永田和宏「人はどのように鉄を作ってきたか 4000年の歴史と製鉄の原理」講談社ブルーバックス
古代製鉄炉では直接、低炭素濃度のルッペが製造されたが、溶鉱炉で作る銑鉄は炭素の溶解量が多いため、脱炭して低炭素鋼のルッペ鉄にした。
――第8章 精練炉の発展反射炉は石炭を燃焼させて炉のアーチ型天井を加熱し輻射熱で加熱する方法である。これは鉄が石炭と直接接触しないので硫黄吸収の問題が起こらない。溶鉱炉からの直接鋳造に比べ、反射炉で銑鉄を再溶解すると鉄の品質が良くなり、大型の鋳物を制作することができた。
――第8章 精練炉の発展19世紀は、ヨーロッパで錬鉄から溶鋼へと大きな技術革新が起こった時代である。
――第9章 鋼の時代現代の製鉄法はどれほど進歩したであろうか。
意外に思うかもしれないが、「製鉄法」に限って言えば、現代の溶鉱炉は400年前の木炭溶鉱炉から原理は変わっていないし、製鋼法もベッセマーの転炉法から原理的には全く進歩していないと言える。
――第9章 鋼の時代日本の刃物の鉈、包丁、鑿、鏨、鎌などは合金に刃を鍛接する構造になっている。台金には軟鉄である包丁鉄が使われ、刃には高炭素濃度の鋼が用いられた。
――第11章 脱炭と軟鉄の製造
【どんな本?】
ヒトは様々な方法で鉄を作ってきた。古代のボール炉、産業革命で盛んになった溶鉱炉、現代の電気炉、そして映画「もののけ姫」にも出てきた日本独特のたたら製鉄。
炉の中では何が起きているのか。なぜ鉄鉱石から鉄が取り出せるのか。それぞれの炉や製法にはどんな特徴があり、どんな鉄が取り出せるのか。そしてたたら製鉄は、どこが独特なのか。
著者は文献を調べるだけでなく、日本はもちろんスカンジナビアまで飛んで炉の遺跡を巡り、更には自ら炉を作って製鉄や鍛冶に挑み、ばかりか「家庭でできるキッチン製鉄」まで考えだし実際に試してゆく。
鉄に取り憑かれた著者が、製鉄の原理から歴史と現状そして未来までを思い描く、一般向け製鉄解説書の決定版。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
2017年5月20日第1刷発行。新書版縦一段組み本文約241頁。9ポイント43字×16行×241頁=約165,808字、400字詰め原稿用紙で約415枚。文庫なら普通の厚さの一冊分ぐらい。
ハッキリ言って「濃い」。いや文章は決して悪くないのだ。気取った表現はなく、モノゴトを素直に表現している。ただ、一つの文章に込められた情報が異様に多い。また、鉧(けら、いわゆる鋼)やノロ(スラグ、廃棄物)などの専門用語や、Fe2O3などの分子式がよく出てくるので、相応の覚悟と時間は必要。とはいえ、中学卒業程度の化学の素養があれば読みこなせる。
なお、本書に出てくる主な元素記号を以下に挙げる。
- C:炭素
- O:酸素
- N:窒素
- Na:ナトリウム
- Mg:マグネシウム
- Al:アルミニウム
- Si:ケイ素
- P:リン
- S:硫黄
- Cl:塩素
- Ca:カルシウム
- Ti:チタン
- Mn:マンガン
- Fe:鉄
【構成は?】
多少の前後はあるが、だいたい前の章を受けて後の章が続く形なので、なるべく頭から読もう。
- はじめに
- 第1章 古代人になって鉄を作ってみよう
たたらとの出会い/材料と道具を集める/永田式たたらを作る/鉧塊作り - 第2章 「鉄を作る」とはどういうことか
鉄は金属の王/鉄は宇宙で生まれた/鉄は銅と同じくらいの温度で解ける/鉄は魔術師/鉄はどのようにして作るか/スラグを見れば鉄のつくり方がわかる/鋼を作る/鉄と炭素を温度を操る - 第3章 製鉄法の発見
製鉄技術からみた区分/銅精錬法から発見した製鉄法/製鉄炉の立地条件/製鉄技術の伝播 - 第4章 ルッペの製造
メヒコへの旅/湖底からの鉄鉱石採取と焙焼/ルッペの製造炉の構造/操業/鍛造/ルッペの性質 - 第5章 最古の高炉遺跡 ラピタン
ラピタンへの道/農夫炉/最古の高炉遺跡/ノルベリ周辺の高炉遺跡/ラピタン高炉の復元/木炭高炉の操業
- 第6章 古代・前近代のルッペの製造炉
鉄器時代初期の製鉄炉/ローマ時代の製鉄炉/中世の製鉄炉/西洋の低炭素鋼ルッペと東洋の高炭素塊 - 第7章 溶鉱炉の発展
レン炉から溶鉱炉へ/初期の溶鉱炉/産業革命時代の溶鉱炉 - 第8章 精練炉の発展
精練炉と加熱炉の発展/浸炭/ルツボ鋼の製造/パドル法 - 第9章 鋼の時代
製鉄の革命 転炉製鋼法の発明/平炉製鋼法の発明/鋼の大量生産時代/鉄スクラップの溶解/現代の製鉄法 - 第10章 たたら製鉄のユニークな工夫
たたら製鉄とその発展/日刀保たたら/微粉の砂鉄を飛ばさない工夫/高温を得る工夫/貧鉱の砂鉄を95%に濃化する技術/溶けた銑鉄と大きな鋼塊を作る - 第11章 脱炭と軟鉄の製造
大鍛冶/包丁鉄の製造 - 第12章 鉄のリサイクルと再溶解
鋼の溶解と炭素濃度の調整/永田式下ろし鉄法
- 第13章 銑鉄の溶解と鋳金
こしき炉/現代のこしき炉/永田式こしき炉 - 第14章 鍛冶屋のわざ
鉄と鉄を接合する/鉄の表面に模様を出す - 第15章 「沸き花」の正体
たたら炉で銑鉄と鋼塊の生成を知る方法/大鍛冶で脱炭の程度を知る方法/こしき炉で銑鉄の溶解を知る/鍛冶の「沸き花」/「沸き花」の発生機構 - 第16章 和鉄はなぜ錆びないか
鉄の錆び方/鉄の中の酸素濃度/黒錆ができる理由 - 第17章 なぜルッペや和鉄の不純物は少ないか
鋼中の不純物濃度を決めるスラグ中の酸化鉄/製鉄炉が下部の温度と酸素分圧/炉高1mと2mが鋼塊と銑鉄の分かれ目/鉄鉱石のサイズが還元速度に影響する - 第18章 インドの鉄柱はどのように作ったか
デリーの鉄柱/鉄柱はどのように作ったか - 第19章 製鉄法の未来
第3の製鉄法/製鉄炉の生産効率/たたらを現代に/マイクロ波製鉄炉の実現可能性 - おわりに/参考文献/さくいん
【感想は?】
ヤバい人だ、この著者。
なにせ、いきなり刀匠の真似をして自分たちで炉を作るのだ。さすがに最初は失敗したが、著者は諦めない。再び刀匠を訪ね秘伝を聞き出そうと食い下がる。さすがに秘伝は聞き出せなかったようだが(そりゃそうだw)、ヒントをもらい改良を重ね、ついに「永田式たたら」を完成させてしまう。きっと刀匠も根負けしたんだろうなあ。
この辺を読むと、大学の工業系って楽しそう、なんて思ったり。いわゆる「モノ作り」が好きな人には、天国なんじゃなかろか。まあ、レンガを積み重ねるなど気力体力は使うし、一酸化炭素が出るんで危なくもあるけど。
もちろん、真面目な話も満載だ。例えば…
現在、鉄は炭素の含有量によって次のように分類されている。
工業用純鉄は炭素濃度0.02%以下のものを言う。
炭素濃度が0.02~2.1%のものを「鋼」、
炭素濃度2.1%以上は「鋳鉄」あるいは「銑鉄」と呼ばれる。
――第2章 「鉄を作る」とはどういうことか
なんて基礎的な話はもちろん、炉の中で何が起きているかも、こと細かく説明しているのが嬉しい。ここで主に関係しているのは、酸素と炭素と鉄。
炭素は炉を高温にするだけでなく、自らが鉄と化合している酸素と結びつくことで、鉄を還元する還元剤になる。更に炭素は鉄に溶解することで、鉄の融点を下げることもできるうえ、溶解量を調節することで、鉄を望みの硬さにできる。
――第2章 「鉄を作る」とはどういうことか
炭素(木炭やコークス)が燃え(=酸素と結びつき)熱を出す。熱で鉄鉱石中の鉄が溶け始める。更に炭素は鉄に混じり融点を下げ、更に鉄を溶けやすくする。鉄鉱石の中にはケイ素やカルシウムもあるけど、それらは酸素と化合し融点の高い二酸化ケイ素や酸化カルシウムになり、鉄と分かれスラグになる。他にも一酸化炭素とかが関係してて、その辺をこの本は実に細かく説明していてありがたい。
当然、「何がどれぐらい混じっているか」で鉄の性質も違う。だもんで、炉の温度の調整が大事なのだ。
強く吹いて鉱石の溶解を速めると、還元された鉄が吸炭してルッペは銑鉄になる。弱火にするとルッペの鍛造性はよくなるが、鉱石の大部分が未還元のままスラグになり、歩留まりが悪くなる。この中間の最も有利な所を取るのが職人の技である。
――第6章 古代・前近代のルッペの製造炉低い温度で製鉄を行うと、鉄中のリン濃度を低くできる。
――第15章 「沸き花」の正体
今の製鉄は溶鉱炉、ドロドロの液体になった鉄が流れ出すアレだけど、昔は違った。炉の底に鉄の塊=ルッペが残るので、これを取り出し製品を鍛造したのだ。だもんで剣ぐらいは作れるけど、大砲は無理。そこで登場したのが溶鉱炉。
溶鉱炉は16世紀にはイベリア半島を除いて西ヨーロッパに広がり、鋳鉄製大砲が製造された。
――第7章 溶鉱炉の発展溶鉱炉は大型化していき、20世紀後半では炉の高さと容量を急速に大きくした。現在では高さ30m、炉の内容積は5000㎥と巨大になり、送風温度は1200℃になっている。
――第7章 溶鉱炉の発展
もちろん、鉄の性質は炉の温度だけでなく、元になる鉄鉱石の種類によっても違ってくる。ボフォースなど製鉄じゃ名高い北欧のスウェーデンやフィンランドにも著者は出かけ、その秘密を探ってたり。この素材はある意味、砂鉄と近いのかも。素材としては鉄は昔から屑鉄も使われていたけど、最近じゃ…
スクラップは様々な合金元素が混じっており、これらの不純物を鋼材の性質に影響を与えない程度に除去することは困難である。(略)現在、スクラップは品質別に細かく分類して集荷され、不純物が混じらないように破砕して物理的に分別している。
――第9章 鋼の時代
などと前半では主に西洋の製鉄技術を追いかけるが、終盤では日本独自のたたら製鉄に焦点が集まってくる。何せ日本には鉄鉱石が少ない。だもんで、材料からして違う。なんと砂鉄だ。これは何かと面倒で…
砂鉄は直径0.1mm程度の微細な粉末である。強く吹くと吹き飛び、目詰まりして高温ガスの通気を阻害する。そのため溶鉱炉では使えない。世界の製鉄技術の歴史の中で、唯一たたら製鉄だけがこの微粉の砂鉄を使って溶けた銑(銑鉄)と大きな鉧塊(鋼塊)を同じ炉で製造した。
――第10章 たたら製鉄のユニークな工夫
この秘密を探るため日刀保たたらにもぐり込み、秘訣を聞き出そうとしてすげなく断られたりw このあたりが同じ学者でも工学者と伝統芸術の守り手の違いなんだろうか。でも結局は調査などで何かと都合をつけてくれたりするのは、やはり知識を求めてやまない学者の業が同志に通じたのかも。
そんな著者の学者魂が炸裂してるのが、最後の「第19章 製鉄法の未来」の「マイクロ波製鉄炉の実現可能性」。なんとキッチンで鉄を作ってしまう。これ、下手すると小学生でも夏休みの宿題でやれたりするから、実にヤバいw しかもキチンとコストを計算してるあたりが、さすが工学者というか。
見た目は薄いが中身は思いっきり濃い。とはいえ文章は素直だし記述は親切なので、じっくり読めばちゃんと理解できる。何より、製鉄の過程、それも炉の中で何が起きているかについて、素材や元素の役割から化合の過程までこと細かく書いているのは嬉しい。ただし、繰り返すが中身は濃いので、じっくり腰を据えて挑もう。
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