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2020年9月18日 (金)

「フレドリック・ブラウンSF短編全集 3 最後の火星人」東京創元社 安原和見訳

「わたしは火星人なんです。最後の火星人です。ほかはみんな死んでしまいました。ほんの二時間前にみんなの死体を見たんです」
  ――最後の火星人

「ここでスポンサーからひとこと」
「戦え」
  ――スポンサーからひとこと

【どんな本?】

 アメリカのSF/ミステリ作家、フレドリック・ブラウンのSF短編すべてを執筆順に全四巻で刊行する企画の第三段。

 ブラウンは1940年代のSF黎明期から1960年代にかけて活躍した。彼の短編は親しみやすい文体でオチのキレがよく、今でも多くのファンに愛されている。

 本書は1950年の「存在の檻」から1951年の「処刑人」までを収録する。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は From These Ashes : The Complete Short SF of Fredric Brown, 2001。日本語版は2020年7月10日初版。単行本ハードカバー縦一段組み本文約347頁に加え、牧眞司の「収録作品解題」8頁+若島正の「闇への誘い」5頁。9ポイント43字×20行×347頁=約298,420字、400字詰め原稿用紙で約747枚。文庫なら厚めの一冊分。

 文章はこなれていて読みやすい。星新一や草上仁に似た芸風で、SFだがヒネリの利いたアイデア・ストーリーが中心なので、理科が苦手でも全く問題ない。どころか、さすがに1950年代初期の作品なので、科学的には、まあ、アレだw 当然、月や金星の描写も当時のもの。その辺は「そういうもんだ」でスルーしてください。

【収録作は?】

 それぞれ 作品名 / 原題 / 初出。なお★がついているものはマック・レナルズとの共作。

存在の檻 / Entity Trap / Amazinng Stories 1950年8月
 ジョン・ディックスは19歳でアメリカ陸軍に入隊し、81年に激戦となったパナミント山脈の戦いに身を投じた。最終防衛ラインのトーチカでの戦いで、ジョンは敵の爆撃で片目と鼻と頭髪と片腕と両足を失う。やがて命も失うはずだったが…
 ある意味、転生もの…に、なるのか? 異世界ではなく現世界だけどw しかもチート能力つき。でも嬉しくないんだよね、これじゃw
命令遵守 / Obedience / Super Science Stories 1950年9月
 メイ艇長とロス副長は深宇宙を探索中に異星人の宇宙船を発見する。地球のロチェスター級の戦艦にそっくりだ。同時にテレパシーを受信する。「地球人よ、われわれは敵ではない」。総則にはこうある。異星の艦船と遭遇した場合ただちにこれを破壊せよ、破壊できなければ全速力で外宇宙に向かい燃料が続く限り飛び続けろ。
 人類の歴史を顧みれば、殺らなきゃ殺られる、となるのは仕方がないか。アメリカ人作家が語ると、更に説得力があるw 
フラウンズリー・フロルゲルズ / The Frownzly Florgels / Other Worlds Science Stories 1950年10月
数百万年前から小惑星ナクソの地中に住むナクスより、星団じゅうの星に思考のメッセージが届いた。きっとすてきなフラウンズになる。
 ハネス・ボクが描いたイラストに沿った小説をフレドリック・ブラウンが書く。ただし夢やホラ話や錯覚や狂気は不許可。そういうルールで書き上げた作品。解題に載ってるハネス・ボクのイラストのイマジネーションも凄いが、ブラウンの理屈付けもハンパじゃない。
最後の火星人 / The Last Martian / Galaxy Science Fiction 1950年10月
 通りの向かいのバーから、編集室に連絡が入った。「変な客が来た。二時間前に火星から来た、と言い張っている」。ちょっとしたユーモア記事になると踏んで、編集長はビル・エヴェレットを向かわせる。火星人はヤンガン・ダルと名乗り…
 自称火星人、しかも地球に来たのは二時間前。そして今はバーに座っている。なんじゃそりゃ、頭がおかしいのか? ってな引きの強い状況から、ブラウンらしい見事なオチへ持っていく。アイデア勝負のSF短編のお手本みたいな作品。
地獄のハネムーン / Honeymoon in Hell / Galaxy Science Fiction 1950年11月
 東西の冷戦は深刻化し、月面基地建設の足掛かりとしての宇宙ステーション建設の競争も激しさを増す。人類は別の危機に見舞われていた。男児が生まれない。東西ともに。レイモンド・F・カーモディ合衆国宇宙軍大尉は月面着陸に成功したロケット操縦士だ。27歳の独身で退役した今は、国防省秘蔵の巨大人工知能、通称ジュニアの操作員に選ばれる。そのジュニアの様子がおかしい。
 収録作の中では比較的に長い作品だ。だが語り口は軽快かつユーモラスだし、ストーリーはイベント満載で小気味よく進むため、読み心地はとても軽やかだ。オチのキレも見事で、読み終えた後の気分もやたらいい。いやあ、コンピュータって、ほんと四角四面ですねw
星ねずみ再び / Mitkey Rides Again / Planet Stories 1950年11月
 ミツキーは灰色ねずみだ。ドイツからの亡命者でロケット科学者のオーベルビュルガー教授宅に、連れ合いのミニーと住んでいる。かつて月に着陸し高い知能を得たが、帰還直後の事故でただのねずみに戻ってしまった。だが次第に知能を取り戻しつつある。教授は相変わらず月ロケット開発に余念がない。だが今度の実験動にミツキーを使うのは諦めた。
 「星ねずみ」収録の表題作の続編。なんといっても教授とミツキーの会話が楽しい。この香りを日本語で再現した訳者の芸が光る。今回は白ネズミのヴォワイティが加わり、なんとも可愛らしい騒動が繰り広げられる。
六本足の催眠術師★ / Six-Legged Svengali / Worlds Beyond 1590年12月
 金星に向かうエヴァ―トン動物学調査隊に、なんとかぼくは滑り込んだ。目的は新種の生物を捕獲すること。最大のお目当ては金星ドロガメだ。必ず捕獲してみせる、そうぼくは言い切った…らしい。ところが、ぼくは捕獲のアイデアどころか金星ドロガメすら聞いたことがない。
 さすがに今は金星は無茶だけど、そこは他の惑星って事にして読もう。肝心の金星ドロガメには厄介な能力を持つ。近づいた生物から、数時間の記憶を消す。健忘症は数時間続く。そのため、ハンターは亀の存在そのものを忘れてしまう。そんな亀を、どうやって捕まえるのか。捕獲のアイデアも鮮やかながら、このオチはw
未来世界から来た男★ / Dark Interlude / Galaxy Science Fiction 1951年1月
 ベン・ランド保安官を、ルー・アレンビーが訪ねてきた。ルーは妹のスーザンと住んでいるが、この二週間ほど旅行に行っていた。ルーが不在のとき、スーザンは畑に落ちてきた男を拾う。男は学生で、四千年の未来から来たという。目的は調査。この時代から数百年、暗黒時代が続いている。その実体を調べるために来た、と。
 旧いSF小説に対し「今もまったく古びていない」は、本来誉め言葉だ。だが、この作品の場合は悲しみと怒りが沸きあがってくる。発表から70年近くも経ち、既に保安官やルーの孫か曾孫の世代だってのに。
選ばれた男 / Man of Distinction / Thrilling Wonder Stories 1951年2月
 アル・ハンリーは飲んだくれのロクデナシだ。有り金は使い尽くし、あらゆる友人知人に金を借りまくって酒代につぎ込んだ。一晩だって酒を切らせたら、地獄の恐怖に襲われる。だが、彼は偉大なことを成し遂げた。
 四六時中、飲んだくれて酔っぱらっているアルの、支離滅裂で無茶苦茶な屁理屈が楽しい作品。まったく、酔っ払いって奴はw
入れ替わり★ / The Switcheroo / Other Worlds Science Stories 1951年3月
 『グローブ』紙のオフィス。編集長のマッギーが、また怒鳴ってる。「ターキントン・パーキンズの話を聞いてこい」。嫌な奴だが、それでもボスだ。言われたとおり、ジェイクはパーキンズに取材に行く。彼は変なモノばかり作る発明家だ。最近はシロホクラ飲料を作った。酒の逆で、まず二日酔いがきて、翌朝は愉快に酔える。今は入れ替わり機が完成寸前で…
 懐かしSFの定番、世間とはズレてるけど優れた発明家が作る、ケッタイなマシンが巻き起こす騒動がテーマのドタバタ作品。
武器 / The Weapon / Astounding Science Fiction 1951年4月
 ジェームズ・グレアム博士は科学者だ。重要な計画を率いている。ひとり息子のハリーは15歳だが、知能の発達が遅れている。それでもグレアムはハリーを深く愛している。家でくつろいでいる時、ニーマンドと名乗る男が訪ねてきた。「あなたは人類の存続をあやうくするお仕事をなさっていますね」
 5頁の掌編ながら、いやだからこそ、オチのキレは鋭い。「地獄のハネムーン」「スポンサーからひとこと」同様に、東西冷戦の影が色濃い作品。
漫画家★ / Cartoonist / Planet Stories 1951年5月
 ちかごろ一コマ漫画家ビル・キャリガンの景気は悪い。が、この日のネタはイケた。おぞましいエイリアンの話だ。報酬もよかった。さっそくブランデーを買い込み祝いのグラスをあけたとき、それが起きた。ビルが描いたエイリアンそっくりの怪物が現れたのだ。
 冒頭でアメリカの漫画の制作過程がわかる。どうも日本とは大きく違うらしい(→「有害コミック撲滅!」)。こういう、文化や社会の違いがわかるのも、翻訳物ならではの楽しみだ。ブラウンもネタを提供したんだろうか。
 ジョン・ヴァーリーの八世界シリーズやP.K.ディックの作品でもよく使われるネタだ。ヴァーリー作品には無常観・喪失感が漂い、ディックだと足元が崩れ眩暈がするような不安定感を感じるのに対し、ブラウンはカラッと明るく仕上がっている。そんな芸風の違いもまた、小説の楽しみの一つ。
ドーム / The Dome / Thrilling Wonder Stories 1951年8月
 カイル・ブレイドンがドームに籠って30年になる。37歳のとき、ボストンが攻撃を受け壊滅し、宣戦布告がなされた。世界は滅びるだろう。この事態に備えカイルはドームを作っておいた。水爆も防げるが、外の様子はわからない。微量な電力で維持できるが、起動には莫大な電力がいる。スイッチを切れば外の様子がわかるが、再起動は無理だ。そして30年が過ぎた。
 やはり冷戦の影が濃い作品だが、今となっては究極の引き籠り生活がテーマのような気もしてくるw アッメリカには自宅に核シェルターを作る人もいて、ブラウンも自分の作品が現実になるとは思わなかっただろうなあ。
スポンサーからひとこと / A Word from Our Sponsor / Other Worlds Science Stories 1951年9月
 6月9日、世界中でソレが起きた。すべての国で、現地時間の午後8時半に。夏時間を採用している国や地域では、夏時間の8時半に。ラジオの音が途絶え、しばらくしてこんな声が響いた。「ここでスポンサーからひとこと」続いて一秒後に「戦え」。その後、いつもの番組が流れ始めた。折しも世界は冷戦のさなか、互いに先制攻撃を仕掛ける寸前だった。
 なんといっても印象的なタイトルが秀逸で、やたらと有名な作品。今はメディアが多様化してるけど、当時はラジオと新聞が王者だったんです。双方ともに不信感に満ちていて頭に血が上っている状況に、いかにもあからさまな煽りが入ったら…。中でも聖職者と合衆国共産党党首の解釈が笑えるw
賭事師★ / The Gamblers / Starling Stories 1951年11月
 きみは月の天文台に、ただひとりで横たわっている。今まで何日過ぎたのか、わからなくなってしまった。だが39日間生き延びれば、迎えのロケットが来るのはわかっている。水と食料は、なんとか足りる。問題は酸素だ。下手に動けば酸素消費量が増える。それでも生き延びて伝えなければ。異星人にポーカーを教える羽目になった顛末を。
 なんといっても、異星人の性質が面白い。技術は地球人より遥かに進んでいて、考え方も傲慢で身勝手、しかも便利な能力を持っているくせに、妙に几帳面で真面目で義理堅い。そしてやたらとギャンブルが好き。つまりは、いかに相手を出し抜くかがキモの博打小説。ちょっとだけネタバレすると、双方ともにイカサマはなしです。
処刑人★ / The Hatchetman / Amazing Stories 1951年12月
 地球と火星は睨み合っており、金星はどっちつかず。火星はキングストン複製機を手に入れた。膨大な電力を食うが、核分裂物質を除きなんでも複製・転送できる。開拓当初、火星は卓越した能力を持つ人間を複製し火星に転送した。だが、そこには大きな落とし穴があった。複製人間には、倫理観が欠落していたのだ。複製人間たちは火星を乗っ取り…
 なんでも複製・転送できるのは便利と思ったが、費用の設定が上手い。やたら電力を食うので、雑誌や食料など安物に使ったらモトが取れない。だから対象は高級品だけ。今なら複製機は3Dプリンタに読み替え…いや、元素や化合物は3Dプリンタじゃ再現できないな。まあいい。貴重な物資、例えば名画や宝石の複製や移送が安上がりになれば、世界はどう変わるか。これだけでも長編になりそうなアイデアなのに、アッサリ使い捨てるとは。
 お話は処刑人の二つ名を持つ、大統領の腹心マット・アンダースの活躍を描く、ストレートなアクション物。とはいえ、そこはブラウン。誰が複製で誰がオリジナルか見分けがつかないのがミソ。

 初出を見ると、1950年8月から1951年12月までの1年半あまり。短い期間に執筆された作品群ながら、いずれも出来はいい。この時期、ブラウンは脂が乗りきっていて絶好調だったんだろうか。そんな具合に、作家の足跡を時系列順に辿れるのも、この作品集の面白さだ。

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