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2021年1月の6件の記事

2021年1月25日 (月)

メノ・スヒルトハウゼン「都市で進化する生物たち “ダーウィン”が街にやってくる」草思社 岸由二・小室繁訳

実を言うと、イエガラスはもはや非都市的な領域を生息地としておらず、姿が見られるのは、熱帯地域の町や都市に限られるのだ。
  ――Chapter 4 都市の自然愛好家

田園――都市縦断トランセクトを実行すると、都市部における生物多様性の下落幅は予想されるほど大きくないのがふつうである。それどころか、特に植物と、場合によっては昆虫についても、ときに都市部が多様性の頂点となることさえあるのだ。
  ――Chapter 4 都市の自然愛好家

高速道路沿いの僻地に建設されたガソリンスタンドの投光照明が、最初は膨大な数の昆虫を引き寄せるが、その後、2年も経過すると、飛来する昆虫の数は急速に減少するのである。
  ――Chapter 12 巨大都市の輝く闇

研究が指し示す方向は全て一致している。すなわち、都市のクロウタドリが別の種に進化しつつあるといいうこと。
  ――Chapter 18 都市の種の分化

都市とは、進化を強力に推し進める拠点でありながら、多様性の大いなる喪失が生じる場所でもあるのだ。
  ――おわりに

【どんな本?】

 19世紀、イギリスの工業都市マンチェスターは、石炭動力による織物産業が盛んだった。困ったことに、工場が吐き出す煤は街も樹木も黒く染める。これは生態系にも影響を及ぼし、シモフリガの羽根や体も保護色の黒に変わる。教科書にも載っている工業暗化だ。

 20世紀ロンドンの地下鉄では、独特の蚊が見つかった。街路の蚊は鳥の血を吸い、群れを成して交尾し、冬眠する。だがロンドンチカイエカ(→英語版Wikipedia)はヒトの血を吸い、交尾のための群れを成さず、冬眠しない。

 日本では、自動車にクルミを轢かせて割るカラスが有名だ(→日本鳥学会誌)。最近では公園の水道の栓を回して水を得るカラスが目撃されている(→朝日新聞)。

 都市は森林や草原と全く環境が違う。地下鉄路線内に鳥はいない。だがヒトは多く、気温は年中を通し安定している。街灯で夜も明るい。自動車や建設機械は騒々しい音を出す。土や水は鉛や亜鉛などの重金属を多く含む。虫などの餌は少ないように思えるが、ヒトが出す生ごみは豊かだ。そして、自然界ではありえない激しく急激な変化に満ちている。

 そんな都市でも、カラスやタンポポは逞しく生きている。単に生きているだけではない。都市の環境に合わせ、性格や習慣だけでなく、肉体まで変化させている。今、わたしたちの目の前で、「進化」が起きているのだ。

 都市には、どんな連中が住んでいるのか。彼らは何者で、どこから来たのか。どうやって都会暮らしに慣れたのか。都会に慣れるため、どう工夫したのか。都会者には、どんな特徴があるのか。その特徴に、どんな得があるのか。

 オランダの生物学者が、都市に住む生物に関するトピックを集め、「今そこにある進化」を中継する、エキサイティングで楽しい科学解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Darwin Comes to Town : How the Urban Jungle Drives Evolution, by Menno Schilthhuizen, 2018。日本語版は2020年8月18日第一刷発行。単行本ソフトカバー縦一段組み本文約314頁に加え、岸由二の訳者あとがき8頁。9.5ポイント42字×18行×314頁=約237,384字、400字詰め原稿用紙で約594枚。文庫なら普通の厚さ。

 文章はのなれていて読みやすい。内容もわかりやすい。敢えて言えば、生物の名前がカタカナ表記なのは、ちと面倒くさかった。「ワカケホンセイインコ」とか。

【構成は?】

 一応、前の章を受けて次の章に進む形だが、美味しそうな所だけをつまみ食いしても充分に楽しめる。とりあえず気になった所を味見して、気に入ったら頭から読んでもいいだろう。

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  • はじめに 都市生物学への招待
    地位下で驚異の進化を遂げる力/進化について再考する/都市こそ地球最大の「環境」/人類の影響も自然の一部/理解され難い「都市という自然」
  • Ⅰ 都市の暮らし
  • Chapter 1 生態系を自ら創り出す生物たち
    コレクション拡大に打った一手/アリの作る環境を利用するものたち/アリの社会に溶け込むトリック/様々な「生態系工学技術生物」
  • Chapter 2 都市という生態工学技術の結晶
    都市は巨大な「自然構築物」/人間の生態系工学技術の進化/人間の生態系工学技術の進化/地球上の都市拡大の未来
  • Chapter 3 繁華街の生態学
    シンガポールの都市生態系/都市部特有の気象現象/島の環境的特異性/都会の観察者たち
  • Chapter 4 都市の自然愛好家
    カラスvsハンターvsナチュラリスト/都市で死んだ動物たち/マックフルーリー・ハリネズミ/「周辺」の喪失/市井の自然愛好家の貢献
  • Chapter 5 「都会ずれ」したものたち
    都市部で生物多様性を高める要因とは/避難先としての都市/断片化する多様な環境
  • Chapter 6 生物は先に都市街に対応している?
    前適応とは何か?/ライデン駅の様々な前適応/前適応の型を探す/都市生活に向いている要因とは
  • Ⅱ 都市という景域
  • Chapter 7 進化にかかる時間はどれくらい?
    ダーウィンが返事を書かなかった手紙/ファーンの手紙が読まれなかった理由
  • Chapter 8 生物学で最も有名なガ
    イモムシに生じた歴史的瞬間/「工業暗化」の発見/シモフリガの暗化解明史/実験への懐疑/暗化問題にケリをつける
  • Chapter 9 いま、ここにある進化
    ホシムクドリの北米侵攻と進化/鳥の羽を短くさせるもの/緑の島のたんぽぽの種は飛ばない?/都市のトカゲは足が長い?
  • Chapter 10 都市生物の遺伝子はどこから来たのか
    遺伝子から種の歴史をたどる/生息地の断片化/ニューヨークの公園に孤立したネズミ/遺伝子プールの断片化の功罪/局所適応の可能性
  • Chapter 11 汚染と進化
    汚染に適応した魚/塩は生物の大敵/金属と黒いハト
  • Chapter 12 巨大都市の輝く闇
    ロナウドの頬にとまるガ/なぜ虫は光を目指すのか/アランの数少ない実験例/光害を利用するクモ
  • Chapter 13 それは本当に進化なのか?
    軟らかい選択、硬い選択/進化の起源/塩基配列でなく染色体の変化で形質が変わる
  • Ⅲ 都市は出会いだ
  • Chapter 14 思いがけない出会い、思いがけない進化
    フランスの「淡水のシャチ」/一方向の進化、双方向の進化/どの生き物もつながっている/たばこの吸い殻で巣をつくる鳥
  • Chapter 15 生物たちの技術伝播
    クルミ割りに車を利用するカラス/牛乳瓶をめぐるカラとの格闘/鳥は技術を仲間に伝えられるのか?/都市向きの生物に必要な才能/恐怖心が少ないことも重要
  • Chapter 16 都市の歌
    沈黙のさんぽへ出発/歌声の変化は進化か学習か?/囀りと性選択
  • Chapter 17 セックス・アンド・ザ・シティー
    白い尾羽に隠された意味/都市では男らしくないほうがモテる?/性選択を変化させる都市の要因
  • Chapter 18 都市の種の分化
    ダーウィンの広告塔になった鳥/都市で種分化したクロウタドリ/クロウタドリのヨーロッパ進出/種分化の過程を追う/ニッチが進化の鍵/生体時計の変化/種分化は逆戻りもする
  • Ⅳ ダーウィン的都市
  • Chapter 19 遠隔連携する世界
    シーボルト帰国の思わぬ副産物/均質化する世界の生態系/都市も似通ってきている/人間も都市で進化する生物か?
  • Chapter 20 ダーウィンとともに都市を設計する
    天空の里山/都市設計と都市進化の間/里山はいかにして存続可能なのか?/都市進化を以下に観察・記録するか
  • おわりに 都市で生物を進化させるために
    思い出の場所の変貌/都市すらも、手つかずの自然も等価に大事/「好人性生物」の今後を見守る
  • 謝辞/訳者あとがき/著者注

【感想は?】

 本書の主張は、ハッキリしている。

進化とは、実際、いまここで観察することが可能な現実なのである。
  ――はじめに

 ダーウィンのように世界を回らなくてもいい。人里離れたガラパゴス諸島まで出かける必要はない。あなたが暮らしている街で、生物が進化しつつある様を見ることができる。そういう主張だ。

 もっとも、そう主張するには、ちゃんと目的があって、それは終盤で明らかになる。「あなたが見つけた進化の証拠を教えてくれ」だ。学者もチャッカリしてるね。チャッカリしてるだけのことはあり、この本を読み通すと、双眼鏡とスマートフォンまたはカメラを持って街に出かけたくなるのだ。

 先のマンチェスターのシモフリガのように、都市の環境に合わせ、生物が変わる実例は幾つかある。ちなみにシモフリガには続編があって、大気汚染が減ったら元の白い色のギモフリガが増えた。「進化」って字面から、優れた者が残るみたいに思われがちだけど、単に環境に適した者が栄えるってだけで、環境が変われば適者の条件も変わるのだ。

 もっとも、シモフリガは適応にしては極端な例で、遺伝子そのものが変化している。逆に自動車でクルミを割るカラスは穏やかな例だろう。少なくとも今のところ確認されているのは振る舞いの違いだけで、遺伝子までは確認されていない。いや調べていないだけかもしれないけど。

 都市で黒くなるのはガだけじゃない。ハトも黒くなる。これも原因は汚染物質だ。

汚染された環境下ではより暗い色の羽毛をまとうことに、真の進化的優位性があることをしめしている。
  ――Chapter 11 汚染と進化

 ただし、原因はシモフリガと全く違う。シモフリガが食われないために保護色をまとった。ハトはもっと凄絶だ。野生の環境では、亜鉛など重金属は滅多にない。だが都市では亜鉛メッキされた鉄筋などがそこかしこにある。よって土も濃い亜鉛を含み、そこで育つ植物も亜鉛が多い。当然、それを食べるハトの身体にも大量の亜鉛が入ってくる。でも亜鉛は体にいいもんじゃない。なんとか身体から追い出さないと。

 そこで羽毛だ。体に溜まった重金属を、羽毛として外に出してしまえ。結果、羽毛が黒くなるけど、金属中毒で死ぬよりマシだ。そんな風に、都会のハトは生き残るため黒い羽根をまとうようになった。どの街にもいるハトも、こんな風に進化しつつある。

 こういった変化は生殖行動にも表れる。多くの鳥のオスは、歌声でナンパする。そしてモテる声は、田舎と都会では違う。

都市の騒音もほぼ低周波なのだ。その都市において最も普通にみられる野鳥は、比較的高い声の持ち主のようなのである。
  ――Chapter 6 生物は先に都市街に対応している?

 都会の鳥は、声が高い方がモテる。なぜか。都会は煩い。都市の騒音に負けないために、彼らは高い声で歌うのだ。

 そんな風に、振る舞いが変わるだけでなく、種によっては分化も進みつつある。先のロンドンチカイエカは、路線ごとに遺伝子が違っていた。似た現象が、ニューヨークの公園に住むシロアシネズミでも見つかっている。フォーダム大学の生物学者ジェイソン・マンシーサウス曰く…

「誰かがわたしたちに(ニューヨークの公園から)ネズミを持ってきたとします。どこで捕まえたかを教えてくれなくても、わたしたちにはそれがどの公園のネズミなのかを特定することができます。そのくらいネズミたちは異なってしまっているのです」
  ――Chapter 10 都市生物の遺伝子はどこから来たの

 それぞれの公園ごとに、シロアシネズミは孤立した群れをなし、その群れのなかで交配を繰り返した。他の群れとは道路で隔てられ、交配しなかった。その結果、公園ごとに全く違った遺伝傾向を持つようになった。都市の中で、新しい種が生まれつつあるらしい。それも、凄まじい勢いで。

進化生物学には進化の速さを表す単位がある。「ダーウィン」である――1ダーウィンはおよそ千年に0.1%の増加ないし減少を示す。スタニエルケイのトカゲたちの進化速度は90から12,000ダーウィンであった。
  ――Chapter 9 いま、ここにある進化

 それも当たり前で、そもそも都市は変化が激しいからだ。戦争で焼け野原になった東京も、一世紀もせずにコンクリート・ジャングルになった。ヒトがいない環境では、あり得ない速度だ。にも関わらず、それについてきた連中もいるのだ。もっとも、はびこるのは地元の出身者だけとは限らない。

ヨーロッパ及び北アメリカの都市では、野生植物の35~40%が外来種である。そして北京の都心部においては、その割合は53%にもなる。
  ――Chapter 5 「都会ずれ」したものたち

 セイタカアワダチソウなど、ヨソ者がデカいツラしてはびこるのも、都会の特徴だ。これには面白い傾向もあって…

住民たちが裕福であればあるほど、植物の多様性はそれだけ大きくなるのである。
  ――Chapter 5 「都会ずれ」したものたち

 原因はいろいろで、海外から持ってきた種が脱走して定着したり、もともと生物がはびこりやすい環境だったり。セイタカアワダチソウは日本にやって来た例だが、逆に日本から海外に飛びだした奴もいる。

アメリカ東部のいくつかの名門大学は蔦に覆われているので、「アイヴィーリーグ」の名で呼ばれるが、その呼び名の元になったボストンツタ(ナツヅタ:Parthenocissus tricuspidata)でさえ、フォン・シーボルトによって世界中に広められた日本原産の植物なのだ。
  ――Chapter 19 遠隔連携する世界

 マジかい。何やってんだシーボルト。他にもシーボルトは色々と持ち出して荒稼ぎしたそうで、なかなかしたたかな人だったらしい。最近じゃ葛が話題になったなあ(→Wikipedia)。

 そんな風に、ヒトだけじゃなく生物も盛んに国際交流している。もちろん、交流の主な舞台となるのは、都市である。その都市は、どの国に行っても景観は似通っている。景観だけじゃない。騒音は煩いし、重金属は多いし、ヒトの食べ残しも沢山ある、つまり、環境も似てきている。となれば、そこに住む生物も…

世界中の都市の生態系がますます似たものになりつつある
  ――Chapter 19 遠隔連携する世界

 東京とニューヨークの景観が似ているように、そこに住む生物も似てきているらしい。そもそも、都会に住める者には、重要な共通点があるし。

牛乳瓶あるいはルーシー・アプリンの問題箱の攻略に成功したカラは、寛容的であり、問題解決能力を持った新し物好きである、という事実から恩恵を受けたのだと思われる。(略)
より自然度の高い環境下にあっては、引っ込み思案で、保守的で、新し物嫌いであったほうがより安全なことが多い。
  ――Chapter 13 それは本当に進化なのか?

 都市の変化は激しい。変化についていくには、引っ込み思案じゃダメで、新しいことに挑む積極性や好奇心が必要らしい。なんだかヒトに似てるね。

 そんなワケで、都市そのものが変わっていくのに合わせ、都市の生物も凄まじい勢いで変わりつつある。私たちは、目の前で「進化」が見られるのだ。こんな好機は滅多にない。さあ、カメラと双眼鏡を持って街に出かけよう。面白い記録が取れたら、ボクに送ってね。

 …と、読者を煽る本だ。その目論見は、見事に成功していると思う。私も、この本を読んだ後は、ハトやスズメをじっくり見るようになったし、ほんの少し人生が豊かになった気がする。生物学の幅広さと底の深さを感じるとともに、散歩が少し楽しくなる、そんな本だ。

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2021年1月19日 (火)

SFマガジン2021年2月号

恋人になった日から、千見寺初露は尋常寺律の前で着替えなくなった。
  ――斜線堂有希「回樹」

「あんたの身体を俺たちに売らないか。もちろん、最新のH/T社の義体と交換だ」
  ――小野美由紀「身体を売ること」

「ジャムとのコミュニケーションは、交戦という手段しかない」
  ――神林長平「戦闘妖精・雪風 第四部 アグレッサーズ 第四話」

「ありがとう、パートナー」
  ――冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第34回

「百合は当事者の他に、観測者が居て初めて成り立つものよ」
  ――月本十色「2085年の百合プロジェクト」

 440頁の豪華版だぜわあい。

 特集はお待ちかね「百合特集2021」。小説・詩・コミック・インタビュウ・評論に加え、TV放映が始まった「裏世界ピクニック」が表紙+カラー+いろいろ。

 小説も豪華14本。

 まず「百合特集2021」で7本。宮澤伊織「裏世界ピクニック」原作6巻冒頭,斜線堂有希「回樹」,眉木ウカ「貴女が私を人間にしてくれた」,小野美由紀「身体を売ること」,櫻木みわ×李琴峰「湖底の炎」の5本+第2回百合文芸小説コンテストSFマガジン賞受賞作の根岸十歩「キャッシュ・エクスパイア」,月本十色「2085年の百合プロジェクト」。他にコミックで伊藤階「体験しよう!好感異常現象」,詩で水沢なお「サンダー」。

 連載は6本。神林長平「戦闘妖精・雪風 第四部 アグレッサーズ 第四話」,冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第34回,飛博隆「空の園丁 廃園の天使Ⅲ」第6回,夢枕獏「小角の城」第63回,藤井太洋「マン・カインド」第14回,劉慈欣「繊維」泊功訳。

 読み切りは1本だけ。ネオン・ヤン「明月に仕えて」中原尚哉訳。

 まずは「百合特集2021」から。

 宮澤伊織「裏世界ピクニック」原作6巻冒頭。この四月に大学三年生になった紙越空魚は、見知らぬ二人組に話しかけられる。一人は左手に黒革の手袋をした美人、もう一人は見覚えがある。先週、学食で話しかけてきた。

 SFマガジン連載分しか読んでないから知らなかったけど、いつの間にか空魚は記憶を失っていた様子。何があったんだ。つか次巻は「Tは寺生まれのT」って、スーパー霊能者でも出てくるのかw

 斜線堂有希「回樹」。取調室で、尋常寺律は淡々と答える。「私と(千見寺)初露は恋人同士でした。私は八年一緒に暮らしていた恋人を盗んだんです」。大学二年の時に、ちょっとしたいきちがいがきっかけで二人は同居生活を始めた。見知らぬ同士だったが、幸い互いに同居人としては快適で、就職を機に二人の関係はさらに深まる。

 爪へのこだわりが二人の関係をうかがわせる。SFとしては、やはり回樹が光ってる。こんなのがあったら、日本全国はもちろん、世界各国から旅行者が続々と詰めかけるだろうなあ。やがて回樹を取り囲む街ができて、そこには世界各国の人々が住み着き…と、しょうもない妄想が広がってしまう。

 眉木ウカ「貴女が私を人間にしてくれた」。愛依と真依と実依は高校生の未来アイドル。それまでのアイドルと違い、私生活を含む24時間を映像配信している。朝食や授業はもちろん、部活動だって「未来アイドル部」だ。顧問は教頭先生。今日の部活動はコラボ配信。ゲストはバーチャルシンガーソングライター、アキラさん。同学年なのに、落ち着いていて、喋り方も大人っぽい。

 筒井康隆の「おれに関する噂」か映画「トゥルーマン・ショー」か、って雰囲気の設定ながら、若い娘さんのアイドルというのが新しい所か。確かにオッサンなんか見ててもつまんないし…とか思ってたら、物語は急転直下、とんでもない方向へ。百合がどうこうというより、真摯な愛の物語だった。いやマジで。

 小野美由紀「身体を売ること」。世界には三種類の人間がいる。義体を買うため肉体の身体で稼ぐ者。義体を手に入れメンテ費用のため働く者。そしてステイタスのため金をかけて肉体の身体の健康を保つ者。スラムに住むニナは、16歳の誕生日に義体と交換で身体を売った。これで男たちから乱暴に扱われる心配はない。ある日、売った自分の身体をニナは見かける。

 百合SFというよりフェミニズムSFの色が濃い。「機械の身体が欲しい」なんて望みは銀河鉄道なんちゃらかい、と思ったり。ただし本作は地球を離れないんで、そのつもりで。描かれるスラムの景色はゴミ山が広がり有毒ガスが漂う末期的な風景。いかにも未来のディストピアっぽいけど、現代だってフィリピンのスモーキーマウンテン(→Wikipedia)みたいな現状があったりする。

 櫻木みわ×李琴峰「湖底の炎」。大学進学を機に北海道から東京に来た白水素良は、入学式の日に一目ぼれする。相手は二年の木許仙久、登山サークルのビラを手渡された時だ。同期で気が合う一青碧と共に登山サークルに入ったが、木許はあまり飲み会には出てこず、出会う機会に恵まれない。そこで大学の構内で木許が居そうな場所で網を張る。

 …という紹介は表向きで、その奥には千年前の白蛇の精の生まれ変わりなど、中華風ファンタジイの設定がギッシリ詰まってる。というか少々詰めこみ過ぎの感が少々。特に、白水素良が木許仙久の秘密を知った後の話を、じっくり読みたい。三人の関係がどう変わり、それぞれがどう対応していくのか。ソレを考えると、妄想が無駄に果てしなく広がってしまう。

 根岸十歩「キャッシュ・エクスパイア」。サチラブは、オンラインのアイドルゲーム。11歳の相良ユイカは、そこでカナエちゃんと出会い、仲良くなる。みんなは大人のアバターを使う。ふつうの子どものアバターを使うのは、わたしたちだけ。そのカナエちゃんが亡くなった。ところが、カナエちゃんから招待メッセージが届く。差出元は自動操作の疑似人格。カナエちゃんのフリをするアバター。でも三日たてば消える。

 百合でもあり、オンライン・ゲームの可能性を探る作品でもあり。そういう点では、「ゲームSF傑作選 スタートボタンを押してください」収録の「1アップ」と似た味も。本作の主人公二人は子供だけど、将来は老人ホームがVRゲームを導入するんじゃないか、などと妄想したくなる設定だ。でも、家庭と学校しか知らない子供だからこそ、ゲームのコミュニティは価値が大きいのかも。

 月本十色「2085年の百合プロジェクト」。2085年。ナコとチカはベンチャー企業リリイコネクトを立ち上げる。目的は hIE に百合を実装すること。幸い太いスポンサーがつき、二体の hIE サクラとアヤメも調達できた。ところが、肝心の実装がまったく進まない。改めて考えると、それも当たり前だ。なにせ肝心の百合の定義があやふやで、何が百合で何が百合でないのか、どんな百合にしたいのか、全く決まっていない。

 長谷敏司の「BEATLESS」の設定を流用する「アナログハック・オープンリソース」作品。hIE、要は人型ロボットだ。ロボットはプログラムで動く。百合を実装するなら、百合プログラムが必要だ。要求仕様を決めねば。じゃ百合の定義は? ときて、「百合とは何か」へ向かう流れが巧い。この辺はディスカッション小説でもあって、その考察が実に面白い。その議論を踏まえたうえで、BEATLESS 社会だからこそのヒネリまで加えたエンディングが見事だ。

 百合文芸コンテスト選考委員座談会「2021年の百合文芸に向けて」コミック百合姫×ガガガ文庫×SFマガジン×pixiv。「百合」って言葉が流行ったために、アレもコレも百合になったってのは、確かにあるなあ。今思えば「ケロロ軍曹」の小雪と夏美とか、「ニニンがシノブ伝」の忍と楓とか。あと第一回百合文芸コンテストを境に7割ほどpixivでオリジナル小説が増えたってのも興味深い。やはりコンテストは盛り上げる効果があるのか。

 「百合特集2021」はここまで。

 ネオン・ヤン「明月に仕えて」中原尚哉訳。シンはアンシブルだ。歌に乗せ、数光年のかなたから物質とエネルギーを運ぶ。その日は死体が届いた。接続先は原世界。コロニーは叛乱を警戒している。警吏はシンを疑うが、星魔のオウヤン大師はシンをいたわる。アンシブルは歌と性と姉妹関係で他のアンシブルとつながる。

 アンシブルと言えばアーシュラ・K・ル=グウィンの超光速通信技術を思い浮かべる。本作では、機械ではなく、その役割を担う人を示す。Wikipedia によると「Lesbianのアナグラム」なんて説もあるとか。本作にもそういう描写があり、特集に含めていいんでない? 少し中国っぽい雰囲気があると思ったら、著者はシンガポール出身だった。舞台も貿易が命綱の都市国家っぽくて、妙に納得。

 神林長平「戦闘妖精・雪風 第四部 アグレッサーズ 第四話」。ジャーナリストのリン・ジャクスンは、フェアリイのFAFを訪れる。目的はジャムの取材だ。だが、今のところ、人類がジャムとコミュニケートする手段は交戦だけだ。とすると、ジャムについたロンバート大佐を除けば、ジャムと最もコミュニケートしているのは雪風、ということになる。だが雪風もコミュニケートは難しい。

 そうなんだよなあ。戦闘もコミュニケーションの一つなんだよね。今回の主役はリン・ジャクスンだけど、むしろ狂言回し的な役割。彼女との会話を通し、クーリィ准将やブッカー少佐が、ジャムや雪風をどう考えているかが見えてくる。はいいけど、深井零 vs 田村大尉はまだあ?

 冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第34回。ハンターはシザースの尻尾を掴んだ。追うにはハンターが戦線を離れる必要がある。そこで後をバジルに託す。だが<クインテット>内部は一枚岩じゃない。おまけにイースターズ・オフィスも迫っている。そのイースターズ・オフィスは、バロットを主戦力としてウフコックの奪回に向け動き始めた。

 今までは、イースターズ・オフィスによるウフコック奪還のアクション場面と、ウフコックの痕跡を辿る追跡の場面が交互に描かれてきたが、今回で二つの流れが合流する。懐かしい人もヒョッコリ出てきたり。襲撃の場面ではハンターが顔を出さず、バジルが交渉相手となった経緯も、今回で判明する。ぼちぼち終盤かと思ってたけど、まだまだどんでん返しがありそう。

 飛博隆「空の園丁 廃園の天使Ⅲ」第6回。児玉佐知は天使化しつつある。このままでは園丁に気づかれてしまう。かつて來間りり子は、天使化を誘導した。その來間家を、佐知は訪れ、ピアノの間へと向かう。しばらく誰も訪れていないはずなのに、ちゃんと調律されている。弾き始めると、微在たちが騒ぎ始める。40年前に止体化されたはずの、りり子が現れ…

 ゲストが訪れなくなり、次第に変容していく数値海岸。その変容を象徴するような悲劇<天使空襲>だが、あくまでも遠い過去の出来事として記述はアッサリ流す。合奏の場面もなかなかだが、次の小野寺伊佐人が変異に出会うパートも相当なもの。ホラーっぽいと思ってたら、とんでもない人が出てくるし。

藤井太洋「マン・カインド」第14回。今回は5頁だけ。4ヶ月ぶりだってのに、なんてこったい。いまさら気づいたけど、作中に出てくる<メガネウラ>は「ハロー・ワールド」収録の「行き先は特異点」「五色革命」と同じ。舞台が共通しているのか、お気に入りのガジェットなのか。

劉慈欣「繊維」泊功訳。戦闘攻撃機F-18で空母ルーズベルトに帰艦しようとした時、謎の世界に放り込まれた。声が聞こえる。「もしもし、繊維を間違えていますよ!」。機から降りると、登録オフィスが見える。登録係の事務員が一人、男が二人と若い娘が一人。外にはリングを持つ黄色い天体が見える。登録係は、あれが地球だと言う。

 8頁の掌編。アイデアは近年のものながら、ドタバタ風味で噛み合わない会話は、昭和の日本SF短編の香りがする。行儀のいい筒井康隆か、口が悪い星新一か、はたまた少し気取った半村良、そんな感じ。やたら剣闘士にこだわる娘はなんなんだw 人間の文化は世界それぞれながら、機械の原理は同じってあたりに、著者の思想の芯が垣間見える。

 AI研究者にインタビュウする「SFの射程距離」、今回はスクウェア・エニックスで研究している三宅陽一郎。テーマはゲーム内のキャラクターAIはもちろん、ダンジョンを自動生成するなどゲーム環境を操る「メタAI」。「キャラクターが知能を持っていないなら、キャラクターに知能を与えなくちゃいけない」って、この人ヤバい人だw この世界が俺の思った通りじゃないなら、俺が実現してやるって、なんというか研究者・工学者の鑑ですねw

 ということで、今号はここまで。

【今日の一曲】

Fleetwood Mac - Rhiannon

 百合な音楽で思い浮かべるのはこれ。某氏曰く「爬虫類声」なスティーヴィー・ニックスながら、いかにも不気味で不穏なこの曲にはバッチリ合ってて、妙に妄想を刺激してくれる。

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2021年1月12日 (火)

ジョン・ヴァーリイ「さようなら、ロビンソン・クルーソー <八世界>全短編」創元SF文庫 浅倉久志・大野万紀訳

「不可能なものをすべて除外してしまえば」と彼は引用した。「あとに残ったものが、たとえいかに不合理に見えても、それこそ真実に違いない」
  ――びっくりハウス効果

「空が落ちてくるよ、リー」
  ――さようなら、ロビンソン・クルーソー

「あなたは何?」
「時空の特異現象。重力と因果律の掃き溜め。ブラックホールです」
  ――ブラックホールとロリポップ

「これは戦争だ。しかも、宗教戦争――いちばんきたない種類の戦争だ」
  ――イークイノックスはいいずこに

自分のどこまでがホルモンで、どこまでが遺伝で、どこまでが育てられ方なのかを知りたい。
  ――選択の自由

「あなたは人に操られているという漠然とした意識をもっている」
  ――ビートニク・バイユー

【どんな本?】

 70年代にデビューし、斬新な作風で大人気を博したアメリカのSF作家ジョン・ヴァーリイ John Varley による、<八世界>シリーズに属する作品を集め、発表順に並べた短編集その2。

 異星人の侵略により、人類は地球から叩き出される。そして数百年が過ぎたころ、人類は太陽系の外縁をかすめる通信ビームを発見する。発信元はへびつかい座。へびつかい座ホットラインと名づけられたビームは、大量の無意味と思われる信号に紛れ、優れた科学技術の情報も含んでいた。

 ごの技術を利用し、人類は太陽系の<八世界>へと進出する。植民先は水星,金星,月,火星,土星の衛星タイタン,天王星の衛星オベロン,海王星の衛星トリトン,そして冥王星。それぞれの環境に合わせ、大胆に人体を改造した人類は、社会制度も変えていった。

 当時の最新の科学知識を駆使しつつ、家族や恋人や友人などの親しい者同士の関係を通し、大きく変異した人類の生き方を描く、70年代を代表する傑作SF短編集。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2016年2月26日初版。文庫で縦一段組み本文約342頁に加え、訳者大野万紀の解説が豪華20頁。8ポイント42字×18行×342頁=約258,552字、400字詰め原稿用紙で約647枚。文庫では少し厚め。

 文章はこなれている。ただし、SFとしてはかなり科学的に濃いし、SFガジェットも盛りだくさん。

 そんな風に、背景には相当に突っ込んだ科学設定があるのだが、敢えて説明はせず、読者の知識に委ねる芸風なのだ。

【収録作は?】

 それぞれ 作品名 / 原題 / 初出 / 訳。

びっくりハウス効果 / The Funhouse Effect / F&SF1976年12月号 / 大野万紀訳
 <地獄の雪玉>は彗星を改造した客船だ。太陽をかすめる軌道がウリだったが、そのたびに1億トンの質量を失い、今回が最後の航行となる。火星のタルシスから来た作家のクエスターは、ヤバい事に気がつく。エンジンがあるはずの場所は、大きな穴になっている。おまけに救命艇もなくなった加えて「放射能漏れがあった」とのアナウンス。何が起きている?
 豪華客船の最後の航行。運営会社は経費節減のため、あらゆる安全装置を取り外そうとしている。危険に気づいた主人公は、知り合った乗客の一人サ―ラスと共に、真相究明に乗り出す…はずが、事態はさらに混乱してゆく。P.K.ディックが得意とする仕掛けだが、味わいはむしろフレドリック・ブラウン的な軽妙さを感じる。
さようなら、ロビンソン・クルーソー / Good-Bye, Robinson Crusoe / アシモフ1977年春 / 浅倉久志訳
 ピリは冥王星の<パシフィカ・ディズニーランド>で二度目の幼年期の夏を過ごす。船の難破で太平洋の熱帯サンゴ礁に流れ着いた、そういう設定だ。海に潜る。えらが開く。近ごろはハルラの機嫌が悪い。
 舞台は作りかけのディズニーランドだし、ピリも自分が浸っているのは幻想だと知っている。南海の楽園を装っているが舞台裏は見えていて、不穏な予兆がアチコチに漂う。いわば夏のバカンスの終わりを描く作品だが、オチで明かされる落差が半端ない。Rod Stewart の Maggie May(→Youtube)を聴きたくなる。
ブラックホールとロリポップ / Lollipop and tar Baby / Orbit19 1977年 / 大野万紀訳
 ザンジアはブラックホール・ハンターだ。生まれてから15年間、クローンシスターのゾウイと共に、冥王星の彼方で探し続けてきた。ある日いきなり通信が入った。「ハロー、ブラックホールです」。本当なら大当たりだ。でもブラックホールが人間の言葉を話すか? どうやって通信した? なぜ今まで見つからなかった?
ブラックホール通過」同様、太陽系最外縁で孤立した暮らしを営む者を描く、ホラー風味の作品。当時最新トピックだったマイクロ・ブラックホールの扱いが巧みだ。また、生涯を無重力状態で過ごしたザンジアから見た惑星の暮らしにセンス・オブ・ワンダーが溢れている。なお Shirley Temple の On The Good Ship Lollipop はこちら(→Yooutube)。
イークイノックスはいいずこに / Equinoctial / Ascents of Wonder 1977年 / 浅倉久志訳
 パラメーター&イークイノックスは追われている。追っ手は改造派。土星のB輪を赤く塗りつぶそうとしている。でも今は人手が足りないので頭数を増やしたい。だから五つ子を産む寸前のパラメーターは格好の獲物だ。パラメーターがリンガーになったのは77歳の時。やりたい事をやり尽くして土星にたどり着き、イークイノックスと一体化した。
 これも「歌えや踊れ」同様、土星の共生体を描く作品。ただし背景はいささか物騒で、改造派と保全派が争っている。もっとも地球の争いに比べ、やたらのんびりした争いだけど。なんじゃいリングペインター大帝ってw とまれ、パラメーターとイークイノックスの「出会い」の描写は素晴らしい。けど最後のオチはw
選択の自由 / Options / Universe9 1979年 / 浅倉久志訳
 地球を奪われて百年、性転換が安く簡単になってから20年。利用者は既に15人に1人だ。クレオは五人家族だ。夫のジュールズ、長女のリリー、長男のポール、次女で乳飲み子のフェザー。新聞の特集記事を読んでから、クレオも性転換を考え始めた。だが家族はどう思うだろう?
 <八世界>では、当たり前のように人々は性を変える。本作は性転換が普及する過程で起きる軋轢を、特に夫婦関係に絞って描くもの。女のクレオ視点で語られるためか、最初はジュールズ君にイラつくんだけど、受け入れ始めるあたりから、だいぶ様子が違ってくる。妻を失うかわりに、お互い何でも知ってる気の合う親友が得られるとしたら、それは幸せなのか不幸なのか。
ビートニク・バイユー / Beatnik Bayou / New VoisesⅢ 1980年 / 大野万紀訳
 アーガスとデンバーは13歳。キャセイとトリガーも同じぐらいに見えるけど、二人はプロの教師だ。7歳の時から、四人は一緒に大きくなった。ビートニク・バイユーはトリガー所有の個人ディスに―ランド。四人でその沼地に行った際、面倒くさい女がキャセイにしつこく絡んできた。もうすぐ子供が生まれる、でも教師が見つからない、なんとかしてくれ、と。
 主なガジェットは「プロの子供」。大人の教師が子供の体になり、教え子と一緒に大きくなりつつ、教育してゆく。名探偵コ〇ンかいw 一見異様に感じるが、親のダーシー視点だと、とっても理想的だ。なにせ子供が悪い仲間と付き合う心配がない。テキサス出身の作家だけに、似非バイユーの描写はロバート・R・マキャモンやジョー・R・ランズデールにも似た南部の香りが漂う。また裁判の場面では、ヴァーリイの倫理観が強く出ている。

 先の「汝、コンピューターの夢」同様、この作品集でもSFガジェットはてんこ盛りだ。次から次へと驚異的なガジェットが現れ、読者はソコに目を奪われる。

 と同時に、ヒトの生きざまもテクノロジーに従って大きく変わっているのがヴァーリイらしい所。それまでの作品ではサラリと流されていた性転換技術も、「選択の自由」でじっくり描くことで、ソレが社会や人々に与える影響がヒシヒシと伝わってくる。

 一人称の作品なため、読者も主人公視点で考えがちだが、「ビートニク・バイユー」などは親の立場で読むと、全く違った風景が広がるのも面白い。

 1994年の「ウィザード」を最後に邦訳が途絶えているが、なんとか再開してほしい。せめて「Demon」だけでも。

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2021年1月 6日 (水)

ジョン・ヴァーリイ「汝、コンピューターの夢 <八世界>全短編」創元SF文庫 大野万紀訳

母は両足を脱ぎ捨てて、代わりに遊泳足をつけていた。
  ――ピクニック・オン・ニアサイド

「一番難しいのは、息をしないよう体を慣らすことだ」
  ――逆行の夏

ステーションでの一年間で、心が20秒間のタイムラグをたやすく編集し、消し去ってくれる域にまで達していた。
  ――ブラックホール通過

「なぜって、あなたがわたしを養子にしてくれるんだから」
  ――鉢の底

「ええ、別々に三回亡くなられました」
  ――カンザスの幽霊

汝の理解し得ざることがらを
引っかきまわすことなかれ
  ――汝、コンピューターの夢

「誰も、あなたたちリンガーにはかなわない」
  ――歌えや踊れ

【どんな本?】

 70年代にデビューし、斬新な作風で大人気を博したアメリカのSF作家ジョン・ヴァーリイ John Varley による、<八世界>シリーズに属する作品を集め、発表順に並べた短編集。

 異星人の侵略により、人類は地球から叩き出される。そして数百年が過ぎたころ、人類は太陽系の外縁をかすめる通信ビームを発見する。発信元はへびつかい座。へびつかい座ホットラインと名づけられたビームは、大量の無意味と思われる信号に紛れ、優れた科学技術の情報も含んでいた。

 ごの技術を利用し、人類は太陽系の<八世界>へと進出する。植民先は水星,金星,月,火星,土星の衛星タイタン,天王星の衛星オベロン,海王星の衛星トリトン,そして冥王星。それぞれの環境に合わせ、大胆に人体を改造した人類は、社会制度も変えていった。

 当時の最新の科学知識を駆使しつつ、家族や恋人や友人などの親しい者同士の関係を通し、大きく変異した人類の生き方を描く、70年代を代表する傑作SF短編集。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2015年10月16日初版。文庫で縦一段組み本文約350頁に加え、山岸真の解説9頁。8ポイント42字×18行×350頁=約264,600字、400字詰め原稿用紙で約662枚。文庫では少し厚め。

 文章はこなれている。ただし、SFとしてはかなり科学的に濃い。例えば「逆行の夏」。かつて水星は公転周期と自転周期が同じだと思われていた。地球に対する月と同じ関係だ。だが、実は太陽に対しわずかに自転している(→Wikipedia)。そのため、水星の地上から見ると、特定の時期に太陽は逆行する。この事象を作中では説明しない。読者は知っているものとして物語が進む。

今思うと、この作品、たぶんラリイ・ニーヴンの「いちばん寒い場所」のオマージュだろうなあ。

 そんな風に、背景には相当に突っ込んだ科学設定があるのだが、敢えて説明はせず、読者の知識に委ねる芸風なのだ。

【収録作は?】

 それぞれ 作品名 / 原題 / 初出。

ピクニック・オン・ニアサイド / Picnic on Nearside / F&SF1974年8月号
 地球が占領されてから214年。月に住むフォックスは12歳の男の子。母親のカーニバルから<変身>の許可が下りずムクれていた所に、親友のハロウが訪ねてきた…グラマラスな美女になって。パニクったフォックスは、ハロウと共にプチ家出を企てる。目的地はオールド・アルキメデス、ニアサイド(月の地球側)にあった町だ。
 「ぼくが12で、カーニバルが96」とか「母は両足を脱ぎ捨て」などで、細かい背景の説明を省き、技術の進歩と肉体改造の普及をサラリと伝えてしまうあたりが、当時はやたら新鮮だった。親友が女になるなど、性別が選べるのも斬新。フェミニストを自任する人に感想を聞きたい。ニアサイドで出会った変わり者レスターを鏡として、大きく変貌した人類の倫理や社会制度を映し出し、また地球を奪われた人類の悲しみも滲ませる描き方は見事だ。
逆行の夏 / Retrograde Summer / F&SF1975年2月号
 月から来るクローンの姉ジュビランドを迎えるため、ティモシーは水星の宇宙港へ行く。水星には太陽の大きな潮汐力が働く。そのため月と違い地震が多い。慣れないジュビランドは地震に怯える。水星じゃ<服>が必須だ。力場で体を包み、体に酸素を供給し、温度を調整する。今は逆行の夏。水銀洞が楽しい季節だ。
 水星に地震があるか否か、軽く検索したが、今でもよくわかってないようだ。地震が多発する水星と、小規模な地震しかない月の、安全に対する考え方の違いが面白い。現実の宇宙計画でも、アメリカは二重三重の防護措置を取るのに対し、ロシアは現場で治せるように作り工具と部品を積み込むそうだ。<服>も水銀洞も、鏡面のような銀色で、風景は懐かしい未来っぽい。その水銀洞の顛末で、ジョン・ヴァーリーらしいほのかな喪失感が漂ってくる。
ブラックホール通過 / The Black Hole Passes / F&SF1975年6月号
 太陽から130憶km、カイパーベルトの更に外側。へびつかい座からの通信ビームを受け取るには、ここが最適だ。通信の大半はクズだが、わずかにお宝が混じっている。ジョーダンの仕事は、ここのステーションでお宝をより分けること。1日3時間労働の楽な仕事だ。お隣が5憶km離れているのと、やたら暇なのを除けば。そのお隣のトリーモニシャと喧嘩しちまったジョーダンは…
 シリーズの中核を成す、へびつかい座ホットラインに関わる作品。ある種の人には極めて快適な暮らしなんだが、生憎ジョーダンはそうじゃなかった。軍も兵に暇を与えず、常に仕事を与えるとか。普通の人は退屈と孤独に弱いらしい。未来のテレフォンセックスが楽しい作品w え?電子メール?それは言わないお約束。
鉢の底 / In the Bowl / F&SF1975年12月号
 火星住まいのキクは、休暇で金星に来た。目的は爆発宝石。金星の砂漠で稀に見つかるお宝だ。ところが目の調子が悪くなり、辺境で立ち往生する。幸いヤミ医者のエンバーを見つけた。見た目は10~11歳の小娘。おまけに爆発宝石探索のガイドまで頼る羽目になる。ただしガイド料は意外なもので…
 昔のSFじゃ金星は高温多湿で濃い緑に覆われたジャングルで、美女と荒くれ者と怪物がウヨウヨいる暴力と快楽の星だった。でも実際の観測結果は二酸化炭素の大気に満ちた、高温高圧の灼熱地獄。このギャップを茶化す冒頭に苦笑い。高温高圧の大気が引き起こす幻覚と地形変化や、ぶ厚い雲に覆われた金星に住む人々の習慣が異郷を感じさせる。やはり高圧だからこその移動手段も私の好みにピッタリ。
カンザスの幽霊 / The Phantom of Kansas / ギャラクシイ1976年2月号
 二年半、フォックスは死んでいた。殺されたのだ。しかも、三回も。ここ30年ほどは環境芸術家だった。ディズニーランドで天候機を扱ううちに着想を得て、創った作品も認められ人気を博した。自分が創った覚えのない作品が傑作と呼ばれるのは妙な気分だ。月では売り買いのたびに遺伝子分析され、それをセントラル・コンピュータが調べる。殺しても相手はすぐ蘇るし、逃げ切るのも難しい。いったい誰が何のためにフォックスを殺したのか。
 なんとフォックスは環境芸術家になっていた。ついでに女になってるけど、カーニバルともうまくやってるらしい。機動戦士ガンダムでホワイトベースが地球の雲を突っ切った時、宇宙育ちのフラウ・ボウたちが雷を兵器と間違えた場面があった。天候のない人口環境の月で生まれ育った人には、嵐やスコールも一種の芸術なんだろう。いや地球生まれだって鳴門の渦潮や蔵王の樹氷を目当てに旅する人も多いし。私はオーロラが見たいなあ。
汝、コンピューターの夢 / Overdrawn at the Memory Bank / ギャラクシイ1976年5月号
 フィンガルがケニヤ・ディズニーでライオンになる日は、生憎と児童学習日だった。メスのライオンになってアンテロープを狩り、野生の本性に身を委ねて休暇を過ごしたあと、問題が起きた。見学に来たクソガキのイタズラのせいで、コンピューターの仮想世界に閉じ込められてしまったのだ。ここで正気を保つにはコツがあって…
 先の「カンザスの幽霊」に続き、舞台は月のディズニーランド。フィンガルが閉じ込められたのは、今でいう仮想世界だ。ただし、建物などの背景や登場人物などの世界を構築するのは、プログラムでもシステム管理者でもなく、フィンガル自身ってのが独特なところ。だもんで、彼が正気なら世界も正常なんだが、ヤケになって好き勝手やりはじめると…
歌えや踊れ / Gotta sing, Gotta Dance / ギャラクシイ1976年7月号
 バーナム&ベイリーは人間と植物の共生体だ。日頃は土星のリング付近に漂い、自給自足で満ち足りた暮らしをしているが、今日は土星の衛星ヤヌスに来た。目的は音楽を売ること。とはいても、彼らは楽譜の読み書きはできない。そこでシンセサイザーを借り、音色から作り始める。
 世にも珍しい音楽SF。カルロス・サンタナは楽譜が読めない。ジミ・ヘンドリックスも読めなかったらしい。ボブ・マーリーに至っては、ギターの調弦すらできなかった。それでも優れた音楽は創れるのだ。ガジェットではシナプチコンが面白かった。無重力用全身シンセサイザーとでも言うか。

 ジョン・ヴァーリイの特徴の一つは、惜しみなくつぎ込まれたSFガジェットの数々だろう。加えてヴァ―リイならではなのが、70年代風の味わいだ。

 狂乱の60年代を過ぎた70年代は、失望と内向の時代だった。荒れ狂った若者たちも、職に就いて家庭を持ち、落ち着いてゆく。そのためか、この作品集にも喪失感や成長に伴う痛みが漂う。

 「ピクニック・オン・ニアサイド」では、喪った地球を眺める。「逆行の夏」は、子ども時代の象徴が壊れる。「鉢の底」でも、お宝の夢が消えてゆく。ただ、いずれも、失うだけではなく、それを受け入れることで、新しい人生が始まる物語でもあるのが、ヴァーリイらしいところ。

 語り手がヒーローでも権力者でもなく、普通の人々なのも独特な点だろう。ありがちな人びとの暮らしを通して、いやだからこそ、大きく変わったテクノロジーと社会が際立って見えてくる。

 驚異的なガジェットを使いながらも、あまり得意げに説明しない一見不親切な語り口も、近年のSFに受け継がれている。半世紀も昔の作品なのに、今でも輝きを失わない、稀有なSF作品集だ。

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2021年1月 3日 (日)

ジョセフ・ヒース+アンドルー・ポター「反逆の神話 カウンターカルチャーはいかにして消費文化になったか」NTT出版 栗原百代訳

本書では、カウンターカルチャーの反逆の数十年は何も変革しえなかったと主張する。(略)
妨害すべき「単一文化」や「単一システム」なんてものは存在しない。
  ――序章

カウンターカルチャーの思想は多くの点でフロイトの心理学理論から直接導かれている。
  ――第2章 フロイト、カリフォルニアへ行く

最も信頼のおける研究は、売上げは広告についていかない、むしろ逆に広告が売上げについていくことを示している。
  ――第7章 地位の追求からクールの探求へ

貧困と画一化のどちらかを減らすことを選ぶかといわれたら、たいていの人は貧困を減らすほうを選ぶ
  ――第8章 コカ・コーラ化

二つのシンプルな質問がある。
その一、「自分の個性はほかの人たちの仕事をふやしているか?」
その二、「全員がそんなふうに振る舞ったらどうなるか?」
  ――第8章 コカ・コーラ化

過去20年間に増大した外国貿易のほぼすべては、貿易の激化より多様化に伴うものだった。
  ――第8章 コカ・コーラ化

外国を旅する人たちの主な動機は、表のシミュラークルから裏の現実に侵入することだ。
  ――第9章 ありがとう、インド

【どんな本?】

 1960年代、ヒッピーたちは体制への反逆を訴えて暴れまわった。彼らのコミューンは大半が潰れたが、反逆の思想は21世紀の現代にも生き残り、スローフードやヒップホップとして受け継がれている。

 そしてナイキやSUV,Apple の Macintosh は…って、アレ? 彼らは大量消費社会に反発していたのではないのか? でも、どう考えたってナイキ消費社会そのものじゃないか。なんでナイキなんだ。コンバースにしろよ。

 なぜカウンターカルチャーは世界を変えられなかったのか。何を間違っていたのか。そもそもカウンターカルチャーの源流は何か。そして、これからどうすべきなのか。

 カナダの哲学者二人が、アメリカのカウンターカルチャーの失敗を指摘し、より適切な方向性を指し示す、左派向けの思想書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は THE REBEL SELL : Why The Culture Can't Be Jammed, by Joseph Heath & Andrew Potter, 2006。日本語版は2014年9月26日初版第1刷発行。単行本ソフトカバー縦一段組み本文約395頁に加え、訳者あとがき4頁。9ポイント46字×19行×395頁=約345,230字、400字詰め原稿用紙で約864枚。文庫なら厚い一冊か薄い上下巻ぐらいの文字数。

 文章は比較的にこなれているし、内容も特に難しくない。途中でルソーやホップスなど哲学者の名が出てくるが、同時にその思想や主張のあらましを短くまとめているので、知らない人でも大丈夫。それより『アドバスターズ』やはアラニス・モリセットなど、アメリカのポップ・カルチャーの固有名詞が辛かった。さすがにカート・コバーンは知ってたけど。

【構成は?】

 単なる野次馬根性で読むのか、真面目な思想書として読むのかで、相応しい読み方は違う。各章は比較的に独立している。と同時に、全般的に前の章を受けて後の章が展開する形にもなっている。野次馬根性で読むなら、美味しそうな所を拾い読みすればいい。だが真面目に思想書として読むなら、素直に頭から読もう。でないと、特に批判する際に、的外れな批判をする羽目になる。

クリックで詳細表示
  • 謝辞
  • 序章 
    反逆者が履くナイキ/「マトリックス」を読み解く/カウンターカルチャーの快楽主義
  • 第1部
  • 第1章 カウンターカルチャーの誕生
    誰がカート・コバーンを殺したのか/反逆思想の系譜/カール・マルクスの診断/ファシズムと大衆社会/ミルグラムの「アイヒマン実験」/「システムからの開放」という目的/「体制」はなぜ崩壊しないのか
  • 第2章 フロイト、カリフォルニアへ行く
    フロイトの登場/イド・自我・超自我/心の「圧力鍋」モデル/現代社会は「抑圧」する/マナーの起源/アメリカはファシズム社会か/「アメリカン・ビューティー」と「カラー・オブ・ハート」/ドラッグによる革命/パーティーのために闘え
  • 第3章 ノーマルであること
    フェミニズムがもたらしたもの/アナーキズムの罠/集団行為問題の解決法/異議申し立てと逸脱の区別/フロイトvsホッブズ/フロイトvsホッブズ(その2)/日常の中の「ルール」/わがパンク体験
  • 第4章 自分が嫌いだ、だから買いたい
    反消費主義=大衆社会批判?/降伏のパラ度ドックス/消費主義の本質/ボードリヤール「消費社会と神話の構造」/マルクスの恐慌論/ヴェブレンの洞察/消費主義の勝利は消費者のせい/都会の家はなぜ高い/「差異」としての消費/バーバリーがダサくなった理由/ナオミ・クラインのロフト
  • 第5章 極端な反逆
    ユナボマーのメッセージ/反体制暴動は正当化されるか/マイケル・ムーア『ボウリング・フォー・コロンバイン』/精神病と社会/「破壊」のブランド化/オルタナティブはつらいよ/消費社会を活性化するダウンシフト/お金のかかる「シンプルな生活」
  • 第2部
  • 第6章 制服と画一性
    ブランドなしの「スタトレ」/制服は個性の放棄か/制服の機能/「全体的制服」をドレスダウン/軍隊の伊達男/反逆のファッション/イリイチ『脱学校の社会』/学校制服の復活/女子高で現地調査/なぜ消費社会が勝利したか
  • 第7章 地位の追求からクールの探求へ
    「クール」体験/クールとは何か/『ヒップとスクエア』/アメリカの階級制/ブルジョワでボヘミアン/クリエイティブ・クラスの台頭/クールこそ資本主義の活力源/侯国は意外に効果なし?/どうすれば効くのか/ブランドの役割/選好とアイデンティティ/流行の構造/広告競争のなくし方
  • 第8章 コカ・コーラ化
    レヴィトタウン/現代の建売住宅事情/画一化の良し悪し/みんなが好きな物はあまり変わらない/少数者の好みが高くつく理由/「マクドナルド化」批判の落とし穴/グローバル化と多様性/反グローバル化運動の誤謬
  • 第9章 ありがとう、インド
    自己発見としてのエキゾチシズム//エキゾチシズムの系譜/ボランタリー・シンプリシティ/東洋と西洋/香港体験記/カウンターカルチャーは「禅」がお好き/先住民は「自然」か?/「本物らしさ」の追求/胡同を歩く/旅行者の自己満足/ツーリズムと出張/代替医療の歴史/代替医療はなぜ効かない
  • 第10章 宇宙船地球号
    サイクリストの反乱/テクノロジー批判/「スモール・イズ・ビューティフル」/適正技術とは何か/サイバースペースの自由/スローフード運動/ディープエコロジー/環境問題の正しい解決法
  • 結論
    ファシズムのトラウマ/反逆商売/多元的な価値の問題/市場による解決と問題点/反グローバル運動の陥没 ナオミ・クラインを批判する/そして何が必要なのか
  • 後記
    倫理的消費について/簡単な「解決策」などない/左派は文化的政治をやめよ/カウンターカルチャーの重罪/資本主義の評価/僕らはマイクロソフトの回し者?
  • 原注/訳者あとがき/読者のための読書案内/索引

【感想は?】

 団塊ジュニア世代の左派による、団塊世代左派の批判。

 団塊世代の左派と一言で言っても、中はいろいろだ。例えば60年代の人権運動だと、穏健派のキング牧師 vs 過激派のマルコムXがわかりやすい。本書はキング牧師の肩を持ち、マルコムXを批判している。

 もちろん、団塊世代の左派は今だって生き延びているし、世代を超えて受け継がれている思想もある。その一つが、ルソー的な「高貴な野蛮人」(→Wikipedia)の幻想だ。彼らは大量生産による消費社会を嫌い、有機農法やスローフードを持ち上げる。だが、それがもたらすものは…

カウンターカルチャーの反逆は、(略)進歩的な政治や経済への影響などいっさいもたらさず、もっと公正な社会を建設するという喫緊の課題を損なう、芝居がかった意思表示に過ぎない。
  ――第3章 ノーマルであること

 うーん。これを書いてて気が付いたんだが、マルコムXと有機農法はだいぶ違うような気がする。が、著者のなかでは同じくくりになっている。共通するのは、ソレが「クール」な点だ。ある種の人にとって、そういうのがカッコいいのだ。

 なぜカッコいいのか。それは、他の人より一歩先んじているからだ。これには困った点がある。みんなが同じことをやったら、ソレはダサくなってしまう。人込みで同じ柄のシャツを着た人とすれ違うと、なんか気まずいよね。そんなワケで、クールへの道は険しく果てしない。常に人の一歩先を行かなきゃいけないんだから。

たいていの人間は周囲になじむためのものより大勢のなかで目立つためのものに大金を費やす。
  ――第4章 自分が嫌いだ、だから買いたい

 シャツぐらいならともかく、自動車や家にまで、この行動原理はまかり通っている。これに対し、著者はやたら手厳しい。

クールがカウンターカルチャーの中核をなす地位精度を築き上げていることは、社会全体に高校生のロジックがまかり通っていることの表れにほかならない。
  ――第7章 地位の追求からクールの探求へ

 最近の日本語には「高校生のロジック」よりもっと便利な言葉がある。厨二病だ。ああ、胸が痛い。こんな風に、みもふたもない実情バラシが本書のアチコチにある。例えば男の服装については…

50年代の男性の服装は味気なく、画一的だった。しかし主な理由は、男性が多くの服を持たなかったことだ。
  ――第6章 制服と画一性

 なぜアンダーシャツが必要なのか。シャツを直接着たら、シャツが汗で汚れてしまう。アンダーシャツに汗を吸わせれば、シャツが汚れないから、洗濯しないで済む。昔の映画で男優が着替えないのは、そういう事だ。「ティファニーで朝食を」でオードリー・ヘップバーンは次々と華やかな衣装を披露するが、ジョージ・ペパードが着たきりで押し通す。それは当時の風俗を反映し…ってのは無理があるなw だって、あの映画の主題はオードリーを魅力的に見せることだし。

 そして何より、カウンターカルチャーの困った点は、体制の破壊を目論むことだ。彼らは「体制」や「ルール」を敵視し、慈愛や思いやりによるやすらかな社会を求める。が、そんなのは夢だ。往々にしてルールは、それに従う者すべてに利益をもたらす。

これら(行列に割り込まないなど)のルールで大切なポイントは、ルールが設ける制約から誰もが利益を得ているということだ。
  ――第3章 ノーマルであること

 行列の割り込みぐらいで済めばいいが、無政府状態はもっと怖い。あなた、ソマリア南部やシリア北部に行きたいですか? とはいえ、内戦前のシリアも理想郷じゃなかった。北朝鮮も秩序だっちゃいるが、住みやすくはないだろう。問題はルールや体制がある事じゃない。それが適切じゃないことだ。

左派批評家が資本主義の重大な欠陥としていることのほとんどは、実際には市場の失敗の問題であって、市場がしかるべく機能していた場合の結果ではない。
  ――結論

 そんなワケで、闇雲に反逆するんじゃなく、今のルールの欠陥をキッチリ調べ、真面目に政治運動をして、法や制度を変えるよう議会に促そうよ、と著者は主張する。

個人のライフスタイルの選択は大切だ。だが誰が国を支配するのかというような伝統的な政治問題のほうが、もっとずっと大切なのだ。
  ――後記

 言いたいことはわかるし、正論でもあると思う。何より、アチコチに胸をえぐられるような指摘があって、これが実に効いている。

 とまれ、難しいかな、とも思う。だって政治や経済に口出ししようとしたら、真面目にオベンキョしなきゃいけない。それよか有機農法の野菜を買う方が楽だし。確かに思考停止だけど、「何かをしている」って満足感は得られる。イチイチ調べるのって、面倒くさいよね。

 著者が指摘するカウンターカルチャーの問題点は、カウンターカルチャーが人々の道徳性に頼っている点だ。みんなが譲り合い分け合えば、パラダイスになる。そんな発想で、制度を変えるのではなく、人々の考え方を変えようとした。これ、今思えば、一種の宗教だよなあ。

 そういう点では、著者も同じ過ちを犯している。つまり、カウンターカルチャーがラブ&ピースに頼ったように、著者も人々の勉強熱心に頼っている。「左派は有機野菜を買ってお手軽に満足するんじゃなく、真面目に政治や制度や経済を学べ」と言ってるんだから。そういうのは賢い人に任せて、後をついていく方が楽なんだよね。でもって、自分で考え出すと、人それぞれで解が違っちゃうんで、一つの政治運動としてはまとまりにくい。

 とかの文句はあるにせよ、エスニック趣味批判など私自身の好みにケチつけられてムカついたんだろ、と言われたら、確かにそれもある。他にも、フロイトの思想的な影響や、広告と売り上げの関係など、興味深い指摘も多い。広告に税金をかけろとか、面白い提言もしている。きっとマスコミがこぞって反対するだろうけど。迷惑メールをなくす方法は…これもキチンと考えると、プロバイダのビジネスモデルを理解する必要があるんで、やっぱりおベンキョしなきゃいけないんだよなあ。

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2021年1月 1日 (金)

2020年に面白かった小説3つノンフィクション3つ

 例年通り思い付きで選んでます。

【小説】

春暮康一「オーラリメイカー」早川書房
 遠未来。アリスタルコス星系は、明らかに人為的に改造されていた。九つの惑星のうち四つは、水星ほどの質量で、公転面が60度以上も傾き、極端な楕円軌道で近日点と遠日点は他の惑星の軌道スレスレをかすめている。何者が改造したのか。知的種族の共同探索は、この謎を解くため現地に赴く。
 超古代の知的生物が遺した遺物から始まるSF小説は数々あれど、これほど大規模なものは滅多にない。この魅力的な謎に最新科学の知識を駆使して真っ向から取り組み、なおかつ意外性に満ちた真相へと導く手腕は、新人ながら骨太の底力を感じさせる。SFならではの楽しみに満ちた、センス・オブ・ワンダー溢れる文句なしの王道本格SF。
テッド・チャン「息吹」早川書房 大森望訳
 極端に寡作ながら、作品を発表するたびに大きな話題を呼び起こすテッド・チャンの日本で二番目の作品集。不思議な世界における、静かな終焉のきざはしを語る表題作「息吹」、人工知能とプラットフォームの代替わりと子育てあるあるを巧みに組み合わせた「ソフトウェア・オブジェクトのライフサイクル」、記録することとソレを残すことの功罪を対照的な社会を背景に浮かび上がらせる「偽りのない真実、偽りのない気持ち」など、いずれも短いながら、いや短いからこそ、読者に強烈な印象を残す傑作ぞろい。
伏瀬「転生したらスライムだった件小説家になろう
 タイトルまんまのお話。異世界に転生したはいいが、なんの因果か最弱のスライムに。「え?いろいろチートな能力を得てウハウハできるんじゃないの?」と愚痴りたいが、そこには愚痴をこぼす相手すらいない。いやナニやら「捕食者」なんて妙なスキルはあるんだけど…
 略称「転スラ」で有名な作品。最近めっきり記事更新が減ったのは、「小説家になろう」にハマったせいなんで、その代表として。「転スラ」じゃあゴブタとガビル様が好きだなあ。頑張ってるのに、なんか報われない所とかw いやガビル様は半ば自業自得なんだけどw

【ノンフィクション】

ブラッド・トリンスキー&アラン・ディ・ペルナ「エレクトリック・ギター革命史」リットーミュージック 石川千晶訳
 いまさらバイオリンの新しい形を考える者はいないし、音色もストラディバリウスが理想とされている。だがエレクトリック・ギターは様々な形が次々と生まれ、その音色もプレイヤーによって様々だ。そのエレクトリック・ギターはどのように生まれ、誰が何のためにどんな工夫を加え、現代のように多種多様なバリエーションを生み出したのか。誕生前夜のリゾネーターがら現代のビンテージ・ブームまで、職人とギタリストの創意工夫の歴史を辿る。
 そう、エレクトリック・ギターの魅力は数々あれど、最大の魅力は未だ「究極の音と形」が定まっていない点だろう。ボディの形と素材からピックアップやスイッチなどの電気回路、多種多様なエフェクターやアンプの組み合わせ、そしてタッピングやアーミングなどの奏法に至るまで、正解というものがない。ヘッドレスなんてデザインは、従来の楽器じゃまず考えられない。そういう若々しい楽器であるエレクトリック・ギターの魅力がタップリ詰まった楽しい本だ。
ロジャー・クレイア「イラク原子炉攻撃! イスラエル空軍秘密作戦の全貌」並木書房 高澤市郎訳
 バビロン作戦。1981年6月7日、イラクの西部のオシラク原子炉を、イスラエル空軍が攻撃して破壊した衝撃的な軍事作戦である。イスラエルはいかにして情報を掴み、必要な機材を手に入れ、実施したのか。作戦を実行したイスラエル空軍のパイロットはもちろん、情報機関モサドの暗躍からオシラク原子炉の職員まで、幅広い取材で作戦の全容を生々しく描く軍事るポルタージュ。
 まず、物語として、やたらめったら面白い。他国上空を許可なく横切り原子炉を攻撃するという言語道断な作戦にも関わらず、イスラエルを応援したくなるからタチが悪い。またルポルタージュとしても卓越していて、専門用語をほとんど使わず、極めて丁寧に個々の機動から装備の性能やクセ、各操作の意味までこと細かく教えてくれるのが嬉しい。間違いなく軍事ドキュメンタリーの傑作。
岩本太郎「実用メカニズム事典 機械設計の発想力を鍛える機構101選」森北出版
 カム、滑車、歯車、クローラー。機械を作るには、動きを伝えたり、動きの方向やタイミングを変えたり、速さや動きの幅を変えたりする機構が要る。どんな機構があり、どんな働きをして、どのような制限があるのか。プロの設計者を支援すべく、あらゆるメカニズムを豊富な図解で紹介する、プロ向けのメカニズムの事典。
 プロ向けの事典だからして、当然ながら記述は無愛想だし、数式もバリバリ出てくる。もちろん素人が読みこなせる本じゃない。とはいえ、たっぷり載っているイラストは極めて親切で、それぞれの機構を脳内で動かしながら見ていると、「おおっ!」と人類の叡智に感動することしばし。脳内妄想能力の発達したヲタクだからこそ味わえる至福の時間が詰まった一冊。

【終わりに】

 こうやってまとめようとすると、「ゲームの王国」や「天冥の標Ⅹ 青葉よ、豊かなれ」や「巨神降臨」など、SFで推したい作品が次々と沸いてくるから困る。「フレドリック・ブラウンSF短編全集」も入れたかったんだが、完結してないんで今回は見送った。

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