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2020年2月21日 (金)

シャロン・ワインバーガー「DARPA秘史 世界を変えた『戦争の発明家たち』の光と闇」光文社 千葉敏生訳 3

「戦闘システムでもっとも重要な属性はシグネチャー(自己の存在を知らしめるサインや信号特製。赤外線、音、レーダー・イメージなどがある)だ」「ジャングルで戦っている最中、兵士の水筒の水がピチャピチャと音を立てたり、シェービング・クリームの匂いがプーンとただよったりすれば、生き残るのは難しい」
  ――第14章 見えない戦い 1976-1978

第18代DARPA局長トニー・テザー「DARPAの一流のプログラム・マネジャーはみな、まちがいなくSF作家になりたいという欲求を内に秘めていると思う」
  ――第18章 空想世界 2004-2008

最大の問題は、研究者たちがまだ基礎研究の段階でしかなかった分野で具体的な成果を出すよう求められていたという点だ。
  ――第18章 空想世界 2004-2008

「本格的なビルが完成したときには、その組織は既に終わっている」
  ――第19章 ヴォルデモートの復活 2009-2013

 シャロン・ワインバーガー「DARPA秘史 世界を変えた『戦争の発明家たち』の光と闇」光文社 千葉敏生訳 2 から続く。

【どんな本?】

 アメリカ合衆国の国防に関わる先端技術の開発で知られるDARPAことアメリカ国防高等研究計画局。それはいかなる経緯で設立され、どんな歴史を辿ってきたのか。どんな者たちが集まり、どんな研究をしてきたのか。

 有名なARPANETはもちろん、数々の失敗や枯葉剤などのダークサイドにも光を当て、アメリカの天才集団の実態を明らかにする本格ドキュメンタリー。

【ステルス】

 パート2のオープニング、第14章は軍用機の常識を変えたステルス機F-117ナイトホーク(→Wikipedia)誕生の物語だ。ここでは、空軍に興味がある素人には、なかなかに面白いエピソードが出てくる。

 それまで軍用機がレーダーを避け敵地に迫る戦術は、第二次世界大戦の頃と同じだった。レーダーに映りにくい地上30~60mで飛び、目標の手前で急上昇する。真珠湾の頃と変わっていない。これに対し、「機体がレーダーに映らなきゃいいじゃん」という大胆な発想の転換がステルス機の誕生をもたらす。

 意外だったのが、ステルス性を持たせる技術面での難しさ。かの有名なRCS(→Wikipedia)ことレーダー反射断面積だ。曰く、攻撃20分前に発見されるのを10分前にするには、RCSを1/16にしなきゃいけない。うーむ、4乗根なのか。

 そこで、あのカクカクした形が出てくる。反射するのは仕方がないから、反射した電波がレーダーに戻らないようにするわけ。丸いモノは全方向に電波を反射するけど、平たければ一方向にしか反射しない。そこで、あの折り紙で作ったエイみたいな形になった。これを見た他の設計者曰く「こんなものが飛ぶわけない」。まあ、普通、そう思うよね。

 ここではもう一つ、合衆国空軍らしいエピソードが出てくる。F-117のFはFighter=戦闘機、対空戦闘を担う機体を表す。だが、F-117の実態は対地攻撃機、attack aircraft や attack bomber が相応しい。なら A-117 となって良さそうなもんだ。

 これは合衆国空軍が戦闘機乗りの空軍だからで、「プライドの高い戦闘機パイロットは攻撃機には乗らない」。やっぱり、そういうカーストがあるんだなあ。もっとも日本じゃA-10サンダーボルトⅡの人気が妙に高まってるけどw おまけに最近の戦闘機はたいてい対地攻撃能力もあるし。つか対地攻撃できない機体の方が珍しいんでない? 私はF-14ぐらいしか知らない。

【スター・ウォーズ】

 15章では、ロナルド・レーガンが巻き起こす大騒動の物語。ゴリゴリのタカ派な上に…

宇宙兵器であれスペースプレーンであれ、テクノロジーに対するレーガンのビジョンは決して物理法則に縛られていなかった。
  ――第15章 極秘飛行機 1980-1984

 なもんで、かの悪名高いスター・ウォーズ計画(→Wikipedia)をブチあげ、防衛予算を気前よく増やしてゆく。当然、DARPAも例外じゃない。ここの主役はX-30(→Wikipedia)。スクラムジェット(→Wikipedia)エンジンでマッハ25で飛ぶ…ハズだった。

 ところが、計画はDARPAに話を持ち込んだトニー・デュポンの思惑とは全く違う方向へ彷徨いだす。デュポンの計画では二人乗りで重量22トンだったのが、レーガンは一般教書演説でドカンとブチ挙げてしまう。

「政府は新たなオリエント・エクスプレスの研究を進める。90年代末までには、ダレス空港を離陸して音速の25倍まで加速し、低軌道に到達、または東京まで二時間以内で到着できるようになるだろう」
  ――第15章 極秘飛行機 1980-1984

 二人乗りが、いつのまにか大型旅客機に化けてるw デュポンの気持ちは「きいてないよ!」だろうw なんでこうなったw おまけにコンパクトなチームで開発するつもりが、多くの企業や研究機関が参加するにつれ、重量は22トンが110トンに膨れ上がってゆく。

 このあたりの顛末は「無人暗殺機 ドローンの誕生」が描く、無人攻撃機が高価格化する過程と似ていて、ちょっと乾いた笑いが出てきたり。

【ウォーゲーム】

 続く16章は、シミュレーションとネットワーク技術だ。今のMMORPGの原型ですね。

 「1980年代中盤、ワルシャワ条約機構はNATOの2.5倍の数の戦車を保有していた」なんてショッキングな話で始まるこの章、数多くのマシンをネットワークでつなぎ、仮想環境で戦闘をシミュレーションするシステム SIMNET の開発と顛末を語る。

 SIMNET は湾岸戦争で大きな成果をあげたとか。ただ、先陣が陸軍のAH-64アパッチってのは意外だったなあ。目的はレーダー基地の破壊。もちろん、レーダーを警戒しての低空飛行。いやてっきり、そういう攻撃は空軍の固定翼機の役割だとばっかり。

 さすがアメリカだと思うのは、戦闘後の記録。

通常、大規模な戦闘が終わると、陸軍の歴史家たちが戦場に派遣され、戦闘の参加者にインタビューを行い、実際に起きた出来事を文書に記録していく。
  ――第16章 バーチャル戦 1983-2000

 キッチリと記録を文書に残す仕組みがあるのだ。だから「レッド・プラトーン」なんて傑作が出るのか。最近の日本政府の様子を見ていると、つくづく羨ましい。おかげで、この本みたいな優れた著作も生まれるわけ。

 それはさておき、SIMNETの成功で味をしめたDARPAは、シミュレーション技術へとのめり込んでゆく。そこでアメリカを蝕む病魔、中南米からの麻薬=コカイン密輸にも挑むのだが…

DARPAが麻薬問題をモデル化すればするほど、問題は深刻に見えてきた。あるカルテルを倒しても、結局は別のカルテルが強くなるだけだった。
  ――第16章 バーチャル戦 1983-2000

 まあ、根本に合衆国と中南米諸国の貧富の差がある以上、どうしようもないんじゃないすか。だってコカイン商売って異様に儲かるんだもん。その辺は「コカイン ゼロゼロゼロ」が詳しいです。

【リトル・ブラザー】

 合衆国の軍事・諜報・治安に関わる組織は、911に大きな影響を受ける。DARPAも同じだ。「倒壊する巨塔」などで描かれているように、事件の予兆を示すデータはあった。それが CTA/FBI/NSA/警察などに分散している上に、干し草の中の針を探すような作業だったためだ。

その日(2001年9月11日)のニュースを見ながら、彼(第18代DARPA局長トニー・テザー)は問題がデータ不足ではなくデータの一元化や分析の失敗にあると確信した。
  ――第17章 バニラワールド 2001-2003

 そういうのはコンピュータが得意だよね、ってんで、そういうシステムを作ろうとする。ただし、諜報機関の情報に加え、クレジットカードやレンタカー記録など、民間のデータまで使おうとしたのがマズかった。そりゃ皆さん怒るわ。まさしく「リトル・ブラザー」や「ビッグデータ・コネクト」の世界だもの。もっとも、中国やイランは現実にやってるみたいだけど。

【グランド・チャレンジ】

 なんてミソもついたけど、再びDARPAの名を世に知らしめたのが、グランド・チャレンジ(→Wikipedia)。自動運転車のコンテストだ。巧みに世間の注目を集め、一回目こそ結果が悲惨だったものの、二回目で見事に完走車が5台も出た。技術的には機械学習を使ったのがイケたらしい。そこでノリのいいアメリカ人は…

議会でさえ2000年、テクノロジーに対する楽観的な見方に取り憑かれ、2015年までに軍用地上車両の1/3を無人化すると法律で決定した。
  ――第18章 空想世界 2004-2008

 なんて、成功しすぎるのも怖い。もっとも、失敗もある。アフガニスタンに派遣される兵向けのフレーズレターは、なかなか泣ける。多くの米兵はパシュトー語など現地の言葉ができない。パトロールに出ても、現地の人と話ができないんじゃ、ほとんど意味がない。

 そこでフレーズレターだ。掌サイズのマシンに、予め現地の言葉で、幾つかの質問の声を吹き込んでおく。「爆弾はあるか?」「村に外国人はいるか?」など、はい/いいえで答えられる質問だ。「はい」なら片手、「いいえ」なら両手をあげるよう、指示も吹き込んでおく。これを地元の人に聞かせれば、最低限の聞き込みはできる。やったねラッキー…

 と思ったが、さにあらず。フレーズレターで質問した時と、通訳に任せた時で、答えが違う。調べたところ…

アフガニスタン人は嘘をついているわけではなく、電子機器の質問に答えるのを気持ちよく思っていないのだと結論づけた。
  ――第18章 空想世界 2004-2008

 まあ、今ならスマートフォンを使って、もちっと巧い仕組みが作れ…ると思ったけど、アフガニスタンの山奥でスマートフォンは使えるんだろうか? まあ、通信しなくても、iTunes とかと組み合わせればイケそうな気もする。

 とかの失敗はあったが、そんな技術の一つが成長したのが、Apple の SIRI だそうです。

【ネクサス7】

 先のリトル・ブラザーを、アフガニスタンでやろうとしたのが、ネクサス7。

「われわれはアフガニスタンの市場のジャガイモ価格とその後のタリバンやゲリラ活動とのあいだに相関関係があるかどうかを理解しようとしていた」
  ――第19章 ヴォルデモートの復活 2009-2013

 とはいえ、データを集めるのは大変だ。じゃSNSを使おう。「食べログ」みたく、勝手にデータが集まれば便利だよね。ってんで、現地の人にGPS搭載の携帯電話を配り、「建物や道路の位置をマークしていくよう指示」した…って、Ingress かい。ところが、あまし盛り上がらない。

 というのも、「アフガニスタンの携帯電話サービスを普及率を過大評価」してたため。つまり、電波状況が悪かったり、使い方が分からなかったりで、ちゃんと使える人は「人口の4%程度にすぎない」から。まあ、そんなモンでしょ。特に農村じゃ充電もできそうにないし。どうせなら手回しとかの充電器と、P2P機能もつけりゃいいのに…って、それOLPC(→Wikipedia)じゃん。

【おわりに】

 結局のところ、この本じゃ「DARPAとはどんな組織か」はわからない。

政治家、経済学者、技術専門家たちはたびたび「DARPAモデル」をもてはやしている。だが、それがどういうモデルなのかは釈然としない。
  ――第19章 ヴォルデモートの復活 2009-2013

 わからないのも当たりまえで、その時の軍事/政治情勢や局長の方針によって、DARPAの性質も主要テーマも大きく変わるからだ。テーマの扱いも一概には言えない。スペースプレーンみたく話を大きくし過ぎて駄目になる場合もあるし、核実験探知のようにデカく出たから成功する時もある。研究者もいろいろで、手綱を放すとヤバいクリストフィロスもいれば、放し飼いで巧くいったリックライダーもいる。

 いずれにせよ、研究ってのは博打なのだ、というのはわかった。銀行馬券か大穴か、その程度の違いなのかも。それはそれとして、合衆国の潤沢な予算と人材はひたすら羨ましい限り。

 大成功したテーマの裏話も楽しいが、それ以上にコケたアイデアが死屍累々と並ぶ様こそ、SF者としてはやたら美味しい本だった。にしても、組織のトップがSFファンである由を公言できる風土には憧れる。

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