カール・シファキス「詐欺とペテンの大百科」青土社 鶴田文訳
詐欺という太陽の下には、実は目新しいものはなく、すべての手口は、古くからある詐欺の新しい形にすぎない
――序物理学者がほとんど霊能者のインチキを見抜くことができないのは、注目すべきである。こういうことは、騙すことが仕事の手品師や奇術師に任せた方がいい。
――スレ―ド、ヘンリー 偽霊能者ファーガスンの一番の大成功は、自由の女神をたった十万ドルの前金でお人好しのオーストラリア人に売りつけたことだった。
――ファーガスン、ア-サー 詐欺師に転身した俳優ミケランジェロ(1475~1564)の伝記作家の多くが言及していることだが、巨匠自身贋作者として画家生活を始めたのである。
――ミケランジェロ 美術品贋作者
【どんな本?】
つり銭詐欺、デンスケ賭博、投資詐欺。世の中には昔から様々なペテンや詐欺がある。本書は、缶詰作戦(→Wikipedia)のように国家ぐるみで世界史に影響を与えたものから、今でも絶えない投資詐欺やインチ療法など悪質な詐欺やペテンに加え、「氷ミミズのカクテル」など人をかつぐのだけが目的のイタズラ、ワシントンと桜の木など流布してしまったデッチアゲ、世間を騒がせたデマ、有名な詐欺師など、多くの実例を集めたものだ。
本書の大きな特徴は、それらのペテンを敢えて分類はせず、事典風に語順で並べた点にある。読者は続々と続く奇妙な記事に呆れ怒り悲しみ笑い、歴史を通して変わらぬ人の悪知恵と愚かさを思い知った挙句、多くの事件に共通するパターンが次第に見えてくるだろう。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
原書は Hoaxes and Scams : A Compendium of Deception, Ruses and Swindles, by Carl Sifakis, 1993。日本語版は1996年に青土社より初版、私が読んだのは新装版で2001年10月25日第1刷発行。単行本ハードカバー縦二段組み本文約543頁に加え序6頁+訳者あとがき2頁+新装版のためのあとがき2頁。8ポイント28字×23行×2段×543頁=約699,384字、400字詰め原稿用紙で約1,749枚。文庫なら3~4冊ぐらいの巨大容量。
文章は皮肉なユーモアに満ちていて親しみやすい。内容も特に難しくない。
著者がアメリカ人のため、アメリカや西欧の例が多い。だが、殻ゲームはデンスケ賭博とソックリだったりと、騙しの手口は似通っているので、あまり気にならない。敢えて言えば、日本人にはあまり馴染みのない小切手(→Wikipedia)を使うセコい詐欺が多いぐらいか。また、郵便を使う手口は、そっくりそのまま媒体を電子メールに替えて今も盛んに使われている。
【構成は?】
本文の「詐欺とペテンの大百科」は、詐欺の実例を50音順の事典風に並べたもの。なので、気になった所だけを拾い読みしてもいい。
序
謝辞
詐欺とペテンの大百科
訳者あとがき
参考文献
【感想は?】
ミステリ・ファンには薦めていいのか悪いのか。
冒頭の引用にあるように、詐欺の手口の多くは、昔も今もまったく変わらない。その代表は投資詐欺だろう。手口はみな同じだ。
- 「金鉱が見つかった」「高配当の株がある」などと触れ回り、投資を集める。
- 集めたカネから、気前よく配当を払う。
- 配当を受け取ったカモたちは、知人友人に触れ回る。
- 噂に釣られたカモたちもペテン師に投資する。
- 上の 2.~3. を繰り返し事業を大きくする。
- やがて会計監査が入りウソがバレて破綻する。
この手のペテンは被害金額が大きく、往々にして米ドルで億を超える。また政治家や財界の大物が絡む事件が多く、大きなスクープにもなるが、たいてい真相は藪の中だったりする。なんか納得いかん。
やはり似ているのは沼地詐欺師だろう。手口は原野商法(→Wikipedia)と全く同じで、ロクでもない土地を「将来有望な土地」と称して高値で売り飛ばす。これの教訓は単純で、現物を自分の目で確かめろ、だ。
やはり今も相変わらず栄えているのがニセ薬だ。男ってのは馬鹿な生き物で、下半身が絡むと理性が9割ほど蒸発する。だもんで回春剤は定番商品。いや今はバイアグラが出てきたんで状況が違うのかもしれないが。中には賢い奴もいて…
回春剤詐欺師は当局の取締を恐れているので、この頃は製品を『驚異のプラセボ薬』と広告している者もいる…
――回春剤 不朽のインチキ療法詐欺
…ああ、うん、確かに嘘はついちゃいないw
そんな風に、被害者が訴えにくい手口も多い。わかりやすいのが偽札製造機。いろいろと口上を述べた上に、ちゃんと実演もするのだ。もっとも、その際には予め本物のお札をセットしておくんだけど。引っかかった被害者も、通貨偽造を企てた弱みがあるから、訴えられない。続く項目には偽札の通信販売なんてのも。
この手のペテンの狙いは、「楽してズルしていただきかしら!」な奴をカモにすること。やはり訴えようがないって点が似てるのは、酒場の酔っ払いを騙す手や、イカサマ博打だろう。イカサマでも賢いと思うのは、ティー倒し。リチャード・ファインマン原作で福本伸行作画なんて異色コンビの漫画になりそうな手口だ。
ビリヤードの台の上に、ゴルフ用のティーを立てる。それを囲んで三つのビリヤードの玉を置く。もう一つ玉を取り出し、それをキューでついて、先の三つの玉に当てる。ティーが倒れればあなたの勝ち、倒れなければ私の勝ち。
これ、玉の置き方がキモなのだ。三つをピッタリくっつけて置くと、倒れない。隙間が空いてると倒れる。後は話の持ち掛け方でカモを翻弄すればよろしい。まあ、博打なんてイカサマもバレなきゃ勝ちって世界だしなあ。
とかの殺伐とした話も多いが、喝采したくなる話もある。
その一つがデボラ・サンプソン。アメリカ独立戦争に従軍する。勇敢な兵士として戦友からは尊敬され、清潔なイケメンなので女にもモテモテ。何人かの女にしつこく言い寄られた彼は、上官ジョン・パターソン少将に打ち明ける。彼は女だったのだ。
こういう、男のフリして職に就き、優れた実績で尊敬を集めた女の話も幾つかあって、時代を感じてしまう。
かと思えば、いかにもアメリカらしいユーモラスなネタもある。中でも傑作なのが、「シカゴ以西で最も物騒な町」。1870年代、ネヴァダ州パリセードは物騒な町として有名だった。列車が止まると、乗客は真実を目の当たりにする。保安官と助手は銀行強盗一味と銃撃戦を繰り広げ、目抜き通りではインディアンが馬で駆けながらライフルを乱射して女子供も構わず虐殺に興じていた。
…というのは、人口290人の町ぐるみのヤラセ。地元の軍までグルだったというから酷いw それもこれも町おこしのため。しょうもないw 実際は物騒どころかノリがよくて楽しい人たちだったんだろうなあw
似たようなのでデッチアゲやデマの類も幾つかある。有名なのはポール・マッカートニー死亡のデマ。アルバム「アビーロード」のジャケットじゃポールだけ裸足だし。噂を聞いたマッカートニー曰く…
「僕が死んでいるなんて、自分でも知らなかった」
――ポールが死んだ! ビートルズの死のデマ
だろうなあw 関係ないけど、同じデマでも日本やイギリスは「○○が死んだ」って形のが多く、アメリカじゃ「○○は生きている」って形が多いって聞いたような気が。「エルヴィス・プレスリーは生きている」とか。それをネタにした「ババ・ホ・テップ」は…えっと、エルヴィスのファンは読まない方が幸福です。
中には私が騙されてたのも幾つかあって、例えばジョージ・ワシントンと桜の木。あれ作り話かい。許すまじマロン・L・ウィームス牧師。やっぱり有名なヴォルテールの「あなたが言う事には一切同意できないが、あなたがそれを言う権利は死んでも守ってみせる」も…
1935年に、(E.ビーアトリス.)ホールがその引用句をでっち上げたことをクリストファー・モーリーと『土曜書評』に告白した…
――ヴォルテールの有名な引用句 作り話
酷いw 信じてたのにぃ…と思ったら、Wikipedia にはちゃんと「ヴォルテールの名言とされてきた文言」と記されてた。
もっとも、ホンモノになっちゃった作り話もある。オランダの「堤防の孔を指で塞いだ少年」だ。元はアメリカ生まれのメアリー・メイプス・ドッジによる1986年の児童文学「ハンス・ブリンカーまたは銀のスケート」に出てきたエピソード。これを信じ込んだ米国人観光客が後を絶たないので、オランダも音を上げ1950年に少年の像を立てた。お陰で観光客も増えましたとさ。
そんな罪のないネタもあれば、行き詰まった人からなけなしの財産を巻き上げる酷い話も多い。50音順と愛想のない構成ながら、つらつらと読んでいくと、幾つかのパターンが次第に見えてくるのも面白かった。漫画や小説など物語に使えそうな話も多く、ネタに詰まった時に開くのも一興かも、ただし、熱中して締め切りを過ぎても私は一切責任を取らないので、そのつもりで。
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