ルーシャス・シェパード「タボリンの鱗 竜のグリオールシリーズ短編集」竹書房文庫 内田昌行訳
「グリオールが自分の存在を知らせようとしてるときには、ちゃんと注意を払わないと不幸に見舞われるんだよ」
――タボリンの鱗「わたしたちはいつだって彼を見くびってきた」
――タボリンの鱗「ヤーラは猿みたいに頭がおかしいんじゃない。蛇みたいに頭がおかしいんだ」
――スカル
【どんな本?】
ルーシャス・シェパードはアメリカ合衆国のSF/ファンタジイ作家で、中南米を舞台とした作品が多い。この本は「竜のグリオールに絵を描いた男」に続くグリオール・シリーズの作品集で、「タボリンの鱗」と「スカル」の二編を収める。
グリオールは邪悪で長命な竜で、巨大な体は1800mにも及ぶ。かつて魔法使いがグリオールと戦い、かろうじて眠りにつかせた。眠るグリオールの周囲には町ができる。1853年にメリック・キャタネイが竜にとどめをさす計画を持ち込む。竜の体に絵を描き、絵の具の毒で殺そう、と。30年をかけて計画は実施された。だが、竜の死は確認できていない。何せ鼓動すら千年に一度しか打たないのだ。
生死は定かでないグリオールだが、その邪念は近くに住む人々に染みわたり、その人生を操る。少なくとも、そう考える人は多い。実際、グリオールの周囲では様々な事件が起きる。それは竜の邪念によるものなのか、それとも人の邪悪さゆえなのか。
荒々しい中南米を舞台に、邪悪で巨大な竜グリオールが関わる事件を描く、恐怖と幻想のファンタジイ作品集。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
日本独自の編集。2020年1月2日初版第一刷発行。文庫で本文約303頁に加え、著者による「作品に関する覚え書き」5頁+池澤春奈の解説6頁。8.5ポイント41字×17行×303頁=約211,191字、400字詰め原稿用紙で約528枚。文庫本としては普通の厚さ。
文章はこなれている。ただ、単位系がヤード・ポンド法なので、慣れない人は少し戸惑うかも。ちなみに1フィートは約30cm。SFというよりファンタジイなので、理科が苦手でも大丈夫。大事なのは竜のイメージだろう。最近のファンタジイにありがちな軟弱なシロモノではない。ひたすら巨大で強力で邪悪な上に狡猾な存在だ。また、現地の言葉はスペイン語である由を心に留めておこう。
【タボリンの鱗】
ジョージ・タボリンは40歳で趣味は古銭収集。春に三週間ほどグリオールの麓にあるテオシンテ市に出かけ、娼婦と古銭を買い漁って休暇を過ごす。その年は、古い鱗のようなものを見つけた。大きさは親指の爪の三倍ほど、汚れていて黒っぽい。グリオールの鱗にしては小さすぎる。鱗を欲しがる娼婦が居たので、二週間の「仕事」の報酬として渡すことで話がまとまった。鱗の汚れを落とそうと磨いていたところ…
原題は The Taborin Scale。時系列的には、「竜のグリオールに絵を描いた男」事件のすぐ後ぐらい。グリオールを観光資源としてちゃっかり商売しちゃってるテオシンテ市の逞しさに思わずニンマリしてしまうが、生死の確認ができないってなんやねんw なぜソレを最初から考えないw
先に出た「竜のグリオールに絵を描いた男」は、グリオールが周囲の者に及ぼす影響が話の中心だった。本書では、これに加えもう一つの重要な軸が加わる。合衆国と中南米の関係だ。とは言っても、政府高官や大企業が関わる大げさなものじゃない。合衆国から訪れた観光客と、現地の人々の関係だ。
今はともかく、円高だった頃に東南アジアを旅したことがある人は、身に覚えがあるだろう。日本にいるより、はるかに金持ちになった気分が味わえるのだ。これは為替や物価の関係で、物価が1/10ぐらいになったように感じてしまう。別の言い方をすると、自分がいきなり金持ちになったような気分が味わえる。
比較的に外交が弱い、というか外務省が頼りにならない日本ですら、そうなのだ。米国の市民権を持つ者は、更に政治的な強みもある。本作品の主人公、ジョージ・タボリンが、テオシンテで休暇を過ごすのも、そんな強みを利用するためだ。彼と娼婦シルヴィアは、まさしくそういう関係で始まる。
とかの生臭い政治色はあるが、同時にグリオールの意外な面が見えるのも本作品のお楽しみ。なんと、若きグリオールが大怪獣ラドンよろしく暴れまわるのだ。さすがに全長1.6kmとまではいかないが、7~8mはある。しかもブンブン飛びまわるからタチが悪い。おまけに竜らしく邪悪な知恵まで備えてる。まさしく覇者の風格と言えよう。
いろいろあって映画化は難しいが、シェパード作品には珍しくヴィジュアル的なインパクトが大きな作品だ。
【スカル】
2002年から20088年まで、ジョージ・クレイグ・スノウはテラマグアで過ごした。仕事もしている。いかさま慈善団体で嘘の手紙を書き、米国の篤志家たちから金をだまし取る。ガールフレンドに宿から叩き出されたジョージは、不思議な少女ヤーラと出会う。ヤーラはジャングルの奥で、新興宗教らしき集団の中で、巫女のような役割を果たしていた。しかも、彼女が住んでいるのは…
原題は The Scull。先の「タボリンの鱗」の更に後の時代。「作品に関する覚え書き」で、テラマグアはグアテマラがモデルだとハッキリ示している。
そのグアテマラ、コーヒーが好きな人には独特の風味で有名だが、「コーヒーの歴史」を読む限り社会はかなりアレだったり。当然、米国の資本も入ってるワケで、たぶんCIAも暗躍してるんだろうなあ。本作品にそういう話は出てこないけど。
そんな社会だけに、貧富の差は激しく、人びとの米国人に対する感情も複雑だ。米人の持つ金には興味があるし、下手に手を出して政府を刺激したくはないい。が、地元のルールをわきまえない米人の振る舞いは鼻持ちならないと感じてもいる。
「おめえは自分がどこにいるかわかってねえ。おめえらクソどもはみんなそうだ。ふらふら歩きまわって、自分ならみじめで哀れなテマラグア人よりもすぐれてるから、どんな問題でも解決できると思い込んでやがる。だがおめえらがやることはおれたちの問題を増やすだけなんだ」
――スカル
もちろん、自国の政府に対する不満も溜まっている。どうすりゃいいのかはともかく、今が最悪なのはわかる。そんな気分は、改革を叫ぶ過激な政治集団を台頭させてしまう。
またもや昔ながらの政治的主張――どんなリスクがあろうと、変化は良いものである。
――スカル
と書くと他人事みたいだが、「日本維新の会」の躍進とかを見ると、対岸の火事とばかりは言ってられないんだよなあ。
など、理不尽かつ突発的な暴力の予兆と、Skull=頭蓋骨が示す不気味な怖ろしさをブレンドして、主人公たちの刹那的で退廃的な行動をトッピングし、低緯度地方の蒸し暑い空気で仕上げた、エロチックでおぞましい物語だ。
【おわりに】
前にも書いたが、最近は「小説家になろう」にハマってしまい、あまし記事が書けない。しばらく書かないと、書き方を忘れちゃって、よけいに記事が書けなくなったり。いや読みたい本はたくさんあるんだけどね。
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