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2020年2月 3日 (月)

SFマガジン2020年2月号

『ジャムはまだ勝ててないよ、ジャック。おれたちがいる』
  ――神林長平「哲学的な死 前編 戦闘妖精・雪風 第4部」

「探しているというか、うん……まあ、いつか見つかったらいいなくらいに思っているんだけどね」
  ――高野史緒「本の泉 泉の本」

 376頁の標準サイズ。

 特集は「創刊60周年記念号」として、記念エッセイ60本一挙掲載。

 小説は10本。

 連載は7本、うち新連載2本。新連載は神林長平「哲学的な死 前編 戦闘妖精・雪風 第4部」と飛浩隆「空の園丁 廃園の天使Ⅲ」。他に椎名誠のニュートラル・コーナー「すすり泣く雨、くねり泣く川」,夢枕獏「小角の城」第57回,冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第28回,藤井太洋「マン・カインド」第10回,菅浩江「博物館惑星2 ルーキー 第10話 笑顔のゆくえ」。

 読み切りは3本。劉慈欣「三体Ⅱ 黒暗森林 プロローグ」大森望・立原透耶訳,高野史緒「本の泉 泉の本」,グレッグ・イーガン「故郷へのまわり道」山岸真訳。

 神林長平「哲学的な死 前編 戦闘妖精・雪風 第4部」。フェアリイ基地への総攻撃を経て、寄生したロンバート大佐と共に、<通路>を抜けてジャムが地球の南極に到達した。基地へと戻った深井大尉は、滑走路の様子に違和感をおぼえる。地上に動くものがなく、残骸も含め敵味方の機体も見えず、管制の応答もなく、戦術データリンクも切れている。

 待ってましたその1。今思えば、戦術データリンクってF-22やF-35が実現したアレだよね。ジャム・雪風・深井零それぞれの、世界観の違いとコミュニケーションの難しさにフォーカスが当たった第3部を受け、今回も雪風と深井零が手さぐりでコミュニケーションを試みてゆく。言葉が通じず、動作によって意思疎通を図るって点では、雪風って犬や猫に似てるなあ。零との関係を考えると、犬より猫だよね。

 飛浩隆「空の園丁 廃園の天使Ⅲ」。昭和52年の春、山陰の青野市。進学校である県立啄星高校に、二年の転校生が来た。印南棗。端正で洗練された雰囲気の女生徒だ。かつて青野氏に住み、久しぶりに戻ってきたらしい。印南と最初にあいさつしたのは三人、同じ二年の小野寺早都子と児玉佐知と志野原季子。その児玉は何か悩みがあるようで…

 待ってましたその2。オジサンには携帯電話もインターネットもない1977年の風景が懐かしい。首都圏には「ぴあ」があったが、それでも映画の上映情報を得るのは難しかった。映像メディアもデジタル化しておらずフィルムなので、珍しい映画は自主上映会などを漁るか、テレビの放映を待つしかなかった。などと遠い目をしていると、次第にアレなナニが侵入してきて…

 劉慈欣「三体Ⅱ 黒暗森林 プロローグ」大森望・立原透耶訳。2015年のヒューゴー賞長編小説部門をかっさらい、世界中の話題をさらった作品の第2部のプロローグを掲載。冒頭は大頭蟻の視点ではじまる。ヒトとは立ち位置も感覚もスケールも全く異なった観点で描く、世界の変転と生存の戦略と世界観が、心地よいセンス・オブ・ワンダーを生み出している。ちょっと「」を思い出した。あれの冒頭も凄かった。

 グレッグ・イーガン「故郷へのまわり道」山岸真訳。近未来。アイシャとジャンニのカップルは、旅行会社の抽選で月への旅行が当たった。厳しい訓練を経て、二人は月の<中央基地>へを訪れる。優れた専門家に案内され、水耕作物工場や太陽熱製錬所、そしてモラヴェック・スカイフックなどの見学を楽しむ二人だが…

 宇宙へ行く教師って、思わずスペースシャトル・チャレンジャーの事故(→Wikipedia)を思い出してしまう。実際、アイシャも通信ラグに悩みつつも生徒たちに遠隔授業したり。幸い、アイシャは無事に月にたどり着くのだが、扉絵で分かるように思いのほか長く滞在する羽目に。そういや月も自転してるんだよね。公転周期と同じだから、地球から見ると自転してないように見えるだけで。

 冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第28回。<誓約の銃>のマクスウェルが、<白い要塞>を襲う。<シザース>の洗い出しが終わっているはずだ、一覧を寄越せ、と。特にベンヴォリオ・クォーツが候補に挙がっている事に、クインテットのメンバーも驚く。それを聞いたマクスウェルは、独自に突っ走り始める。

 足を洗ったとはいえ、荒事になると血が騒ぐアビーにニヤリとする。それ以上に今回は、レイ・ヒューズ老が美味しい所をガッポりさらってゆく。しかもガンマンだってのに、全く銃を抜かずにw 私は50~60代ぐらいのクリント・イーストウッドを思い浮かべながら読んだ。登場した時からタダ者じゃないと思っていたが、やっぱり。

 菅浩江「博物館惑星2 ルーキー 第10話 笑顔のゆくえ」。<アフロディーテ>開設50周年イベントの記録係として、銀塩写真家のジョルジュ・ペダンが候補に挙がった。しかしジョルジュは浮かない顔だ。「笑顔の写真」が彼の代表作とされる。そこに何か秘密があるようだ。ジョルジュの相手を任された健は、なんとか彼の心を解きほぐそうとするが…

 テクノロジーと人間の関わりを描くのが巧みな著者、今回も見事にカマしてくれた。銀塩写真って所に仕掛けがあるな、と思ったら、まあそうなんだけど、更にいくつかヒネリが入ってた。加えて、もう一つ最近の流行りの技術を取り上げつつも、ちゃんと歴史的な議論を踏まえた上で、著者らしい味付けを施すのも忘れていない。読みやすいながらも、実は濃いSFガジェットをしこたま仕込んである。

 高野史緒「本の泉 泉の本」。四郎と隆彦は、古本屋を漁る。四郎が最初に確保したのは、尾田利恵の唯一の詩集。その裏の書棚は、探偵小説が並んでいる。

 旅行に行っても旅先の古本屋に飛び込むような人には、「うんうん、そうなんだよな~」な情景が次々と描かれていて、それだけでお腹いっぱいになってしまう愛すべき作品。出版社の自主規制も時代と共に変わるので、昔の本はそういう所も面白かったりする。うんうん、あるよね、積極的に探すワケじゃないいけど、棚を漁って見つかったら儲けもの、みたいな本。ダブって買っちゃうのも、よくある。

 藤井太洋「マン・カインド」第10回。佳境に入った上に頁数も少ないので、内容は紹介しずらい。「まるで人力じゃない」には笑ってしまった。Google も Amazon も、「桁違いの記憶・演算能力をコキ使っていかに自動化するか」を徹底的に追及してるし。にしても彼ら、一人でディープ・パープルを演奏できるんでない? でもビートルズは難しいんだよね、彼らコーラスが多いから。

 「創刊60周年記念号」記念エッセイ。うん、確かに小尾芙佐によるキャロル・エムシュウィラー「順応性」の訳は見事だった。今は手に入りにくいのが残念。なんであんな名作が。ぐぎぎ。「アルジャーノンに花束を」に泣いた人は、ぜひ読んでみよう。水鏡子の経済感覚と見栄の変化が、とても他人事とは思えないw 山田正紀の「恥ずかしい思い出」も傑作。もっとユーモア作品も書いてほしいw スタニスラフ・レムからスタニスワフ・レムに変わったのは、ロシア語からポーランド語に変わったからなのね。森優の「SFを手掛ける出版社は必ず潰れる」なんて時代から、今はいい時代になったなあ。伴名練の「他人が編むアンソロジーの目次が見たい」、よくわかる。もうすぐ出る「SFが読みたい!2020年版」の「マイ・ベストSF5」は、そういう面白さがあるのだ。

 SFの射程距離 第2回 「歩行に魅せられて」として、ゲストは産業技術総合研究所上級主任研究員の梶田秀司。二足歩行ロボットの研究・開発に携わり、HRP-4C(→Wikipedia)などを担当している人。実は歩くって難しいってのは昔から言われてたけど、服を着るってのも、確かに難しそうだなあ。フランス人研究員が多い理由にも大笑い。あと軽量化の専門家って、確かに彼らはノウハウを沢山持ってそう。

 「Sai-Fi:Science and Fiction SFの想像力×科学技術」。劉慈欣の中国SF事情がやたら興味深い。「SFの冬は何度も来ました」「映画化の権利の価格が2010年から今に至るまで、百~百五十倍ぐらいに増えています」も衝撃だが、「中国では中学生・高校生・大学生がSFを読んでいます」も重大。1985年あたりの日本のゲーム市場みたいな状況にあるのだ。とすると、今後の市場は凄い勢いで伸びるはず。まあ、大きな政変がなければ、だけど。これはSFに限らず、流行歌など若者向けの市場全般に言える。たぶん映画や音楽も中国市場が大きな力を持つだろう。

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