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2020年11月の6件の記事

2020年11月26日 (木)

ロバート・P・クリース「世界でもっとも正確な長さと重さの物語 単位が引き起こすパラダイムシフト」日経BP社 吉田三知世訳

メートル法が世間の注目を浴びる数少ない話題の一つがスポーツだった。
  ――第7章 メートル好きとメートル嫌い

マルセル・デュシャン「絵画は終わった。あのプロペラを超えるものを誰が作れるというのだ?」
  ――第8章 ご冗談でしょう、デュシャンさん!

チャールズ・サンダース・パース「計測の問題に取り組む際、物理学者たちは、絶対の真実に到達できることなどほとんどあり得ないと心得ており、したがって、ある命題が真か偽かではなく、その誤差はどのくらいの大きさかを問いかけるのである」
  ――第9章 究極の単位という夢

ウィリアム・トムソン(ケルビン卿)「自分が話題にしているものを、測定することができるなら、あなたはそれについて何がしかのことを理解している。しかし、それを測定できず、数値で表現できないなら、あなたの知識は貧弱で不十分なものでしかない」
  ――第9章 究極の単位という夢

ヘンリー・ドレフュス「最も効率的な機械とは、人間を中心に作られたものだ」
  ――第11章 今日の計測を巡る状況

【どんな本?】

 世の中には様々な単位がある。食パンは斤、お米や日本酒は号、土地や建物は坪、海の距離は海里。中には「東京ドームn個分」とかもあれば、出版・印刷業界特有のポイントなんてのもある。一般に1ポイント≒0.353mmと中途半端な印象を受ける単位だが、日本の出版・印刷業界には級という単位もあって、こちらはピッタリ0.25mm=1/4mmだ。

 中途半端な単位とピッタリの単位の違いは何か。

 SI=国際単位系(→Wikipedia)に基づいているか否かだ。

 長さ・重さ・時間などについて、人は地域や目的によって色々な単位を使い分けてきた。人の背丈は尺と寸またはフィートとインチで表すが、土地の距離は里やヤードで表す。同じ里でも日本は約4kmだが中国では約500mだ。

 村で自給自足しているならともかく、他の地域や国と売り買いする際、単位の乱立や不統一は問題を引き起こす。土地の売り買いで日本の里と中国の里を取り違えたら、大きなトラブルになる。どころか東京ロサンゼルス間の旅客機の燃料補給でキログラムとポンドを間違えたら…

 これらの問題を解決するため、SIが登場した。

 SI登場前、ヒトはどんな単位を使い、どのように取引していたのか。SIはどう決まり、どう普及してきたのか、または普及を阻まれてきたのか。そしてSIはどう変わってきたのか。現在のSIの奇妙な定義、例えばメートルを「真空中の光の速さ c を単位ms−1 で表したときに、その数値を 299792458」とする定義の由来は何か。

 世の中の様々な単位の由来や使われ方、そしてSIに統一されてゆく歴史を辿る、一般向けの科学と歴史の解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は World in the Balance : The Historic Quest for an Absolute System of Measurement, by Robert P. Crease, 2011。日本語版は2014年11月25日1版1刷。単行本ハードカバー縦一段組み本文約382頁に加え、訳者あとがき7頁。9.5ポイント44字×17行×382頁=約285,736字、400字詰め原稿用紙で約715枚。文庫ならやや厚め。

 文章はこなれている。内容も特に難しくない。敢えて言えばフランス革命前後のフランスが大きな焦点となるので、その辺の歴史に詳しいとより楽しめるだろう。

【構成は?】

 だいたい時系列順に進むので、素直に頭から読もう。

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  • はじめに 正午の号砲
  • 第1章 ウィトルウィウス的人体図
  • 第2章 古代中国 尺と律管
  • 第3章 西アフリカ 金の錘
  • 第4章 フランス 「生活と労働の現実」
  • 第5章 阻まれる普遍化への歩み
  • 第6章 現代文明の最大の勝利
  • 第7章 メートル好きとメートル嫌い
  • 第8章 ご冗談でしょう、デュシャンさん!
  • 第9章 究極の単位という夢
  • 第10章 普遍的な度量衡体系 SI
  • 第11章 今日の計測を巡る状況
  • 第12章 さらば、キログラム
  • エピローグ
  • 謝辞/訳者あとがき/図のクレジット/原注/索引

【感想は?】

 単位とは言語に似ている。ほっとくと勝手に変化・増殖するのだ。

国家が政治的に強固で統一されているときには、国家は単位を統一し単純化する傾向がある。一方、国家が衰弱し、分裂しているときには、単位が多様化しがちだ。
  ――第4章 フランス 「生活と労働の現実」

 なぜか。単位は使うためにある。いわば道具だ。道具は使いやすい方がいい。まずは手近なモノで測れること。首都にしかモノサシがなければ、辺境の村では長さが測れない。それより自分の手足で測れた方がいい。そこで手足の長さを基準としたフィートや尺が登場する。

人間の体は、人間が最初に使った、最古の測定器であった。
  ――第1章 ウィトルウィウス的人体図

 そして目的に沿っていること。魏志倭人伝には「水行十日・陸行一月」なんて記述がある。長さで表すより、旅に必要な日程で表す方が、当時の地理情報としては役に立ったのだろう。本書にも「農夫や牛が一日で耕せる土地の広さ」や「一度に洗える牡蠣の量」や「一頭の乳牛から一度の搾乳で得られるミルクの量」などが出てくる。確かに実用的だ。

 実用的ではあるんだが、他の地域と取引したり、税金を取り立てようとすると、これじゃ困る。専門性と汎用性のジレンマだね。小権力の乱立状態だと地域の専門性が優先されるんだが、強力な中央集権型になると汎用性が重んじられるのだ。

始皇帝が皇帝として行った最初の政策は、国内の度量衡を統一するという詔勅を出したことであった。
  ――第2章 古代中国 尺と律

 ここでは音楽が大きな役割を担っているのが面白かった。笛の音程は笛の長さや穴の位置で決まる。合奏するには音程を合わせにゃならん。それはすなわち笛の長さや穴の位置を規格化する事で…と、音楽と数学と物理学の関係の深さが意外な所で明らかになるのだ。

 残念ながら中国の王朝は国際貿易に不熱心だったが、ヨーロッパは多くの国が乱立していて、かつ貿易も活発だ。そこに産業革命である。工業化で大量生産するには部品などを規格化したいが、単位がバラバラじゃ困る。とはいえ現在の米国がいまだヤード・ポンド法にしがみついているように、どの国や地域も既存の単位系を手放そうとはしない。

 ここで既存の権力構造をひっくりかえすフランス革命が起きたのは、人類の幸運だろう。思想的に過激だっただけに、度量衡も人類史上で過激な発想で決まる。

この度量衡体系(メートル法)の最も大きく目立つ特徴は、自然界に存在する基準に体系全体を結びつけようとしていたこと、もう一つ、体系の監督が、政府の役人ではなく科学者によって行われるようにしようとしていたことだった。
  ――第5章 阻まれる普遍化への歩み

 例えば「長さの単位メートルは子午線の長さの1/一千万」とか。ところが地球は正確な球じゃないのが判ったりして、この発想は没になる。ならメートル原器を基準にすりゃいいじゃん。

この条約(1875年5月20日のメートル条約)の条項には、自然に基づく計測基準という考え方はもはやなかった。人工物を基準とした度量衡体系でうまくいくはずだという考え方に移行したのである。
  ――第6章 現代文明の最大の勝利

 こうなると、もうどっちが元だかわかんないんだが、今さらメートルの長さを変えるわけにもいかないし。

ジェームズ・クラーク・マクスウェル「メートルは、新たに測定しなおされ、より正確になった地球の値に合わせて修正されてはいない。逆に子午線弧の長さのほうが、古いメートルの値に基づいて計算されている」
  ――第9章 究極の単位という夢

 そのメートル原器も知らん間にダイエットしちゃったりしてるから困るw そこで異星でも通用する定義にしようという理想論と、現実に現在の人類の技術で測れる程度の精度でないと使えないとする実用論、そして精密工業が求める精度などのバランスで、現在のSIが定義されてゆくあたりは、科学読み物としてなかなかの迫力。

 こういったSIの普及に、第二次世界大戦以降の世界史が大きく寄与しているのも興味深いところ。

アフリカの大部分が1960年代初期にメートル法を採用する。新たに独立を遂げつつあったアフリカ諸国は、植民地主義から解放され国際社会の一員となるための前提条件としてメートル法を素直に受け入れた。
  ――第10章 普遍的な度量衡体系 SI

 旧宗主国のしがらみに捕らわれたヤード・ポンド法より、SIの方が「国際社会の一員」っぽいし、権力基盤がシッカリしてるように見えるし。

 などの歴史編に対し、やたら精密になりすぎた現代を語る終盤では、売れっ子下着モデルのリタ・マツェラがとってもカッコいい。ワコールなど一流ブランドから引っ張りだこの彼女、ウリは美貌でもスタイルでもない。

 ブラジャーは規格化が極めて難しいのだ。サイズにしたって、測るべき所が沢山ある。そもそも形が千差万別な上に、姿勢や動きも人によりけり、上にはおるドレスも肩を出すか否かで違うし、盛りたいのか抑えたいのかも大事。だからメーカーは色々と工夫し、リタに試着を頼む。そしてリタは…

リタ・マツェラ「デザイナーに何を言ってあげればいいか、わたしにはわかっています」
  ――第11章 今日の計測を巡る状況

 以前の製品とどう違うか、どんな不具合があるか。それを正確に、わかりやすく、デザイナーに伝える。それがリタのウリなのだ。ある意味、伝説のテスト・パイロットであるチャック・イエーガーと似た素質と言えるだろう。鋭い感覚に加え、長い経歴で培った商品知識と、それを巧みに言葉にする表現力。リタが売れっ子たる所以は、そこにあるし、そこがカッコいい。

 SIは国際的で汎用的だが、用途によっては別の単位の方が便利だ。サッカーのフィールドの大きさはメートル法で定義されているが、アメリカン・フットボールはヤードだ。これは国際スポーツのサッカーと、米独自のアメフトの違いだろう。それぞれの単位から、歴史を探るのも面白そうだし、仕事に役立つ自分なりの単位を作るのも便利かもしれない。そんな妄想が広がる本だった。

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【終わりに】

 などとSIを持ち上げている本なのに、なぜか文字サイズはポイントだったり。出版・印刷業界も、こういう所は保守的だよね。とか言ってる私も文字サイズはポイントで表してるんだが、そこはゴニョゴニョ…

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2020年11月23日 (月)

テッド・チャン「息吹」早川書房 大森望訳

「輪の右側は、輪の左側よりも数秒先んじているのです」
  ――商人と錬金術師の門

ここに刻むこの文章は、わたしが生命の真の源を理解し、ひいては、いずれ生命がどのようにして終わるかを知るにいたった、その経緯を記したものである。
  ――息吹

ボタンを押すとライトが光る。厳密に言うと、ボタンを押す一秒前にライトが光る。
  ――予期される未来

「ぼくが法人化したら、自由にあやまちが冒せる」
  ――ソフトウェア・オブジェクトのライフサイクル

人間は物語でできている。
  ――偽りのない真実、偽りのない気持ち

「神は私たちに対してなんの意志も持っていなかったのだとしたら?」
  ――オムファロス

「本音で話ができる相手がいるとしたら、それは自分だから」
  ――不安は自由のめまい

【どんな本?】

 2003年に短編集「あなたの人生の物語」で鮮烈なデビューを飾りSF各賞を総ナメにし、表題作は映画「メッセージ」として映像化されつつも、極端な寡作でファンをヤキモキさせた罪作りなアメリカのSF作家テッド・チャンによる、待ちに待った第二作品集。

 千一夜物語の世界にタイムマシンを組み込んだ「商人と錬金術師の門」,異世界の静かな終焉の予兆を描く「息吹」,人格?を持つソフトウェアを育てる者たちの葛藤が胸に迫る話題作「ソフトウェア・オブジェクトのライフサイクル」など、珠玉の9編を収録。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Exhalation, by Ted Chiang, 2019。日本語版は2019年12月15日初版発行。私が読んだのは2019年12月21日の3版。凄い勢いで売れてます。単行本ハードカバー縦一段組み本文約370頁に加え、作品ノート11頁+訳者あとがき16頁。9ポイント45字×21行×370頁=約349,650字、400字詰め原稿用紙で約875枚。文庫なら厚い一冊か薄い上下巻ぐらいの容量。

 文章はこなれている。科学や数学のネタを巧みに織り込んでいるが、あまりソレをアピールしているワケではないので、「少し不思議な話」として楽しんでもいい、というか、そういう風に楽しめるように書いている。

【収録作は?】

 それぞれ 作品名 / 原題 / 初出。

商人と錬金術師の門 / The Merchant and the alchemist's Gate / ファンタジイ&サイエンス・フィクション2007年9月号
 バグダッドの織物商人フワード・イブン・アッパスは教主に語る。市場で出会った錬金術師と不思議な輪の話を。その輪をくぐると、二十年前へと遡れる。輪にまつわる最初の物語は、縄ないの若者ハサンの幸運の話で…
 千一夜物語風なのは舞台と文体だけに留まらない。アッパスが教主に語り、その中で錬金術師がアッパスに語るなど、物語が入れ子構造になっているのも、千一夜物語の雰囲気を醸し出している。小道具としてのタイムマシンの使い方では、ハサンの妻ラニヤの話が見事だ。
息吹 / Exhalation / Eclipse Two 2008年
 われわれは空気から生命を得ている。われわれは毎日、空になった肺を満杯の肺と交換する。肺が空になると、身動きできなくなって死ぬ。毎年、元日の正午に触れ役が頌歌を暗唱する。ちょうど一時間で終わるはずが、今年は終わる前に一時間が過ぎてしまった。
 空気圧を動力としたロボットのような生物が、世界の終わりを予感する物語。実は私たちの世界でも似たような予言が科学者によってなされているんだけど、なにせ宇宙レベルの話なんで、あまし気にしてもしょうがない(ちょいネタバレ→Wikipedia)。語り手が真実に迫るために取る手段は、なかなかにマッドで古き良きSFの香りが漂って楽しかった。
予期される未来 / What's Expected of Us / ネイチャー2005年7月7日号
 予言機。小さなリモコン型の機械で、ボタンを押す一秒「前」にライトが光る。そして、光ってからボタンを押さないようにする試みは、すべて失敗する。この機械は恐ろしい事実を突きつける。未来は決まっていて、ヒトに自由意志などない、ヒトの選択は無意味だ、と。この事実に直面し、一種の昏睡状態に陥る者すらいる。
 哲学なら決定論(→Wikipedia)、心理学ならスキナー派(→Wikipedia)、物理学ならラプラスの魔(→Wikipedia)が実証されたら、ヒトはどうするか。ジョー・R・ランズデールや平山夢明あたりは、もっと違う世界を描くだろうなあ。こういったあたりに、著者の知的で穏やかな人柄が出ていると思う。オチのキレが素晴らしい。
ソフトウェア・オブジェクトのライフサイクル / The Lifecycle of Software Objects / 2010年単行本
 動物園の飼育係だったアナは、再び飼育係の職を得る。ただし相手は生き物じゃない。ディジエント、仮想空間用のペットAIだ。アバターは動物に似ていて、個性を持ち、ヒトの言葉を話す。今のところ知能は幼児並みだが、ヒトや他のディジエントとの交流をとおして成長する。発売当初は大いに売れたが…
 SFマガジン2011年1月号に掲載されたんだが、買い逃してしまいずっと悔しい想いをしていた作品。どこからか汚い言葉を覚えてきたり、妙な思い込みで思いがけない行動に出たりと、子育ての苦労が滲み出ているw
 と可愛らしく感じ始めたら「巻き戻し」なんて言葉が出てきて、「ああ、生き物じゃないんだ」と読者に冷水を浴びせる匙加減が絶妙。読み終えて改めて読み返すと、ディジエントの育て方も、タイガーマスクの虎の穴以上に冷酷で残酷な環境であることに気づいたり。理屈じゃ「結局は育てる者の気持ちの問題」だと思うんだが、それじゃ納得できないのがヒトって生き物で。
デイシー式全自動ナニー / Dacey's Patent Automatic Nanny / The Thackery T. Lambshead Cabinet of Curiosities 2011年
 レジナルド・デイシーは、1861年ロンドン生まれの数学者だ。雇った乳母が、息子ライオネルに酷い罰をあたえていると知り、理想の乳母を造ろうと思い立つ。1901年に発売された全自動ナニーは一時的に好評を得たが、不幸な事故でソッポを向かれ、お蔵入りとなってしまう。
 12頁の短編。子育てあるあるという点では先の「ソフトウェア・オブジェクトのライフサイクル」と似たテーマだが、語り口は軽妙かつユーモラス。昔から育児論は諸説もろもろで、育児書の売り上げを左右するのも、統計より「いかに自信たっぷりに語るか」だったりするんだよなあ。
偽りのない真実、偽りのない気持ち / The Truth of Fact, the Truth of Feeling / サブテラニアン・プレス・マガジン2013年8月号
 人生をデジタルで記録するライフログは、膨大な量の動画を残す。記録するのは簡単だが、お目当ての場面を見つけるのは大変だ。Remen はこれを解決する。「どこに鍵を置いた?」と訊ねれば、相応しい場面を探し出す。
 ジジンギが13歳のとき、村にヨーロッパ人モーズビーが来た。物語が好きなジジンギは、モーズビーに「文字」を学ぶ。文字を学べば、多くの物語に触れられる。
 文字も(当作品の)ライフログも、記録を残すのが目的だ。いずれも客観的な事実をヒトに突きつける。この着目点が見事。昔から航空業界はブラックボックスなど意欲的に記録を取ってきた。2019年はドライブレコーダーであおり運転が問題になった。これは他人の行為を記録したものだが、ブログ炎上の原因の一つは「自分が思う現実」と「人から見た事実」の食い違いだろう。
 などの「現代テクノロジーがヒトや社会に与える影響」を描く「わたし」のパートも面白いが、ジジンギが文字を習得してゆくパートも「言われてみれば」な気づきに満ちている。「この紙がそんなに古いはずがない」とか、確かにそうだよなあ。
大いなる沈黙 / The Great Silence / e-flex ジャーナル第56回ヴェエネチア・ビエンナーレ特別号2015年
 フェルミのパラドックス(→Wikipedia)。宇宙は広大であり、なら知的生命体に溢れているはず。なのに、なぜ人類以外の知的生命体は見つからないのか。アレジボ天文台(→Wikipedia)などで知的生命体のメッセージを探っているのだが…
 「タコの心身問題」を呼んだ直後だけにグサリときた。私たちが探しているのは、私たちが知性だと思うモノが発した、私たちが受け取ることのできるメッセージであって、いずれかが違っていたら、見つからないのも当たり前。今どきの航空機は手旗信号なんか使使わないように、メッセージの媒体が間違っている可能性もあるが、果たして。
オムファロス / Omphalos / 本書初出
 考古学は様々な手法を使う。交差年代決定法(→Wikipedia)は、木の年輪やアワビの成長輪などから時代を遡り特定してゆく。これにより、世界は8912年前に創造された事が明らかになった。決定的な証拠はヘソのないヒトのミイラだ。
 どんな民族も自分たちは世界の中心に住んでいると思っている、そんな説を聞いたことがある。たぶん文化人類学関係だと思う。アブラハムの宗教の世界観も、ヒトが世界の主人公であり、世界の中心に住んでいるとの仮定が根底にある。
 日本でキリスト教の布教が上手くいかなかった原因の一つは、これかも。日本の隣には隋・唐・明・清などの大帝国があった。日本人は昔から自分たちは周辺国だと思い知っていたのだ。
不安は自由のめまい / Anxiety Is the Dizziness od Freedom / 本書初出
 波動関数の分岐のたび、世界線も分かれてゆく。プリズムは他の世界線と通信する装置だ。これにより、別の世界の自分とも話ができる。あの時プロポーズを受け入れていたら? 生まれた赤ちゃんが男の子だったら? 人生の節目で、今の自分とは違う決断をしたら、どうなっていたか。知りたくない人もいれば、どっぷりとハマる人もいる。
 いいねえ、プリズム。他の世界線のテッド・チャン作品が読めるんだから。他の世界線の自分に働かせて、私はのんびり…とか思ったけど、きっと他の世界線の自分も同じことを考えるだろうなあw など、様々な使い方が、SFの面白さの一つ。そしてもう一つ、テッド・チャンならではの味もたっぷり仕込んである。
 往々にしてSF作家は、ガジェットが人類社会に対し与える影響を突き放し俯瞰した目で捉えがちだ。だが、テッド・チャンは、一人一人の心のひだに分け入ってゆく。他世界で成功した、または善良な自分を知っても、今の自分は変わらない。結局は、今の自分の人生と向き合わねばならない。では、どうやって向き合うのか。
 本格サイエンス・フィクションとしての評価が高い著者だけど、ナットやデイナの描き方は、著者の前向きで人を信じようとする傾向が滲み出ている。

 「もし~だったら」を考ええるのが、SFの面白さの一つ。「それで何ができるか」「社会はどう変わるか」をシミュレートしていく楽しさだ。それに加え、「それをヒトはどう受け取るか」を掘り下げてゆくのが、テッド・チャンの味だろう。

 「ソフトウェア・オブジェクトのライフサイクル」や「不安は自由のめまい」では、哲学的な問題として冷徹かつ理論的に考えながらも、一人の人間の心や気持ちに寄り添ってゆく。このバランスの妙が、テッド・チャンの人気がSFファンだけに留まらない理由だろう。いやピーター・ワッツのように理屈に振り切ったのも好きだけどね。

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2020年11月18日 (水)

国末憲人「テロリストの誕生 イスラム過激派テロの虚像と実像」草思社

…テロリストが誕生した過程と背景を探り、彼らの意識と思考回路を明らかにするのが、本書の目的である。
  ――はじめに

バタクランでの犠牲者90人のうち、複数の銃弾が死因となったと考えられるのは12人に過ぎなかった。残る78人は、ただ一発の銃弾が致命傷となった。やみくもに乱射したわけではない。一人ひとりに標的を定めて撃ったのである。
  ――第2部 ヨーロッパ戦場化作戦 第3章 バタクランの地獄

テロはきわめて珍しい。普段起こり得ない出来事であり、入念な対策を講じればかなりの割合で防ぐこともできる。
  ――終わりに

【どんな本?】

 2015年~2016年にかけて、ベルギーとフランスでは、イスラム過激派による四つのテロ事件が相次いだ。

  1. 『シャルリー・エブド』襲撃事件(→Wikipedia)
  2. パリ同時多発テロ(→Wikipedia)
  3. ブリュッセル連続爆破テロ(→Wikipedia)
  4. ニース・トラック暴走テロ(→Wikipedia)

 犯人はいずれも地元に住む若者たちだった。外国から忍び込んだテロリストではない。が、同時に、犯人たちの背景には、アルカイダや自称イスラム国など、国際的なイスラム過激派組織とのつながりがあった。

 彼らはなぜ過激化したのか。これは一種の宗教闘争なのか、それとも虐げられる者たちの反乱なのか。彼らはいかにして国際テロ組織と繋がり、その思想に染まったのか。彼らを抑えるべきフランスやベルギーの治安維持組織の対応は適切だったのか。そして、どうすればイスラム過激派のテロを防げるのか。

 朝日新聞社の記者として長くパリに住み、今も朝日新聞ヨーロッパ総局長を務める著者が、犯人たちの育成歴や過激思想に染まるまでの道のりを調べ、彼らの動機・洗脳の過程・準備と犯行の詳細・国際テロ組織の戦略と手法と人脈を洗い出し、イスラム過激派テロの実像を明らかにするとともに、それを防ぐ手立てを示す、意外性と刺激に満ちたルポルタージュ。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2019年10月24日第1刷発行。単行本ハードカバー縦一段組み本文約487頁。9.5ポイント43字×18行×487頁=約376,938字、400字詰め原稿用紙で約943枚。文庫なら上下巻ぐらいの分量。

 文章は比較的にこなれている。内容も特に難しくない。ただ、登場人物がやたらと多い。第1部と第2部の冒頭に主要人物の一覧があるが、加えて人名索引も欲しかった。

【構成は?】

 ほぼ時系列順に話が進む。先に書いたように、やたら登場人物が多い。第1部と第2部の冒頭に主要人物の一覧があるので、複数の栞を用意しよう。また、犯行場面の描写はかなり迫真に迫っているので、グロ耐性のない人は注意。

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  • はじめに
  • 序章 人はテロリストに生まれない、テロリストになるのだ
    • 相次いだ大規模テロ
    • 20年の雌伏
    • 欧州価値観への挑戦
    • 反グローバル主義としてのジハード
  • 第1部 テロリストの誕生 『シャルリー・エブド』襲撃事件
  • 第1章 孤児兄弟の原風景
    • 狙われた新聞社
    • 場末の故郷
    • いたずらっ子の弟と泣き虫の兄
    • イスラム主義の萌芽
    • 母の自死
    • 山峡の孤児院
    • 家族の話はタブー
    • 途絶えた消息
    • イスラム化する移民街
    • ビュット=ショーモン筋
    • 「敵はユダヤ人」
    • シェリフ収監
  • 第2章 運命の邂逅
    • 刑務所の闇
    • フランスのビンラディン
    • 「武装イスラム集団」の台頭
    • 独房の抜け穴
    • 「ジャーナリスト」クリバリの活躍
    • ビキニからニカブに
    • クリバリ、大統領に会う
    • 殉教者の妻マリカ
    • アルカイダの二つの流れ
    • 欧州人権裁、ベガルを救う
  • 第3章 死火山の町で
    • 過激派を受け入れたホテル
    • 謎めいた行動
    • 山中で軍事訓練か
    • 急激な変貌
    • シェリフとベガルの出会い
    • 野に放たれたベガル
  • 第4章 イエメンへの旅
    • ごみ分別大使
    • アウラキと「アラビア半島のアルカイダ」
    • 兄に成りすまして出国
    • イエメンへの同行者
    • 司令官にのぼり詰めた男
    • 橋渡しをした人物
    • 筋金入りのジハード主義者
  • 第5章 チーム・クリバリ
    • クリバリ始動
    • 移民系エリートの挫折
    • モアメドとクリバリの邂逅
    • 憲兵隊員との禁断の恋
    • 調達先はベルギーか
    • 銃をめぐる怪しげな世界
    • 逃した機会
  • 第6章 襲撃の朝
    • 弟子とは別の道を歩んだ師匠
    • 白い服がアイデンティティー
    • 知らず知らずのうちに
    • 看守に励まされ
    • メラー事件の衝撃
    • ジハード主義を葬り去る
    • 脱カルト活動に
    • ステップ・バイ・ステップ
    • 1月7日の朝
    • 「俺たちはアルカイダだ」
  • 第7章 「早く来て、みんな死んだのよ」
    • 「腹切り」から「シャルリ―」へ
    • 預言者の風刺漫画騒動
    • 跪いて生きるぐらいなら
    • テロは予言されていた
    • 編集会議始まる
    • 至近距離から一発ずつ
    • 「みんな死んだのよ!」
    • 警察官殺害
    • 現場に立つ大統領
    • 逃走車は北へ
    • 迷走する操作
  • 第8章 標的は「ユダヤ人」
    • パリ南方の事件
    • 狙ったのは学校か
    • 印刷工場に押し入る
    • 現場は包囲された
    • シェリフへのインタビュー
    • 「いよいよ戦争だ!」
    • 襲われたユダヤ教徒のスーパー
    • 「お前はまだ死んでいないのか」
  • 第9章 「イスラム国」の謎
    • 地下室の絶望と希望
    • 別れのメッセージ
    • 「とどめを刺した方がいいかい?」
    • 作戦遂行支持
    • 「イスラム国」にまつわる謎
    • 解放交渉成立せず
    • 終幕
  • 第10章 第三世代ジハードの脅威
    • 「ユダヤ人を救ったイスラム教徒」
    • なぜ彼らが狙われるのか
    • 「テロ尾は衰退の現れ」
    • 第一、第二世代の興亡
    • 思想家ストーリーの軌跡
    • 手づくりのテロ工房
    • ジル・ケペルの予言
    • 懸念は過激な反応
    • 危機感薄い政府
    • 背後には戦略があった
  • 第11章 終わらない結末
    • 元日の出奔
    • 「イスラム国」街道
    • クリバリのインタビュー動画
    • アヤトのメッセージ
    • 女たちのジハード
    • 既視感の広場で
  • 第2部 ヨーロッパ戦場化作戦 パリ同時多発テロ、ブリュッセル連続爆破テロ
  • 第1章 なぜフランスは見誤ったのか
    • 偽りの単独犯
    • 「イスラム国」のテロ設計者たち
    • 与えられていた任務
    • テロリストは瀬踏みを続けていた
    • テロ翌日の街角
    • 現場を歩く
    • 襲われたテラス
    • 狙われた享楽の都
    • ひょんと死ぬるテロリスト
    • 実行三部隊とロジの一部隊
  • 第2章 街角の戦場
    • テロリスト、パリ郊外に集結
    • イラクから来た自爆志願者
    • なぜ爆発は場外で起きたのか
    • テラスの惨劇
    • カフェ、ピザ店、ビストロ……
    • 多様性が狙われた
    • 目の前に頭が
    • 自爆ベルトが示す岐路
    • TATPの脅威
  • 第3章 バタクランの地獄
    • 劇場襲撃部隊の三人
    • 「復讐の時がきた」
    • 上級警視の活躍
    • 「みんな爆破してしまう」
    • 介入
    • なぜバタクランが狙われたのか
    • アバウドは舞い戻っていた
    • 問われた責任
  • 第4章 モレンベークの闇
    • 失業率52%の街
    • アブデスラム兄弟のカフェ
    • モレンベキスタン
    • アバウドが歩んだ道
    • 「イスラム国」残酷さの論理
    • 難民に紛れて
    • 「ベルギーのアルカイダ」
    • マリカとファティマ
    • ジハードのサンタ
  • 第5章 破綻したテロ対策
    • サンドニの銃撃戦
    • 謎の女性アスナ
    • 憧れの彼はテロリスト
    • フランスを救った女性
    • 過激派を取り逃がす
    • 膠州で最も孤独な男
    • 連続テロの衝撃
  • 第6章 犯罪テロ・ネクサス
    • 空港の惨劇
    • 欧州議会の足元で
    • 優等生の自爆者
    • 犯罪とテロの融合
    • 悪人こそが救われる
    • 「過激化」再考
  • 第7章 若者はいかにしてテロリストになるのか
    • テロに対する二つの視点
    • テロリストは移民二世と改宗者
    • 「過激派のイスラム化」
    • カルトに似たネットワーク
    • テロリストはなぜ「兄弟」ばかりなのか
    • 高い改宗者の割合
    • 敗残帰還者の問題
    • 「イスラム国」の子どもたち
  • 第3部 ローンウルフの幻想 ニース・トラック暴走テロ
  • 第1章 遊歩道の無差別殺人
    • 犠牲者86人
    • 家庭内暴力
    • 異常な性欲
    • 綿密な犯行準備
    • ルンペンテロリスト
    • 暴走するトラック
    • 誰がテロへと導いたのか
  • 第2章 「一匹狼」の虚実
    • 「解放」から「破壊」へ
    • ユナボマーとブレイヴィク
    • ローンウルフ誕生への五段階
    • 未熟で杜撰なテロリスト
    • 「ローンウルフは存在しない」
    • タキーヤ
    • ウィキペディア流テロの時代
  • 終章 汝がテロの深淵を覗くとき、深遠もまた汝を覗いている
    • テロリストとカルト
    • 絡めとる側
    • イスラム過激派の三層
    • 右翼との類似性
    • メモを忍ばせたのは誰だ
    • 単純明快な論理の魅力
    • 多様性のストーリーを描けるか
  • 終わりに
  • 9.11以降のイスラム過激派による大規模テロ年表
  • 参考引用文献/注

【感想は?】

 本書の結論は希望が持てると同時に、どうしようもない徒労感も感じてしまう。

 著者はテロの犯人らの育成歴を丹念に追ってゆく。そこで見えてくる彼らの姿は、「ブラック・フラッグス」が描くザルカウィの姿と重なる。そう、自称イスラム国でイキがっていたアブー・ムサブ・アッ=ザルカウィだ。

 サルカウィも欧州のテロ事件の犯人らの多くも、もともと手の付けられないチンピラだった。十代から盗みや喧嘩にあけくれ酒や麻薬におぼれ、警官とも顔なじみの連中である。日本なら半グレってところか。昔ならヤクザの三下になる奴らである。

 『シャルリー・エブド』襲撃事件のクアシ兄弟は孤児院育ちだが、パリ同時多発テロの犯人らは…

アバウドやアブデスラム兄弟は決して、移民社会の底辺にいて辛酸を味わったわけではない。むしろ、特段の不自由もない小金持ちの道楽息子であり、恵まれていた環境を生かすことなく酒や麻薬、犯罪に走った情けない男たちである。
  ――第2部 ヨーロッパ戦場化作戦 第4章 モレンベークの闇

 これは「テロの経済学」が描くテロリスト像とも重なる。恵まれた育成環境という点は、60年代~70年代の日本で暴れた極左も同じだ。彼らの多くは大学卒だった。当時の大学進学率は1~3割程度で、中卒の集団就職も珍しくない時代だ。

(かつての)インテリ出身の過激派やテロリストの多くは、本当に知識人として成長したわけではなく、(略)高等教育での挫折感が、彼らの多くを過激思想に走らせた可能性は拭えない。
  ――第2部 ヨーロッパ戦場化作戦 第6章 犯罪テロ・ネクサス

 その大学では、昔から極左やカルトが新入生を狙い盛んに勧誘していた。欧州では、舞台がモスクに変わっただけで、同じ風景が広がる。

欧州でモスクに実際に行ってみるとわかるが、その出入り口に大勢の若者がたむろして、募金を集めたり講座への参加を勧誘したりしている。まるで大学の入学式で各サークルが新入生を勧誘しているかのようである。
  ――第1部 テロリストの誕生 第1章 孤児兄弟の原風景

 「テロリストの軌跡」が描く911の犯人モハメド・アタも、この勧誘に引っかかった。

 もっとも、本書が描く犯人たちは、別の処で組織と繋がっている。ザルカウィ同様、刑務所なのだ。

(20世紀末~21世紀初頭の)フランスの人口は六千万前後であるため、イスラム教徒の割合は全国民のせいぜい6%~7%に過ぎない(略)
受刑者に占めるイスラム教徒の割合は約半数に及ぶ。
  ――第1部 テロリストの誕生 第2章 運命の邂逅

 そういやマルコムXも刑務所で改心したんだよなあ(→「マルコムX 伝説を超えた生涯」)。なおイスラム教徒が多い理由を本書はほのめかすだけだが、似た論調が「自爆する若者たち」にもある。

 モズクにせよ刑務所にせよ、若者たちを勧誘しているのは組織だ。そして、テロも実行犯の裏に多くの協力者たちがいる。『シャルリー・エブド』襲撃事件にしても、頭に血が上った者が突発的に銃をブッぱなしたのではない。組織的・計画的な犯行なのだ。

テロの後でわかったクリバリの通信記録から、何らかのかたちで事件にかかわったと疑われる人物は60人に及んだ。(略)パリ検察局は2018年、最終的に14人に対して重罪院に訴訟を請求した。
  ――第1部 テロリストの誕生 第5章 チーム・クリバリ

 もっとも、犯行を再現するあたりを読むと、かなり杜撰な計画なんだけど。まあいい。使い捨てにされる前線の兵はともかく、組織の元締めがちゃんといて、しかもけっこう絞れるのだ。

欧州のフランス語圏でテロ関連の出来事を探ると、あちこちで同じ名前が登場する。顔を出すのは毎度毎度、ジャメル・ベガルであり、マリカ・エル=アルードなのである。
  ――第1部 テロリストの誕生 第5章 チーム・クリバリ

 そんなワケで、対策の立てようもある。

テロを企てるのは、きわめて限られた、狭い世界の人脈である。警戒さえ怠らなければ、そのネットワークを壊滅状態に追い込むきっかけがあったに違いない。
  ――第1部 テロリストの誕生 第11章 終わらない結末

パリ同時多発テロにかかわった人物らが幼少期を過ごし、あるいはその後出入りしていたのは、ベルギーの首都ブリュッセル西郊の街モレンベークである。
  ――第2部 ヨーロッパ戦場化作戦 第4章 モレンベークの闇

 なお、先に名前が出たマリカ・エル=アルードは女だ。彼女は「殉教者の妻」として、そのスジではスターだったりする。

「『殉教者の妻』は、ジハード主義者のブルジョア的地位が約束され、天国にも行ける。つまり、精神的と同時に物質的な利益もあるのです」
  ――第1部 テロリストの誕生 第11章 終わらない結末

 もちろん「殉教者の母」も栄光の座だ。「ミュンヘン」が描くハサン・サラメの血統が父の「偉業」を継ぐのも、こういう社会構造があるからだろう。

 困ったことに、最近の先進国でのイスラム過激派テロの犯人は、もともと素行の悪いチンピラが多い。犯罪にも長けており、銃の密輸組織やナンバープレートの偽造職人など既存の犯罪組織とのコネもある。マフィアも、それと知らずにテロ組織に利用されている。

 ただ、そういう連中を洗脳する元締めは、かなり限られている。だから既存の過激派組織と繋がりのある人物を丹念にマークすれば、テロは防げる…

 ワケじゃないのだ。本書をちゃんと読むと、人間の本性に根ざした、もっと根本的な原因が見えてくる。これは60年代~70年代に日本で暴れた極左にも共通するんだが…

テロに走る若者の多くはもともと犯罪組織に加わり、すでに暴力行為になじんでいる。つまり、多くの若者は「イデオロギーにもとづいて暴力行為に走る」のではなく、ある種の暴力(犯罪)から別の種類の暴力(ジハード)に移行するだけだと解釈できる。
  ――第2部 ヨーロッパ戦場化作戦 第6章 犯罪テロ・ネクサス

若者たちは極端に走りやすい。(略)そのような若者たちにかつて、生きがいと死にがいと、さらには他人を殺す口実まで与えてくれたのが、共産主義だった。今、ジハード主義がそれに取って代わっている。
  ――第2部 ヨーロッパ戦場化作戦 第7章 若者はいかにしてテロリストになるのか

 つまり、ジハードは言い訳で、連中は単に暴れたいだけ、との主張だ。そういう点じゃ、「ボスニア内戦」で暴れたアルカン(→Wikipedia)の同類でもある。

 政治的にアルカン極右になるだろう。一見、敵対しているように見える極右とイスラム過激派だが、よく見ると中身は似てたりする。威嚇的・暴力的なこと、男尊女卑なこと、硬直した上意下達型の組織が好きなこと。そして何より…

右翼はみずからも、社会の分断を通じて地位を固めようとする。
  ――第1部 テロリストの誕生 第10章 第三世代ジハードの脅威

 敵と味方をハッキリ分けて、敵を人間として扱わないことだ。「社会はなぜ左と右にわかれるのか」が語る「忠誠/背信、権威/転覆、神聖/堕落」型の極端なタイプだろう。現代ロシアでスターリンを崇める者は左翼と呼ばれるが、その精神構造はむしろ極右に近いと私は思っている。

 そして、イスラム過激派の脅威ばかりが注目されるが、実際には…

反イスラムや排外主義にもとづくテロは、イスラム過激派のテロよりもじつはずっと多い。(略)2012年から2016年途中までの間、イスラム過激派によるテロは欧米で84件起きたのに対し、右翼テロは130件に達していた。
  ――終章 汝がテロの深淵を覗くとき、深遠もまた汝を覗いている

 と、今はむしろ極右の方が脅威だったりする。なんのこたあない、暴力団同士の抗争みたいなモンなのだ。双方が政治や宗教を看板に掲げているだけで、中身は暴れたいだけのチンピラどもなのである。アフリカの失敗国家での自称反政府組織と変わりはない。ただ取り繕いが巧みなだけだ。

 徒労感を感じるのは、そういう点だ。ジハードもナショナリズムも言い訳で、本音は暴力衝動だとすれば、これはもうどうしようもない。ヒトの本能に刷り込まれた性質が原因なら、ジハードを抑えても、別の形で吹き出すだろう。そういや「暴力の解剖学」は「魚を食え」と推薦して…

 とか連想を続けると、いつまでたっても終わらないから、この辺で終わりにする。とりあえず、イスラム過激派テロに興味があるなら、年代別の分析もあり、なにはともあれ最初に読むべき本だ。

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2020年11月10日 (火)

SFマガジン2020年12月号

SF作家として、私たちは簡易版の夢の箱を持っている。
  ――宝樹「我らの科幻世界」阿井幸作訳

こんにちは赤ちゃん、私がママよ!
  ――劉慈欣「人生」泊功訳

四月まで、私には夜さえなかった。
  ――飛博隆「空の園丁 廃園の天使Ⅲ」第5回

「人は小さい者にどこまでも酷くなれる」
  ――篠たまき「女童観音」

「俺たちは馬鹿なことを真剣にやってたらいいんだと思うよ」
  ――牧野修「万博聖戦 第二章 トルエンの雨/1969」

 376頁の標準サイズ。

 特集は「中国SF特集 科幻世界×SFマガジン」として、中国の老舗SF雑誌「科幻世界」と組み、中国SFの歴史と現在、そしてイキのいい中国SF小説を紹介する。

 小説は10本。

 まず「中国SF特集」で3本+連載中の劉慈欣の短編1本。王晋康「生存実験」大久保洋子訳,査杉「地下室の富豪」及川茜訳,宝樹「我らの科幻世界」阿井幸作訳に加え、劉慈欣「人生」泊功訳。

 連載は4本。神林長平「戦闘妖精・雪風 第四部 アグレッサーズ 第三話」,冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第33回,飛博隆「空の園丁 廃園の天使Ⅲ」第5回,夢枕獏「小角の城」第62回。

 読み切りも2本。牧野修「万博聖戦 第二章 トルエンの雨/1969」,篠たまき「女童観音」。

 まず中国SF特集から。

 王晋康「生存実験」大久保洋子訳。天堂で暮らす60人の子ども達が10歳になった。王麗英は英姉ちゃんと呼ばれている。若博ママは、硬く冷たい鉄のからだで、子どもたちの面倒を見てる。子どもたちは、毎日15分間、天堂の外に出なきゃいけない。外では息をするのが精いっぱいで、とても苦しい。もう三人も死んだ。

 ちょっとアニメ「約束のネバーランド」を思わせる状況かも。でも子どもたちは逃げられないのではなく、出ていくように促される。若博ママが話す外の様子から、天堂のこどもたちは社会から隔離されているように感じられるのだが。深い絶望とほのかな希望が混じる結末から、子どもたちの若いが故の逞しさが伝わってくる。

 査杉「地下室の富豪」及川茜訳。老麦こと麦小地は地下室に籠っている。IT企業の立ち上げにしくじり、家を売る羽目になった上に、妻も逃げてしまった。今はプログラム開発を請け負っているが、いつも騙されて金は払ってもらえない。食い物は無くなり金は底をついたってのに、家賃の催促は厳しい。ネットで賞金付きクイズ「ビリオネア」を見つけた老麦は一攫千金に賭けるが…。

 キレのいい7頁の短編。前半の引き籠りの描写は、なかなかの迫力。日本の引き籠りは未婚の男女が多いが、中国だと家族持ちもいるのか。最近は景気のいい国だけど、その裏には事業に失敗する人も多いだろうってのは、考えてみりゃ当たり前だよね。ってなのは置いて、後半の怒涛の展開はけっこう笑えます。

 宝樹「我らの科幻世界」阿井幸作訳。SF作家のはしくれとはいえ、最近はスランプでロクに書いてないにも関わらず、<科幻世界>から原稿の依頼が来た。最近、高校時代の恩師から誘われ帰郷した際、不思議な事件に巻き込まれたので、それを書こう。恩師の用事は、母校の創立記念式典への招待だ。小学校を卒業した年、星光書店を見つけSFと出会った。店主は科幻世界を教えてくれて…

 内輪ネタが多いが、かつてSF小僧だった人なら胸に刺さるネタが次々と飛び出す作品。入り口はヴェルヌとか、少ない小遣いじゃ全集が変えなくて文庫ばかり漁ってたとか、知人はSFとファンタジイの区別がつかないとか、名作を偉そうに批評したとか。かと思えば大学入試にSF雑誌が出るなんて日本から見たら羨ましい話も。あと「1984年の精神汚染一掃運動」の傷の深さも伝わって来る。

 劉慈欣「人生」泊功訳。母は胎内の胎児に語りかける。「わたしの赤ちゃん、聞こえてるの?」胎児は答える。「ここはどこ?」そして誕生に怯える。「生まれたくないよ! そとが怖いんだ!」

 キレのいい8頁の短編。まずは胎児と話ができるのに驚き、次にやたら胎児がシッカリしているのに驚き、更に…。にしても、いきなりの梓みちよには大笑い。著者が知っていたのか、訳者の遊びなのか。

 特集解説「<科幻世界>と中国SF」立原透耶。雑誌<科幻世界>は中国の老舗月間SF雑誌。一時は発行部数が40万部に達し、「世界で最も読まれているSF雑誌」ってのが凄い。やはり国や言語の人口が多いと市場も大きい。確か毛沢東語録も聖書の次に売れたはず。インドも人口は多いが、多言語が乱立してて、最も多いヒンディー語で約5億。中国語の約13.7億の半分以下かあ(→Wikipedia)。いずれも今後の成長が期待できそう。

 特集はここまで。

 神林長平「戦闘妖精・雪風 第四部 アグレッサーズ 第三話」。日本空軍大尉の田村伊歩は、フェアリイに一人で来た。出身は第101実戦飛行部隊。教導部隊として優れたパイロットを指導し、またアグレッサーとして敵役を務め、卓越した実績を積んできた。ただし上官からは嫌われているし、自分でも分かってはいるが、改めるつもりはない。

 待ってました田村大尉。前号から楽しみにしてたんだけど、期待以上に楽しいキャラクターだw 「人間の形をした戦闘AI」「問題児というより犯罪人」とか酷い言われ方してたけど、職人気質なだけ…では、済まないかw まあ軍隊だしw にしても桂木少尉の無謀さもいいなあw そして肝心の深井零は、というと、これまた期待にたがわずw ホント、次号も楽しみだw このイラストも素晴らしい(→Twitter)。

 冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第33回。マルコム・アクセルロッド、連邦検察局の特任捜査官。その口ぶりはひたすら傲岸で連邦の威を着たものであり、誰もが自分に従うものだと決めてかかっている。そして求めるものは己の利益と権力のみ、それを手に入れる手段は正面突破の武力一辺倒。それが本性なのか演技なのか。

 最近はかなり構成が複雑になってる。時系列的にはバトル・シーンと、そこへの道筋を交互に語り、視点はイースター・オフィス側とハンター側へと切り替わる。しかもハンター側は幾つもの勢力が入り乱れるという面倒くささ。かなり綿密に計算して書いてるんだろうなあ。そのハンター側、今回は妙に微笑ましいのが逆に不気味なんですけど。

 飛博隆「空の園丁 廃園の天使Ⅲ」第5回。転校生の印南棗はアッサリと学校を支配した。早坂篤子の急速な天使化に対応するためもあり、自らが園丁であることを明かし、また山下祐・儀間圏輔・杉原香里を園丁にする。四人は園丁としてのトレーニングを兼ね、生徒たちの目の前でその力を披露する。

 昭和52年だと、体育着はブルマだなあ←をい 「私には夜さえなかった」が素晴らしい。たったひとことで、数値海岸におけるAIの立場と、それをAIがどう感じているのかを、読者に強く印象付ける。「アイルランドのジャーナリスト」って、あの人だよね(→Wikipedia)。他にも神楽舞とか、さりげなく地元をアピールしているのが微笑ましい。日本の古代史に興味があるなら、一度は訪れるべき地だし。

 篠たまき「女童観音」。靄の仙境と呼ばれる高山の湯治場。信次は湯治宿で働いている。中学に行く年頃だが、女童様のお世話で忙しい。蘇芳屋の御隠居と妾のスイは宿の上客で、信次を気に入っているらしく「学校に行け」と声をかけてくれる。旅の若い商人も信次を贔屓してくれる。彼も女童様の座敷に上がるのを許されている。

 「人喰観音」のスピンオフである前日譚。「生き神様」と呼ばれているわりには、妙に馴れ馴れしいし、賢くもなく、あまし神通力がありそうにも思えない。そんな不思議な存在と、それに憑かれた人の物語。明治・大正あたりの田舎の温泉町の、人権ナニそれ美味しいの?な社会を容赦なく描く筆の冴えはさすが。ホラーな場面はあるが、むしろ感触はファンタジイに近い。

 牧野修「万博聖戦 第二章 トルエンの雨/1969」。サドルの父は、屋上にいた。手摺の上に立って。父は天文学者だった。宇宙の大きさを恐れ、だからこそ科学で立ち向かおうとした。人の手の届かぬものに、立ち向かう術を探るために。そして見つけた。ここではない、どこかへ通じる扉を。Q波を使って。「またいつか会おう」、それが最後の言葉だった。

 「あの頃」の思い出と、その瞬間の気持ちを、懐かしさだけでなく痛みや恐れ、そして恥ずかしさまでも生々しく蘇らせる、困った筆が冴えわたるこの作品、今回も「あの頃」に子供だった読者の記憶を容赦なく掘り起こし白日の下に晒してくれる。当時思っていた21世紀って、ギラギラしたカッコいいメカが発達して色々と便利になっているはずだった…って、実際になっているな、改めて考えると。

 AI研究者へのインタビュウ「SFの射程距離」、第7回は関西大学総合情報学部教授でヒューマン・メディアコミュニケーションが専門の米澤朋子教授。メディアが精巧すぎると脳内妄想を投影するスキがなくなる、という論には納得。お気に入りの小説が映像化された時、「私の思ってた○○様と違う」なアレですね。あと岩本隆雄「星虫」は確かに傑作。SF黄金期の香り強い、とっても真っすぐで気持ちのいいSFです。作者が異様に寡作なのが残念。

友成純一「人間廃業宣言」特別編 <インドネシア・ホラーの今>妖怪人形か霊友か 正反対の二つのシリーズに、インドネシアが震え上がった。「インドネシア人は(略)映画それ自体を楽しむというより、映画を口実にみんなで集まるのが目的」って、つまりみんなでワイワイ騒ぐのが好きな人たちなんだろう。日本人なら宴会なんだけど、イスラムで酒が飲めないから映画なのかな。新型コロナは苦しいだろうなあ。

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2020年11月 9日 (月)

2020年米大統領選でトランプにとどめを刺したのは弱小政党

 2020年のアメリカ合衆国大統領選は、激戦の末に民主党のジョー・バイデンが共和党のドナルド・トランプを下した。

 戦いを決したのは、いわゆる激戦区と呼ばれる五つの州だろう。ペンシルベニア,ミシガン,ウィスコンシン,アリゾナ,ジョージアの五州だ。いずれも僅差でバイデンが制している。

 五州の票数を見ると、面白いことに気が付く。マスコミが滅多に報じない弱小候補、ジョー ・ ジョーゲンセンが大きな役割を果たしているのだ。特にミシガンを除く四州では、ジョーゲンセン次第で結果が逆転してしまう。

 そのジョー ・ ジョーゲンセンとは何者か。Wikipedia によるとリバタリアン党の所属である。

 リバタリアン党は個人の自由を神聖視し、政府によるあらゆる規制に反対する。薬物やポルノの規制に反対する点では民主党に近いが、銃規制や最低賃金も認めない点は共和党に近い。結局どっちに近いかは時と政策と個人によるのだが、2020年現在は共和党に近い者が多い。

 つまり、ジョーゲンセン候補の支持者は、「民主党より共和党の方がマシ」と考える者が多い。ジョーゲンセン候補が立候補していなければ、トランプに投票しただろう。

 ではジョーゲンセン候補がいなければ、どうなっていたか。ロイターの速報で試算してみよう。以下に2020年11月9日(月)02:00時ごろ(日本時間)の各候補者の獲得票数を示す。

バイデン トランプ ジョーゲンセン
ペンシルベニア 3355037 3313871 77441
ミシガン 2794853 2646956 60384
ウィスコンシン 1630569 1610030 38271
アリゾナ 1631195 1612585 49406
ジョージア 2465501 2455305 61888

 ここでジョーゲンセン票がトランプに流れたらどうなるかを試算した。

選挙人数 バイデン トランプ
ペンシルベニア 20 3277596 3391312
ミシガン 10 2734469 2707340
ウィスコンシン 11 1592298 1648301
アリゾナ 16 1581789 1661991
ジョージア 16 2403613 2517193

 ミシガン以外ではトランプが逆転勝利するのだ。では、肝心の選挙人数はどうか。ロイターの速報によると2020年11月9日02:00の時点でバイデン279名、トランプ214名である。大統領選で必要な選挙人数は271人。ここでミシガンを除いた選挙人をトランプに移すと、ジョー・バイデン222人、ドナルド・トランプ271人となり、トランプが勝っていたことになる。

 これは典型的なスポイラーと呼ばれる現象だ(→Wikipedia)。大物二人が僅差で争う選挙で、弱小候補が一方の大物の票を食い、もう一方を有利にしてしまう、そんな現象である。

 現実には、ジョーゲンセンに投票した者がすべてトランプに投票するとは限らない。バイデンに投票する者もいるだろうし、誰にも投票しない者も多いだろう。

 ただ、もしバイデンが汚い手を使うつもりがあったのなら、もっと楽に勝つ方法もあった。コッソリとリバタリアン党に選挙資金を与えるのだ。巨大政党である民主党・共和党と違い、リバタリアン党の選挙資金は少なく、知名度も低い。現在の倍の選挙資金があれば、もっと多くの票をトランプから奪っただろう。民主党はバイデンを宣伝するより、はるかに高い費用対効果でトランプの足を引っ張れた。

 泡沫候補と呼ばれる候補者も、二大候補が激しい接戦を繰り広げる際には、大きな影響を及ぼすのである。

 もっと詳しく知りたい方は、ウィリアム・パウンドストーン著「選挙のパラドクス」をお読みください。

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2020年11月 4日 (水)

ピーター・ゴドフリー=スミス「タコの心身問題 頭足類から考える意識の起源」みすず書房 夏目大訳

感覚、知性、意識というものが、果たして物質からどのようにして生じたのか。大きすぎるテーマかもしれないが、本書ではそれを考えていく。(略)
注目するのは頭足類だ。
  ――1 違う道筋で進化した「心」との出会い

頭足類のほとんどの種は色の識別ができないらしいのだ。
  ――5 色をつくる

【どんな本?】

 「心」とは、どのように生まれたのか。この疑問に対し、著者は幾つかの道筋で挑んでゆく。

 一つは、科学的・生物学的な手法だ。どんな器官が必要か。それはどんな役割を果たすのか。生き延び、子孫を残すのに、そんな役割が有利となる環境と生態は、どのようなものなのか。

 もう一つは、哲学的な手法である。ヒトの心には、どんな働きがあるのか。哲学者は、心をどう捉えてきたのか。それを「心」と呼ぶためには、どんな能力を持たねばならないのか。

 哲学者でありダイバーでもある著者は、オーストラリア東海岸の海で、多くのタコが集まる「オクトポリス」を見つける。そこで観察したタコやコウイカたちの生態と、科学・哲学にまたがる大量の文献から、一つの大胆な仮説を思い付く。

「頭足類にも心があるのではないか? もっとも、それはヒトの心とは全く違うものだろう」

 頭足類を深く愛する著者が、科学・哲学双方の知識を駆使して、「心」の問題に挑む、ちょっと変わった一般向けの解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Other Minds : The Octopus, the Sea, and the Deep Origins of Consciousness, by Peter Godfrey-Smith, 2016。日本語版は2018年11月16日第1刷発行。単行本ハードカバー縦一段組み本文約246頁に加え訳者あとがき4頁。9ポイント47字×19行×246頁=約219,678字、400字詰め原稿用紙で約550枚。文庫なら普通の厚さの一冊分。

 この手の本にしては、文章はこなれている部類。面倒くさい問題を扱っているわりに、内容もわかりやすい。科学や哲学の概念や理屈も出てくるが、たいていはその場で基本的な事柄を説明しているので、じっくり読めばだいたい理解できる。

【構成は?】

 だいたい前の章を受けて後の章が展開する形なので、素直に頭から読もう。

クリックで詳細表示
  • 1 違う道筋で進化した「心」との出会い
    • 二度の出会い、そして別れ
    • 本書の概要
  • 2 動物の歴史
    • 始まり
    • ともに生きる
    • ニューロンと神経系
    • エディアカラの園
    • 感覚器
    • 分岐
  • 3 いたずらと創意工夫
    • カイメンの庭で
    • 頭足類の進化
    • タコの知性の謎
    • オクトポリスを訪ねる
    • 神経革命
    • 身体と制御
    • 収斂と放散
  • 4 ホワイトノイズから意識へ
    • タコになったらどんな気分か
    • 経験の進化
    • 「新参者」説vs「変容」説
    • タコの場合
  • 5 色をつくる
    • ジャイアント・カトルフィッシュ
    • 色をつくる
    • 色を見る
    • 色を見せる
    • ヒヒとイカ
    • シンフォニー
  • 6 ヒトの心と他の動物の心
    • ヒュームからヴィゴツキーへ
    • 言葉が人となる
    • 言語と意識的経験
    • 閉じたループへ
  • 7 圧縮された経験
    • 衰退
    • 生死を分かつ問題
    • 老化の進化理論
    • 長い一生、短い一生
    • 幽霊
  • 8 オクトポリス
    • タコが集住する場所
    • オクトポリスの起源
    • 平行する進化
  • 謝辞/訳者あとがき/原注/索引

【感想は?】

 旧いSFファンなら、デビッド・ブリンの傑作「スタータイド・ライジング」をご存知だろう。

 あの作品だと、人類はイルカとチンパンジーに手を加えて知性を与えていた。ヒト以外に知性を持ちうる生物がいるとしたら、それは鯨類か猿類だろう、当時はそう考えていた。現代では、それにコンピュータが加わっている。いわゆる「シンギュラリティ」だ。

 いずれにせよ、肝心の問いをおいてけぼりにしている。そもそも「知性」や「心」とは、何なんだろう? たしか人工知能の学会でも、「とりあえずその問いは棚上げにしよう、今は結論が出せないし」みたいな合意に至った…と思う。

 そこにタコとイカだ。「は?」と思う人が大半だろう。そんな人に対し、著者はタコが持つ不思議な能力のエピソードを紹介していく。曰く「ヒトの好き嫌いがある」「電灯に水を吹きかけて水族館を停電に陥れた」「ヒトの目を盗んで逃げる」「タコは遊ぶ」。

 それだけなら、犬や猫などの特定の生物に入れ込んだ人には、よくあるケースだ。特に猫に関するエピソードは多い。

 本書の特徴は、それらに加えて、頭足類の神経系など、科学的な知見を多く盛り込んである点だ。神経の研究では実験動物としてイカがよく使われるように、頭足類は妙に神経系が発達している。

ごく普通のタコ(マダコ)の身体には、合計で約5億個のニューロンがある。(略)
人間のニューロン数は(略)約1000億個だ(略)
タコのニューロン数は、犬にかなり近い。
  ――3 いたずらと創意工夫

 ただ、その設計はヒトなど哺乳類と大きく違う。

タコの場合、(略)腕にあるニューロンの数は、合計すると脳にある数の二倍近くになる。
  ――3 いたずらと創意工夫

 ヒトの神経系が強力な中央集権型、つまり巨大コンピュータと多くの端末のような形なのに対し、頭足類の神経系は分散型である。ハードウェアが違うんだから、そこで走るソフトウェアもまったく違うだろう。

 とはいえ、生物の進化は、まずもって要らない器官を発達させない。そこで著者は、「そもそもなぜ神経系が必要なのか」「神経系は何をやっているのか」から迫ってゆく。ここでは、単細胞生物から多細胞生物への進化から始まる議論が、なかなかに面白い。つまりは刺激を受けて行動するまでの間、生物の神経系は何をしているのか、みたいな話である。

 ここでは環境も大きな役割を果たす。食うか食われるかの関係は、神経系の発達を促す。食う側は獲物の動きを予測できれば有利だし、食われる側も脅威の行動が判れば逃げやすい。カンブリア紀以降に、この淘汰圧が強くなったと著者は語る。

この時点(カンブリア紀)以降、「心」は他の動物の心との関わり合いの中で進化したのだ。
  ――2 動物の歴史

 もちろん、神経系には別の働きもある。私たちの目は、動くモノを捉えるのが巧みだ。ただし、視神経が捉えた変化を、「動いた」と解釈してはマズい。そうした場合、単に首を傾げただけでも「世界が動いた」と解釈してしまう。自分の動きも、計算に入れなければならないのだ。別の言い方をすると、計算に入れられれば、動きを捉えられる。

 ヒトの場合、このシステムは意外と柔軟性が高い。本書では、視覚障碍者向けの視覚代行器を紹介している。

視覚代行器のシステムは、その映像情報を、圧力や振動などのパターンに変換して、使用者の背中へと伝える。訓練を積んだ使用者は、単に背中に圧力や振動を感じたという風には経験しない。目の前を何かの物体が通り過ぎたと感じるのだ。ただし、そういう現象が起きるのは、使用者がカメラの操作をできる場合に限られる。
  ――4 ホワイトノイズから意識へ

 ソレを思い通りに制御できれば、自分の体の一部だと認識できるのだ。ベテランのタクシー運転手が自動車を自分の体のように扱えるのも、この働きによるものだろう。逆に下手なドライバーは、自分が運転している自動車の位置や形がよくわからない。だから縦列駐車は難しい。

 つまり、神経系の発達には、体の形が重要な意味を持つ。ところがタコは…

タコには、体が決まった形を持たないという稀有な特徴がある。
  ――4 ホワイトノイズから意識へ

 うーむ、これは困った。しかも、著者には更なる追い打ちが待っている。

ジャイアント・カトルフィッシュのように大きく複雑な構造を持った動物でも、寿命は非常に短いのだ。わずか1,2年しか生きない。
  ――7 圧縮された経験

 ここでは動物を分類する際の基準として、一生のうちの生殖の回数、つまり一生に一回だけ生殖するホタルと、何度も生殖する哺乳類の違いなどの話も興味深かった。そういう分け方もあるのね。

 などと絶望に叩き落した末に、「8 オクトポリス」では鮮やかな逆転の目を見せてくれるから嬉しい。

オクトポリスを観察していると、タコがこれから先、今とは違った生物に進化し得る道筋の一つが垣間見えるのは事実である。
  ――8 オクトポリス

 そう、私はこの章で、デビッド・ブリンともシンギュラリティとも違う、もう一つの「知性化」の方法を思い浮かべたのだ。デビッド・ブリンの手段が改造、シンギュラリティが創造なら、本書の手段は「養殖」とでも名付けるべきか。

 「心」とは何か。それはどのように生まれたのか。何が必要で、それを育てる環境と生態はどんな状況か。そしてヒト以外に「心」を持つ生物は存在しえるのか。哲学的に大きな問いであると同時に、ファースト・コンタクトSFが好きなSFファンにはたまらなく楽しい問題でもある。ケッタイな異星人が好きな人には、とても美味しい本だ。だからと言って異星人がタコ型であるとは限らないけどw

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【今日の一曲】

The Beatles - Octopus's Garden

 タコといえば、もちろんこの曲。読んでいる最中、この曲が頭の中で流れっぱなしで、なかなか読み進められなかったw

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