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2020年6月10日 (水)

SFマガジン2020年6月号

「ここにある書物は、すべて“道”に関する書物ではないですか」
  ――ゼン・チョー「初めはうまくいかなくても、何度でも挑戦すればいい」大谷真弓訳
「“SF考証”って滑稽な名前だと思いません?」
  ――藤津亮太「アニメもんのSF散歩 連載最終回 アニメとSFの関係性について」
「ジャムは人間に、人間とはなにかという究極の問いを突きつけてくる存在だ」
  ――神林長平「戦闘妖精・雪風 第四部 対話と思惑」
「芸術は人間の魂の代弁者です」
  ――菅浩江「博物館惑星2・ルーキー 最終話 歓喜の歌」

 376頁の標準サイズ。

 特集は「英語圏SF受賞作特集」。

 小説は豪華13本。

 まず英語圏SF受賞作特集で4本。P・ジェリ・クラーク「ジョージ・ワシントンの義歯となった、九本の黒人の歯の知られざる来歴」佐田千織訳,アマル・エル=モータル「ガラスと鉄の季節」原島文世訳,ゼン・チョー「初めはうまくいかなくても、何度でも挑戦すればいい」大谷真弓訳,キャロリン・M・ヨークム「ようこそ、惑星間中継ステーションの診療所へ 患者が死亡したのは0時間前」赤尾秀子訳。最近は長いタイトルが流行っているのか?

 連載は6本+1本。神林長平「戦闘妖精・雪風 第四部 対話と思惑」,飛浩隆「空の園丁 廃園の天使Ⅲ」第3回,椎名誠のニュートラル・コーナー「メコン・イグアナの見上げる世界は」,夢枕獏「小角の城」第59回,冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第30回,菅浩江「博物館惑星2 ルーキー 最終話 歓喜の歌」。加えて「三体」で話題の劉慈欣の短編連続掲載が始まる。初回は「鯨歌」泊功訳。

 読み切りは2本。上遠野浩平「憎悪人間は逆らわない」,平山瑞穂「獺祭の夜」。

 劉慈欣「鯨歌」泊功訳。ワーナーは問題を抱えていた。南米で精製したヘロイン25トンが豪華クルーズ船にある。アメリカ本土に持ち込めば大金になるが、最近は監視が厳しく、どうやっても国境を抜けられない。このままでは、せっかく育てた麻薬帝国が潰れてしまう。そこで息子が科学者を連れてきた。デイビッド・ホプキンス博士、海洋生物学者だ。博士の提案は…

 麻薬マフィアのボスを「ワーナーおじさん」と呼ぶなど、童話っぽい語り口がトボけたいい味を出してるw タイトルと海洋生物学者で、聰い人は手口の見当がつくだろう。実際、合衆国海軍は似たような研究をしてたみたいだし。が、そこはベストセラー作家。見事に想像を裏切るオチがついてて、トボけた語り口の仕掛けも巧みに効いてくる。

 P・ジェリ・クラーク「ジョージ・ワシントンの義歯となった、九本の黒人の歯の知られざる来歴」佐田千織訳。アメリカ合衆国初代大統領ジョージ・ワシントンは、黒人の歯を九本使った入れ歯を買った。それぞれの歯の持ち主は…

 鍛冶屋、人魚の友、魔術師、戦士の娘…。歯を提供した九人の黒人たちは奴隷としてモノ扱いされたが、それぞれに人生があった。ジョージ・ワシントンの入れ歯という史実を元に、その持ち主の魂を蘇らせようとする、おとぎ話風のファンタジイ。短いながらもアメリカ合衆国の歴史の裏面を鮮やかに照らし出すのは、ファンタジイならではの効果だろう。。

 アマル・エル=モータル「ガラスと鉄の季節」原島文世訳。タビサは七つの鉄の靴を持って旅に出た。だいたい一年で一足を履きつぶす。鉄の靴はタビサの足を痛めつけるが、残るはあと三足。アミラは高いガラスの山の上で、黄金の林檎を膝に抱え、玉座から動かない。アミラを求め男たちが麓から押し寄せてくるが、みな足を滑らせて落ちてゆく。

 これまたおとぎ話風のファンタジイ。だが、タビサもアミラも「王子様と幸せに暮らしました」とはならないのが、この作品の味。そういえば「少女革命ウテナ」は、もう20年以上前なんだなあ。何食わぬ顔で夕方に放送していたけど、今思えば凄まじく意欲的な作品だった。

 ゼン・チョー「初めはうまくいかなくても、何度でも挑戦すればいい」大谷真弓訳。イムギは、韓国に伝わる龍になり損ねた大蛇の一種(→ピクシブ百科事典)。バイアムは二度試み失敗した。三度目に挑んだ際、レスリー・ハンに目撃されまたも龍になり損ねた。バイアムは人に化けてレスリーを訪ねる。レスリーは天体物理学者で…

 日本じゃ龍になるのは鯉だけど、韓国じゃ蛇なのか。そんなわけで、これもおとぎ話を元にしたロウ・ファンタジイ。イムギと龍の関係が、私には斬新で楽しかった。こんな風に諸国の素材を取り込むことで、ファンタジイは更に豊かになるんだろうなあ。

 キャロリン・M・ヨークム「ようこそ、惑星間中継ステーションの診療所へ 患者が死亡したのは0時間前」赤尾秀子訳。5頁の掌編。毒虫に噛みつかれ、惑星間中継ステーションにやってきたが…。ゲームブック形式の語り口で進む、ドタバタ風味のブラック・ユーモア作品。

 神林長平「戦闘妖精・雪風 第四部 対話と思惑」。特殊戦を率いるクーリィ准将から、ブッカー少佐に連絡が入る。新しい飛行部隊を編成する、と。ジャムとの戦闘でFAFは全戦力の三割を失い、ジャムの地球侵入を許してしまった。FAFと地球との関係も、FAF内の権力バランスも、そしてジャムとの戦い方も大きく変わるだろう。

 ヒトとは大きく異なる知性とのコミュニケーションを描くのが、ファースト・コンタクト物の醍醐味。その点で、雪風シリーズはヒトと雪風・雪風とジャム・ヒトとジャムと、三つのコンタクトを描いてくれるのが嬉しい。ジャムは得体が知れないが、雪風は猫みたいで可愛い…とか思ってるけど、実は虎みたいだし。

 冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第30回。事態が大きく進展する。ハンターから直接バロットに電話がかかってきた。しかも、内容は会談の申し込み。囚われたウフコックへの糸が繋がった。レイ・ヒューズから学んだ交通整理術と、大学で学んだディスカッション技術を活かし、バロットはこの機会を掴むべく頭をフル回転させる。

 ほとんどアクションがなく、会話が中心で進む回なのに、全編に強い緊張感が漂っている。私たちが日頃から交わしている会話も、細かく分析していくと、こんな風に幾つもの思惑が飛び交ってるんだろうか? 人と話すのが怖くなるような、楽しみになるような、そんな回だ。

 飛浩隆「空の園丁 廃園の天使Ⅲ」第3回。夜の11時過ぎ、杉原香里に電話がかかってくる。相手は山下祐。夜のあいだ、杉原香里は計算されないはずだ。何かが起こっている。山下は告げる。「青野にまた<天使>が出た、早坂だ」。

 昔のNHKの少年ドラマ・シリーズみたいな高校生の登校風景の描写で、現実の世界そのものと思わせておいて、「朝が来るまで、自分は計算されない」なんて文章が入ってきて、ドキリとさせられる。こういう「自分は計算された存在である」由を自覚してるってのは、どんな気分なんだろう?

 菅浩江「博物館惑星2 ルーキー 最終話 歓喜の歌」。50周年イベント開催前夜で、<アフロディーテ>には人が溢れている。尚美・シャハムは、細かいトラブルの対応で追いまくられ大忙しだ。同じころ、兵藤健は大役を仰せつかっていた。ずっと追いかけていた国際的な美術犯罪組織<アート・スタイラー>との接触がかなったのだ。

 懐かしのゲスト総出演で送る、シリーズの最終話。「歓喜の歌」というサブタイトルが、フィナーレを盛り上げようとする意気込みを感じさせる。マシュー・キンバリーもティティも、相変わらずのトラブル・メーカーぶりで安心した←をい 健の叔父、兵藤丈次の正体やいかに。もう一度、単行本でシリーズ頭から読み直したい。

 上遠野浩平「憎悪人間は逆らわない」。戦闘用合成人間にピッチフォークは、無能人間コノハ・ヒノオを吊るし上げで問う。「おまえはほんとうに特別なのか? おまえに何があるというんだ?」問われても、コノハ・ヒノオには答えようがない。本人だって、自分がなえ生きているのかわからない。なのに周囲では次々と人が死んでいく。

 ピッチフォークにせよフォルテッシモにせよ、戦いに長けた者はどうしても脳筋になるんだろうかw こんな物騒な連中を作り出す統和機構って、何を考えているんだか、または考えてないんだが。

 平山瑞穂「獺祭の夜」。首都圏が震災に見舞われた。30歳独身の柏葉尚登は、遠縁の首藤家に厄介になる。首藤家は渓流の奥、人里離れた広い一軒家だ。住人は三人。老いた主人の首藤政宗、その妻の純子、そして尚登と同じく東遠で居候の若い娘、凪。居候とはいえ何もしないわけにもいかず、尚登は凪と共に「オソ」の世話を仰せつかるのだが…

 Google で調べたら、「獺祭」は「だっさい」と読むようだ。山深く人里離れた奥地、何を考えているのか全く分からない主人の首藤政宗、そして謎の「オソ」。とくれば、因習と怨念にまみれたホラーに…と思わせて、オソの正体は意外と早く明らかになる。読者に解釈を任せる作品なんだろうか。だとすると、私は純子さんは一番怖い。

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