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2020年5月の4件の記事

2020年5月21日 (木)

モートン・D・デービス「ゲームの理論入門 チェスから核戦略まで」講談社ブルーバックス 桐谷維・森克美訳

ゲームの理論は当初、経済問題に対する新しいアプローチのために創造されたものである。
  ――著者序

均衡戦略とか均衡点とかは(略)、二つの戦略があって、どちらのプレーヤーも自分の戦略を一方的に変えても得にならないとき、この戦略は均衡点にあるという。(略)その名の示すように、均衡点は非常に安定している。
  ――第3章 一般・有限・2人・ゼロ和ゲーム

我々の理論の最も弱い部分は、(略)プレーヤーがつねに自分の平均利得を最大にするという仮定である。
  ――第3章 一般・有限・2人・ゼロ和ゲーム

…攻撃的で激しやすいプレーヤーの方が、どちらかというと控え目なプレーヤーより有利に立ち回るのである。
  ――第6章 n人ゲーム

実際の実験では、いったん結託が結成されると、結果が確定的になることがプレーヤー達にすぐわかった。(略)また実は、明らかでないにしても、ウェイトはたんなる飾りに過ぎなかった。
  ――第6章 n人ゲーム

【どんな本?】

 ジョン・フォン・ノイマンとオスカー・モルゲンシュテルンによる1944年の著書「ゲームの理論と経済行動」から、新しい数学が生まれた。ゲーム理論である。「囚人のジレンマ」が有名な理論だが、その応用範囲は幅広く、遊技のゲームはもちろん、経営・経済・軍事そして政治にまで及ぶ。

 「ゲームの理論と経済行動」は本格的な内容だけに、充分な数学の基礎を読者に求める。対して本書はより広い読者を想定している。敢えて数学的な詳細にまでは立ち入らず、できる限り数式を使わずに、ゲーム理論の全体像を読者に示そうとした、一般向けゲーム理論の入門書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は GAME THEOLY, by Morton D. Davis, 1970。日本語版は1973年9月30日第1刷発行。私が読んだのは1978年3月10日発行の第9刷。新書版で縦一段組み本文約267頁に加え、訳者あとがき2頁。9ポイント43字×17行×267頁=約195,177字、400字詰め原稿用紙で約488枚。文庫なら普通の厚さの一冊分。

 文章はちと硬い。日頃から論文を書きなれた数学者が慣れない入門書に挑戦した、そんな感じだ。そのため、数学的な表現が多い。とはいえ、算出方法は述べずに解の数字だけ示す所も多く、面倒な計算には敢えて深く立ち入らずに済ます姿勢が明らかだ。また、数学といっても出てくるのは加減乗除ぐらいなので、実は中学生でも充分に読みこなせる。必要なのは数学の能力じゃない。お堅い文章にビビらない度胸だ。

【構成は?】

 数学の本だけに、前の章を受けて次の章が展開する。素直に頭から読もう。ただし、数学っぽいのは頭の方だけで、終盤に向かうに従い政治や心理学や社会学の色が濃くなってゆく。数学は苦手だが人間や人間同士の関係に興味がある人は、頑張ればそれだけの報いが得られる。

  • 序 オスカー・モルゲンシュテルン
  • 著者序
  • 第1章 一人ゲーム
    人間対自然のゲーム
  • 第2章 完全情報・有限・二人・ゼロ和ゲーム
    チェスの研究/ゲームを記述する/いくつかの定性化と再考/付録
  • 第3章 一般・有限・二人・ゼロ和ゲーム
    日米両軍の知恵くらべ/二大政党の綱領/二将軍の攻防戦/テレビ広告によるマーケティングの例/マーケティングの例の解/単純化されたポーカー/新しく変えた古い問題/ミニマックス定理/いくつかの再考/いくつかの実験的研究
  • 第4章 効用理論
    「効用」とは何か/効用関数とその役割/効用関数の存在と一意性/かくれた落とし穴/効用関数を作る/人々の選考パターンは本当に整合的だろうか?/付録
  • 第5章 二人・非ゼロ和ゲーム
    協力ゲームと競争ゲーム/二人・非ゼロ和ゲームの分析/ガソリンの値下げ競争/議員の悩み/異性間の闘争/業務提携の例/マーケティングの例/いくつかの複雑化/コミュニケーション/プレーの順序/不完全情報の効果/選択対象を限定する効果/脅迫/拘束的協定とサイド・ペイメント/脱獄への応用/囚人のジレンマ/過去の囚人のジレンマ/ナッシュの調停方式/二人・非ゼロ和ゲームの実験/「囚人のジレンマ」に関する実験/交渉の実験/「最適な」戦略/三変数の実験ゲーム/プレーヤーの個性/せりの実験/ほとんど協力的なゲーム/いくつかの一般的な観察/行動パターン/現実の二人・非ゼロ和ゲーム
  • 第6章 n人ゲーム
    大統領選挙は不公平か/予算配分の政治例/いくつかの経済例/一つの分析/フォン・ノイマン=モルゲンシュテルンの理論/特性関数形/優加法性/配分と個別合理性/優越/フォン・ノイマン=モルゲンシュテルンの解の概念/N-M理論に関する最終コメント/ヴィクレイの自己治安配分集合/自己治安パターン/n人ゲームに関するオーマン=マシュラー理論/形式構成/異議/報復異議/オーマン=マシュラー理論とフォン・ノイマン=モルゲンシュテルン理論の比較/シャプレー値/三人組の理論/実験による証明/投票ゲーム/投票モデルの応用/プレーヤーの先験的「価値」/要約/付録
  • 訳者あとがき

【感想は?】

 さすがに昔の本なので、今はもっと親しみやすい本が出ているかも。でも、当時としては、優れた入門書だった。

 最初に近い「第2章 完全情報・有限・二人・ゼロ和ゲーム」では、ゲーム理論の基礎…というより、以降の章で必要になる基本概念を紹介する部分だ。

 名前が「ゲーム理論」なので、カード・ゲームやドラゴンクエストなどと関係ありそうと思うだろう。確かに関係はある。だが、それは「どうすれば面白いゲームを作れるか」では、ない。一つは「どうやって必勝法を求めるか」であり、また「様々な状況で人はどう行動するか」の実験だったりする。

 必勝法の求め方は、ミニマックス定理(→Wikipedia)が原則だ。相手が最善の手を打つと仮定して、その場合の被害を最小にする。三目並べは、これに従えば確実に引き分けに持ち込める。そして、引き分けがゲームの値となる。

ゲームの理論家は、相手が完璧なプレーをするという、悲観的な、そしてしばしば不完全な仮定を置くのである。
  ――第2章 完全情報・有限・2人・ゼロ和ゲーム

 ただ、世の中は、三目並べほど単純じゃない。例えばポーカーは相手の手が判らない、つまり完全情報じゃない。都市部は美容室や飲食店の競争が激しい。だから店には多くの商売敵がいる、つまり2人ゲームじゃない。また互いに店をたたむ気はないから、有限ゲームでもない。加えて近所の景気がよくなれば地域全体の売り上げも増えるから、ゼロ和ゲームでもない。

 このように現実に近づくほど、数学以外の要素が大きな影響を持ってくる。

…分析が簡単なゲームはあまりない。
  ――第4章 効用理論

 そんなわけで、5章以降は数学より実験の結果の記述が多くなる。最近はコミュニケーション能力を重んじる企業が多い。これは企業活動を協力ゲームと見なせば、理屈に合っているのかも。

一般に、ゲームが協力的になればなるほど――プレーヤー達の利害が一致するほど――コミュニケートする能力はより重要になる。
  ――第5章 二人・非ゼロ和ゲーム

 もっとも、本書の言う「コミュニケートする能力」は、俗にいうコミュ力とは少し違う。「利得=自分は何を求めるか」「戦略=自分は何をするか」を他のプレーヤーに伝える、または他のプレーヤの利得や戦略を知る能力を示す。軍は偵察や通信手段に、企業は電子メールやチャットに投資するのも、そういう事なんだろう。「無人暗殺機 ドローンの誕生」は、コミュニケートする能力の重要性がヒシヒシと伝わってくる本だった。

 もちろん、世の中はゼロ和じゃない。人類の歴史を長い目で見ると、世界の経済は成長を続けてきた。人同士や国同士は、争うより協力しあう方が、互いに得をする。それは誰もが判っているが、往々にして争いが起きる。これを確かめた実験も出ている。

被験者達はこれらのゲームを純粋競争的であるとみなしていたようにみえる。自分のパートナーを打ち負かすことはもっとも重要であった。そしてプレーヤー自身の利得は二義的なものに過ぎなかった。
  ――第5章 二人・非ゼロ和ゲーム

 この実験の結果は、とても怖い。全体の利益より自分の利益を取るのなら、まだわかる。そうじゃないのだ。自分は損をしても、相手が自分より大きな損をすればいい、そういう戦略を取る被験者が多くいた。どんな戦略を好むかは人によりけりで、本書は三つの傾向に分けている。

  • 個人主義。自分の損得だけを考えて、相手の損得には関心がない。
  • 日和見。相手の出方に合わせようとする。
  • 競争型。相手に勝つことだけに関心がある。

 協力ゲームでプレーヤー同士のコミュニケーションが許された時、どうなるか。意外な事に、最も協力を成功させたのは、個人主義者だった。それ以外は、コミュニケーションを許されても、協力の割合は増えなかった。日本ではチームワークを壊すように思われている個人主義だが、実際には最もチームワークに貢献するのだ。ただし、充分にコミュニケーションが取れている場合に、だけど。

 これを政治的な対立で考えると、更に怖い。「社会はなぜ左と右にわかれるのか」では、左派と右派の対立の原因を、倫理感覚の違いとした。それは確かにあるんだろうが、インターネットの普及に伴い、対立は更に深まっているように見える。例えば匿名掲示板などでは、互いにパヨク/ネトウヨと罵りあっている。憎み合わなければならぬほどの問題なんだろうか?

 これも、競争型を考えに入れれば、納得できる。大事なのは相手に勝つことであって、自分は損をしても構わないのだ。まあ、これは右派と左派の対立に限らず、国際的な対立、例えば経済制裁などでも、よく見かける構図だったり。

 終盤では、少数派の政党が連合政権に加わった際の影響力はどうなるか、みたいな実験もしていて、これもかなり怖い。

 文章は堅いし、序盤は数学者っぽい文章にたじろぐだろう。だが、じっくり読み進めると、後になるほど切実な内容が多くなる。さすがに入門書なのであまり深くまでは掘り下げないが、ゲーム理論が持つ底知れぬ力はヒシヒシと伝わってくる。数学の本ではあるが、政治や経済や人間関係に興味がある人こそ楽しめる本だ。

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【つぶやき】

 パソコンのハードディスクが寿命を迎えたらしいので買い替えたのはいいが、ここ数日はデータやアプリケーションの移行作業に四苦八苦。昔のMS-DOSみたく単純なコピーじゃ済まないのが辛いところ。ハードディスクの容量もメガ単位からギガ/テラ単位に増えているので、バックアップを取るにしてもやたら時間がかかるし。これからも微妙な使い勝手の違いで戸惑いそうなので、暫く更新は滞りそう。

 この本を読んだきっかけは、山田正紀の「謀殺のチェス・ゲーム 」にカブれた時。かなり戯画化しているとはいえ、追う者と追われる者の、脳髄を絞り出すような頭脳戦が楽しいアクション小説の傑作だった。

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2020年5月14日 (木)

シオドア・スタージョン「人間以上」ハヤカワ文庫SF 矢野徹訳

かれは知らなかったのだ……せおっていた荷物の大きさを“知らなかった”のだ!
  ――第1章 とほうもない白痴

プロッドの家は、ローンをその中に入れてくれると、なにか別のものになったのだ。
  ――第1章 とほうもない白痴

「などほど、わたしたちは一つの物だけど、物であるだけじゃあ、まだ白痴なんですって」
  ――第1章 とほうもない白痴

人というものは、どこからか救いの手がさしのべられる機会があるときにだけ泣くのだと思う。
  ――第2章 赤ん坊は三つ

「きみは学びはするが、考えないんだ」
  ――第2章 赤ん坊は三つ

「あなたは、わたしから本を取り出して読んだわ。あなたは……わたしを読めないの?」
  ――第2章 赤ん坊は三つ

かれは、彼女の微笑を見たことはあったが、これまでは気がつかなかったのだ。
  ――第3章 道徳

「あなたは自分でやったわ、ヒップ。全部よ。わたしがしたことは、あなたが、できるようになるところに置いただけなのよ」
  ――第3章 道徳

【どんな本?】

 1940年代から1950年代にかけて活躍したアメリカのSF/ファンタジイ作家、シオドア・スタージョンの代表作。

 白地の青年,生意気な幼女,言葉を話さない双子,ダウン症の赤ん坊。親に疎まれ、または「いない」事にされ、世の中に居所が見つからないはみだし者たち。彼らは奇妙な能力を持っていた。はみだし者たちが集まった時、集団は人類を大きく超えた能力を発揮するのだが…

 「とほうもない白痴」「赤ん坊は三つ」「道徳」の三部から成る、SFの古典的名作。1954年の国際幻想文学賞を受賞。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は MORE THAN HUMAN, by Theodore Sturgeon, 1953。日本語版は1978年10月31日初版発行。私が読んだのは1984年の11刷。名作だけあって、着実に売れる作品なのだ。文庫本で縦一段組み本文約360頁に加え、水鏡子の解説「スタージョン・ノート」6頁。8ポイント43字×20行×360頁=約309,600字、400字詰め原稿用紙で約774枚。文庫本では厚い部類。

 文章はや癖があるので、好みが別れるところ。これについては後に述べる。内容はSFというよりファンタジイに近い。「ジョジョの奇妙な冒険」や「とある魔術の禁書目録」同様の異能力物だ。とはいえ、バトルや派手なアクションはほとんどなし。難しい理屈も出てこないので、理科が苦手な人でも大丈夫。ただ、さすがに原作も翻訳も古いので、一部の言葉遣いが若い人には通じないかも。例えばモウコ症は現在だとダウン症と呼ぶ。

【感想は?】

 読み始めてまず気が付くのは、文章の癖だ。例えば、書き出しはこう。

白痴は、黒と灰色の世界に住んでいた。飢えの白い電光と、恐怖のゆらめきのなかに。
  ――第1章 とほうもない白痴

 この段落が描いているのは、風景すなわち客観的な事実じゃない。白痴の心に映る世界を描いている。こういう書き方は、いわゆるサイエンス・フィクションとだいぶ感触が違う。この書き出しだけで、読者の好みに合うか否かがハッキリわかる。ある意味、親切な書き出しだ。

 好みに合う人にとっては、たまらない文章がアチコチに散らばっている。書き出しの次に感服したのは、ここ。

キュー氏はりっぱな父親だった。父親たちのなかでも最上だった。
  ――第1章 とほうもない白痴

 りっぱな父親って、どういうんだろう? と思わせて、こう続く。

かれは、19歳の誕生日をむかえた娘のアリシアにむかって、そう言った。

 あれ? なんか変だぞ? 自分で自分を「りっぱな父親」なんて言うか、普通? と、どうにもイヤ~な予感を漂わせてくる。実際にどんな奴かと言うと、ご想像の通りかなりイっちゃってるヤバい奴です。

 そんな風に、マニュアル書きが目指す「スッキリと理屈立てたわかりやすい」文章では、ない。でも、「そういう感じ」がビンビンと伝わってくる、読む快感に満ちた文章だ。スラスラとストーリーを追いかける類の作品ではない。ところどころ、ちとわかりにくい表現がある。でも、じっくり読むと、その巧みさに感じ入ってしまう文章なのだ。

 例えば、組織に属するエンジニアなら、次の文章に激しく頷くだろう。

あいつはエンジニアに技術のことを話してきかせるような馬鹿だったんだ。
  ――第3章 道徳

 あなたの周りにもいませんか、そんな上司。

 しかも、その視点は、「期待される役割」からはみだした者への共感に満ちている。

この子には毅然としたところがあった。それは子供にあってはまちがっていることだった。
  ――第1章 とほうもない白痴

 そう、子供ってのは、愚かで無邪気で従順でなきゃいけない。しっかりした自己と主張を持ち、スラスラと意見を述べるような者は、「生意気」とか「可愛げがない」とか言われる。

 こういう所は、当時のSF者の心に強く訴えただろう。今でこそハリウッドや Netflix は大予算をかけたSF大作を作るけど、昔のSF者は肩身が狭かった。いい歳こいて宇宙人や怪獣に夢中なガキみたいな奴、そんな扱いを受けていた。そんな者たちにとって、同じ趣味を分かち合える仲間が、どれほど有難いものか。

最初に知ったことは、自分が役に立たず、欲しがるものは、きまってつまらないものばかりということだった。ぼくは仲間から離れて、自分の新しい世界には古い世界とちがった値打があり、新しい世界で自分に価値があるということを見つけ出すまで、ほとんどそのことをたずねたりしなかった。ぼくは求められ、まわりに属したんだ。
  ――第3章 道徳

 SF/ファンタジイの古典的名作とこの作品が評されるのも、世の中のそういう風潮が多少は影響していると思う。物語も、はみだし者・半端者が集まって、「人間以上」へと成長していくお話だし。ただ、そこには、スタージョンならではの警句も忘れちゃいない。

「うん、変ってはいる。でも、優れているんじゃない」
  ――第2章 赤ん坊は三つ

 これは言葉だけに留まらず、農夫プロッドのエピソードや、完結編となる「道徳」で、大きなテーマとして浮き上がってくる。

 もちろん、名作と評される理由は、それだけじゃない。じっくりと個々の文章をかみしめて読み進めよう。そうすれば、最後に示されるヴィジョンで体中の垢を洗い流されるような快感を味わえる。優れたSF長編の醍醐味が、ここにあるのだ。

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2020年5月11日 (月)

コーネリアス・ライアン「史上最大の作戦」ハヤカワ文庫NF 広瀬順弘訳

これから読まれるのは、戦史ではない。連合軍の兵士たち、かれらと戦ったその敵たち、Dデーの凄惨な混乱にまきこまれた市民たち――こうした人間の物語である。
  ――まえがき

エルヴィン・ロンメル「上陸作戦の最初の24時間がすべてを決するだろう」
  ――第1部 待機

「この戦いは、征服王ウィリアム(→Wikipedia)が自分の目と耳だけをたよりに戦わねばならなかったのと同じだ」
  ――第3部 その日

サント・メール・デグリーズの町中では、パラシュート兵たちは床屋が看板を、ドイツ語の“フリゼール”から英語の“バーバー”に替えるのを見た。
  ――第3部 その日

「アイゼンハワー最高司令官の指揮下、強力な空軍によって擁護された連合国海軍は今朝、北部フランス海岸に連合国陸軍の揚陸を開始した」
  ――第3部 その日

【どんな本?】

 1944年6月6日。ヨーロッパを席巻していたナチス・ドイツに対し、連合軍は全力で反攻に出る。目指すはフランス西岸、コタンタン半島の根本。連合軍の陸海空戦力を結集した史上最大の強襲揚陸、ノルマンディ上陸作戦である。

 智将ロンメルが心血を注いで要塞化した海岸線に対し、連合軍はいかに挑んだのか。その日、枢軸・連合軍双方の将兵は何を見て何を体験したのか。ノルマンディに住む人々にとって、Dデーはどんな日だったのか。

 アイルランド出身のジャーナリストが、正規の政府記録はもちろん、両軍の兵からレジスタンスや民間を含む人千人を超える人びとに取材して「あの日」を再現した、軍事ドキュメンタリーの金字塔。

 1962年にはハリウッドが巨額を投じたオールスター・キャストで映画化し、映画も大ヒットした。またオマハ・ビーチの場面はスピルバーグの Saving Private Ryan でも鮮やかに描いている。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Longest Day, by Cornelius Ryan, 1959。日本語版は1962年に筑摩書房より近藤等訳で刊行、後に1995年1月31日にハヤカワ文庫NFから広瀬順弘訳で刊行。文庫版で縦一段組み本文約364頁に加え、訳者あとがき5頁。8ポイント42字×18行×364頁=約275,184字、400字詰め原稿用紙で約688枚。文庫本としてはやや厚め。

 文章は比較的にこなれている。内容も特に難しくない。浜辺の場面などは Youtube でキーワード Longest Day や Saving Private Ryan などで検索すれば、ド迫力の映像がゴロゴロ出てくる。ただ、単位がヤード・ポンド法なのがちとつらいかも。

【構成は?】

 だいたい時系列順に話が進むので、できれば頭から読もう。

  • まえがき
  • 第1部 待機
  • 第2部 その前夜
  • 第3部 その日
  • Dデーの戦死傷者に関する注記
  • 謝辞/訳者あとがき

【感想は?】

 様々な立場で事件を体験した人々の声を集め、モザイク状に全容を浮き上がらせてゆく、そんな手法を切り拓いた記念碑的作品。

 この後、ドミニク・ラピエール&ラリー・コリンズやジョン・トーランドなどのジャーナリストに加え、ノーマン・デイヴィスウやアントニー・ビーヴァーなどの歴史学者も、ライアンの手法を取り入れ、生々しい迫力を備えた傑作を生み出してゆく。

 「まえがき」にあるように、軍事的な視点で作戦を描いた本ではない。地図も冒頭の一枚だけだし、戦力配置も書き入れていない。舞台背景の説明として最低限の記述があるだけだ。それより著者が重点を置いているのは、その場にいた人が何を見て何を感じたかだ。

 視点は多岐にわたる。民間人では学校の教師,保育園の保母,雑貨屋の夫婦,農場の親子,レジスタンスの闘士など。

 ドイツ軍はエルヴィン・ロンメルとゲルト・フォン・ルントシュテットなどの将官に始まり、ラジオに耳を澄ます情報将校,魚雷艇Eボート指揮官,戦闘機乗り、そして壕に潜む将兵など。

 連合軍は総司令官アイゼンハワーはもちろん、潜水艇艇長とその妻,従軍牧師,軍医,工兵隊,空挺部隊など。最も多く登場するのが陸軍の下士官と兵なのは予想通り。

 これらの多様な人びとの体験・エピソードを時系列順に並べ、一つの大きな現象としてのノルマンディー上陸作戦を浮かびあがらせてゆく。

 軍事の面では陣を整えたロンメルの狡猾さが印象深い。沖には機雷を浮かべ艦艇の邪魔をする。波打ち際には杭を並べ上陸用舟艇が乗り上げられないようにする。それをくぐり抜けても、浜は対人地雷だらけ。そこで立ち止まった敵は、コンクリートで固めた陣から機関銃で狙い撃ち。

 万全の準備と言っていい…はずが、当時のドイツ軍の対応はチグハグだった。これは「連合軍の陽動だろう」とのドイツ軍の思い込みもあるが、レジスタンスと空挺部隊の活躍が大きい。彼らがドイツ軍の電話線を切るなどして、ドイツ軍の連絡網をズタズタにしたのだ。そのため、ドイツ軍はなかなか作戦の全貌を掴めなかった。

 と書くと空挺部隊は大活躍したようだが、大変な苦労をしたのが本書で分かる。これもロンメルの狡猾な罠で、空挺部隊が降下しそうな地点を、予め幾つかの連絡通路を除いて水びだしにしておいたのだ。何せ目標は敵地、しかも作戦決行は真夜中だ。何せGPSもない時代、パイロットも目標地点なんかよくわからない。多くの空挺隊員が戦う前に沼にハマって溺れ死ぬ場面は、実に切ない。

 そんな空挺隊員を運ぶのは輸送機DC-3に曳航された木製のグライダーだ。空中じゃ時速160kmは鈍足だが、地上じゃ猛スピードである。そんな勢いでも整備された平らな草地に降りればともかく、木や建物などの障害物に突っ込めばどうなるか、想像に難くない。

 切ないのは浜から上陸する陸軍兵も同じで、待機の時から彼らの苦しみは始まる。慣れぬ海上で狭いボートに閉じ込められ、波に揺られ続ける。となりゃ酔う者も多く、ディーゼル油とゲロと便所の匂いのミックス攻撃にさらされる。そりゃストレス溜まるよなあ。

 なんとか海峡を越えて目的地が見えても、お迎えは機雷・逆茂木・地雷原に加え機銃掃射。海に落ちりゃ背に背負った50kgの荷物が海底に引きずり込む。よくも生存者がいたもんだと思う。

 まあ迎えるドイツ側も一枚岩とはいかず、東部戦線から引っ張ってきたソ連兵やポーランド兵が混じってて、当然ながら彼らは全くやる気なし。ちなみに連合軍にもポーランド軍が参加してるんで、下手したら同士討ちの可能性もあった。

 乱戦のドサクサに紛れて容疑者を「始末」するゲシュタポ、真夜中に空から庭に若者が降ってきて目を白黒させた老婦人、浸水で沈む上陸用舟艇、暴走して味方を轢き殺す戦車など、印象的な場面は数限りない。あらゆる角度から戦場を写し取り、混乱をそのまま混乱として読者に差し出す、ドキュメンタリーの力作にしてジャーナリズムの底力を見せつける作品だ。

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2020年5月 6日 (水)

ジョン・デイビス&アレクサンダー・J・ケント「レッド・アトラス 恐るべきソ連の世界地図」日経ナショナルジオグラフィック 藤井留美訳

この本を読んでいるあなたが地球上のどこにいようと、そこはソ連が少なくとも一度は詳細な地図にしている。
  ――第1章 戦争と平和

デーモン・テイラー「ニュージーランド陸軍中佐だった私は、2003年に情報将校としてアフガニスタンのバーミヤンに入った。最初のうちは、ソ連の地図以外に頼りになるものがなかった」
  ――第4章 復活

元赤軍将校アイバルス・ベルダブス「演習に必要な地図は署名して保管庫から借り受け、返すときも署名した。使用中に汚れたり破れたりしたら、その残骸を返さなくてはならなかった」
  ――

【どんな本?】

 冷戦時代、西側と東側は「鉄のカーテン」に隔てられながらも、互いに互いをこっそりじっくり観察していた。1991年のソ連崩壊により、ソ連が収集していた情報の一部が流出する。その一つに、ソ連が作った地図がある。

 軍事作戦にとって、地図は重要な意味を持つ。特にソ連は、最大の規模で世界中の地図を作ろうとしていた。主な目的は軍事であり、その内容は独特の偏りがある。例えば橋は、素材・桁下高・長さ・幅そして荷重まで記入されていた。

 ソ連は何を重視していたのか。どこから、どのように情報を得たのか。どんな規格に従っていたのか。そして著者たちは、いかにしてソ連製の地図を手に入れたのか。

 冷戦時代にソ連が世界中で繰り広げた巨大プロジェクトの片鱗を、豊富に実例を示しながら紹介する、ちょっと変わった軍事と地理の一般向け解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は THE RED ATLAS, by John Davies and Alexander J. Kent, 2017。日本語版は2019年3月25日第1版第1刷。単行本ソフトカバー縦一段組みで約303頁に加え参考文献と索引。10ポイント46字×18行×303頁=約250,884字、400字詰め原稿用紙で約628枚。文庫本なら少し厚めの一冊分…では、ない。紙面の半分以上を地図が占めているので、実際の文字数は半分以下だろう。

 文章はこなれていて読みやすい。内容もわかりやすい、と言いたいところだが、何せこの本で大事なのは文章より地図だ。地図からどれだけ多くのモノを読み取れるか、それがこの本を楽しむカギとなる。おまけに地図中の文字はロシア語なので、ちょっと素人には厳しいかも。また、地図中の文字はかなり小さいため、年寄りにはキツい。

【構成は?】

 一応、頭から順に読む構成になっているが、気になった所を拾い読みしても充分に楽しめる。

  • 序文 ジェームズ・ライゼン
  • 本書の読み方
  • はじめに 本書が推理小説である理由
  • 第1章 戦争と平和 物語の背景 ナポレオンのロシア遠征からソビエト連邦の崩壊まで
  • 第2章 世界を紙に描き出す ソ連がつくった世界地図の様式・内容・記号
  • 第3章 策略と計画 表に裏にうかがえる地図作成者の工夫
  • 第4章 復活 ソ連崩壊後の地図発見とその重要性
  • 謝辞
  • 付記1 主要都市地図
  • 付記2 市街図の「基本情報」には何が書いてあったか
  • 付記3 地形図の「基本情報」には何が書いてあったか
  • 付記4 記号と注釈
  • 付記5 用語と略語
  • 付記6 印刷コード
  • 付記7 秘密保守と管理
  • 日本版特別付記 東京 上野・文京/千住/日本橋/池袋/新宿/朝霞/中野/吉祥寺/渋谷/二子玉川・溝の口/葛飾/練馬/武蔵小杉/羽田/月島・豊洲/現在の葛西臨海公園・東京ディズニーリゾート/
  • 参考文献/索引

【感想は?】

 まずはソ連の執念に戦慄する。が、それだけじゃ終わらない。これは東西双方の知恵と執念と労力が結実した本なのだ。

 表紙も私たちを驚かせるのに充分なインパクトを持っている。地図だ。文字こそキリル文字だが、首都圏に住む者なら、あれ?と思うだろう。下半分は海だが、どっかで見たような形だ。それもそのはず、月島・豊洲・晴海の地図なのだ。

 しかも、海には等深線と数字が書き入れてある。おいおい、ヤベェじゃん。これ上陸作戦に使えるじゃん。

 その後、本を開いた最初の地図もヤバさ倍増だ。右中央で鉄道路線が十字に交差してる。これ、秋葉原じゃね? すると左下を占める緑地は… げげ、月島から上陸したら、ここまで目と鼻の先じゃないか。えらいこっちゃ。

 そういう事を、彼らはやっていたのだ。国家プロジェクトとして、組織的に。なんて奴らだ。

 本書には多数の地図が載っている。多くを占めるのは、イギリスとアメリカ合衆国、そして東欧諸国だ。日本の地図にはないが、合衆国や東欧の地図には、橋の幅と長さに加え、荷重まで書いてある。戦車など軍用の重い車が通れるか否かを知るためだろう。また、河川は流速や幅や深さ、そして橋の桁下高も入っている。艀などで荷を運ぶ際に欠かせない情報だ。どうやって調べたんだか。

 そう、「どうやって調べたか」をめぐる謎解きも、本書の楽しみの一つだ。私はこの本で「地図愛好家」なる人々がいる事を知った。彼らは世界中を巡って様々な地図を集めるのだ。ただ集めるだけじゃない。その目的や製作の背景も調べるのである。それも、とんでもない情熱を持って。

 地図愛好家たちが、ソ連製の地図を手に入れ、その製作過程を推理するくだりが、本書のもう一つの醍醐味なのだ。

 日本では、幾つかの組織が独自の地図を出している。最も有名なのは、ゼンリンだろう。自転車で旅行する際は、坂の状況が判る国土地理院の地形図が便利だ。イギリスやアメリカも、日本と同様に複数の組織が地図を作っている。また、地形はともかく、日が立てば新しい建物が立ったり橋ができたりする。そのため、地図は一定期間ごとに更新する必要がある。

 最初に紹介した東京の地図は、1966年版だ。ソ連も、同じ場所の地図を何回か改訂した。この改訂の様子や、廃線など現実の変化から、地図愛好家たちはソ連製地図の製作過程を探ってゆくのである。この執拗かつ綿密極まる捜査のプロセスが、いかにもイギリス人らしい凝り性が出ていて、呆れるやら感嘆するやら。人間、道楽でも入れ込むととんでもない真似をやらかすんだなあ、と深く感じ入る次第。

 極秘プロジェクトだったはずの地図が流失したいきさつも、ソ連の体質をひしひしと感じさせる。つまりは東欧崩壊とソ連崩壊のドサクサに紛れ、抜け目のない連中が火事場泥棒をやらかしたのだ。酷い話だが、「東欧革命1989」や「死神の報復」あたりを読むと、さもありなんと思ってしまう。権力者なんて、結局はそんなものなのかもしれない。

 その東欧なんだが、ソ連が東欧諸国をどう思っていたのかも、色々と地図から見えてくる。というのも、西側の地図に比べ、東欧の地図はやたらと詳しいのだ。これは河や橋の記述を見れば素人でも明らかで、たいいていの橋は荷重までバッチリ書かれている。「プラハの春」(→Wikipedia)を思い浮かべると、連中の腹の内は…

 一見、平和そうに見える地図だが、そこに書かれたモノは、視点によってはひどく物騒な色を帯びる。情報というシロモノの恐ろしさをヒタヒタと感じさせる、歴史書であり軍事書でありホラーでもある、そんな本だ。

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【ひとこと】

 最近の更新が滞っているけど、新型肺炎は関係ありません。「小説家になろう」にハマっているせいです。だって面白いんだもん。

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