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2020年7月 9日 (木)

SFマガジン2020年8月号

「家の改築材料をホームセンターで買い揃え、山積みの角材を前に途方に暮れてるんだ」
  ――高木ケイ「親しくすれ違うための三つ目の方法」

わたしたちは信じられるものになにかを捧げているときにこそ、一番気持ちがよくなるのだから。
  ――麦原遼「それでもわたしは永遠に働きたい」

「桜塚展開2次の項には花が咲く」
  ――大滝瓶太「花ざかりの方程式」

虚構世界においてのエントロピーとは、いったいなんだろうか?
  ――草野原々「また春が来る」

「雪風を狙うやつはたとえ相手が人間だろうと、敵だ」
  ――神林長平「戦闘妖精・雪風 第四部 アグレッサーズ 第一話」

「<ピグマリオン>はあなたの脳機能をマッピングして、なんらかの現実的意味をその世界に反映させています。あなたはそのなかで見たことをとおして、自分の心の働きを再起的に知ることになります」  ――春暮康一「ピグマリオン」前編

「牛たちの敵は脳の奥深くにある。人間と同じく、電気信号の自閉的な連鎖が作り出す架空の敵に怯えている。具体的でないから、余計に恐ろしい」  ――津久井五月「牛の王」

 376頁の標準サイズ。

 特集は「日本SF第七世代へ」。

 小説は豪華14本。

 まず英語圏SF受賞作特集で8本。高木ケイ「親しくすれ違うための三つ目の方法」,麦原遼「それでもわたしは永遠に働きたい」,大滝瓶太「花ざかりの方程式」,草野原々「また春が来る」,三方行成「おくみと足軽」,春暮康一「ピグマリオン」前編,津久井五月「牛の王」,樋口恭介「Executing Init and Fini」。

 連載は6本。神林長平「戦闘妖精・雪風 第四部 アグレッサーズ 第一話」,飛浩隆「空の園丁 廃園の天使Ⅲ」第4回,冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第31回,,劉慈欣「クーリエ」泊功訳,藤井太洋「マン・カインド」第12回,夢枕獏「小角の城」第60回。

 高木ケイ「親しくすれ違うための三つ目の方法」。大学生の僕は、ノンフィクションの取材のためインディアナのセカンドポイントに毎週通っている。母方の祖父は、出身地のここでUFOを目撃した。他にもUFOの目撃者・接触者・その血縁などが集まる組織の人々と会い、また大量の資料を集めたが、肝心のノンフィクションは遅々として進まない。

 もしかしたら三島由紀夫の「美しい星」のパロディかなと思ったが、主人公のUFOマニアたちへのまなざしはかなり温かい。あと主人公の生い立ちとかはスティーブン・スピルバーグの映画「未知との遭遇」や「E.T.」かな? 資料ばっかり集まって…って所は、とっても身に染みる。ブックマークはやたら充実するけど、肝心のモノはいつまでたっても構想すらまとまらなかったり。

 麦原遼「それでもわたしは永遠に働きたい」。平均寿命48歳、みんなクスリづけで路地にたむろする地元を出て、わたしは働くことにした。今は労働と呼ばない。朗働と呼ぶ。フィットネスクラブで運動しながら、脳を法人に預ける。仕事が終わると、勤務中の記憶はすべて消える。一日の最大勤務時間は10時間まで。運動不足や仕事のスランプで悩むことはない。

 新型コロナの騒ぎでリモートワークが増えた今、なかなかに切実な設定。「いや宅急便の配送とか、体がないと困る仕事も多いよね?」と一瞬思ったが、その懸念は序盤で解決しているのであった。もっとも副作用もあって、この描き方が実に巧い。組織の中で専門的な仕事をしている人は、自分の仕事の内容を他人に説明するのに苦労するんだよなあ…とか思ってたら、話はどんどんエスカレートして…

 大滝瓶太「花ざかりの方程式」。数学者の桜塚八雲の最後の論文「稀薄期待におけるナビエ・ストークス方程式に寄生した植物の存在とその一般性」は、数学界で話題を呼ぶ。トンデモではない。厳しい査読を通り、由緒正しい専門誌に掲載された論文だ。しかも、この論文を理解した者は、その植物が見える。

 「死圏」は「カート・ヴォネガット全短編1 バターより銃」で読めます。ナビエ・ストークス方程式(→Wikipedia)は「正しいけど使えない」ので有名な流体力学の式。解が判ってりゃ解けるんだけど、だったら解く必要ないじゃん、と。だもんで、普通は変数の幾つかを定数に置き換え簡略化して使います。いや私も判ってないんだけど。ってな難しいネタと、ヴォネガットのおバカな短編を組み合わせた短編。

 草野原々「また春が来る」。作家にも四季がある。冬のあいだ眠っていた作家たちも、春が来ると目覚めて仕事をはじめる。作家の仕事は虚構世界を作ることだ。作りはじめの虚構世界は、エントロピーが低い。解釈の幅が狭く、読解の余地が少ない。世界も小さく、キャラクターの動きも制限されている。

 …と、そんな風に、草野ワールドは育っていくのです。なぜか女の子しかいない世界が多いけどw まあ中には読者が勝手に世界を広げちゃう場合もあって、というか「最後にして最初のアイドル」はまさしくソレな気がw

 三方行成「おくみと足軽」。本陣の娘おくみは十歳。彼女は大名行列が好きだった。大名は大きい。宿場のどんな建物より大きい。そんな大名の行列は、とても美しい。去年は大名を見るため宿場のはずれにある樹にのぼった。なにせ大名は大きい。下から見上げても、てっぺんは見えない。だから高い松に登れば、甲羅のてっぺんにある御駕籠が見えるだろうと思ったのだが…

 言われてみれば、当時の庶民にとって大名行列は一種のパレードみたいなモンで、楽しみにしてる人もいたんだろうなあ…なんて予想は、当たらずとも遠からず? もっとも増設腕とか四脚亀形とか、なんか妙な言葉が紛れ込んでくるんだけどw 確かに、そんあ大名行列なら、今だって子供たちに大人気だろうなあw

 春暮康一「ピグマリオン」前編。22歳の南野啓介は、<ピグマリオン>手術を受ける。その機能の一つは、自分の精神世界を客観視すること。感情や思い込みを排し、現実の姿を見ることができる。もう一つは、脳内にAIで理想の人格を作り出すこと。AIは利用者にアドバイスを送る。アドバイスを受けいれるに従い、利用者の人格はAIに近くなる。すなわち、理想の自分に近づいてゆく。

 最初の機能は、いわば精神の鏡ですね。見たいような、見たくないような。「お前、また逃げてるな」とか言われたらムカつくし。とはいえ、もう一つの機能は嬉しいよね。忘れっぽかったり、面倒くさいこと・苦手なことを、ついつい後回しにしちゃうクセがあると、やっぱ欲しくなるなあ。

 津久井五月「牛の王」。アンソニー・ルドラは、マイクロマシン通信理論の祖だ。彼がカシミールに設立した研究所から、多くの研究者が巣立ち、技術と産業を発展させた。2054年、ライ・クリモトは、久しぶりに師を訪れる。半年前、師は一番弟子のテレーズ・アンヌ・マリーを喪った。テレーズの研究を継いでほしい、そう師はクリモトに告げる。

 長編の冒頭部分。そうか、紅茶はそういうことか。確かにマイクロマシンで通信するのは難しい。細菌や白血球とかは化学物質で情報をやりとりしてるみたいだけど、それで巧くいってるってのも、ちと信じがたい話。とはいえ犬とかも臭いでなわばりを判別してるから、案外と化学物質の情報量は大きいのかも。

 樋口恭介「Executing Init and Fini」。初めて会ったとき、フィニーはバロウズと名づけた大きな鎖鎌を持っていた。彼女は文字を狩る。

 バロウズはたぶんウィリアム・バロウズ(→Wikipedia)を示すんだろうなあ、ぐらいしかわからなかった。

 神林長平「戦闘妖精・雪風 第四部 アグレッサーズ 第一話」。クーリィ准将の予想通り、地球から戦闘機部隊がFAFにやってきた。ただし正式な地球連合軍ではない。中心はオーストラリア空軍で、日本海軍航空部隊が支援する形だ。これには地球の政治情勢が関わっている。そのため、発足したアグレッサー部隊の二名、深井大尉と桂城少尉は、ブッカー少佐から政治情勢のレクチャーを受けていた。

 わはは。桂城はともかく、深井零に政治情勢を分からせるってのは、無茶やろ…と思ったら、やっぱり無茶だったw しかも、今回は珍しく零が感情剥き出しの長台詞があったり。もっとも、その感情の向かう先がソッチなあたりは、やっぱり零だよなあw

 飛浩隆「空の園丁 廃園の天使Ⅲ」第4回。啄星高校に転校してきた印南棗を中心に、山下祐・儀間圏輔・杉原香里の四人は、天使化が始まった早坂篤子を襲う。時は始業前、場所は高校の自転車置き場。篤子の体は砂のようなものに侵食されつつある。

 今回はド派手なバトル回。なにせ舞台は数値海岸なだけに、戦闘の様子もこの世界ならでは。特に篤子が<手>で反撃するあたりは、凄まじくデンジャラス。にしても三次元空間を官能素で満たすには、いったいどれだけのメモリと演算能力が必要なんだろう、とか考えるとキリがない。

 冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第31回。バロットらイースターズ・オフィスが、やっと得たハンターたちとの会合の場。ローレン大学で学んだ経験を活かし、バロットは敢えて沈黙を武器とする。彼らからウフコックの情報を引き出すために。ウフコックを救い出すために。

 前回に引き続き、会話に強い緊張感が漂う回。確かに交渉時に沈黙は怖いよなあ。と同時に、ちょっとした「しぐさ」からも多くの情報を引き出そうとする、タフでしたたかなバロットが拝める回。そんなバロットに対し、身内抱えた危機を微塵も感じさせず静かに対応するハンターもクールだ。

 劉慈欣「クーリエ」泊功訳。若い頃の彼は、特許局に勤めながら屋根裏部屋で暮らしていた。今は老いて、ブリンストンで静かに暮らしているが、悩みは尽きない。うっとうしい悩みから逃げるように、バイオリンを弾くのだった。ここしばらく、一人の青年が彼のバイオリンを聴いているのに気づく。

 7頁の掌編。好きな人なら、老いたバイオリニストの正体は最初の方でピンとくるかも。とまれ、青年が彼を訪れた目的には、著者の想いというか願いがこもってると思う。

 藤井太洋「マン・カインド」第12回。いよいよ終盤に差し掛かった模様。最後の数行は、盛んにデモが行われている現在のアメリカを考えると、なかなかにヤバくて怖くなる。本当にそうなったら、どうなるんだろう?

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