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2020年10月 4日 (日)

ガレス・L・パウエル「ウォーシップ・ガール」創元SF文庫 三角和代訳

「最後に更新されたステータスによると、この船、墜落は自分のせいだと責めてる」
  ――p18

ぼくは全滅をもたらすために設計された。
  ――p43

「再生の家に入ったとき、何派なんてくだらないことは全部捨てた」
  ――p136

わたしは悲しみ以外はなんでも修理する。
  ――p185

いまのわたしたちには、あなたがいる。
  ――p418

【どんな本?】

 イギリスの新鋭SF作家ガレス・L・パウエルによる、痛快娯楽アクションSF「ガンメタル・ゴースト」に続いて英国SF協会賞を受賞した、遠未来を舞台とするユニークなスペース・オペラ三部作の開幕編。

 遠未来。人類は知的異星人と出会い銀河系へと進出したが、今は<集塊派>と<外向派>に分かれ争っている。トラブル・ドッグは<集塊派>のカーニヴォール級重巡洋艦で、人間と犬の成分から意識を育てられた。三年前のペラパターンの戦闘で、そこに潜む敵味方の将兵もろとも知的ジャングルを焼き払う。この事件をきっかけに軍を抜け出し、今は主な武装を外し人命救助団体<再生の家>で働いている。

 クルーは四人。艦長のサリー・コンスタンツは、かつて<外向派>で艦を率いていたが、今は<再生の家>をクビになる寸前。アルヴァ・クレイも元<外向派>の海兵隊で戦い、今はレスキューの専門家だが、なにかとサリーに突っかかる。機関士のノッドはドラフ族。穏やかな正確で優秀かつ仕事熱心だが、人間とは大きく考え方が違う。欠けていた医療担当者も来た。プレストン・メンデレス。コイツが新米な上にどうしようもないヘタレ。

 そこに緊急の仕事が入った。場所はギャラリー星系の惑星ブレイン。発見された時、七つの惑星すべてが彫刻に削られていた。今は帰属をめぐり三つの種族が争っている。そこで客船<ヒースト・ファン・アムステルダム>が遭難した。いや、トラブル・ドッグによると、客船の意識は妙なことを訴えている。

 崖っぷちの艦長が、ポンコツでチームワーク皆無のクルーに加え怪しげなお荷物まで背負い、殺る気満々の元戦闘艦で銀河の火薬庫へと突っ込む、スリリングでユーモラスなスペース・オペラ。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Embers of War, by Gareth L. Powell, 2018。直訳すると「戦争の残り火」。日本語版は2020年8月12日初版。文庫で縦一段組み本文約441頁に加え、著者について1頁+訳者あとがき5頁。8ポイント43字×18行×441頁=約341,334字、400字詰め原稿用紙で約854枚。上下に分けるかどうか悩む分量。

 文章は比較的にこなれていいる。お話は複数の恒星系を飛び回るスペースオペラで、独自の超光速航法も出てくる。他にも色々と無茶やってるけど、たいていはハッタリなので、あまし難しく考えないように。そんなワケで、理科が苦手でも大丈夫。大らかな気持ちで読もう。

【感想は?】

 遠未来版「サンダーバード」または「艦長はつらいよ」。最近になって部下を持ったばかりの人には、いろいろと堪える作品。

 なにせ主な語り手のサリー・コンスタンツ艦長、リーダーとしての悩みが多い。

 彼女が属する<再生の家>は人命救助組織だ。銀河を駆けるサンダーバートと言えば聞こえはいいが、彼女は熱心ではあってもいささか繊細で優柔不断。冒頭のミッションで大ドジを踏み、しかもミスしたと自分でもわかってるから言い訳もできない。ここで傲慢な者なら他の誰かのせいにするんだろうけど、あいにくサリーは生真面目な性格なのだ。いい人なんだけど、どうにも頼りない。

 おまけに部下にも恵まれず。

 かつての戦友アルヴァ・クレイは海兵隊あがり。海兵隊ってのは、最前線に突っ込んで敵の防衛網に穴をあける役割だ。それに相応しく度胸はあるが短気で気性が荒い。そんな奴が人命救助団体で何をするんだ?と思うだろうが、そこは最初のミッションで明らかになる。遭難者を救うには、遭難するような所に赴いて、生きて帰ってこなきゃいけない。だもんで、危険な状況に慣れた人も必要なんです。

 不平たらたらで何かとサリーに突っかかるクレイなんだけど、じゃサリーが嫌いなのかと言えば…。まあ、アレな人はニタニタしながら読もう。たぶん、いいやきっと、そういう読み方が正しいはず。

 ドラフ族のノッドは機関士。12本指の六つの手足なんて想像しがたい体形のエイリアン。私はデカいヒトデを思い浮かべて読んだ。姿形こそ異様だけど、性格は穏やかだし職務に携わる姿勢は保守管理者の理想そのもの。世のネットワーク管理者やサーバ管理者は、彼の仕事ぶりに頭が下がる思いをするだろう。

 日頃からサーバルームに籠りっきりの仕事だ。同じ職場の者からは「アイツ何やってんだ?」と陰口を叩かれ、上司からは突然の割り込みでリソースを奪われる。予算を申請したり不具合を説明しても「日本語で話せ」と決して理解されることがない。話が合うのは同族だけで、仕事ぶりがロクに評価されないのも、世のインフラ担当者とソックリ。

 欠員が出て医療担当者の補充に来たプレストン・メンデレスは、使えない新人の典型。彼のヘタレっぷりは筋金入りで…。デスマーチの最中に追加戦力として投入された奴がズブの素人だと判明した時のプロジェクト・リーダーの気持ちって、こんなんだろうなあ。「このクソ忙しい時に、なんだってお荷物をしょい込まにゃならんのだウッキー!」な気分。

 そして表紙にもなっている乗艦のトラブル・ドッグ。

 確かにトラウマを抱えちゃいるけど、性格は、なんというか、確かにクールなのだ。人工の意識に相応しく、言葉遣いは冷静で正確さを重んじる話っぷりなんだけど、その中身が問題。主な武装は外したとはいえ元重巡洋艦、お育ちは争えないようで、解決策を相談すれば「殺ろうよ、いいでしょ、殺っちゃおうよ」だったり。そんなトラブル・ドッグを「ステイ、ステイ!」と留めるのも艦長のお仕事。

 こんな連中ばっかりだから、当然チームワークもヘッタクレもなく。クビ寸前のサリー艦長は、隅っこで毛布にくるまりシクシク泣くしかないw 穏やかで和気あいあいな「銀河核へ」とは正反対だw

 そんなズタボロのチームに、急な出動要請が入る。目指すはギャラリー星系の惑星ブレイン。謎に包まれている上に目をつけている連中も多く…

「ギャラリーは火種だ。ひとつ行動を間違えば、きみは戦争を始めることになる」
  ――p214

 と、下手すれば銀河大戦に火をつけかねない。困ったことにトラブルってのは往々にして増殖するもんで、トラブル・ドッグには怪しげな連中まで乗り込んでくる。

 などと「もうやめて!とっくにサリーのライフはゼロよ!」な感じにサリーをトコトン追い詰め、個性豊かなチームに怪しげなメンバーが混じってるあたりは、ジャック・ヒギンズやギャビン・ライアルなど英国冒険小説の伝統を受け継いでいる。とはいえ、サリーの性格はクールなタフガイとは対照的なんだけど。

 対照的なのは底に流れるテーマもそう。これは訳者あとがきがネタバレを避けつつ巧みに語っているので、味見にはちょうどいいかも。

 危機また危機のスリリングな展開、個性豊かで暴走気味の登場人物、ユーモラスでペーソスあふれる語り口、そして唖然とするエンディング。古典的なスペースオペラの舞台に現代風のキャラクターを放り込み、外連味たっぷりに仕上げた娯楽SF長編だ。

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