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2020年2月 7日 (金)

齋藤勝裕「知られざる鉄の科学: 人類とともに時代を創った鉄のすべてを解き明かす」ソフトバンク・クリエイティブ サイエンス・アイ新書

一般に炭素が多いと、硬くてもろくなり、構造材には用いられません。逆に炭素が少ないと柔らかく、粘り強くなります。刃物や構造材に用いられるのは後者です。
  ――第5章 鉄の製造 column 鉄の種類

最近の研究では、ダマスカス鋼に含まれる炭素がただの炭素でなく、カーボンナノチューブが含まれていることがわかり、その神秘性はますます高くなっています。
  ――第7章 不思議な鉄 7-1 幻のダマスカス鋼

【どんな本?】

 鉄はもっとも身近な金属だ。身の回りには、たくさんの鉄製品がある。包丁,スプーン,釘,自動車,鉄道のレール,鉄筋コンクリートのビル…。それぞれ使い方は違い、求められる性質も違う。

 鉄はどうやって出来たのか。ヒトはどこから鉄を掘り出し、どうやって加工したのか。様々な性質の鉄は、何が違うのか。そして、どんな所で鉄を使っているのか。

 鉄原子の誕生から先端技術まで、鉄の雑学を集めた一般向けの科学解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2016年2月25日初版第1刷発行。新書版フルカラー横一段組みで本文約182頁。8ポイント29字×27行×182頁=約142,506字、400字詰め原稿用紙で約357枚。文庫ならやや薄い一冊分ぐらいの計算だが、写真・イラスト・グラフなどが沢山載っているので、実際の文字数は6~7割ぐらい。

 文章はこなれている。内容は、中学卒業程度の理科がわかればついていける。またカラーの写真やイラストが多いので、紙面が親しみやすい。

【構成は?】

 それぞれ数頁のほぼ独立した記事が並ぶ構成なので、気になった所を拾い読みしてもいい。

  • はじめに
  • 第1章 鉄の歴史
    • 1-1 鉄の発見と加工の歴史
    • 1-2 日本に伝わった製鉄技術
    • 1-3 産業と鉄
    • 1-4 国家と鉄
  • 第2章 鉄の性質
    • 2-1 原子としての鉄
    • 2-2 鉄は金属元素
    • 2-3 鉄は強い?
    • 2-4 鉄は電気を通す
    • 2-5 鉄は磁石と超伝導体になる
    • 2-6 鉄は重く、融けにくく、錆びやすい
    • column 燃える金属
    • column 鉄のにおい
  • 第3章 鉄の化学
    • 3-1 鉄の存在量
    • 3-2 ビッグバンと鉄原子
    • 3-3 鉄は多くの原子の生みの親
    • 3-4 鉄の結晶状態
    • 3-5 鉄の化学反応
    • column 黒豆と古釘
  • 第4章 変貌する鉄
    • 4-1 合金の今昔
    • 4-2 高硬度鋼は特殊用途向け
    • 4-3 熱さ・冷たさを克服した耐熱鋼
    • 4-4 変化自在な鉄合金
    • 4-5 鉄の未来形
    • column 鉄と放射性元素
  • 第5章 鉄の製造
    • 5-1 鉄鉱石の採掘
    • column 鉄とレアメタル
    • 5-2 鉄の製造
    • column 鉄の種類
    • 5-3 世界の製鉄の歴史
    • 5-4 日本の伝統的な製鉄法
    • column 鉄バクテリア
  • 第6章 日本刀の秘密
    • 6-1 日本刀の歴史
    • column 時代による刀装
    • 6-2 日本刀の構造
    • 6-3 日本刀のつくり方
    • 6-4 日本刀の秘密
    • 6-5 日本刀鑑賞の秘密
    • column 鉄仏とは
  • 第7章 不思議な鉄
    • 7-1 幻のダマスカス鋼
    • 7-2 チャンドラバルマンの鉄塔
    • 7-3 現代の不思議な鉄
    • 7-4 日本の伝統的な鉄器製作技術
    • 7-5 製鉄と伝説
    • column 鉄とDDS
  • 第8章 生命と鉄
    • 8-1 原始地球と生命
    • 8-2 猛毒酸素から地球を救った鉄
    • 8-3 細胞に酸素を運ぶ鉄
    • 8-4 生活と鉄
    • 8-5 芸術と鉄
  • 参考文献/索引

【感想は?】

 手軽な科学解説書には、幾つかのブランドがある。

 講談社ブルーバックスは老舗の貫禄を誇る。日刊工業新聞社の「トコトンやさしい」B&Tブックスは産業系のラインナップが充実している。ハヤカワ文庫NFは翻訳物が嬉しい。そしてサイエンス・アイ新書は新手ながら、親しみやすいフルカラーがウリだろう。

 いずれも「いかにわかりやすく読者に伝えるか」に工夫を凝らしている。それぞれ工夫の仕方は、ブランドによって違う。中でもB&Tブックスの手法は素人にも判別しやすい。レイアウトを定めて、キッチリ守るのだ。

 とはいえ、実績のある学者や産業界で活躍した人は、初心者向けの解説者としては向かない場合が多い。ただでさえ知識と経験が豊かな上に、自分の研究領域や仕事の内容が大好きな人が多い。だもんで、話題が豊富なのはいいが、語り始めると「アレも書きたい、コレも伝えたい」となる。それでも序盤は初心者向けを意識して丁寧に解説する。だが、本の頁数には限りがある。お陰で最新技術を伝える終盤では、素人には意味不明な数式や分子記号がズラズラと並ぶ羽目になる。

 そこをいかにコントロールするかが編集の腕の見せ所。その点、サイエンス・アイ新書の編集は腕利きが揃っているようだ。それがよくわかったのが「銃の科学」。マニアには常識でも軍事や銃器の素人は「言葉しか知らない」事柄をキチンと説明しつつ、著者の趣味にも配慮して独自色を見せた。

 そういった編集の妙は本書にもよく現れている。著者は物理と化学に詳しい人らしく、特に第2章と第3章に著者の色がよく出ている。もっとも、これは単に著者の好みだけではない。変化自在な鉄の性質を呑み込むには、こういう部分が大事だったりするんだが、それが判るのは終盤に入ってから。

 中でも素人に嬉しいのが、「第5章 鉄の製造 column 鉄の種類」。いわゆる「鉄」と「鋼」の違いを説明するコラムだ。今までも Wikipedia などで調べたが、いまいちピンとこなかった。炭素量が違うらしい、まではわかったが、どう違うのかがわからなかったのだ。

 本書によれば、炭素量2~6%は鋳鉄、つまり鋳物だ、これは硬いが割れやすい。鋼は炭素量2%未満で炭素量が少ないほど柔らかく割れにくい。0.5~0.7%が最硬鋼、0.13~0.2%が軟鋼。とすると、かなり精密に成分を調整する必要がある。

 にも関わらず、世にある製鉄の説明は、相当に荒っぽい。高炉に鉄鉱石とコークスと石灰石を流し入れて火をつけ云々。それじゃ成分の調整なんかできないじゃないか。

 そう、できないのだ。実は高炉から出てくるのは銑鉄で、成分は鋳鉄に近い。現代では、銑鉄を更に転炉に入れ、炭素やケイ素を酸素と化合させて取り除く。そうやって鉄は鋼になるのだ。なんかわかった気がする。いや多分、大事なところはまったくわかってないけど。

 などといった、製品としての鉄の話題ばかりでなく、鉄に関する歴史や現象などの話も豊富なのが、本書のもう一つの特徴だろう。

 例えば「column 鉄バクテリア」(→Wikipedia)。取水口とかにある、サビ色のドロドロ、あれは鉄バクテリアの死骸なのだ。

 やはり意外だったのが、日本刀のつくり方。あれ一つの鉄塊から作るのかと思ったら、とんでもない。よく言われるように、日本刀は芯が柔らかく刃が硬い。だから切れ味は鋭いわりに折れにくい。どうすりゃそうなるのか。実は材料が違うのだ。柔らかい鋼の芯棒に、硬い鋼の刃をかぶせるのである。手が込んでるなあ。

 日本刀のもう一つの特徴である反りも、「刀工が意図的に曲げたものではありません」。へ? これ、焼きを入れて冷やす際に、結晶構造が変わる事で勝手に反るのだ。マルテンサイト変態(→Wikipedia)と呼ぶらしい。結晶構造で性質が変わるって、チョコレートみたいだ。

 やはり結晶構造ではアモルファス(→Wikipedia)なんてネタも出てきた。いやアモルファスは結晶じゃなくて、むしろガラスみたく分子が出鱈目に並んでる状態なんだけど、「機械的強度や耐酸性が高いだけでなく、磁性が強い」って、錆びにくく磁気を帯びやすいって事かな? よくわからんがエレキギターの弦に使ったら、音が大きい上に長持ちするとか?

 かと思えば宇宙創成みたいな話も出てきて、幅広く鉄について学べる本だった。アチコチに化学式が出てくるけど、それにアレルギーがなければ、豊富なイラストや写真で楽しみながら鉄の知識が身につく、一般向け科学解説書のお手本みたいな本だった。

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