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2020年2月28日 (金)

SFマガジン2020年4月号

「食べた時に、何か見えるものがありますか」
  ――伴名練「白萩家食卓展望」

だれかの身代わりになって生きることとはどんなふうだろう。
  ――飛浩隆「空の園丁 廃園の天使Ⅲ」第2回

『おまえ以外の基地コンピュータたちが仕事をしていない理由はなにか』
  ――神林長平「哲学的な死 後編 戦闘妖精・雪風 第4部」

「ずっと……何も考えないよう努力していたんだ」
  ――冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第29回

 376頁の標準サイズ。

 特集は2つ、「眉村卓追悼特集」と「星敬追悼」。

 小説は豪華16本。うち4本はショートショートだけど。

 まず眉村卓追悼特集で6本。「照り返しの丘」,「夜風の記憶」に加え、掌編4本、「くり返し」「浜近くの町で」「詰碁」「最終回」。

 連載は7本。神林長平「哲学的な死 後編 戦闘妖精・雪風 第4部」,飛浩隆「空の園丁 廃園の天使Ⅲ」第2回,椎名誠のニュートラル・コーナー「ケープタテガミヤマアラシ」,夢枕獏「小角の城」第58回,冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第29回,藤井太洋「マン・カインド」第11回,菅浩江「博物館惑星2 ルーキー 第11話 遥かな花」。

 読み切りは3本。伴名練「白萩家食卓展望」,草上仁「降りてゆく」,上遠野浩平「緊急人間は焦らない」。

 まずは眉村卓追悼特集の開幕編「照り返しの丘」。代表的な連作「司政官」シリーズ初期の一編で、創元SF文庫「司政官 全短編」にも収録されている。新人司政官ソウマ・PPK・ジョウの最初の任地は、テルセンだった。支配種族はS=テルセア、ロボットである。かつて存在した支配種族が滅び、その遺産S=テルセアが残ったらしい。連邦軍はテルセンの制圧を試みたが、S=テルセアに阻まれ、ソウマに出番が回ってきたのだ。

 シリーズ全短編の中でも二番目の作品で、司政官制度の初期を描く短編。年寄りは「おお、SQ1が歩いてる」と妙な感慨に浸ったり。いや末期になるとモバイルからサーバに変わるんです←意味不明w 組織もソウマも若いだけに、冒頭では初々しいながらも前のめりな熱意に溢れている。ったって、軍の尻ぬぐいなんだけど。S=テルセアの生態?が、短編で使い捨てるには惜しい異様さ。

 続いて「夜風の記憶」。港野は大阪で生まれ育った。今は東京の証券会社に勤め部長になった。仕事で久しぶりに大阪に来た港野は、学生時代の友人である東川とミナミで待ち合わせる。軽く飲んだ後、東川と別れた港野は、学生時代にアルバイトをしていたアルサロのフロリダを思い出す。「フロリダは既になくなった」と東川は言うが、跡地だけでも訪ねようと考えた港野は…

 冒頭、「新幹線で大阪に向かった」だけで、東京発だと判る、そういう時代に書かれた作品。アルサロ(→Wikipedia)も若い人には通じにくいかも。学生時代のバイト先かあ。懐かしくはあるけど、遠くから眺めるだけで充分で、訪ねたいとは思わないところが多いなあ。そんな複雑な気分が、巧みに書けている。

 もう一つ、特集の著作リストでは、「なぞの転校生」の出版履歴が凄い。1967年3月20日の盛光社版から2013年12月10日の講談社文庫版まで、8回も刊行されている。不死鳥のようなロングセラーだ。

 伴名練「白萩家食卓展望」。その料理帖は、白萩たづ子にとって半身ともいえるものだった。1788年から伝わり、たづ子は五代目の持ち主である。幼いころから、たづ子は食事に奇妙な反応を示した。米を食べれば黒いと言い、漬け物を齧れば血がいっぱいと怯え、唐黍では泥が目に入ったと訴える。そんなたづ子だが、料理帖にある『逆浜豆腐』を口にしたとたん、動きが止まった。

 野田昌宏の名言「SFは絵だねえ」が、しみじみ伝わってくる傑作。天明の時代から受け継がれ書き継がれてきた、一風変わったレシピが載っている料理帖と、それを受け継ぎ書き継いできた一風変わった者たちと、その末裔の物語。時と場所が違えば、魔女と呼ばれた人たちかもしれない。お茶目な二代目と、お堅い三代目のコンビがよいです。

 飛浩隆「空の園丁 廃園の天使Ⅲ」第2回。小野寺早都子は、借りてきた「クレマンの年代記」に浸りきった。既に二時半になっている。これじゃ朝に起きられない、もう寝よう、そう何度も思いつつ、やめられなかった。そしてまた、本を開いてしまう。ところが、読み始めて気がつく。これはいったいなんだろう?

 前回は昭和52年(1977年)、山陰の青野市を舞台に、高校生たちの日常から始まった。今回は19世紀の南仏らしき舞台で、15歳の双子の令嬢、ナディアとリリーの会話で始まる。病弱ながら音楽の素質があるリリーと、甲斐甲斐しくリリーの面倒を見るナディア…と思ったら、なかなかに淫靡で不穏な雰囲気に。わっふるわっふる。

 神林長平「哲学的な死 後編 戦闘妖精・雪風 第4部」。深井零と雪風は、再び滑走路16Rへの着陸を試みる。指示灯は点灯せず、撃墜されたまたは地上で撃破された機体の残骸がころがっている。FAF総合司令センターを目指すため、そこにもっとも近い第六耐爆格納庫に雪風を格納する。司令センターにたどり着いた零と桂城は、基地コンピュータ群を起動させようと試みる。

 いきなり腐ったご婦人へのサービスがチラリと入って、笑っちゃったり。やっぱり妄想しちゃうんだろうなあw 民間の空港でも空軍の基地でも、21世紀初頭の現代ですら既にコンピュータが大きな役割を担っている。これが一斉にダウンしちゃったら、どうなることやら。しかもこの物語では、事故ではなくジャムによる攻撃によるもの。零と桂城の作戦は…

 冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第29回。シザース侵入の疑いで、<クインテット>とその同志たちの結束にヒビが入りはじめる。麻薬ビジネスが切り捨てられるのではないかと疑う<シャドウズ>、勝手にシザース狩りを始めようとする<誓約の銃>。だが均一化を目指すハンターは、あくまでも仲間を信じようとする態度を崩さない。

 <スパイダーウェブ>への突入&ウフコック奪還戦と、そこに至る経緯を、交互に描く構成は今回も同じ。やはり前回と同じく、こらえ性もなく「とりあえずブッ放せばいいじゃん」的に突っ走る<誓約の銃>の頭の悪さが、いっそ心地いいw いやハンターに感情移入しちゃってる私にとっては、「こいつアカン奴や」な気分なんだけどw

 上遠野浩平「緊急人間は焦らない」。ジィド。いわばフリーの便利屋。泥棒・暗殺・間諜・傭兵なんでもござれの万能選手。だが合成人間ではない。統和機構にも属していないが、仕事を請け負うことはあり、その優れた問題解決能力から<緊急人間>と呼ばれている。今回の依頼主はピッチフォーク。デューポイントの件で、彼との関係を示す証拠を消してほしい、と。

 ジィドって、能力からはデューク東郷みたいな奴だなあと思ったが、性格はやっぱり上遠野キャラというか、かなり意地が悪いw 仕事を頼むんじゃなけりゃ、まず関わりになりたくないタイプだw これが不干渉主義の権化みたいなウトセラ・ムビョウと絡むと、どうなるのか。しかも、そこに<最強人間>フォルテッシモまで乱入してきて…ってところで、次回に続く。いけず。

 菅浩江「博物館惑星2 ルーキー 第11話 遥かな花」。博物館惑星のキプロス島とその周辺海域。あまり知られていないが、人工的に生み出された生物がいる。スポンサーは製薬会社<アベニウス>。新薬開発に役立つ素材が見つかればモトがとれる、そういう算段だ。そこで不許可侵入者が捕まった。ケネト・ルンドクヴィスト、プラントハンターだ。アベニウスのヨーラン・アベニウス会長と因縁があるらしい。

 人造生物が集まる人知れぬ島って、H・G・ウェルズの「モロー博士の島」が思い浮かぶ。いや読んでないけど。さぞやグチャグチャヌトヌトな化け物が…なんて期待は見事に外れたw 当たり前だw 同じモノを見ても人によって視点は違う。団体旅行のバスで渋滞にハマった時、クルマ好きの人が「渋滞は好き」と言っていた。「いろいろなクルマが見られるから」だとか。

 草上仁「降りてゆく」。ユリエは八歳。千階建てのビルの「アイランド」、九百階より上に住んでいる。その日、愛犬のチロがビルがら誤って落ちてしまった。だからユリエはチロを追って下へと降りることにした。エレベーターで行けるのは九百七十階まで。そこから下は非常階段を使うしかない。だが、ここ数十年、非常階段を使う者はいなかった。

 誰も考えなかった下階層への移動。それを阻むのは、なんとなく流布したタブーだけ。何も知らぬ少女は物おじせず突き進む。愛犬チロを迎えに行くために。ちょっとJ・G・バラードの「ハイ・ライズ」を思わせる設定。なお「技術的には可能なビルの高さにほぼ限界はない」とか(→「ビルはどこまで高く出来るか」)。限界を決めるのはエレベーターの輸送量と水を持ち上げるポンプらしい。

 「SFの射程距離」第3回は、「『自分とは何か』を考えるためにSFを読んできた」として公立はこだて未来大学複雑系知能学科の松原仁教授。

SFに期待したいのは、「おお、これは思いつかなかった」というような知能像を見せてほしいということです。

 そうだよねえ。読者の想像力の限界を超えて欲しい。だから私は山田正紀が好きなんだ。にしてもAI補完論は言えてるかもw やっぱりコンピュータって、自分が苦手だったり面倒くさかったりする事を肩代わりさせるのに便利だし。

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