ナオミ・クライン「ショック・ドクトリン 惨事便乗型資本主義の正体を暴く 上・下」岩波書店 幾島幸子・村上由見子訳 4 イラク編
「(イラク経済の)民営化のことなんか誰一人気にしちゃいませんよ。彼らは生き延びるだけで精一杯なんです」
――第16章 イラク抹消「まだ流血が続いているときこそが投資に最適の時期です」
――第16章 イラク抹消
ナオミ・クライン「ショック・ドクトリン 惨事便乗型資本主義の正体を暴く 上・下」岩波書店 幾島幸子・村上由見子訳 3 から続く。
【どんな本?】
民営化・規制緩和・社会支出の大幅削減を目指す経済学者集団シカゴ・ボーイズは、その政策を進める方法ショック・ドクトリンを見いだす。災害に見舞われ人々が呆然としているスキに、手早く政策をまとめ実施してしまえ。
やがて彼らは気づく。手をこまねいて災害を待つ必要はない。人為的に災害を起こせばいい。
彼らの目論見はネオコンが率いるブッシュJr.政権で日の目を見る。標的はサダム・フセインが支配するイラク。ここを政治的に更地にして過去のしがらみを断ち切り、シカゴ・ボーイズが理想とする政体を作り上げよう。
経済学者のミルトン・フリードマン率いる新自由主義者シカゴ・ボーイズとIMF(国際通貨基金)および世界銀行の蛮行を暴く、驚愕のドキュメンタリー。
【はじめに】
この記事ではイラク戦争(→Wikipedia)と占領政策を描く第16章~第18章を紹介する。私はここが最も面白かった。ニワカとはいえ軍ヲタで、「戦争請負会社」「戦場の掟」「ブラックウォーター」などでソレナリに知ったつもりになっていたのもある。
現場で何が起きているのかは、多くの本で描かれている。「兵士は戦場で何を見たのか」などは、とても生々しい。だが、そもそもなぜブッシュJr.政権がイラク侵攻に拘ったのかは、見えてこなかった。タテマエ上は大量破壊兵器が云々だったが、それは良くて被害妄想、下手すりゃデッチアゲだとバレている。改めて思えば、当時のブッシュJr.政権は異様に執着していた。
【動機】
これに対しミルトン・フリードマンはこう語る。
「われわれがイラクで行おうとしているのは国家の建設ではない。新たな国家の創設である」
つまりシカゴ学派の理想郷を建設しようというワケだ。理想の社会を築くため、今ある国家の破壊も辞さない。もはや経済学者というより狂信者であり、手段は自由主義というよりクメール・ルージュにソックリだ。
【占領】
もっとも、CPA(連合国暫定当局)にはクメール・ルージュほどの兵員はいない。そもそも治安維持への熱意が欠けていた。代表のポール・ブレマーが最初に打った手は経済政策で貿易の自由化だ。経済封鎖を受けていたイラクにとってはありがたい…
ワケじゃない。なにせチグリスとユーフラテスの地だ。人類史上の貴重な資料が山ほどあり、市場じゃ高値がつく。そして多国籍軍は兵力が足りず、博物館の警備に余計な人員を割けない。だもんで、イラクの博物館や図書館は大規模な略奪の被害に遭う。そこで貿易を自由化だ。賊どもは戦利品をやすやすと国外に持ち出せる。
だけでなく、国家所有の車やトラックなども続々とパクられた。なにせフセイン政権下のイラクは社会主義で、事業資産の多くは国家所有だ。となれば損害は膨大なものになる。だが、合衆国企業は大喜びだった。
「プログター&ギャンブルの製品をイラクで流通させる権利が得られれば、金鉱を当てたようなものだ」
――第16章 イラク抹消
モノがなければ有望な市場ってわけだ。にしても、せめてウォルマートやフェデックスが全国展開できるぐらいに治安が良ければ、イラクの人にも恩恵があったんだけどねえ。
【占領】
そんな新自由主義者が手本としたのは、東欧崩壊後のポーランドとソ連崩壊後のロシアである。特にロシアでは大きなミスを犯してしまう。国営企業を買い漁る際、ロシア人に仲介させたため、転売ヤーであるオリガルヒの台頭を許してしまったのだ。そこで合衆国政府はキッチリとタマを握る。
代理人であるポール・ブレマーに仕切らせ、IMFも世界銀行もカヤの外に置いたのだ。イラク暫定政府は単なる飾り物にすぎない。そしてブレマーは徹底した新自由主義社会を築こうとする。
ある法律は、それまで約45%だった法人税を一律15%へと引き下げ(略)、別の法律は、外国企業がイラクの資産を100%保有することを認めた。(略)投資家はイラクで上げた利益を100%無税で国外に持ち出せるうえ、再投資の義務もなかった。
――第17章 因果応報
海外の投資家の皆さん、存分にイラクを食い物にしてください、そういう法律である。これをドナルド・ラムズフェルド国防長官は絶賛する。
ラムズフェルド国防長官は上院の委員会で、(アメリカ代表特使ポール・)ブレマーの「抜本的な改革」によって「自由世界でも有数の賢明かつ魅力ある税法および投資法」が誕生したと証言した。
――第17章 因果応報
そりゃ確かに投資は活発になるだろう。企業が盛んに進出すれば仕事も増える。折しもバース党員の追放で街には失業者でいっぱいだ。彼らだって仕事を得られれば嬉しい。となるはずが…
「戦場の掟」で、ひっかかる所があった。民間軍事企業が雇うトラック・ドライバーは、なぜかパキスタン人ばかりなのだ。地元に失業者がたくさんいるんだから、地元の者を雇えばいいのに。なぜワザワザ外国から人を連れてくる?
「アメリカン・スナイパー」では、基地で働くイラク人を SEAL の著者がからかう場面がある。多少は地元の人を雇っていたらしい。が、やはり抵抗組織のスパイが紛れ込むのは怖かった。逆らわないパキスタン人の方が都合がよかったのだ。パキスタン人は現地のアラビア語もわからないから、地元の抵抗組織に寝返ったりしないだろうし。ま、少々費用がかさんでも、原価加算方式だしね。
「ブラックウォーター」ではブッシュJr.政権とキリスト教カトリックの関係を暴いていたが、本書も右派キリスト教の選挙協力やモルモン教との関係にも触れている。「カルトの子」でも統一協会の自民党への選挙協力が書いてあったけど、どの国でも宗教組織と保守系政党の癒着があるんだなあ。
【叛乱】
当然、イラク人の中には不満が渦巻き、グリーンゾーンの外では職を求めるデモが続く。対する合衆国の対応は、力づくで抑え込むこと。その象徴がアブグレイブ刑務所での捕虜虐待(→Wikipedia)である。
「アブグレイブは反米抵抗勢力の温床となった。(中略)辱めや拷問を受けた連中は今すぐにでも報復してやろうという気になった」
――第18章 吹き飛んだ楽観論
これ「倒壊する巨塔」でエジプトの刑務所でサイイド・クトゥブが過激化し、「ブラック・フラッグス」でザルカウィが覚醒したのと同じ構図じゃないか。米軍は、わざわざ敵を筋金入りに鍛えていたのだ。
【決算】
そうやって海外からの投資を促した結果、果たして効率はよくなったのか、というと…
イラク復興事業の監査にあたったスチュアート・ボーウェン特別監査官の報告によれば、イラク企業が直接契約した数少ない事業のほうが「効率的かつ安価であり、イラク国民に職を与えたことで経済も活性化させた」という。
――第18章 吹き飛んだ楽観論
金を無駄遣いして無意味に血を流したあげく、経済も悪化させた、と。いいことなしじゃん。でも、ブラックウォーターにとっては、そっちの方がいいのだ。だって治安が悪くなれば護衛の仕事が増えるし。
【おわりに】
やたら興奮して書いたため、支離滅裂な記事になってしまったが、それぐらいこの本はエキサイティングで面白かったのだ。とりあえず鼻息の荒さだけでも伝われば幸いです。
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