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2020年8月12日 (水)

ロジャー・ゼラズニイ「虚ろなる十月の夜に」竹書房文庫 森瀬繚訳

私は番犬だ。名前はスナッフ。
ロンドンの郊外で、御主人のジャックと同居している。
  ――p4

「…邪悪なる男女とその使い魔たちが、何か大きな心霊的なイベントに参加していて、互いに戦い合い、人類の平安を脅かす」
  ――p67

「猫は旧き神々が知らないことを知っているものだ」
  ――p187

「今回のゲームは、色々とおかしかったんだ」
  ――p282

【どんな本?】

 華麗な筆致で神話的世界を描き出したアメリカのSF/ファンタジイ作家ロジャー・ゼラズニイの最後の長編。

 19世紀末のロンドン郊外。十月になると、≪プレイヤー≫たちが町に集まってきた。奴らは使い魔を従え、月末の満月に向けて素材を集めている。プレイヤーは≪閉じる者≫と≪開く者≫に分かれているが、互いに誰がプレイヤーなのか、そして誰がどちらかなのかは知らない。

 語り手はジャックの使い魔で犬のジャック。御主人さまを手伝うと共に、同じ使い魔で猫のグレイモークやフクロウのナイトウィンドと語らい、または協力して≪素材≫や情報を集め、儀式に向けて準備を整えてゆくが…

 世紀末のロンドン郊外を舞台に、切り裂きジャック,名探偵ホームズ,怪僧ラスプーチン,魔術結社黄金の夜明け団(→Wikipedia),ドラキュラ伯爵,フランケンシュタイン博士などに加えクトゥルー神話を交えた豪華なキャストで、ホラー風味ながらも使い魔の犬を語り手として可愛らしく展開するアニマル・ホラー・ミステリ―。

 SFマガジン編集部編「SFが読みたい!2018年版」のベストSF2017海外篇で第18位。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は A Night in the Lonesome October, by Roger Zelazny, 1993。日本語版は2017年11月2日初版第一刷発行。文庫本で縦一段組み本文約332頁に加え訳者あとがき9頁。9ポイント39字×16行×332頁=207,168字、400字詰め原稿用紙で約518枚。文庫本では普通の厚さ。

 文章はこなれていて読みやすい。訳も見事で、ゼラズニイのスタイリッシュな文章の味を日本語で巧みに再現している。内容も特に難しくない。クトゥルー神話を始め多くの元ネタを取り入れているが、知らなくても大きな問題はない。疎い人は解説を先に読もう。重要なネタバレを避けつつ、巧みに元ネタを明かしている。ただ、登場人?物が多いので、できれば登場人?物一覧が欲しかった。

【主な登場人?物】

 ということで、主な登場人?物の一覧。

  • スナッフ:犬。ジャックの使い魔。
  • ジャック:プレイヤー。スナッフの御主人。
  • 墓場の老いた番犬
  • グレイモーク:猫。ジルの使い魔。
  • ジル:プレイヤー。狂った魔女。グレイモークの御主人。
  • ナイトウィンド:フクロウ。モリスとマッカブの使い魔。
  • モリスとマッカブ:プレイヤー。ナイトウィンドの御主人。
  • クイックライム:蛇。ラストフの使い魔。
  • ラストフ:プレイヤー。飲兵衛の修道僧。正教? クイックライムの御主人。
  • チーター:リス。オーウェンの使い魔。
  • オーウェン:プレイヤー? ドルイド教派の老人。
  • ニードル:コウモリ。伯爵の使い魔。
  • 伯爵:プレイヤー? ニードルの御主人。
  • ブーボー:ネズミ。博士の使い魔。
  • 博士:プレイヤー? ブーボーの御主人。
  • ラリー・タルボット:プレイヤー?
  • 名探偵と相棒:プレイヤー?
  • テケラ:白いワタリガラス。ロバーツの使い魔?
  • 教区司祭ロバーツ:プレイヤー?
  • リネット:ロバーツの義理の娘

【感想は?】

 何といっても、語り手を犬のスナッフにしたのがいい。

 もちろん、ただの犬じゃない。使い魔だ。そのせいか、スナッフ君、かなり賢い。なにせ猫やフクロウとお話ができる。犬や猫やフクロウや蛇が仲良く?お話する物語だ。ホラーなんだけど、なんともほっこりする情景じゃないか。

 彼らは<プレイヤー>として、<開く者>と<閉じる者>に分かれ争う間柄なんだが、みな誰がプレイヤーなのか、誰が<開く者>で誰が<閉じる者>なのか知らない。そこで互いの周囲を嗅ぎまわったり陰険な足の引っ張り合いもあるんだが、けっこう慣れ合って情報交換したり力を合わせて調べまわったりする。

 この協力し合うあたりが、童話の動物物語みたいで可愛らしくニタニタしてしまう。語り手のフナッフは力強いが、高い所は苦手だし狭い所には入れない。そこで役割分担して…。なんともメルヘンな絵柄だw もっとも、相性の良し悪しはあるんだけどw ブーボーも災難だよねw

 しかも、スナッフ君、下手すると御主人のジャックより賢そうだったり。もっとも、やたら散歩が好きなあたりは、さすがのスナッフ君もやっぱり犬だね、と思ったり。こういう賢さと本能のギャップが、とっても可愛らしくて楽しい。いやあ、ゼラズニイにこんな芸風があるとは知らなかった。

 ≪円の中のもの≫,≪衣装箪笥の中のもの≫,≪旅行鞄の中のもの≫,≪鏡の中のもの≫などのクトルゥー神話ネタに加え、切り裂きジャック,ドラキュラ伯爵,フランケンシュタイン博士などホラーの有名な役者を揃える顔ぶれは、どう見てもホラーだ。実際、ジャックも序盤で「仕事」してるし。

 じゃ怖いのかというと、実は味付けはユーモラスで。冒頭の番犬との会話もそうなんだが、プレイヤーたちが大急ぎで≪素材≫を集める場面などは、読者も狂ったように笑うしかなく、前半のクライマックスかも。いいのか、こんなんがクライマックスでw

 とかのギャグで油断してると、「明日、月が死に絶える」なんてゼラズニイならではの表現が出てきて、やっぱりゼラズニイはスタイリッシュだよなあ、と感心したり。

 そしてホラーであると同時にミステリでもある。誰がプレイヤーなのか。誰が≪開く者≫で誰が≪閉じる者≫なのか。

 ジャックがプレイヤーなのは最初から明らかだ。だが、他の連中は、というと。伯爵と魔女は、あからさまに怪しい。役割もホラーっぽいし。だが名探偵は、なんか毛色が違うよなあ。職業柄、何かに気づいて嗅ぎまわってるだけかも。とすると、儀式に関係ない者が紛れ込んでいるのか? でも相棒を連れているんだよなあ…。

 といった謎で物語を引っ張りつつ、終盤では番狂わせが次々と起こるあたりは、ベテラン作家らしい手並みが味わえる。

 ゼラズニイならではの華麗な筆致と、世紀末ロンドン郊外に集めた豪華キャスト、そして可愛らしい動物たちに加え意外なドタバタ・ギャグ、そしてさりげない伏線を活かした鮮やかなオチ。ベテラン作家らしい熟練の技が味わえる、楽しい娯楽作品だ。特に犬が好きな人にお薦め。

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