって土も濃い亜鉛を含み、そこで育つ植物も亜鉛が多い。当然、それを食べるハトの身体にも大量の亜鉛が入ってくる。でも亜鉛は体にいいもんじゃない。なんとか身体から追い出さないと。

 そこで羽毛だ。体に溜まった重金属を、羽毛として外に出してしまえ。結果、羽毛が黒くなるけど、金属中毒で死ぬよりマシだ。そんな風に、都会のハトは生き残るため黒い羽根をまとうようになった。どの街にもいるハトも、こんな風に進化しつつある。

 こういった変化は生殖行動にも表れる。多くの鳥のオスは、歌声でナンパする。そしてモテる声は、田舎と都会では違う。

都市の騒音もほぼ低周波なのだ。その都市において最も普通にみられる野鳥は、比較的高い声の持ち主のようなのである。
  ――Chapter 6 生物は先に都市街に対応している?

 都会の鳥は、声が高い方がモテる。なぜか。都会は煩い。都市の騒音に負けないために、彼らは高い声で歌うのだ。

 そんな風に、振る舞いが変わるだけでなく、種によっては分化も進みつつある。先のロンドンチカイエカは、路線ごとに遺伝子が違っていた。似た現象が、ニューヨークの公園に住むシロアシネズミでも見つかっている。フォーダム大学の生物学者ジェイソン・マンシーサウス曰く…

「誰かがわたしたちに(ニューヨークの公園から)ネズミを持ってきたとします。どこで捕まえたかを教えてくれなくても、わたしたちにはそれがどの公園のネズミなのかを特定することができます。そのくらいネズミたちは異なってしまっているのです」
  ――Chapter 10 都市生物の遺伝子はどこから来たの

 それぞれの公園ごとに、シロアシネズミは孤立した群れをなし、その群れのなかで交配を繰り返した。他の群れとは道路で隔てられ、交配しなかった。その結果、公園ごとに全く違った遺伝傾向を持つようになった。都市の中で、新しい種が生まれつつあるらしい。それも、凄まじい勢いで。

進化生物学には進化の速さを表す単位がある。「ダーウィン」である――1ダーウィンはおよそ千年に0.1%の増加ないし減少を示す。スタニエルケイのトカゲたちの進化速度は90から12,000ダーウィンであった。
  ――Chapter 9 いま、ここにある進化

 それも当たり前で、そもそも都市は変化が激しいからだ。戦争で焼け野原になった東京も、一世紀もせずにコンクリート・ジャングルになった。ヒトがいない環境では、あり得ない速度だ。にも関わらず、それについてきた連中もいるのだ。もっとも、はびこるのは地元の出身者だけとは限らない。

ヨーロッパ及び北アメリカの都市では、野生植物の35~40%が外来種である。そして北京の都心部においては、その割合は53%にもなる。
  ――Chapter 5 「都会ずれ」したものたち

 セイタカアワダチソウなど、ヨソ者がデカいツラしてはびこるのも、都会の特徴だ。これには面白い傾向もあって…

住民たちが裕福であればあるほど、植物の多様性はそれだけ大きくなるのである。
  ――Chapter 5 「都会ずれ」したものたち

 原因はいろいろで、海外から持ってきた種が脱走して定着したり、もともと生物がはびこりやすい環境だったり。セイタカアワダチソウは日本にやって来た例だが、逆に日本から海外に飛びだした奴もいる。

アメリカ東部のいくつかの名門大学は蔦に覆われているので、「アイヴィーリーグ」の名で呼ばれるが、その呼び名の元になったボストンツタ(ナツヅタ:Parthenocissus tricuspidata)でさえ、フォン・シーボルトによって世界中に広められた日本原産の植物なのだ。
  ――Chapter 19 遠隔連携する世界

 マジかい。何やってんだシーボルト。他にもシーボルトは色々と持ち出して荒稼ぎしたそうで、なかなかしたたかな人だったらしい。最近じゃ葛が話題になったなあ(→Wikipedia)。

 そんな風に、ヒトだけじゃなく生物も盛んに国際交流している。もちろん、交流の主な舞台となるのは、都市である。その都市は、どの国に行っても景観は似通っている。景観だけじゃない。騒音は煩いし、重金属は多いし、ヒトの食べ残しも沢山ある、つまり、環境も似てきている。となれば、そこに住む生物も…

世界中の都市の生態系がますます似たものになりつつある
  ――Chapter 19 遠隔連携する世界

 東京とニューヨークの景観が似ているように、そこに住む生物も似てきているらしい。そもそも、都会に住める者には、重要な共通点があるし。

牛乳瓶あるいはルーシー・アプリンの問題箱の攻略に成功したカラは、寛容的であり、問題解決能力を持った新し物好きである、という事実から恩恵を受けたのだと思われる。(略)
より自然度の高い環境下にあっては、引っ込み思案で、保守的で、新し物嫌いであったほうがより安全なことが多い。
  ――Chapter 13 それは本当に進化なのか?

 都市の変化は激しい。変化についていくには、引っ込み思案じゃダメで、新しいことに挑む積極性や好奇心が必要らしい。なんだかヒトに似てるね。

 そんなワケで、都市そのものが変わっていくのに合わせ、都市の生物も凄まじい勢いで変わりつつある。私たちは、目の前で「進化」が見られるのだ。こんな好機は滅多にない。さあ、カメラと双眼鏡を持って街に出かけよう。面白い記録が取れたら、ボクに送ってね。

 …と、読者を煽る本だ。その目論見は、見事に成功していると思う。私も、この本を読んだ後は、ハトやスズメをじっくり見るようになったし、ほんの少し人生が豊かになった気がする。生物学の幅広さと底の深さを感じるとともに、散歩が少し楽しくなる、そんな本だ。

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