ジョン・ヴァーリイ「さようなら、ロビンソン・クルーソー <八世界>全短編」創元SF文庫 浅倉久志・大野万紀訳
「不可能なものをすべて除外してしまえば」と彼は引用した。「あとに残ったものが、たとえいかに不合理に見えても、それこそ真実に違いない」
――びっくりハウス効果「空が落ちてくるよ、リー」
――さようなら、ロビンソン・クルーソー「あなたは何?」
「時空の特異現象。重力と因果律の掃き溜め。ブラックホールです」
――ブラックホールとロリポップ「これは戦争だ。しかも、宗教戦争――いちばんきたない種類の戦争だ」
――イークイノックスはいいずこに自分のどこまでがホルモンで、どこまでが遺伝で、どこまでが育てられ方なのかを知りたい。
――選択の自由「あなたは人に操られているという漠然とした意識をもっている」
――ビートニク・バイユー
【どんな本?】
70年代にデビューし、斬新な作風で大人気を博したアメリカのSF作家ジョン・ヴァーリイ John Varley による、<八世界>シリーズに属する作品を集め、発表順に並べた短編集その2。
異星人の侵略により、人類は地球から叩き出される。そして数百年が過ぎたころ、人類は太陽系の外縁をかすめる通信ビームを発見する。発信元はへびつかい座。へびつかい座ホットラインと名づけられたビームは、大量の無意味と思われる信号に紛れ、優れた科学技術の情報も含んでいた。
ごの技術を利用し、人類は太陽系の<八世界>へと進出する。植民先は水星,金星,月,火星,土星の衛星タイタン,天王星の衛星オベロン,海王星の衛星トリトン,そして冥王星。それぞれの環境に合わせ、大胆に人体を改造した人類は、社会制度も変えていった。
当時の最新の科学知識を駆使しつつ、家族や恋人や友人などの親しい者同士の関係を通し、大きく変異した人類の生き方を描く、70年代を代表する傑作SF短編集。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
2016年2月26日初版。文庫で縦一段組み本文約342頁に加え、訳者大野万紀の解説が豪華20頁。8ポイント42字×18行×342頁=約258,552字、400字詰め原稿用紙で約647枚。文庫では少し厚め。
文章はこなれている。ただし、SFとしてはかなり科学的に濃いし、SFガジェットも盛りだくさん。
そんな風に、背景には相当に突っ込んだ科学設定があるのだが、敢えて説明はせず、読者の知識に委ねる芸風なのだ。
【収録作は?】
それぞれ 作品名 / 原題 / 初出 / 訳。
- びっくりハウス効果 / The Funhouse Effect / F&SF1976年12月号 / 大野万紀訳
- <地獄の雪玉>は彗星を改造した客船だ。太陽をかすめる軌道がウリだったが、そのたびに1億トンの質量を失い、今回が最後の航行となる。火星のタルシスから来た作家のクエスターは、ヤバい事に気がつく。エンジンがあるはずの場所は、大きな穴になっている。おまけに救命艇もなくなった加えて「放射能漏れがあった」とのアナウンス。何が起きている?
- 豪華客船の最後の航行。運営会社は経費節減のため、あらゆる安全装置を取り外そうとしている。危険に気づいた主人公は、知り合った乗客の一人サ―ラスと共に、真相究明に乗り出す…はずが、事態はさらに混乱してゆく。P.K.ディックが得意とする仕掛けだが、味わいはむしろフレドリック・ブラウン的な軽妙さを感じる。
- さようなら、ロビンソン・クルーソー / Good-Bye, Robinson Crusoe / アシモフ1977年春 / 浅倉久志訳
- ピリは冥王星の<パシフィカ・ディズニーランド>で二度目の幼年期の夏を過ごす。船の難破で太平洋の熱帯サンゴ礁に流れ着いた、そういう設定だ。海に潜る。えらが開く。近ごろはハルラの機嫌が悪い。
- 舞台は作りかけのディズニーランドだし、ピリも自分が浸っているのは幻想だと知っている。南海の楽園を装っているが舞台裏は見えていて、不穏な予兆がアチコチに漂う。いわば夏のバカンスの終わりを描く作品だが、オチで明かされる落差が半端ない。Rod Stewart の Maggie May(→Youtube)を聴きたくなる。
- ブラックホールとロリポップ / Lollipop and tar Baby / Orbit19 1977年 / 大野万紀訳
- ザンジアはブラックホール・ハンターだ。生まれてから15年間、クローンシスターのゾウイと共に、冥王星の彼方で探し続けてきた。ある日いきなり通信が入った。「ハロー、ブラックホールです」。本当なら大当たりだ。でもブラックホールが人間の言葉を話すか? どうやって通信した? なぜ今まで見つからなかった?
- 「ブラックホール通過」同様、太陽系最外縁で孤立した暮らしを営む者を描く、ホラー風味の作品。当時最新トピックだったマイクロ・ブラックホールの扱いが巧みだ。また、生涯を無重力状態で過ごしたザンジアから見た惑星の暮らしにセンス・オブ・ワンダーが溢れている。なお Shirley Temple の On The Good Ship Lollipop はこちら(→Yooutube)。
- イークイノックスはいいずこに / Equinoctial / Ascents of Wonder 1977年 / 浅倉久志訳
- パラメーター&イークイノックスは追われている。追っ手は改造派。土星のB輪を赤く塗りつぶそうとしている。でも今は人手が足りないので頭数を増やしたい。だから五つ子を産む寸前のパラメーターは格好の獲物だ。パラメーターがリンガーになったのは77歳の時。やりたい事をやり尽くして土星にたどり着き、イークイノックスと一体化した。
- これも「歌えや踊れ」同様、土星の共生体を描く作品。ただし背景はいささか物騒で、改造派と保全派が争っている。もっとも地球の争いに比べ、やたらのんびりした争いだけど。なんじゃいリングペインター大帝ってw とまれ、パラメーターとイークイノックスの「出会い」の描写は素晴らしい。けど最後のオチはw
- 選択の自由 / Options / Universe9 1979年 / 浅倉久志訳
- 地球を奪われて百年、性転換が安く簡単になってから20年。利用者は既に15人に1人だ。クレオは五人家族だ。夫のジュールズ、長女のリリー、長男のポール、次女で乳飲み子のフェザー。新聞の特集記事を読んでから、クレオも性転換を考え始めた。だが家族はどう思うだろう?
- <八世界>では、当たり前のように人々は性を変える。本作は性転換が普及する過程で起きる軋轢を、特に夫婦関係に絞って描くもの。女のクレオ視点で語られるためか、最初はジュールズ君にイラつくんだけど、受け入れ始めるあたりから、だいぶ様子が違ってくる。妻を失うかわりに、お互い何でも知ってる気の合う親友が得られるとしたら、それは幸せなのか不幸なのか。
- ビートニク・バイユー / Beatnik Bayou / New VoisesⅢ 1980年 / 大野万紀訳
- アーガスとデンバーは13歳。キャセイとトリガーも同じぐらいに見えるけど、二人はプロの教師だ。7歳の時から、四人は一緒に大きくなった。ビートニク・バイユーはトリガー所有の個人ディスに―ランド。四人でその沼地に行った際、面倒くさい女がキャセイにしつこく絡んできた。もうすぐ子供が生まれる、でも教師が見つからない、なんとかしてくれ、と。
- 主なガジェットは「プロの子供」。大人の教師が子供の体になり、教え子と一緒に大きくなりつつ、教育してゆく。名探偵コ〇ンかいw 一見異様に感じるが、親のダーシー視点だと、とっても理想的だ。なにせ子供が悪い仲間と付き合う心配がない。テキサス出身の作家だけに、似非バイユーの描写はロバート・R・マキャモンやジョー・R・ランズデールにも似た南部の香りが漂う。また裁判の場面では、ヴァーリイの倫理観が強く出ている。
先の「汝、コンピューターの夢」同様、この作品集でもSFガジェットはてんこ盛りだ。次から次へと驚異的なガジェットが現れ、読者はソコに目を奪われる。
と同時に、ヒトの生きざまもテクノロジーに従って大きく変わっているのがヴァーリイらしい所。それまでの作品ではサラリと流されていた性転換技術も、「選択の自由」でじっくり描くことで、ソレが社会や人々に与える影響がヒシヒシと伝わってくる。
一人称の作品なため、読者も主人公視点で考えがちだが、「ビートニク・バイユー」などは親の立場で読むと、全く違った風景が広がるのも面白い。
1994年の「ウィザード」を最後に邦訳が途絶えているが、なんとか再開してほしい。せめて「Demon」だけでも。
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