ナオミ・クライン「ショック・ドクトリン 惨事便乗型資本主義の正体を暴く 上・下」岩波書店 幾島幸子・村上由見子訳 2
イギリス労働党議員トニー・ベン「…問題はサッチャー夫人の評判であって、フォークランド諸島ではまったくない」
――第6章 戦争に救われた鉄の女危機に直面した国民は、魔法の薬を持つと称する者には誰にでも多大な権限を喜んで預ける
――第8章 危機こそ絶好のチャンス2006年の調査によれば、中国の億万長者の90%が共産党幹部の子息だという。こうした党幹部の御曹司(中国語では「太子」と呼ばれる)およそ2900人の資産は、総計2600憶ドルにも上る。
――第9章 「歴史は終わった」のか?気まぐれなグローバル市場に対して自国市場を解放すれば、シカゴ学派の正統理論から外れた国は瞬時に、ニューヨークやロンドンのトレーダーから通貨の下落という痛い仕打ちを受け、その結果危機は深まってさらなる債務の必要性が生じ、いっそう厳しい条件がつけられる
――第10章 鎖につながれた民主主義の誕生
ナオミ・クライン「ショック・ドクトリン 惨事便乗型資本主義の正体を暴く 上・下」岩波書店 幾島幸子・村上由見子訳 1 から続く。
【どんな本?】
経済学のシカゴ学派は新自由主義を信奉し、俗にネオリベとも呼ばれる。フリードリヒ・ハイエクに始まりミルトン・フリードマンが熱心に広げた彼らは、三つの政策を唱える。民営化,規制緩和,社会支出の大幅削減だ。
この政策を広げるために、彼らはショック・ドクトリンを採用した。危機こそ機会である。戦争や経済危機や自然災害などで人々が呆然としているスキに、政府を乗っ取り強引に政策を進めてしまえ。
南米に始まりイラクで今なお続くショック・ドクトリンの歴史と成果を赤裸々に暴く、一般向けの衝撃的な告発の書。
【南米】
ネオリベこと新自由主義は最近になって出てきたように思っていたが、とんでもない勘違いだった。というか本書に出てくる彼らの手口は、かつてのファシストとたいして変わらない。つまり軍と富裕層が組んで支配権を握り国民を奴隷化する、そういう政策だ。往々にして伝統的な宗教勢力も支配層に媚びを売る。
本書の最初の例は、チリの軍事クーデターだ。1973年9月11日、アウグスト・ピノチェト将軍(→Wikipedia)がサルバドール・アジェンデ大統領(→Wikipedia)を倒し政権を握る。悪名高いピノチェト政権の誕生だ。この陰で動いていたのがCIAとシカゴ学派だ。
つか今 WIkipedia のチリ・クーデターを見たら、かなり詳しく書いてありました。なんにせよ、新自由主義者が先導するショック・ドクトリンは、少なくとも1973年には姿を現していたんです。
同1973年にウルグアイで、続く1976年にはアルゼンチンで、同じ手口が繰り返される。
もっとも合衆国のカリブ海諸国や中南米諸国に対する傲慢な振る舞いは「バナナの世界史」や「砂糖の歴史」で見当はついてたけど、予想以上の酷さだ。
【イギリス】
第6章ではフォークランド紛争を巧みに利用したイギリスのマーガレット・サッチャー政権を取り上げる。このドタバタでサッチャーの支持率は25%から59%に跳ね上がる。その結果は「チャヴ」に詳しい。保守党にとって目障りな労働党は壊滅し、福祉社会は粉みじんに吹き飛んでしまう。
911もそうだけど、現役のタカ派にとって、軍事衝突は美味しいのだ。日本でも国会議員選挙が近づくと、中国軍や北朝鮮軍の活発な動きのニュースがなぜか増えるんだよなあ。
【ブッチとサンダンス】
第7章では1985年のボリビアにおけるジェフリー・サックスの活動を暴く。そう、「貧困の終焉」の著者だ。ハイパーインフレに対して彼が提案した政策は「食料補助金の廃止、価格統制の撤廃、石油価格の300%引き上げ」。あの人、こんな事してたのか。これに対しIMF職員は…
「これはまさにIMFの職員全員が夢見てきたことだ。でも、もしうまくいかなかった場合、外交特権のある私はすぐに飛行機で国外に逃げ出しますがね」
――第7章 新しいショック博士
IMFってのは、そういう所らしい。その結果はコカ栽培の急増である。輸出産業が育ってよかったね。
【対外債務】
第8章では、荒れた国が立ち直る際に足を引っ張る対外債務の正体を、アルゼンチンの例で描き出す。一般に強権的な政府の元では貧富の差が激しくなる。軍や政府と結託した金持ちは、更に金をため込むわけだ。特に新自由主義下の場合、政府は電力網や水道など政府機関を売り飛ばす。代価を受け取るのはもちろん貧民じゃない。アルゼンチンは1983年まで軍政が続いたが、例えば1980年には…
FRBによれば、1980年1年間でアルゼンチンの債務は90憶ドル増大し、同年、アルゼンチン人による海外預金の合計額は67憶ドル増加していた。
――第8章 危機こそ絶好のチャンス
国としてカネを借りる。受け取ったカネは権力者がパクって海外に隠す。そして国民には借用書が残る。そういうコトです。だからジェフリー・サックスは「借金を棒引きにしろ(→『貧困の終焉』)」って言うのね。
しかも、政権交代直前の1982年に、大手多国籍企業の債務を国が引き受けてる。外国企業の借金まで国民に押し付けてトンズラかましたのだ。
【失望】
第8章ではレフ・ワレサが率いたポーランドの連帯の、第9章ではネルソン・マンデラで有名な南アフリカのANCの失墜を描く。ANCは政治的な平等を手に入れたが、経済部門の交渉で大きなミスをした。
南アフリカの調査報道ジャーナリストのウィリアム・グリード「あの時(南ア体制移行期)は政治のことしか頭になかった」「でも本当の戦いはそこにはなかった――本当の戦いは経済にあったんです。自分があまりにも無知だったことが不甲斐ない」
――第10章 鎖につながれた民主主義の誕生
白人が持つ土地に政府は手を出せない。銀行や鉱山も白人の支配下にある。旧政権下の公務員の職と年金も保証せにゃならん。そのため新政府は借金まみれ。資金を調達するため、新政府は「民営化によって国家の財産」を売る。買い手はもちろん…。
そもそもマンデラ氏に対し…
彼(ネルソン・マンデラ)が釈放されるや、南アの株式市場はパニック状態に陥って暴落し、通貨ランドは10%下落した。数週間後、ダイヤモンド関連企業デビアス社は、本社を南アからスイスに移した。
――第10章 鎖につながれた民主主義の誕生
そうか、デビアスの本社は南アフリカにあったのか。それはさておき、南アフリカの黒人たちは旧政府の白人の年金のため、今もせっせと税金を払い続けている。その結果…
マンデラが釈放された1990年以降、南ア国民の平均寿命はじつに13年も短くなっている
――第10章 鎖につながれた民主主義の誕生
結局のところ、政治的な差別が経済的な差別に変わっただけで、しかも格差はさらに酷くなっているのだ。
【おわりに】
うう、まだ上巻が終わらない。どうしよう。などと悩みつつ次の記事に続く。
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- 2019.9.19 オーウェン・ジョーンズ「チャヴ 弱者を敵視する社会」海と月社 依田卓巳訳
- 2015.04.08 ジェフリー・サックス「貧困の終焉 2025年までに世界を変える」ハヤカワ文庫NF 鈴木主税・野中邦子訳
- 2013.03.02 ダン・コッペル「バナナの世界史 世界を変えた果物の数奇な運命」太田出版 黒川由美訳
- 書評一覧:ノンフィクション
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