SFマガジン2020年10月号
「絶対に死なない。死ぬよりも面白いこと見つけたんだよ」
――牧野修「アドレレンスと嘔吐/1969」「ここは間違いなく、戦場です」
――神林長平「戦闘妖精・雪風 第四部 アグレッサーズ 第二話」クランツマンの秘仏とは、信仰が質量を持つという一種の思考実験である。
――柴田勝家「クラフツマンの秘宝」「時代というのは、いつだってだんだんとよくなっていくものです」
――劉慈欣「2018年4月1日、晴れ」泊功訳
376頁の標準サイズ。
特集は「ハヤカワ文庫SF創刊50周年記念特集」。
小説は10本。
うち連載は5本。神林長平「戦闘妖精・雪風 第四部 アグレッサーズ 第二話」,冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第32回,劉慈欣「2018年4月1日、晴れ」泊功訳,藤井太洋「マン・カインド」第13回,夢枕獏「小角の城」第61回。
読み切りも5本。牧野修「アドレレンスと嘔吐/1969」一章まるごと100枚33頁,菅浩江「博物館惑星 余話 海底図書館」,柴田勝家「クラフツマンの秘宝」,春暮康一「ピグマリオン」後編,アリ・ロビネット・コワル「火星のレディ・アストロノート」酒井昭伸訳。
まず「ハヤカワ文庫SF創刊50周年記念特集」から。
渡辺英樹「ハヤカワ文庫50年の歩み」。SF文庫を刊行する際、取次の重役を説得せにゃならなかったって所に、出版業界の内情がチラリと見える。電子ブックが主流になると、そういうくびきも減るんだろうか。
SF翻訳家による「わたしのハヤカワ文庫SFベスト翻訳」、あまり表に出ない翻訳家の声が聴けるのが嬉しい。いいよね、「キリンヤガ」。小尾芙佐の講演が聞けるなんて、なんて贅沢な高校なんだ。やっぱり人気はアルジャーノンか。先生、かわいいな。きっと生徒にも好かれてるんだろうなあ。
牧野修「アドレレンスと嘔吐/1969」。大阪万博を翌年に控えた1969年。中学生のシトこと森賢人は、サドルこと御厨悟と仲がいい。サトルはテレビ漫画「大人はわかってくれない」に入れ込んでいる。オトナ人間に飼われているコドモたちが、オトナ人間に反乱を起こす物語だ。オトナたちは密かにコドモの心に入り込み、オトナ化してゆく。サドルはこの物語を本当だと思っている。
「テレビ漫画」「ゲバルト学生」「原子力船むつ」などの言葉が醸し出す、あの頃の空気がたまらない。いるよね、ジャージ姿の体育教師。なぜか生徒指導でデカいツラしてる。あの頃は教師もプカプカ煙草吸ってたなあ…なんて遠い目をして油断してると、いきなり地面が溶け出すような牧野ワールドに放り込まれるから要注意。というか舞台はオッサン・オバサンは嬉しいんだが、お話はローティーンに受けそう。
神林長平「戦闘妖精・雪風 第四部 アグレッサーズ 第二話」。フリーのジャーナリストのリン・ジャクスンは、ついにフェアリイ星にやってきた。もともとフェアリイ星は立ち入りが厳しく制限されている。ましてフリーのジャーナリストとなれば、まず取材許可は下りないのだが…
気が付けば冷戦の只中にいた世代としては、地球のジャムに対する無関心にも納得しちゃったり。物心ついた時からそうなら、そういうモンだと思っちゃうんだよなあ。今月はこれで終わりって、そんな殺生な。「人間の形をした戦闘AI」「問題児というより犯罪人」って、確かにどっかで聞いたようなw 零との対面が楽しみでしょうがないw
冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第32回。ハンターたちとの会議では大きな収穫があった。ウフコックにつながる人物が掴めたのだ。さっそく確保に動くイースターズ・オフィス。同じころ、ハンターたちも別の目標へ向かい動き始める。
静かな緊張感が漂う前半に対し、後半は派手なバトル・アクションが全開。相変わらずエンハンサーでもないレイ・ヒューズはやたら頼りがいがある。また久しぶりにハンターの針が出てきたのも嬉しい。
菅浩江「博物館惑星 余話 海底図書館」。セイラ・バンクハーストは、博物館惑星<アフロディーテ>の図書館司書だ。いつものように仕事をしていると、<総合管轄部門>の田代美和子が訪ねてきた。十歳ぐらいの背丈のロボットを連れている。野良の自己学習型AIとして潜伏していたC2が、人間型のボディを得たのだ。C2は絵本コーナーで遊び始めたが…
「不見の月」が2020年の第51回星雲賞の日本短編部門に輝きSFマガジン2020年6月号の「歓喜の歌」でフィナーレを迎えた博物館惑星シリーズのボーナス・トラック。電子化が進むと、図書館の役割も変わっていくんだろう。とすると現在の図書館の雰囲気を味わえるのは、現代だけの贅沢なのかも。AIに体は必要かって問いは今なお議論の真っ最中のはず。ヒトと円滑に意思疎通するAIを育てるには必要だと私は思うんだが、どうなんだろう?
柴田勝家「クラフツマンの秘宝」。1920年生まれのスウェーデン人の東洋美術学者ヨアキム・クラフツマンは、論文中に「信仰が質量を持つ」と記した。最初はジョークだったが、幾つかの実験も行っている。彼は1961年に伊勢波観音寺を訪れ、約千二百年も非公開とされた本尊の十一面観音像を調査している。
改めて考えると、確かに秘仏ってのは不思議なシロモノだ。隠されると「ナニか特別なモノ」みたく思うのが人のサガ。そういうヒトの性質を箔付けに利用した、みたいな下世話な解釈もできるけど。やっぱ限定○○とかって客引き文句としちゃ強力だし。お話は諸星大二郎ファンには嬉しい展開。にしても、なぜに柴田勝家だけ「殿」w
劉慈欣「2018年4月1日、晴れ」泊功訳。基延。ヒトの寿命を約三百年に延ばす技術。約五年前に事業化されたが、今は高価なため一部の者しか使えない。ぼくは悩んでいた。危ない橋を渡らねばならないが、大金を掴む手段の目途がついた。これで基延に手が届く。だが恋人とは別れる羽目になるだろう。世の中ではネット世界のバーチャル国家が台頭し、政治的な実体を持ち始めている。
2010年の作品だが、IT土方の描写はなかなかの生々しさ。8頁の短編にアイデアとイベントをギッシリ詰めこんで、お話はスピーディーかつドタバタ風味にコロコロと進んでゆく。ノリがよくてビートの利いたリズムは、ちょっとリズムは筒井康隆に似てるかも。
春暮康一「ピグマリオン」後編。脳内AIのピグマリオンの甲斐あってか、南野啓介は由希と結婚にこぎつけつた。ばかりか、今まで渋っていた由希もピグマリオンを導入する。やがて娘の陽向が生まれ、三人の暮らしは幸せに満ちていた。そんなある日、由希は…
「火星のレディ・アストロノート」と同様、夫婦間の想いを描いた作品。何事もソツなくこなすピグマリオン、手が届く価格だったら欲しいなあ。会議の場面は「ボッコちゃん」を思い出した。
藤井太洋「マン・カインド」第13回。ここにきて<アルバトロス>なんて面白そうなガジェットを投入するかあ。実用化はやっぱり軍用が先なのね。事故率が話題のアレ(→Wikipedia)も将来は無人化が進むんだろうか。
アリ・ロビネット・コワル「火星のレディ・アストロノート」酒井昭伸訳。1952年に米東海岸に巨大隕石が落ちたのをきっかけに宇宙開発が盛んになり、火星にコロニーまでできた。かつて宇宙飛行士として名を馳せたエルマも今は63歳。火星で夫のナサニエルと共に暮らしている。プログラマーのナサニエルには今でも時おり仕事が舞い込むが、エルマにはもう宇宙へ行く機会はないだろうと諦めていたが…
噂の「宇宙へ」の後日談。ってまだ読んでないけど。敢えてエルマを指名する理由を丁寧に描いている。それ以上に、「間に合わなかった」ナサニエルの気持ちが胸に響く。ああいうの、親しい人より見知らぬ他人の方がいいんだよな。最もいいのはロボット、それもヒトに似てないメカメカしい、いかにも道具って感じのやつ。ちと検索したら色々あって、やっぱり需要は多いんだなあ。早く普及して欲しい。
東茅子のNOVEL&SHORT STORY REVIEW「コロナの時代」。「クリスタル・レイン」のトバイアス・S・バッケルに懐かしさを感じた後、「倒壊する巨塔」のローレンス・ライトにはビックリ仰天。ノンフィクション作家じゃなかったのか。まあドミニク・ラピエール&ラリー・コリンズも「第五の騎手」なんて傑作を書いてるし。
AI研究者にインタビュウする「SFの射程距離」、今回はA-Lifeの池上高志。プログラマはサンダーバートだと2号にやたらこだわるって説があるけど、研究者もかw
【今日の一曲】
Hitch a Ride - Lexington Lab Band
最近、Youtube で昔好きだった曲のカバーをよく聞いてる。中でもコレは演奏力は抜群でアレンジもオリジナルに忠実、そしてなによりレスポールの音色への拘りがたまんない。やってる Lexington Lab Band はUSAケンタッキー州のミュージシャンたち。他にも70~80年代の名曲を巧みにカバーしてるので、プレイリストを聴いてるといつまでも抜け出せない。
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