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2020年12月11日 (金)

草野原々「大絶滅恐竜タイムウォーズ」ハヤカワ文庫JA

そして、葛藤します。葛藤すると、エモいですね。
  ――p206

この小説は、本格ミステリである。
  ――p308

【どんな本?】

 デビュー作の「最後にして最初のアイドル」以来、日本SF界を震撼させ続けている野生のSF作家、草野原々による「大進化どうぶつデスゲーム」の続編。

 星智慧女学院3年A組の生徒たちは、宇宙の運命を賭けたネコたちとの戦いに、かろうじて勝った。だが、再び彼女たちに試練が訪れる。小田原は熱帯と化して緑の木々が生い茂り、色とりどりの果実が実る。そこで地上を跋扈する覇者は鳥類だった。歴史の変化をもたらしたのは6600万年前の中生代白亜紀末期。

 休日を楽しんでいた3年A組の面々は、シンギュラリティAIリアの呼び出しに応じて集い始めるのだが…

 といった、まっとうな青春冒険活劇を装っても、悪名が流布しまくった今となっては無駄と観念したのか、本作は序盤からトバしてます。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2019年12月25日発行。文庫本で縦一段組み本文約310頁に加え、難波優輝の解説「キャラクタの前で」9頁。9ポイント40字×17行×310頁=約210,800字、400字詰め原稿用紙で約527枚。普通の文庫の厚さ。

 文章はこなれている。内容は…えーっと、ハッキリ言って、小説としては壊れてます。かなり無茶やっているので、ついていくのは大変。序盤からトバしてるけど中盤から終盤に向け、更に物語の崩壊が進むので、覚悟しよう。要はいつもの草野原々です。

【感想は?】

 草野原々、やりたい放題。

 デビュー作「最後にして最初のアイドル」からして異様だったし、異様さに相応しい騒動も引き起こした。それが本作では物語である事すらかなぐり捨て、時空の彼方へとスッ飛んでいく。

 なんというか、最初は大人しげで多少は愛嬌もあった見慣れぬ生物が、変態を繰り返して化け物の本性を露わにする、そんな様子を見ているようだ。日本のSF界は、「期待の新人」と見間違って、とんでもない怪物を育ててしまったのではなかろうか。

 冒頭は、まだ大人しい。チャールズ・ダーウィンがゲロを吐いてるけど、そこはいつものグロやスプラッタ大好きな草野節で納得できる。舞台が現代の小田原に切り替わり、ヒロインの一人である空上ミカが登場すると、何やら不穏な記述が紛れ込む。

ミカの内面を想像して、共感して感情移入しましょう。
  ――p18

 …は? いや小説だし、普通はそうするよね。なんか普通の小説とは違うみたいだなあ。けどまあ、せっかく読み始めたんだし、とりあえず読み続けよう。ほら、出てきた。前作からお馴染み、可愛らしくて能天気だけど無責任なAIだ。

「はーい! おひさしぶりっ、リアちゃんでーす! 大進化どうぶつデスゲーム、第二回戦はじまるよー!」
  ――p20

 相変わらずムカつくAIだなあ。まっとうな青春群像物なら全員が無事に生き延びるんだけど、何せグロ描写と毒吐き少女大好き草野原々だし、前作もアレだったから…などと不安に思っていると、これも序盤から掟破りをやらかしてくれる。いや普通、そういうのは全員が集まってから、というのがお約束では?

 と、序盤から娯楽小説の定石を踏みにじりつつ始まった物語は、やがて少女たちと巨大化・凶暴化した鳥類たちとの、生き残りを賭けたバトルへと突入してゆく。ここでは緊迫感が漂う案外とマトモなサスペンス・アクションが展開するからタチが悪い。なんか普通の娯楽小説かと思い込んでしまうじゃないか。

 やたら鳥たちが巨大化し、かつ飛ばなくなってるけど、実はこれも理に適ってて。カカポ(→Wikipedia,「ねずみに支配された島」)が有名な例なんだが、鳥は飛びたくて飛んでるんじゃない。天敵=捕食者から逃げるために飛んでる。でも飛ぶのは燃費が悪い。だもんで、天敵がいない孤島などの環境だと、アッサリ飛ぶ能力を手放して太る。だって体重が重い方が戦いで有利だし。

 など、天敵がいなくなった環境で異様に進化したのは鳥たちに限らず、中盤以降では古生物図鑑などで見たアレやコレも元気かつ溌剌とした姿で暴れまわる。ここでは「なぜそうなったか」のか、一応はスジの通った理屈が出てくるから、なんかまっとうなSFみたいな気がしてきたり。ここは地質学や古生物学が好きな人には楽しいところ。

 …いや逆にマジメに学んでる人は怒りだすかもしれない。なにせアレ(→Wikipedia)があんなモンに改造されてあんなトコロまで行っちゃうし。「神鯨」もソコまで無茶しなかったぞ。いやこの風景はむしろ「地球の長い午後」か?

 てな感じに、常識的な読者を置き去りにして暴走を続ける物語は、終盤で更に狂気の度を増し、読者ばかりか登場人物までその場に置き捨て、ほんのわずかな百合の欠片をまといながらも、このシリーズはもちろん小説とその読者すら破壊の渦へと巻きこんでゆく。

 なんかとんでもねえモンを読んでしまったような気もするし、単に締め切りが迫った著者がヤケになっただけじゃないかって疑いもあれば、もしかして「ドグラ・マグラ」や「虚無への供物」に並ぶ奇書なのかな、と思ったり。

 そういうワケで、とにかく「ヘンな本」が読みたい人にお薦め。

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【今日の一曲】

Hotel California - Lexington Lab Band

 ややネタバレ気味だけど、本作で思い浮かべるのは、やっぱりこの曲でしょう。Eagles の名曲を五本ものギターを贅沢に配した編成で再現してます。

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