「フレドリック・ブラウンSF短編全集 2 すべての善きベムが」東京創元社 安原和見訳
「もちろん常識の範囲内でだぜ。ビルを動かすとか、機関車を持ってくるみたいなのはだめだけど、ちょっとした頼みごとならなんでもやってくれる」
「だれが」
「ユーディがだよ」
――ユーディの原理地球侵略さる 科学者語る
――ウェイヴァリー歴史始まって以来初めて、天文学的なニュースが新聞各紙のトップを飾った。
――夜空は大混乱プラセットは狂った惑星で、長期間滞在していると頭がおかしくなる。
――狂った惑星プラセット「そろそろすべての善きベムが、一行を救いに来てもよいころだ」
――すべての善きベムが「どこへ行くんだ?」
「発狂しに」
――さあ、気ちがいになりなさい
【どんな本?】
1940年代から1960年代にかけて、キレの鋭い短編でアメリカのSF界を引っ張ったSF作家、フレドリック・ブラウン。
本書はブラウンのSF短編すべてを執筆順に全四巻で刊行する企画の第2弾だ。この巻では944年の「不まじめな星」から1950年の「最終列車」を収録する。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
原書は From These Ashes : The Complete Short SF of Fredric Brown, 2001。日本語版は2020年1月10日初版。単行本ハードカバー縦一段組み本文約354頁に加え、牧眞司の「収録作品解題」8頁+大森望の「SFの故郷」4頁。9ポイント43字×20行×354頁=約304,440字、400字詰め原稿用紙で約762枚。文庫なら厚めの一冊分。
文章はこなれていて読みやすい。SFとはいっても、ちょっとしたアイデア・ストーリーが中心だ。日本の作家だと、芸風は星新一や草上仁に近い。そのため、理科が苦手でも全く問題ない。さすがに1940年代の作品だげに、当時の風俗や技術が若い人にはピンとこないかも。
【収録作は?】
それぞれ 作品名 / 原題 / 初出。
- 不まじめな星 / Nothing Sirius / Captain Future 1944年春
- かみさんとおれと娘のエレン、それに操縦士のジョニーは、宇宙を旅する芸人だ。シリウス星系でガッポリ稼ぎ、<臓物>号で旅立ってすぐ、その惑星を見つけた。面白そうだと思って寄ってみると、想像以上にイカれてる。大気が呼吸可能なのはいいが、最初に見かけた生物は象よりデカいダチョウみたいので、しかも首に水玉模様の蝶ネクタイをしてる。
- 「さあ、気ちがいになりなさい」には「シリウス・ゼロ」の邦題で収録。宇宙をさすらうポンコツな連中、みたいな設定って最近はあまり見ないなあ。この作品もそうなんだが、ケッタイなエイリアンや変な風習をタネとして、軽く読めるユーモラスな作品が多く、私は好きなんだけど。
- ユーディの原理 / The Yehudi Principle / Astounding Science-Fiction 1944年5月
- またチャーリー・スワンが変なモノを作った。見かけは鉢巻きに似てる。彼が言うには「ユーディの原理」だとか。ビルを動かすとかの無茶な事はできないけど、ちょっとした頼み事は聞いてくれる。ただ、頼み方はちょっと注意が必要だ。
- これも「さあ、気ちがいになりなさい」に「ユーディの原理」の名で収録のユーモア作品。既に一度読んでいるからオチがわかっているにも関わらず、最初に読んだ時よりギャグのキレが増してるように感じるのは、訳のせいなのか作品の構成のせいなのか。
- 闘技場 / Arena / Astounding Science-Fiction 1944年6月
- アウトサイダーが太陽系に攻めてきた。奴らの目的も正体もわからない。だが人類も黙って滅ぼされたりしない。大艦隊を作り上げ、冥王星軌道の外で決戦に臨む。ボブ・カースンは小型偵察機で任務に出た…はずが、気がついたら直径250mほどのドームらしき所にいた。裸で。種族の命運をかけ、アウトサイダー代表と一対一で戦わなければならない。
- 人類とエイリアン、互いが種族の生き残りをかけ、代表同士がサシで戦う。週刊少年ジャンプなら、トーナメント方式のバトル漫画として連載しそうな設定だ。もちろん、ブラウンだから、主体はアクションではなく頭脳戦だし。そもそも、まっとうな肉弾戦はできないって設定も、ヒネリが効いてる。
- ウェイヴァリー / The Waveries / Astounding Science-Fiction 1945年1月
- ジョージ・ベイリーはラジオのCM作家だ。上司命令でライバルのラジオCMを聞いていた時、それが起きた。放送の声に、モールス信号がカブる。混信は他の局でも起き始めた。ラジオだけじゃない。テレビの音声にも混信が入る。ラジオは周波数0.3~3MHzで波長0.1~1km、テレビは周波数0.3~3GHzで波長1~10m。あり得ない。
- やはり「さあ、気ちがいになりなさい」に「電獣ヴァヴェリ」として収録。アメリカの商業テレビ放送開始は1941年(→コトバンク)だから、テレビの黎明期だ。一種のパニック物だけに、今の世相と比べると、迅速かつ合理的な合衆国政府が羨ましい。でもやっぱりこういう時にアメリカ人は銃を買うのねw
- やさしい殺人講座全十回 / Murder in Ten Easy Lessons / The Detective Aces 1945年5月
- スティンキー・エヴァンスはガキの頃からワルだった。タイヤを盗んで捕まった15歳の時は留置所で同室の男から刃物で人を殺すコツを学ぶ。やがて生まれた町を出て、ギャングのニック・チェスターの元で働きつつ、殺し屋のトニー・バリアに拳銃の扱いを教わる。そんなスティンキーを、赤い小悪魔が見守っていた。
- 掲載誌はミステリ雑誌だ。そしてブラウンはミステリでも活躍している。おまけに、このタイトル。だから小悪党が暗黒街で名を成す話かな? などと思いながら読んでいると、いきなり地獄やら赤い小悪魔やらのケッタイな仕掛けが出てきて…。ブラウンらしく、最後で綺麗に落とす短編。
- 夜空は大混乱 / Pi in the Sky / Thrilling Wonder Stories 1945年冬
- 最初に異変に気付いたのはロジャー・フラッター、コール天文台の助手だった。双子座の一等星ポルクスが光速を超えて動いている。やがて次々と夜空の異変の報告が続く。北斗七星も形が変わった。南半球でも、異変が観測される。南十字星のアルファ星とベータ星も北に移動を始めた。それぞれの星の地球からの距離はバラバラなのに、動き始めたのは同時だ。
- いかにもアメリカらしい作品。天文学を含め、科学のネタが新聞の一面を飾るなんて事が滅多にないのは、日本も同じ。今、騒いでいる新型肺炎にしたって、ウイルスと細菌の違いを説明できる人は、どれぐらいいるだろう? いや私も怪しいモンだけど。オチの酷さもブラウンらしい皮肉っぷり。
- 狂った惑星プラセット / Placet Is a Crazy Place / Astounding Science-Fiction 1946年5月
- プラセットは異様な惑星だ。ふたつの太陽の周囲を、8の字を描いてまわっている。しかも、独特の場が光の速度に干渉し、同時に二度、自分で自分に日蝕を起こす。その間、目に見えるモノは何も信用できない。いい加減いやになったぼくは、<アース・センター>のプラセット支部の行政副長官を辞める決心をした。
- プラセットのイカれた現象もなかなかだが、オマケの彩りネタの「鳥の群れ」も楽しい。しかも、その対策がw
- ノックの音が / Knock / Thrilling Wonder Stories 1948年12月
- 地球最後の男が、ひとり部屋に座っていた。すると、ドアにノックの音が……
- SFショートショートの定番シチュエーション。「さあ、気ちがいになりなさい」にも「ノック」として収録。
- すべての善きベムが / All Good BEMs / Thrilling Wonder Stories 1949年春
- 作家エルモ・スコットは行き詰っていた。二週間以内にこの作品を仕上げなければ、小説家を廃業しなきゃいけない。なのに、新しい文章が思い浮かばない。このままじゃ元の新聞社勤務に戻る羽目になる。困り果てていたとき、飼い犬のドーベルマンが喋り出した。「その必要はない」
- 新聞社勤務から作家ってのは、ブラウン本人がモデルだろうなあ。詰まって困り果てる状況も、きっと自分の体験だろう。クリエイターたちは、こうやってスランプから脱してるんです←をい
- ねずみ / Mouse / Thrilling Wonder Stories 1949年6月
- ビル・ホイーラーは生物学者だ。セントラルパークの真ん前にあるアパートに住んでいる。その日、猫をなでながら窓の外を見ていたビルは、エイリアンの葉巻型宇宙船が向かいの公園に降りるのを見た。すぐに警察や軍が出動し、野次馬を整理しはじめる。宇宙船の中には、死んだねずみが一匹だけ。
- 突然現れたエイリアンの宇宙船。中には一匹のねずみの死体だけ。果たしてエイリアンの目的は何か。短編としても面白いが、この後を長編にしても、かなりイケる気がする。ハリウッドが映画化してもいい。
- さあ、気ちがいになりなさい / Come and Go Mad / Weird Tales 1949年7月
- 新聞記者のジョージ・ヴァインは、編集長から妙な話を持ち掛けられる。精神病院に患者を装って潜りこみ、調べてもらいたい事がある。ヴァインはためらった。三年前に記憶喪失を患い、まだ回復していない。患者を装うどころか、実際に患っている。しかも、それは表向きの話で…
- 「さあ、気ちがいになりなさい」にも収録している。ヴァインもそうだが、編集長や同僚の思惑も凝りに凝っていて、読み進むと共に混沌を増す芸風は、後のフィリップ・K・ディックの原型を見るような思いだ。もっとも、この作品は、更に捻ってあって…
- 1999年の危機 / Crisis, 1999 / Ellery Queen's Mystery Magazine 1949年8月
- ビーラ・ジョードは世界一の名探偵である。幾つもの名を持つが、彼のことを知っているのは警察の一部だけ。シカゴ警察のランド署長は、嘘発見器の不具合に悩んでいた。重大犯罪を有罪に持ち込めない。このままでは暗黒街に街が飲まれる。そのにジョードが乗り込んできた。
- 「1999年」は、当時の人が考えた未来、程度に解釈しておこう。現実だと嘘発見器の精度は芳しくないけど、この作品では充分な精度で判定できることになっている。「何度も凶悪犯罪を犯しながら狡猾に司法の手を逃れ、今後も密かに悪事を重ねるであろう人物」を思い浮かべて欲しい。このオチでどうなるか、それは納得できるか、というと…
- 不死鳥への手紙 / Letter to a Phoenix / Astounding Science-Fiction 1949年8月
- 23歳で出征して負傷したときに、わたしの体は変わった。以来、極端に老化が遅くなり、睡眠のサイクルも24時間から46年になる。それから18万年のあいだ、わたしは人類の歴史と共に歩んだ。人類は七回も大きな戦争を起こし、そのたびに人口は激減して文明は原始時代に戻る。が、それでも人類は生き延びてきた。
- 「さあ、気ちがいになりなさい」にも同名で収録。オラフ・ステープルドンばりの大掛かりな設定を、たった12頁の短編に詰めこんだ濃い作品。ただし人類を見る目は、いかにもブラウンらしい眼差しで。
- 報復の艦隊 / Vengeance Fleet / Super Science Stories 1950年7月
- 人類が火星に進出し、金星への植民も始まった未来。火星は独立を求め地球と戦っている。そのとき、いきなり宇宙の彼方からエイリアンの艦隊が襲来し、金星を滅ぼした。エイリアンの脅威に直面した人類は…
- 4頁の掌編ながら、「1999年の危機」同様に、かなり重たい問いを突き付けてくる。
- 最終列車 / The Last Train / Weird Tales 1950年1月
- エリオット・ヘイグは弁護士だ。街じゃそこそこ成功している。が、酒場にひとりで座るたびに、考えてしまう。このまま列車に飛び乗って、どこかへ行ってしまおう。その夜、空はピンクがかった灰色に輝いていた。
- 朝、通勤列車に乗る前、こう考える人は多いだろう。「このまま下りの列車に乗って旅に出よう」。そんな想いを押し殺して、なんとか日常に身を置く。そうやって日々を食いつぶしているんだが…
- 収録作品解題 牧眞司
SFの故郷 大森望
前半はしゃれたオチの粋な短編が続く。だが1949年の「ねずみ」から、微妙に芸風が変わっているように思う。特に顕著なのが「1999年の危機」と「報復の艦隊」で、短いながらもズッシリと重い問題を扱っている。一人称の長編に仕立てた場合、語り手を誰にするかで、読者の感想は大きく変わる。例えば「1999年の危機」。これを凶悪犯に娘を殺された父の視点で語ったら…
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