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2020年4月 2日 (木)

「フレドリック・ブラウンSF短編全集 1 星ねずみ」東京創元社 安原和見訳

ミツキー、おまえは星ねじゅみになるんじゃ!
  ――星ねずみ

「その――その、大した話じゃないんだけどさ、ミミズをとろうとしたら、それが飛んで逃げたんだよ。羽根が生えて。まぶしいぐらい真っ白の羽根が」
  ――天使ミミズ

【どんな本?】

 フレドリック・ブラウンはアメリカのSF/ミステリ作家だ。1940年代のSF黎明期から1960年代にかけ、ややシニカルでキレのあるオチが持ち味の短編を続々と発表する。その芸風は日本でも星新一や草上仁に受け継がれ、今なお多くの読者を惹きつけている。

 本書はブラウンのSF短編すべてを執筆順に全四巻で刊行する企画の開幕編として、1941年の「最後の決戦」から1944年の「イイヤリングの神」までを収録する。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は From These Ashes : The Complete Short SF of Fredric Brown, 2001。日本語版は2019年7月12日初版。単行本ハードカバー縦一段組み本文約325頁に加え、牧眞司の「収録作品解題」7頁+鏡明の「フレドリック・ブラウンを讃える。」4頁。9ポイント43字×20行×325頁=約2795,00字、400字詰め原稿用紙で約699枚。文庫ならやや厚めの一冊分。

 文章はこなれていて読みやすい。SFとはいっても、ちょっとしたアイデア・ストーリーが中心で、味わいは星新一に近い。そんなわけで、理科が苦手でも全く問題ない。ただ、この巻は1940年代前半の作品のため、電報やライノタイプなど当時の風俗や技術が、若い人にはピンとこないかも。道具さえ今風に置き換えれば、充分に現代でも通用する作品なんだけど。

【収録作は?】

 それぞれ 作品名 / 原題 / 初出。

序文 バリー・N・マルツバーグ
最後の決戦 / Armageddon / Unknown Fantasy Fiction 1941年8月
 ハービー・ウスターマンはシンシナティに住む9歳の少年だ。劇場に行く前、両親にねだって水鉄砲を買ってもらった。その日、ステージに立つのは大魔術師ガーバー。手品好きのハービーは熱心にガーバーを見つめ、彼の呼びかけに巧みに応じステージにあがる権利をモノにした。
 「さあ、気ちがいになりなさい」にも「おそるべき坊や」として収録されている。ブラウンの芸風がよく出ていて、8頁と短いだけにオチのキレがすばらしい。
いまだ終末にあらず / Not Yet tthe End / Captain Future 1941冬
 ザンドールの探査船が地球に忍び寄る。鉱山で働かせている奴隷のルーナックが絶滅しかけている。その代わりの奴隷を探しに来たのだ。二人の乗組員カルとラルは、夜に輝く都市を見つけた。おまけに二足歩行生物まで。鉱山で働かせるにはちょうどいい。
 これまた4頁の短編ながら、オチのキレは鮮やか。にしてもブラウンの宇宙じゃ、しょっちゅう世界の危機が訪れるなあw
エタオイン・シュルドゥル / Etaoin Shrdlu / Unknown Worlds 1942年2月
 お話はやたらと面白いんだが、ネタの中心であるライノタイプ(→Wikipedia)が今の若者には通じそうにないのが辛い。現代風にアレンジすると…
 ロンスンは印刷屋を営みつつ、地元向けの地方紙を発行している。その東洋人はチラシ制作を頼みに来た。原稿は手書きでフォントは特注。注文通りMacに特注フォントをインストールして仕事は半日で終わり、特注フォントは削除した。それ以来、Macの様子がおかしい。手書き原稿の誤字を気を利かせて正しい綴りで入力しても、勝手に原稿通りの綴りになる。どころか出鱈目にキーボードを打っても原稿通りのテキストが入る。数日すると、メモリも増設してないのにPhotoshopの動きはキビキビしてくるしハードディスクの容量は底なしに増え…
 はい出ました謎の東洋人w 謎の中国人の店でケッタイなモノを買い、ってパターンの元祖かな? そんなMacが私も欲しい。とか思いつつも、お話はホラーっぽい展開になってきて…。ホラーにするなら、印刷屋よりWebサイト構築請け負いにした方が怖いかな?
星ねずみ / Star Mouse / Planet Stories 1942年春
 オーベルビューガー教授はロケット燃料の専門家で、ドイツから亡命してきた。今はコネティカット州の家に一人で住み、独り言をつぶやきつつ1メートルほどの小型ロケットを作っている。教授は知らなかったが、同居する者がいた。ネズミのミツキーとその一家だ。ロケットの実験が成功した時、教授はミツキーに気づく。
 フォン・ブラウンなどドイツ人科学者を奪取するペーパークリップ作戦(→Wikipedia)より遥か前に書かれている。教授のドイツ訛りの訳が見事だ。もちろん、ミツキーのモデルは彼です。
最後の恐竜 / Runaround / Astounding Science Fiction 1942年9月
 世界に君臨する王、ティラノサウルス・レックス。巨大な肉体に鋭い爪と牙。戦えば必ず勝ち、相手は彼の食事となる。…はずなのに、今の彼は飢えている。既に同族はすべて死に絶えた。今や彼に立ち向かう者はいない。ただ逃げるだけ。追いかけても、奴らは素早い。
 6頁の掌編。古生物学的にはいささかアレだが、この際そういう事はいいっこなし。滅びゆく王者の姿を綴る作品。
新入り / The New One / Unknown Worlds 1942年10月
 火の魔物たちは、秘密裏に計画を進めていた。人間を操って放火をけしかけるのだ。もちろん、ケチなシロモのじゃない。何年もかけじっくりと仕込んで、大きな炎をあげてやる。標的はウォリー・スミス。お陰でウォリーは赤ん坊のころから炎の虜となったが…
 魔界?と人間界の関わりをテーマとした、ユーモラスな作品。ポルターガイストやエクトプラズムは、魔界じゃ新入り扱いらしい。きっとゾンビは期待の新人ってあたりだろうw 「何か楽しいことを考えなさい」の会話のリズムが、モロに私のツボにハマってしまったw
天使ミミズ / The Angelic Angleworm / Unknown Worlds 1943年2月
 チャーリー・ウェルズは朝早く起きた。今日はピート・ジョンスンと釣りに行く予定だ。餌にするミミズを捕まえようと、花壇の土を掘り返す。いた。そいつに向けて指を伸ばしたとき、それが起きた。ミミズに純白の羽根がはえ、優雅に螺旋を描いて上昇し、空に消えていった。
 ブラウンの作品の中でも有名な短編。ミステリでも名を成したブラウンらしく、ちょっとした謎ときの形でお話は進んでゆく。もちろん、「SF短編全集」に入る作品だから、まっとうなトリックじゃないんだがw
帽子の手品 / The Hat Trick / Unknown Worlds 1943年2月
 メイとボーイフレンドのボブ。エルシーと彼氏のウォリー。ホラー映画を観たあと、四人はエルシーの部屋によることにした。飲みながら、ボブが手品を披露する。そのタネをウォリーがあかしたせいで、ボブはムキになった。もっと凄いのをやってみせろ、と。
 まあ、男ってのは、女の子の前じゃカッコつけたがる生き物で。
ギーゼンスタック一家 / The Geezenstacks / Weird Tales 1943年9月
 オーブリー・ウォルターズは九歳の女の子。父のサムと母のイーディスと一緒に住んでる。よく母の弟リチャードが遊びにくる。オーブリーはリチャードと仲がいい。その日、リチャードは人形を持ってきた。四つの蝋人形。それをオーブリーは気に入り、ギーゼンスタック一家と名づけて遊び始めた。設定では、父と母と娘、そして母の弟となっている。
 女の子のおままごとをテーマとした、Weird Tales 掲載に相応しいホラー風味の作品。驚くべきことに、まったくいじらないまま、21世紀の今日でもテレビドラマの原作として充分に通用してしまう。つくづく、ホラーやファンタジイはSFと比べて寿命が長いなあ。
白昼の悪夢 / Daymare / Thrilling Wonder Stories 1943年冬
 木星の第四惑星、カリスト。ロッド・ケイカーは五年前から第三区警察の警部補を務めていたが、殺人事件が起きたことはない…今日までは。被害者はウィレム・ディーム、書籍&マイクロフィルム店を営んでいる。ここじゃハイルラの胞子のため、死体は一時間で腐りはてる。急いで遺体の様子を見たケイカーだが…
 これまたミステリ仕立ての中編。もちろん、この作品集に相応しくトリックもSF仕立て。ただし「天使ミミズ」とは違い、仕掛けはそれなりに真面目だ。若い人にはマイクロフィルムがわからないかも。要は小型のアナログ画像記録媒体ですね。もちろん、事件はブラウンらしくイカれてクレイジーなシロモノ。
パラドックスと恐竜 / Paradox Lost / Astounding Science Fiction 1943年10月
 ドローハン教授による論理学2Bの退屈な授業に出ていたショーティ・マッケイブは、飛びまわるハエを暇つぶしに見ている。すると、いきなりハエが消えた。羽音もしない。気になって、ハエが消えたあたりを左手でまさぐる。その後、驚いたことに、ショーティの左手の指先は…
 「さよならダイノサウルス」などでわかるように、「恐竜絶滅の真相」は、SFの定番テーマのひとつ。いかにしょうもない真相にするかが、作家の腕の見せどころとなっているのは、ブラウンのせいかもしれないw 先の「最後の恐竜」でもわかるように、SFファンは恐竜も好きなのだ。
イヤリングの神 / And the Gods Laughed / Planet Stories 1944年春
 小惑星での仕事は退屈だ。一カ月間、代わり映えのない四人で暇をつぶさなきゃいけない。そんな中で唯一のお楽しみは、互いに駄法螺をふきあう事ぐらい。幸いチャーリーは巧みな話し手で、なかなか楽しめたんだが、今日はおれにお鉢が回ってきた。そこで始めたのが、ガニメデ人の話。あれは変わってて、原住民がイヤリングを着けるんじゃなく、イヤリングが原住民を着けてる。
 アメリカの伝統芸?の駄法螺話を、舞台を宇宙に移して繰り広げた、そんな味わいの作品。この芸風はアヴラム・デイヴィットスンやテリー・ビッスンが受け継いでいると思う。
収録作品解題 牧眞司
フレドリック・ブラウンを讃える。 鏡明

 さすがに80年前の作品だけに、「エタオイン・シュルドゥル」あたりは小道具のライノタイプが通じなくなっちゃいる。が、ソコをMacなりWebサイトなりに変えれば、基本的なアイデアは今でも充分に短編ドラマの原作として使えるのが凄い。SFとはいっても小難しい理屈は出てこなくて、ヒネリの利いた発想で読者をアッと言わせるタイプの作家だ。星新一が好きなら、ぜひ手に取ってほしい。

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