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2020年12月 1日 (火)

フォンダ・リー「翡翠城市」新☆ハヤカワSFシリーズ 大谷真弓訳

翡翠を持てば、人は只者ではなくなる。
  ――p14

「黄金と翡翠、両方をほしがってはならない」
  ――p157

明日をも知れないときは、今日のことを考えるほうがいい。
  ――p236

「期待されて生まれた人は、期待に腹を立て、期待に抗う。まったく期待されずに生まれれば、一生、期待が欠けていると感じながら生きていくことになる」
  ――p454

政治はゆっくり動き、剣は速く動く。
  ――p537

【どんな本?】

 カナダ出身の新鋭SF/ファンタジイ作家、フォンダ・リーによる黒社会ファンタジイ・シリーズ開幕編。

 ケコン島は翡翠が出る。島に生まれ、適性を持ち、相応しい鍛錬を経た者は、グリーンボーンとして怪力・鋼鉄・感知・俊敏・跳ね返し・チャネリングなど、翡翠の力を振るう戦士となる。だが翡翠は災いももたらす。翡翠を御しきれず、正気を失い身を亡ぼす者もいる。

 かつてグリーンボーンたち<一山会>は、ショター帝国の支配に抗って戦い、独立をもぎ取った。だが独立後に一山会は無峰会と山岳会に分かれ、今も島の中心地ジャンルーンをめぐり抗争を続けている。

 無峰会を率いる<柱>はコール・ラン、一山会で“ケコンの炎”と敬われた戦士コール・センの孫だ。理知的で温和なランを支えるのは二人。戦士たちをまとめる<角>のコール・ヒロはランの弟で、直情的だが部下の信頼は厚い。事業を管理する<日和見>はユン・ドル、センの戦友で狡猾な策士だ。

 対する山岳会の<柱>はアイト・マダ。先代のアイト・ユーの養女であり、一切の情を捨てて<柱>の座をもぎ取った。更なる野心を抱くマダは、ジャンルーンを手に入れるため周到な罠で無峰会を飲みこもうと画策を続ける。

 そんな中、近隣のタン帝国や大国エスパニア共和国は、国際的な戦略物資の翡翠をめぐり、小国ケコンを注視していた。

 生まれと生い立ちのくびきに囚われ、または抗い、運命に翻弄されながらも、掟と誇りに準じて戦う男女を描く、異色のファンタジイッ長編。2018年世界幻想文学大賞受賞。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Jade City, by Fonda Lee, 2017。日本語版は2019年10月25日発行。新書版で縦二段組み本文約587頁に加え、編集部による解説3頁。9ポイント24字×17行×2段×587頁=約478,992字、400字詰め原稿用紙で約1,198枚。文庫なら上下巻ぐらいの長編。

 文章はこなれていて読みやすい。内容も仕掛けはSFというよりファンタジイ、または異能力バトルなので、難しい理屈も出てこない。ただしマフィア物だけに血しぶき舞い散る場面も多く、ある程度のスプラッタ耐性は必要。

【感想は?】

 うん、確かにゴッドファーザーだ。

 マリオ・プーヅォの「ゴッドファーザー」は、シシリアン・マフィアの生態を描くと同時に、ファミリー物でもあった。この作品も、黒社会に生きる家族の物語だ。

 「ゴッドファーザー」のドン・コルレオーネに当たるのは、<無峰会>の元柱コール・セン。ドン・コルレオーネ同様、一代で<無峰会>を育て上げた古強者だ。独立戦争の闘士でもあり、古いメンバーからの忠誠も厚い。ただしドンと違い既に現役を退き、孫のランに<柱>の座を譲っている。

 偉大な先代の後継ぎとして苦労が絶えないのがラン。ゴッドファーザーならマイケルに当たる役だろう。現代的な感覚を持ち理知的な頭脳と穏健な性格を備えながらも、<柱>としての役割を懸命に果たそうとする。前半では、彼にのしかかる重責が重苦しい雰囲気を醸し出す。

 なにせ先代は偉大だ。せめて若き二代目を支えてくれるんならともかく、今のセンは口を開けば悪態と独立戦争の昔話ばかり。というか、半ば錯乱してる。

 柱を支える両腕の一人<日和見>のユン・ドルは、ゴッドファーザーのトム・ヘイゲンに当たる。組織では経理や事業などをまとめる役割で、先代センとは戦友として強い絆を持つ。こういうのが財布と情報を握ってると、二代目は実にやりにくい。時代にあわせ変えていこうにも、昔話ばかりで役には立たず、でも組織の古株には顔が効く爺さんたちってのは、ほんと困ったもんで。

 もう一つの腕<角>は戦闘部隊。これを担うのがコール・ヒロ、ランの弟だ。性格はゴッドファーザーのソニーに似た脳筋w ただし若いながらも人の掌握には長けていて、部下からは強く慕われている。<一山会>との対立でも、「やっちまおうぜ」と逸りまくってる。

 先代は頼りにならず、その懐刀はイマイチ信用できず、もう一方の腕は脳筋。せめて平和な時期ならともかく、足元を見たのか<山岳会>は絶え間なくチョッカイをかけてくる。

 その<一山会>のボス、アイト・マダがこれまた実に怖い人で。

 なんたって黒社会、男の世界だ。にも関わらず、女でありながら<山岳会>をまとめ上げている。決してお飾りじゃなく、実力で<柱>の座をもぎ取り、維持してきた強者だ。彼女の出番は少ないながら、広い視野と明晰かつ狡猾な頭脳、そして必要とあらばいかなる手段も辞さない怜悧な合理性を備えた強敵である由が、後半から終盤にかけ圧倒的な存在感を伴って伝わってくる。

 彼女の広い視野を通して見えてくるのが、ケコンの危うい政治的立場だ。

「わたしたちの国は、希少な資源を持つ小国。正しい行動をしなければ、また大きな国に翻弄されることになる」
  ――p497

 ケコンの翡翠はヒトを超人に変える。それだけに、世界の各国がケコンを見る目は熱い。隣りのタン帝国(たぶん中国がモデル)はもちろん、エスペニア共和国(米国かな?)も近くのユーマン島に海軍基地を構えている。いずれもケコンを支配下に置こうと水面下で密かに画策しているのは確実だ。

 そんな危うい状況で、人としての心と組織のボスとしての役割を両立させようとするランなのだが…

強いリーダーでありながら、思いやりのある人物であることは可能だろうか?
  ――p328

 そんなランを支えるヒロも、脳筋ながら<角>としての役割は心得ている。なんといっても、部下はランに輪をかけた脳筋揃いだ。こういう連中をまとめ上げるには、腕力だけじゃ足りない。血の気は多く落ち着きは足りず、そのくせ面子にはやたらこだわる奴らをいかに率いるか。職場でリーダーとして苦労している人には、なかなか役に立つコツが書いてある…のかなあw

 そこに飛び込んできた出戻りの妹、コール・シェイ。駆け落ち同然でエスパニアに渡ったが、男と別れてケコンに帰ってきた。強い意志と聡明な頭脳を備えてはいるが、家族、特にヒロとの仲はギクシャクしたまま。組織とは距離を取って生きようとしてはいるが、時は抗争のさなか、山岳会が放置してくれるとは限らず…。

 平和な時代の普通の家庭なら、ランは有能な官僚になっただろうし、ヒロは民間企業の営業として活発に販路を広げ、シェイは外資系企業で戦略か監査の職に就いただろう。だが血筋がそれを許さない。

おまえは普通の人間にはなれない
  ――p286

 与えられた役割を果たそうと苦闘するラン、誇りをもって役割に殉じるヒロ、そして役割に抗うシェイ。だがケコンを揺さぶる嵐は彼らの運命を大きくねじ曲げてゆく。

 と、SFやファンタジイというより、ハードボイルド物としての味わいが深い小説だ。特に上下関係が厳しい裏社会を描く作品だけに、デフォルメされた組織論の面白さもゴッドファーザーに通じるものがある。1960年代を感じさせる風俗も相まって、極めてオリジナリティの高い世界を築き上げた作品だった。

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