SFマガジン編集部編「アステリズムに花束を 百合SFアンソロジー」ハヤカワ文庫JA
「I'm fine.」
――宮澤伊織「キミノスケープ」「スミレみたいな、青よ。声も名前も」
――南木義隆「月と怪物」「あの光はうつくしい綾。硲が編んだ晶表現のよう」
――櫻木みわ+麦原遼「海の双翼」“色のない緑の考えが猛烈に眠る”
――陸秋槎「色のない緑」「ただ、飛びたいんです」
――小川一水「ツインスター・サイクロン・ランナウェイ」
【どんな本?】
想定外の大当たりとなった「SFマガジン2019年2月号」。その原因となった「百合特集」で掲載された短編四本+コミック一本を中心に、pixiv の話題作や書下ろしを含めた、百合SFサンソロジー。
SFマガジン編集部編「SFが読みたい!2020年版」ベストSF2019国内篇でも13位に食い込んだ。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
2019年6月25日発行。文庫で縦一段組み本文約396頁。9ポイント40字×17行×396頁=約269,280字、400字詰め原稿用紙で約674枚。文庫では少し厚め。
全般的に文章がこなれていて読みやすい作品が多い。逆に「海の双翼」は、ワザと狙って異質な感触を出している。
【収録作は?】
それぞれ 作品名 / 著者 / 初出。
- キミノスケープ / 宮澤伊織 / SFマガジン2019年2月号
- 突然、街から人が消えた。人だけじゃない、鳥も獣も消えた。電気や水道は通じている。だがテレビやラジオはノイズだらけだし、電話もインターネットもつながらない。スーパーやコンビニには、なぜか新鮮な食品が並んでいる。街の建物は少しづつ入れ替わってゆく。あちこち彷徨ううちに、メッセージを見つけた。「I'm fine.」
- 冒頭、朝起きて家を出るまで、5頁と少しかけて、主人公の暮らしを丁寧に描いている。本書の冒頭に相応しい描写だ。状況は「西城秀樹のおかげです」と似てるんだけど、語りの感触もお話の進み方もまったく違う。「西城秀樹…」は開き直った明るさの陰に恨みが潜んでいるのに対し、この作品はごく自然体だ。変わったのはSFなのか社会なのか。
- 森田季節 / 四十九日恋文 / SFマガジン2019年2月号
- 死者の意識は死後も49日ほど此の世にとどまると判ってから50年。そして限られた文字数なら死者とメッセージを交換してよいとなった。最初の日は49文字、以後一日一文字づつ文字数が減る。絵梨は、亡くなった栞と短歌形式でメッセージをやりとりする。意外と栞はアッサリしていて…
- もともと栞が前向きでサッパリした性格なのか、死者はみんなそうなのか。私は後者だと思うんだが、どうなんだろう? 少しづつ減ってゆく文字数、最後の一文字をどうするか。絵文字が充実してる今は選択肢が増えて楽な気もするけど、逆に選ぶのが大変な気もする。
- ピロウトーク / 今井哲也 / SFマガジン2019年2月号
- 9頁の漫画。前世からのお気に入りの枕を失い眠れないと言う先輩に付き合い、主人公は枕を探す旅に出る。
- この作品は版の大きい単行本で読みたかった。特に3頁目の2コマ目とか、人が減って荒れた町を女子高生二人が元気に闊歩する雰囲気がよく出てる。季節の移り変わりを服や風景で伝えるのも、漫画ならでは。
- 幽世知能 / 草野原々 / SFマガジン2019年2月号
- もう一つの宇宙、幽世。その無尽の計算能力を使うコンピュータが幽世知能だ。ただし幽世に安定してアクセスできる場所は限られ、神体と呼ぶ。与加能が住む町には使えそうな神体があったが、不安定かつ神隠しの危険が高く、計画は失敗した。その神体で、幼馴染の灯明アキナが待っている。
- エキセントリックなキャラクターを出さないと気が済まない著者ならではの作品。アキナがやたら強烈だと思ってたら… 「常識的なキャラクターを書け」と言われて百合関数に挑んだ意欲作。
- 伴名練 / 彼岸花 / SFマガジン2019年2月号
- 舞弓青子は、真朱様に宛てた日記を綴る。両親に武芸は仕込まれたが、綴りは苦手だ。修身やお裁縫の授業のこと、級友のこと、寄宿舎で過ごす夜のこと。そして真朱も青子に返事をしたためる。花壇の手入れの工夫、オルガンの得意な級友…
- レ・ファニュの「吸血鬼カーミラ」をキム・ニューマンの「ドラキュラ紀元」的に処理し、大正ロマン風に味付けした怪作。ちょっとジョージ・R・R・マーティンの「フィーヴァードリーム」を思わせる展開も。「死妖」や「緋袴」などちょっとした単語にも凝った文章が雰囲気を盛り上げている。
- 南木義隆 / 月と怪物 / pixiv 2019年
- セーラヤは1944年に、ソフィーアは三年後に、ソ連北東部の貧しい農家で生まれた。幼くして家族を失い、親戚をたらい回しにされた末に家出し、モスクワの地下で命をつないでいるうちに当局に捕まり、病院のような施設に収容される。施設には多くの子供がいた。当局はセーラヤの妙な能力に強い興味を示し…
- 浮浪児が安定した食事と寝床を与えられても、嫌な予感ばかりが漂うのもあの国ならでは。「グラーグ」や「セカンドハンドの時代」を読むと、なかなかに背筋の凍る出だし。あの国なら、そういう研究もしただろうなあ。しかも、強引に。異色作と言われるけど、百合を抜きにしても重い問題に正面から挑んだ力作だと思う。
- 海の双翼 / 櫻木みわ+麦原遼 / 書き下ろし
- 栞が海の話を聞いたのは20歳のとき。以来50年、栞は職業作家として生きた。鱗晶は体調を記録し整え、また光や音で伴奏を添える。硲は栞が書いた原稿に晶表現で伴奏を加えた。細い雨が降る日、栞は仲間とはぐれた鳥人を拾う。当初、鳥人の言葉は拙かったが、羽根は複雑な模様を描いた。
- 楽譜はメロディを伝えるけど、音色までは伝えない。テキストは言葉を伝えるけど、声色や表情は載らない。そこに晶表現や光る羽根なんてアイデアを持ってきたのは秀逸。鳥人の「なにものが解釈しようと、言葉の意味は変わらない」や硲の「足すを足すと、引くを引くと呼べばいい」は、チョムスキーの文脈自由文法を示すのかな? 異星人の言葉を翻訳したようなぎこちない文章も、意図的なものだろう。
- 色のない緑 / 陸秋槎 / 書き下ろし
- ジュディの仕事は、機械翻訳した小説の脚色だ。若者は気にしないが、年配者はヒトが脚色した文章を好む。エマから連絡が来た。モニカは700頁を超える論文を完成させた直後に、モニカが自殺した、と。ジュディはエマと共に葬儀に出席する。16歳のとき、三人は青少年学術財団のプロジェクトで同じ班になった。テーマは言語学。
- 今の Google などの機械翻訳は機械学習によるもので、だいぶ精度は上がってきた。長い文章は苦手だが、短い文章はかなり意味が通じる。法律文書やRFCなど、形式が決まっていて論理を重んじ意味が伝わればいいモノには、やがて充分な性能になるだろう。けど小説は、というと、うーん。例えば本作に出てくるフィッシュ・アンド・チップス。この言葉から受ける印象は、ロンドンっ子と江戸っ子じゃだいぶ違う。かといって焼き鳥に変えるわけにもいかないだろうし。
- ツインスター・サイクロン・ランナウェイ / 書き下ろし
- 巨大ガス惑星の雲の中に昏魚の群れが住み、貴重な元素をもたらす。サーキュラーズの暮らしは昏魚の漁だ。二人乗りの礎柱船でツイスタが船を操りデコンパが網を編む。普通は夫婦で乗り込み、夫がツイスタで妻がデコンパだ。だがテラと気の合うツイスタは見つからず、今は小柄なダイオードがツイスタを担っている。
- 高重力の巨大ガス惑星の大気中の生物って発想はA.C.クラークの「メデューサとの出会い」を彷彿とさせる。が、そこは小川一水。ペアでなきゃいけない礎柱船の設計や、そのペアが夫婦でなければならないサーキュラーズの社会構造など、背景事情の設定が上手い。まさか昏魚にまで、そんな事情があるとは。もしかして木星のアレもコレなんだろうか。なお、ハヤカワ文庫JAから長編版がでている。
相変わらずの草野ワールドが展開する「幽世知能」、古めかしい百合を装いつつ凝った設定が明らかになってゆく「彼岸花」、全体主義国家の冷たい恐怖に満ちた「月と怪物」、実は相通じるテーマの「海の双翼」と「色のない緑」、そして抜群の安定感がある「ツインスター・サイクロン・ランナウェイ」。百合とは何かを本書から探ろうとすると、かえってわからなくなるぐらい、バラエティに富んで楽しい本だ。
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- 2020.7.28 小川一水「天冥の標Ⅹ 青葉よ、豊かなれ PART1・2・3」ハヤカワ文庫JA
- 2019.6.5 森奈津子「セクシーGメン 麻紀&ミーナ」徳間書店
- 2019.8.5 ベッキー・チェンバーズ「銀河核へ 上・下」創元SF文庫 細美遥子訳
- 書評一覧:SF/日本
【今日の一曲】
Roxy Music - Same Old Scene
百合といえば是非とも推したいのが、1980年のアメリカ映画「タイムズ・スクエア」。市長候補の娘パメラは、父に反抗するも病院に押し込められる。そこで出会った不良娘ニッキーと共に病院を脱走し、二人で暮らし始めるが…
ええトコのお嬢様と宿無しの野良猫が、胡散臭い奴らがタムロしてゴチャゴチャした当時のニューヨークで生き抜く姿を、あの頃流行のプリテンダーズやゲイリー・ニューマンの音楽に乗せて描いた佳作。当時は、いや今でも青春映画ってくくりだけど、今思えば間違いなく百合。大ヒットしたわけでもないので今は手に入れにくいけど、機会があったら一度は観て欲しい。
その中でも最も印象に残っているのが、オープニングの曲。ブライアン・フェリーの声が実にイヤラしいw
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