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2020年3月 4日 (水)

スティーブン・スローマン&フィリップ・ファーンバック「知ってるつもり 無知の科学」早川書房 土方奈美訳 1

本書には三つの主張がある。無知、知識の錯覚、そして知識のコミュニティである。
  ――結び 無知と錯覚を評価する

私たちは「命題的」論理、すなわち特定の見解が正しいか否かを判断するための論理で思考するのではない。「因果的」論理、すなわち特定の事象がどのように起こるかという知識に基づく因果関係の論理でモノを考え、結論を導き出す。
  ――第3章 どう思考するのか

知的活動は脳内だけで起こるのではない。むしろ脳は身体その他の物質世界を巻き込んだプロセス体系の一部にすぎない。
  ――第5章 体と世界を使って考える

金融サイトを数分眺めても、投資の勘どころをつかむことはできない。だがすぐ手に入るところに世界中の知識があると思うと、まるでその多くが自分の頭の中にあるような気になってしまう。
  ――第7章 テクノロジーを使って考える

【どんな本?】

 地球温暖化,遺伝子組み換え食品,財政健全化,円とドルの為替レート…。世の中にはとても多くの問題があり、ニュースは連日それらの問題を報じている。現代社会で生きていくには、実に多くの知識が必要だ。しかも、問題は増える一方である。テレビのニュースについていくだけでも、毎日のように学び続けなければならない。

 …はずだが、皆さん、ホントに毎日勉強してます? もちろん、私はしていません。

 にもかかわらず、私たちの大半は、なんとなく毎日を過ごしていけるし、知識不足で悩むことも滅多にない。ばかりでなく、先に挙げた問題について、誰もが多かれ少なかれ意見を持っている。

 この本は、「無知」についての本だ。ヒトは、どれほど自分の無知について分かっているのか。無知であるにも関わらず、なぜ判断できるのか。なぜ問題なく暮らしていけるのか。どうすれば無知をカバーできるのか。

 ヒトの知能・知性について、その欠落部分、すなわち「無知」からアプローチした、ユニークな認知科学の一般向け解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Knowledge Illusion : Why We Never Think Alone, by Steven Sloman and Philip Fernbach, 2017。日本語版は2018年4月15日初版発行。単行本ソフトカバー縦一段組み本文約277頁に加え、訳者あとがき6頁。9ポイント45字×20行×277頁=約249,300字、400字詰め原稿用紙で約624枚。文庫なら少し厚い一冊分。

 文章はこなれていて読みやすい。内容も特に難しくない。ただ、米国人向けに書かれているので、所によってはピンとこないかも。例えばブリンストン大学とMITの違いとか。

【構成は?】

 原則として前の章を受けて次の章が展開する。のだが、面白そうな所だけを拾い読みしても結構イケる。

  • 序章 個人の無知と知識のコミュニティ
    思考は集団的行為である/無知と錯覚/思考は何のためか/知識のコミュニティ/なぜこれが重要なのか
  • 第1章 「知っている」のウソ
    どれだけの知識があるか/錯覚の抗いがたい魅力
  • 第2章 なぜ思考するのか
    脳はなんのためにある?/賢い脳/フネスの苦しみ
  • 第3章 どう思考するのか
    人間は物事の因果を考える/前向き推論と後ろ向き推論/物語
  • 第4章 なぜ間違った考えを抱くのか
    必要十分/因果的推論には2タイプある/直感、熟慮、説明深度の錯覚
  • 第5章 体と世界を使って考える
    知能を具現化する/人間のデザイン/世界が私たちのコンピュータである/脳は知性の中にある
  • 第6章 他者を使って考える
    集団的狩猟/賢さ/志向性の共有/今日のチームワーク/境界での混乱/個人を知識のコミュニティに合わせてデザインする/集団意識の強みと危険性
  • 第7章 テクノロジーを使って考える
    思考の延長としてのテクノロジー/テクノロジーは(まだ)志向性を共有しない/真の超絶知能/未来を予測する
  • 第8章 科学について考える
    科学に対する国民の理解/コミュニティへの忠誠心/因果モデルと科学への理解/知識の欠乏を埋める
  • 第9章 政治について考える
    錯覚を打ち砕く/価値観と結果/ガバナンスとリーダーシップ
  • 第10章 賢さの定義が変わる
    知能/知能テストの歴史/知識のコミュニティからのインスピレーション/集団知能とその重要性
  • 第11章 賢い人を育てる
    何を知らないかを知る/知識のコミュニティと科学の授業/学習のコミュニティ
  • 第12章 賢い判断をする
    説明嫌いと説明マニア/情報量を増やすことは解決策にならない/集団意識が経済を動かす/より良い判断を「ナッジ」する/教訓1 かみ砕く/教訓2 意思決定のための単純なルールをつくる/教訓3 ジャスト・イン・タイム教育/教訓4 自分の理解度を確認する
  • 結び 無知と錯覚を評価する
    無知は絶対的に悪か/コミュニティの判断力を高める/錯覚を評価する
  • 謝辞/訳者あとがき/原注

【感想は?】

 質問です。

1.あなたはファスナーの仕組みをどれだけ理解しているか、七段階評価で答えてください。

 では、次に…

2.ファスナーはどのような仕組みで動くのか、できるだけ詳細に説明してください。

 もう一度、1.に答えてください。

 答えが変わった人は、「説明深度の錯覚」を理解した人です。ガッカリする必要はなくて、たいていの人は変わります。なんであれ、ソレについて「詳しく説明」させると、本当の理解度をあぶりだせるわけ。人に教えると更に深く理解できるとか、よくあるよね。

 プログラマはしゅっちゅう体験してる。「こんなん簡単じゃん」と思ったプログラムも、いざコードを書く段になると四苦八苦したり。コードとして具体化しようとすると、要求仕様をまとめた時は気が付かなかったアラが見つかるのは、よくある話。だからシステム開発の予算は際限なく膨れ上がり、納期はズルズルと延びてゆく。

 と、けっこう衝撃的な事実で本書は幕を開ける。私たちは、自分で思っているほど、モノゴトについてわかっちゃいない。にも関わらず、世の中は問題なく動いているし、特に不自由もなく暮らしていける。

 なぜ「わかっている」と思い込むのか。なぜ不自由を感じないのか。そんな不完全で傲慢なヒトが、なぜ高度文明を築き得たのか。この不完全さが、どんな問題を引き起こすのか。どうすれば問題を避けられるのか。

 これについて、序盤ではヒトの思考のメカニズムを分析・解明してゆく。こういう所は、SFファンには美味しいところ。または人工知能や哲学に興味がある人にもお薦め。例えば、知能の定義だ。かの有名なフレーム問題を語ったあと、こう結論づける。

知的であるとは要するに、五感から入ってくる膨大なデータから本質的で抽象的な情報を抽出する能力があるということだ。
  ――第2章 なぜ思考するのか

 そう、機械学習が脚光を浴びる前の人工知能研究は、これがネックになっていた。

 ヒトは音や形から、ほぼ瞬間的に重要な情報を抜き出し、それ以外は無視する。狩りの途中で虎の新しいフンを見かけたら、その横にある草の種類はどうでもいい。とりあえず、その場から離れるべきだ。でなけりゃ自分が虎のフンになる。従来の人工知能には、そういう「何が重要か」って判断ができなかった。少なくとも、実用的な速度では。

 ヒトは情報の重要性を瞬時に判断できる。だが、これは困った副作用がある。つまりは「社会はなぜ左と右にわかれるのか」の像と象使い、「リスクにあなたは騙される」の腹と頭だ。

 腹は判断が速い。でも、けっこうウッカリさんでもある。例えば…

バットとボールで合計1ドル10セントである。バットはボールより1ドル高い。ボールはいくらか。

 と聞かれると、腹は「10セント」と答えてしまう。これ、ひっかかる人の方が多いんだが、ひっかからないタイプを著者は「熟慮型」と呼び、幾つか面白い傾向がある。

熟慮型の人、すなわちCRTのスコアが高い人には、そうではない人ほど「説明深度の錯覚」が見られない。
  ――第4章 なぜ間違った考えを抱くのか

 しかも、モノゴトを説明するのが好きなのだ。また、モノを買う際に、短いキャッチフレーズより、ダラダラと長い説明があるモノを選んだり。もっとも、そういう人でも…

自分の専門分野(家庭用品、クラシックカー、オーディオ設備など)については説明マニアでも、興味のない分野については説明嫌いになる人も多い。
  ――第12章 賢い判断をする

 なんのこたあない、ヲタクの生態そのものじゃないかw つまりは誰だって自分の好きな事柄は喋りたがり、そうでない事は深く考えないのだ。もっとも、ヲタクにも自覚してるヲタクとそうでないヲタクがいて…

知識の呪縛とは、私たちは自分の頭の中にあることは、他の人の頭の中にもあるはずだと考えがちなことを指す。一方、知識の錯覚は、他の人の頭の中にあることを、自分の頭の中にあると思い込むことを指す。
  ――第6章 他者を使って考える

 そう、誰もが連邦とジオンの関係を知ってるワケじゃないのだ。にも関わらずガノタときたらブツブツ…。まあ、かく言う私も、「ポール・ロジャースはあまり知られていない」と最近になって思い知らされ、ガックリきたんだが。なんで知らないんだよ~。ちょっと前、Queen として来日したじゃないかあぁぁ!←落ち着け

 もっとも、逆にコレをよく実感しているヲタクもいる。

それぞれの個体が特定の役割に精通すると、その結果として生まれる集団的知能は部分の総和を超える。
  ――第6章 他者を使って考える

 これを実によく表しているアニメがあって、それは「映像研には手を出すな!」なのですね。優秀なプロデューサーの金森さやか、設定と演出にうるさい浅草みどり、動きにこだわる水崎ツバメのチームワークが心地よいアニメです。

 「映像研」にはもう一つ、私たちに気づかせてくれることがあって、それは映像を観ている者は映像についてほとんどわかっちゃいないのだ、と教えてくれること。まあ映像は観るだけだけど、使いながら自分でも不安になるテクノロジーは、やっぱりあるのだ。例えば漢字変換。

優れたテクノロジーというのは決まって使いやすい。(略)今後、複雑化しつづけるシステムに対する理解度は一段と低下していくが、それでも私たちは理解しているかのような感覚を抱き続けるだろう。
  ――第7章 テクノロジーを使って考える

 「鬱陶しい」とPCで書くのは簡単だけど、鉛筆じゃ私は書けない。おまけに最近の変換技術は凄くて、例えばGoogleはウロおぼえの言葉でも「次の検索結果を表示しています」で補ってくれる。私は何度 Neal schon の綴りを間違えたことか。にも関わらず、どうやって補っているのか、私は説明できない。ばかりか、Google が間違えても、私は間違った綴りを正しいと思ってしまうだろう。

 などととりとめのないまま、次の記事へ続く。

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