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2020年2月の10件の記事

2020年2月28日 (金)

SFマガジン2020年4月号

「食べた時に、何か見えるものがありますか」
  ――伴名練「白萩家食卓展望」

だれかの身代わりになって生きることとはどんなふうだろう。
  ――飛浩隆「空の園丁 廃園の天使Ⅲ」第2回

『おまえ以外の基地コンピュータたちが仕事をしていない理由はなにか』
  ――神林長平「哲学的な死 後編 戦闘妖精・雪風 第4部」

「ずっと……何も考えないよう努力していたんだ」
  ――冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第29回

 376頁の標準サイズ。

 特集は2つ、「眉村卓追悼特集」と「星敬追悼」。

 小説は豪華16本。うち4本はショートショートだけど。

 まず眉村卓追悼特集で6本。「照り返しの丘」,「夜風の記憶」に加え、掌編4本、「くり返し」「浜近くの町で」「詰碁」「最終回」。

 連載は7本。神林長平「哲学的な死 後編 戦闘妖精・雪風 第4部」,飛浩隆「空の園丁 廃園の天使Ⅲ」第2回,椎名誠のニュートラル・コーナー「ケープタテガミヤマアラシ」,夢枕獏「小角の城」第58回,冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第29回,藤井太洋「マン・カインド」第11回,菅浩江「博物館惑星2 ルーキー 第11話 遥かな花」。

 読み切りは3本。伴名練「白萩家食卓展望」,草上仁「降りてゆく」,上遠野浩平「緊急人間は焦らない」。

 まずは眉村卓追悼特集の開幕編「照り返しの丘」。代表的な連作「司政官」シリーズ初期の一編で、創元SF文庫「司政官 全短編」にも収録されている。新人司政官ソウマ・PPK・ジョウの最初の任地は、テルセンだった。支配種族はS=テルセア、ロボットである。かつて存在した支配種族が滅び、その遺産S=テルセアが残ったらしい。連邦軍はテルセンの制圧を試みたが、S=テルセアに阻まれ、ソウマに出番が回ってきたのだ。

 シリーズ全短編の中でも二番目の作品で、司政官制度の初期を描く短編。年寄りは「おお、SQ1が歩いてる」と妙な感慨に浸ったり。いや末期になるとモバイルからサーバに変わるんです←意味不明w 組織もソウマも若いだけに、冒頭では初々しいながらも前のめりな熱意に溢れている。ったって、軍の尻ぬぐいなんだけど。S=テルセアの生態?が、短編で使い捨てるには惜しい異様さ。

 続いて「夜風の記憶」。港野は大阪で生まれ育った。今は東京の証券会社に勤め部長になった。仕事で久しぶりに大阪に来た港野は、学生時代の友人である東川とミナミで待ち合わせる。軽く飲んだ後、東川と別れた港野は、学生時代にアルバイトをしていたアルサロのフロリダを思い出す。「フロリダは既になくなった」と東川は言うが、跡地だけでも訪ねようと考えた港野は…

 冒頭、「新幹線で大阪に向かった」だけで、東京発だと判る、そういう時代に書かれた作品。アルサロ(→Wikipedia)も若い人には通じにくいかも。学生時代のバイト先かあ。懐かしくはあるけど、遠くから眺めるだけで充分で、訪ねたいとは思わないところが多いなあ。そんな複雑な気分が、巧みに書けている。

 もう一つ、特集の著作リストでは、「なぞの転校生」の出版履歴が凄い。1967年3月20日の盛光社版から2013年12月10日の講談社文庫版まで、8回も刊行されている。不死鳥のようなロングセラーだ。

 伴名練「白萩家食卓展望」。その料理帖は、白萩たづ子にとって半身ともいえるものだった。1788年から伝わり、たづ子は五代目の持ち主である。幼いころから、たづ子は食事に奇妙な反応を示した。米を食べれば黒いと言い、漬け物を齧れば血がいっぱいと怯え、唐黍では泥が目に入ったと訴える。そんなたづ子だが、料理帖にある『逆浜豆腐』を口にしたとたん、動きが止まった。

 野田昌宏の名言「SFは絵だねえ」が、しみじみ伝わってくる傑作。天明の時代から受け継がれ書き継がれてきた、一風変わったレシピが載っている料理帖と、それを受け継ぎ書き継いできた一風変わった者たちと、その末裔の物語。時と場所が違えば、魔女と呼ばれた人たちかもしれない。お茶目な二代目と、お堅い三代目のコンビがよいです。

 飛浩隆「空の園丁 廃園の天使Ⅲ」第2回。小野寺早都子は、借りてきた「クレマンの年代記」に浸りきった。既に二時半になっている。これじゃ朝に起きられない、もう寝よう、そう何度も思いつつ、やめられなかった。そしてまた、本を開いてしまう。ところが、読み始めて気がつく。これはいったいなんだろう?

 前回は昭和52年(1977年)、山陰の青野市を舞台に、高校生たちの日常から始まった。今回は19世紀の南仏らしき舞台で、15歳の双子の令嬢、ナディアとリリーの会話で始まる。病弱ながら音楽の素質があるリリーと、甲斐甲斐しくリリーの面倒を見るナディア…と思ったら、なかなかに淫靡で不穏な雰囲気に。わっふるわっふる。

 神林長平「哲学的な死 後編 戦闘妖精・雪風 第4部」。深井零と雪風は、再び滑走路16Rへの着陸を試みる。指示灯は点灯せず、撃墜されたまたは地上で撃破された機体の残骸がころがっている。FAF総合司令センターを目指すため、そこにもっとも近い第六耐爆格納庫に雪風を格納する。司令センターにたどり着いた零と桂城は、基地コンピュータ群を起動させようと試みる。

 いきなり腐ったご婦人へのサービスがチラリと入って、笑っちゃったり。やっぱり妄想しちゃうんだろうなあw 民間の空港でも空軍の基地でも、21世紀初頭の現代ですら既にコンピュータが大きな役割を担っている。これが一斉にダウンしちゃったら、どうなることやら。しかもこの物語では、事故ではなくジャムによる攻撃によるもの。零と桂城の作戦は…

 冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第29回。シザース侵入の疑いで、<クインテット>とその同志たちの結束にヒビが入りはじめる。麻薬ビジネスが切り捨てられるのではないかと疑う<シャドウズ>、勝手にシザース狩りを始めようとする<誓約の銃>。だが均一化を目指すハンターは、あくまでも仲間を信じようとする態度を崩さない。

 <スパイダーウェブ>への突入&ウフコック奪還戦と、そこに至る経緯を、交互に描く構成は今回も同じ。やはり前回と同じく、こらえ性もなく「とりあえずブッ放せばいいじゃん」的に突っ走る<誓約の銃>の頭の悪さが、いっそ心地いいw いやハンターに感情移入しちゃってる私にとっては、「こいつアカン奴や」な気分なんだけどw

 上遠野浩平「緊急人間は焦らない」。ジィド。いわばフリーの便利屋。泥棒・暗殺・間諜・傭兵なんでもござれの万能選手。だが合成人間ではない。統和機構にも属していないが、仕事を請け負うことはあり、その優れた問題解決能力から<緊急人間>と呼ばれている。今回の依頼主はピッチフォーク。デューポイントの件で、彼との関係を示す証拠を消してほしい、と。

 ジィドって、能力からはデューク東郷みたいな奴だなあと思ったが、性格はやっぱり上遠野キャラというか、かなり意地が悪いw 仕事を頼むんじゃなけりゃ、まず関わりになりたくないタイプだw これが不干渉主義の権化みたいなウトセラ・ムビョウと絡むと、どうなるのか。しかも、そこに<最強人間>フォルテッシモまで乱入してきて…ってところで、次回に続く。いけず。

 菅浩江「博物館惑星2 ルーキー 第11話 遥かな花」。博物館惑星のキプロス島とその周辺海域。あまり知られていないが、人工的に生み出された生物がいる。スポンサーは製薬会社<アベニウス>。新薬開発に役立つ素材が見つかればモトがとれる、そういう算段だ。そこで不許可侵入者が捕まった。ケネト・ルンドクヴィスト、プラントハンターだ。アベニウスのヨーラン・アベニウス会長と因縁があるらしい。

 人造生物が集まる人知れぬ島って、H・G・ウェルズの「モロー博士の島」が思い浮かぶ。いや読んでないけど。さぞやグチャグチャヌトヌトな化け物が…なんて期待は見事に外れたw 当たり前だw 同じモノを見ても人によって視点は違う。団体旅行のバスで渋滞にハマった時、クルマ好きの人が「渋滞は好き」と言っていた。「いろいろなクルマが見られるから」だとか。

 草上仁「降りてゆく」。ユリエは八歳。千階建てのビルの「アイランド」、九百階より上に住んでいる。その日、愛犬のチロがビルがら誤って落ちてしまった。だからユリエはチロを追って下へと降りることにした。エレベーターで行けるのは九百七十階まで。そこから下は非常階段を使うしかない。だが、ここ数十年、非常階段を使う者はいなかった。

 誰も考えなかった下階層への移動。それを阻むのは、なんとなく流布したタブーだけ。何も知らぬ少女は物おじせず突き進む。愛犬チロを迎えに行くために。ちょっとJ・G・バラードの「ハイ・ライズ」を思わせる設定。なお「技術的には可能なビルの高さにほぼ限界はない」とか(→「ビルはどこまで高く出来るか」)。限界を決めるのはエレベーターの輸送量と水を持ち上げるポンプらしい。

 「SFの射程距離」第3回は、「『自分とは何か』を考えるためにSFを読んできた」として公立はこだて未来大学複雑系知能学科の松原仁教授。

SFに期待したいのは、「おお、これは思いつかなかった」というような知能像を見せてほしいということです。

 そうだよねえ。読者の想像力の限界を超えて欲しい。だから私は山田正紀が好きなんだ。にしてもAI補完論は言えてるかもw やっぱりコンピュータって、自分が苦手だったり面倒くさかったりする事を肩代わりさせるのに便利だし。

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2020年2月24日 (月)

藤井太洋「東京の子」角川書店

仮部の仕事は、仕事に出てこなくなった外国人を説得して、職場に連れ戻すことだ。
  ――p6

…東京の子が、この街に裏切られるわけがない。
  ――p243

【どんな本?】

 最新のテクノロジーと社会情勢を巧みに織り込み、至近未来を鮮烈なリアリティで描くSF作家・藤井太洋によるSF長編小説。

 2019年の移民法により、日本には多くの外国人が押し寄せる。26歳の仮部諫牟の仕事は、探偵のようなものだ。職場に来なくなった外国人を連れ戻す。今日の仕事は、若い女だ。范鈴、ベトナム料理店チェーン<724>の東京デュアル支店のスタッフ。無断欠勤が一週間も続いている。

 2020年の東京オリンピックが終わった後、有明会場の跡地は「東京デュアル」となった。一種の特区である。一学年二万人ほどのマンモス大学だ。学生はサポーター企業で働き、学費・生活費を稼ぎながら学ぶ。

 勃興する中国や東南アジアと低迷が続く日本という厳しい国際関係を背後として、斬新で野心的なビジネスの開拓地でもあり有象無象が隠れ潜む大都会の東京を、エネルギッシュに駆け抜ける若者たちを描く傑作長編小説。

 SFマガジン編集部編「SFが読みたい!2020年版」のベストSF2019国内篇で12位に食い込んだ。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2019年2月8日初版発行。単行本ハードカバー縦一段組み本文約352頁。9ポイント42字×18行×352頁=約266,112字、400字詰め原稿用紙で約666枚。文庫本なら少し厚め。

 文章はこなれていて読みやすい。内容も特に難しくない。藤井太洋らしくIT関係の技術面はシッカリ描いているが、分からなければ細かい所は読み飛ばして構わない。日頃から LINE や Youtube 等を使っていれば、雰囲気はつかめる。

【感想は?】

 これは是非とも映像化して欲しい。それもアニメではなく、実写で。

 というのも、アクションが映える場面が多いからだ。なにせ主人公の仮部諫牟は、パルクール(→Youtube)の使い手。映画「YAMAKASI」と言えばわかるだろうか。

 パルクール、単に都市部でアクロバットするってだけなのかと思ったが、どうも違うらしい。その辺は本編を読んで頂くとして、とにかく映像にしたらカッコいい場面が多いのだ。ただ、R-15にしないとマズいかも。なにせ男の子ってのは、「燃えよドラゴン」を観たらヌンチャクを振り回さずにはおれない生き物だし。

 そんなワケで、藤井太洋作品としては、最もアクション・シーンの多い作品になった。もちろん、読みどころはアクションだけじゃない。どころか、激動の21世紀に揺れる大人たちにこそ、美味しいネタがギッシリと詰まっている。

 その一つは、外国人の大量流入だ。昔から横浜の中華街は有名だったし、一時期はフィリピン・パブが流行った。製本業は外国人労働者が支えていると言われて久しい。埼玉県の蕨市はワラビスタンの二つ名をいただいた。

 この物語も、新大久保で幕を開ける。ただし、韓国人街じゃない。ベトナム料理店<724>だ。しかも、ベトナム人のダン・ホイがオーナーで、日本人の仮部諫牟は雇われる側。ここに藤井太洋流のヒネリが効いている所。

 強い日本円を背景にブイブイ言わしてた頃に、海外旅行で美味しい想いをした年寄りにはいささか刺激の強い幕開けだ。しかし、最近の低迷する日本経済と急成長する近隣諸国の動向を見る限り、あながちSFとばかりは思えない。

 とまれ、新宿や新大久保と聞けば、昔から得体の知れない連中が潜むと想像がつく。主人公の仮部や、その相棒のセブンもワケありっぽいし、それ以上に得意先の大熊大吾が実に胡散臭い。合法と違法の間のグレーゾーンを巧みにかいくぐり、あざとく事業…というよりシノギを嗅ぎつける大熊のビジネス感覚には、感服することしきり。監視カメラに、そんな儲け口があったとは。

 やはりビジネス感覚に感服するのが、東京デュアルのボス、三橋里。初めて登場する講義の場面から、彼の狡猾さが鮮烈に浮き上がる。大熊と異なり表舞台で堂々とビジネスを展開する三橋だが、彼の語る「のし上がる秘訣」は、身もふたもない現実を見せつけつつ、一つの戦略として強い説得力を持つ。終盤ギリギリまで本性が掴めない三橋は、濃いキャラが多いこの物語の中にあってさえ、その押しの強さも相まって最初から最後まで原色の輝きを保ち読者の心に残る。

 もう一つ、私に強い印象を残したのが、インターネット時代ならではのプライバシーの問題。

 とは言っても、「ビッグデータ・コネクト」が扱ったような、政府などの大組織に個人情報が渡るって話じゃない。私たちが自らどこまで個人情報を明らかにするか、そういう問題だ。

 発足当初のインターネットは、その仕組みもあって、ほぼ実名制だった。だって大学などの研究機関にしかなかったし。それが世界に広がり、2ちゃんねる(現5ちゃんねる)など匿名掲示板ができて、匿名やハンドルなどの正体不明な形での情報発信が可能となった。今は Facebook などの実名型が、再び増えてきた。実名か匿名か、使う者が選べる時代だ。

 ブログを始める際、私も考えた。結局は無難なハンドルを選んだし、その中身も私生活は明かさないようにしている。が、堂々と実名を出してブログを続けている人も多い。なぜ匿名にするのか、または実名を出すのか。とりあえず無難な道を選ぶ私のような者もいれば…

自分の顔と本名を晒しながら身の丈に合ってない計画をぶちあげ、惨敗していることを知りながら、また同じようなことを繰り返している。
  ――p236

 と、堂々と実名で勝負している人もいる。ここで言及されてる人は、なかなか感情移入しにくいんだけどw

  とまれ、インターネットが普及した事で、そういう人も目に入りやすくなった。と当時に、炎上に代表されるように、インターネットの困った側面も、この作品はあぶりだす。セブンが請け負う仕事もそうだし、2020年2月24日現在の新型肺炎などホットな話題に便乗し、陰謀論を垂れ流す輩もいたり。あんまりにも馬鹿らしいネタなら、大半の人が無視するんだが、つい踊っちゃう人もいて…

『な、驚いただろう。バカを侮っちゃいけないんだよ。だが、この与太話にはニュースバリューがある』
  ――p305

 そう、即時性が高まった現在、正確さより話題性が大事だったりするのだ。

 とかの世相をハラハラする切迫感で描く娯楽性をタップリ詰めこみつつ、主人公の仮部がどう名乗るかというテーマには、見えにくい所に棲まざるを得ない人々が抱える事情に対し、著者なりの真摯な向き合おうとする姿勢が表れている。

 まあ、そういう屁理屈は抜きにしても、終盤では減っていく頁数を恨めしく思いながら読んだ。「もっとこの世界に浸っていたい」「もっと登場人物たちを見守りたい」、そう感じる小説なのだ。

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2020年2月21日 (金)

シャロン・ワインバーガー「DARPA秘史 世界を変えた『戦争の発明家たち』の光と闇」光文社 千葉敏生訳 3

「戦闘システムでもっとも重要な属性はシグネチャー(自己の存在を知らしめるサインや信号特製。赤外線、音、レーダー・イメージなどがある)だ」「ジャングルで戦っている最中、兵士の水筒の水がピチャピチャと音を立てたり、シェービング・クリームの匂いがプーンとただよったりすれば、生き残るのは難しい」
  ――第14章 見えない戦い 1976-1978

第18代DARPA局長トニー・テザー「DARPAの一流のプログラム・マネジャーはみな、まちがいなくSF作家になりたいという欲求を内に秘めていると思う」
  ――第18章 空想世界 2004-2008

最大の問題は、研究者たちがまだ基礎研究の段階でしかなかった分野で具体的な成果を出すよう求められていたという点だ。
  ――第18章 空想世界 2004-2008

「本格的なビルが完成したときには、その組織は既に終わっている」
  ――第19章 ヴォルデモートの復活 2009-2013

 シャロン・ワインバーガー「DARPA秘史 世界を変えた『戦争の発明家たち』の光と闇」光文社 千葉敏生訳 2 から続く。

【どんな本?】

 アメリカ合衆国の国防に関わる先端技術の開発で知られるDARPAことアメリカ国防高等研究計画局。それはいかなる経緯で設立され、どんな歴史を辿ってきたのか。どんな者たちが集まり、どんな研究をしてきたのか。

 有名なARPANETはもちろん、数々の失敗や枯葉剤などのダークサイドにも光を当て、アメリカの天才集団の実態を明らかにする本格ドキュメンタリー。

【ステルス】

 パート2のオープニング、第14章は軍用機の常識を変えたステルス機F-117ナイトホーク(→Wikipedia)誕生の物語だ。ここでは、空軍に興味がある素人には、なかなかに面白いエピソードが出てくる。

 それまで軍用機がレーダーを避け敵地に迫る戦術は、第二次世界大戦の頃と同じだった。レーダーに映りにくい地上30~60mで飛び、目標の手前で急上昇する。真珠湾の頃と変わっていない。これに対し、「機体がレーダーに映らなきゃいいじゃん」という大胆な発想の転換がステルス機の誕生をもたらす。

 意外だったのが、ステルス性を持たせる技術面での難しさ。かの有名なRCS(→Wikipedia)ことレーダー反射断面積だ。曰く、攻撃20分前に発見されるのを10分前にするには、RCSを1/16にしなきゃいけない。うーむ、4乗根なのか。

 そこで、あのカクカクした形が出てくる。反射するのは仕方がないから、反射した電波がレーダーに戻らないようにするわけ。丸いモノは全方向に電波を反射するけど、平たければ一方向にしか反射しない。そこで、あの折り紙で作ったエイみたいな形になった。これを見た他の設計者曰く「こんなものが飛ぶわけない」。まあ、普通、そう思うよね。

 ここではもう一つ、合衆国空軍らしいエピソードが出てくる。F-117のFはFighter=戦闘機、対空戦闘を担う機体を表す。だが、F-117の実態は対地攻撃機、attack aircraft や attack bomber が相応しい。なら A-117 となって良さそうなもんだ。

 これは合衆国空軍が戦闘機乗りの空軍だからで、「プライドの高い戦闘機パイロットは攻撃機には乗らない」。やっぱり、そういうカーストがあるんだなあ。もっとも日本じゃA-10サンダーボルトⅡの人気が妙に高まってるけどw おまけに最近の戦闘機はたいてい対地攻撃能力もあるし。つか対地攻撃できない機体の方が珍しいんでない? 私はF-14ぐらいしか知らない。

【スター・ウォーズ】

 15章では、ロナルド・レーガンが巻き起こす大騒動の物語。ゴリゴリのタカ派な上に…

宇宙兵器であれスペースプレーンであれ、テクノロジーに対するレーガンのビジョンは決して物理法則に縛られていなかった。
  ――第15章 極秘飛行機 1980-1984

 なもんで、かの悪名高いスター・ウォーズ計画(→Wikipedia)をブチあげ、防衛予算を気前よく増やしてゆく。当然、DARPAも例外じゃない。ここの主役はX-30(→Wikipedia)。スクラムジェット(→Wikipedia)エンジンでマッハ25で飛ぶ…ハズだった。

 ところが、計画はDARPAに話を持ち込んだトニー・デュポンの思惑とは全く違う方向へ彷徨いだす。デュポンの計画では二人乗りで重量22トンだったのが、レーガンは一般教書演説でドカンとブチ挙げてしまう。

「政府は新たなオリエント・エクスプレスの研究を進める。90年代末までには、ダレス空港を離陸して音速の25倍まで加速し、低軌道に到達、または東京まで二時間以内で到着できるようになるだろう」
  ――第15章 極秘飛行機 1980-1984

 二人乗りが、いつのまにか大型旅客機に化けてるw デュポンの気持ちは「きいてないよ!」だろうw なんでこうなったw おまけにコンパクトなチームで開発するつもりが、多くの企業や研究機関が参加するにつれ、重量は22トンが110トンに膨れ上がってゆく。

 このあたりの顛末は「無人暗殺機 ドローンの誕生」が描く、無人攻撃機が高価格化する過程と似ていて、ちょっと乾いた笑いが出てきたり。

【ウォーゲーム】

 続く16章は、シミュレーションとネットワーク技術だ。今のMMORPGの原型ですね。

 「1980年代中盤、ワルシャワ条約機構はNATOの2.5倍の数の戦車を保有していた」なんてショッキングな話で始まるこの章、数多くのマシンをネットワークでつなぎ、仮想環境で戦闘をシミュレーションするシステム SIMNET の開発と顛末を語る。

 SIMNET は湾岸戦争で大きな成果をあげたとか。ただ、先陣が陸軍のAH-64アパッチってのは意外だったなあ。目的はレーダー基地の破壊。もちろん、レーダーを警戒しての低空飛行。いやてっきり、そういう攻撃は空軍の固定翼機の役割だとばっかり。

 さすがアメリカだと思うのは、戦闘後の記録。

通常、大規模な戦闘が終わると、陸軍の歴史家たちが戦場に派遣され、戦闘の参加者にインタビューを行い、実際に起きた出来事を文書に記録していく。
  ――第16章 バーチャル戦 1983-2000

 キッチリと記録を文書に残す仕組みがあるのだ。だから「レッド・プラトーン」なんて傑作が出るのか。最近の日本政府の様子を見ていると、つくづく羨ましい。おかげで、この本みたいな優れた著作も生まれるわけ。

 それはさておき、SIMNETの成功で味をしめたDARPAは、シミュレーション技術へとのめり込んでゆく。そこでアメリカを蝕む病魔、中南米からの麻薬=コカイン密輸にも挑むのだが…

DARPAが麻薬問題をモデル化すればするほど、問題は深刻に見えてきた。あるカルテルを倒しても、結局は別のカルテルが強くなるだけだった。
  ――第16章 バーチャル戦 1983-2000

 まあ、根本に合衆国と中南米諸国の貧富の差がある以上、どうしようもないんじゃないすか。だってコカイン商売って異様に儲かるんだもん。その辺は「コカイン ゼロゼロゼロ」が詳しいです。

【リトル・ブラザー】

 合衆国の軍事・諜報・治安に関わる組織は、911に大きな影響を受ける。DARPAも同じだ。「倒壊する巨塔」などで描かれているように、事件の予兆を示すデータはあった。それが CTA/FBI/NSA/警察などに分散している上に、干し草の中の針を探すような作業だったためだ。

その日(2001年9月11日)のニュースを見ながら、彼(第18代DARPA局長トニー・テザー)は問題がデータ不足ではなくデータの一元化や分析の失敗にあると確信した。
  ――第17章 バニラワールド 2001-2003

 そういうのはコンピュータが得意だよね、ってんで、そういうシステムを作ろうとする。ただし、諜報機関の情報に加え、クレジットカードやレンタカー記録など、民間のデータまで使おうとしたのがマズかった。そりゃ皆さん怒るわ。まさしく「リトル・ブラザー」や「ビッグデータ・コネクト」の世界だもの。もっとも、中国やイランは現実にやってるみたいだけど。

【グランド・チャレンジ】

 なんてミソもついたけど、再びDARPAの名を世に知らしめたのが、グランド・チャレンジ(→Wikipedia)。自動運転車のコンテストだ。巧みに世間の注目を集め、一回目こそ結果が悲惨だったものの、二回目で見事に完走車が5台も出た。技術的には機械学習を使ったのがイケたらしい。そこでノリのいいアメリカ人は…

議会でさえ2000年、テクノロジーに対する楽観的な見方に取り憑かれ、2015年までに軍用地上車両の1/3を無人化すると法律で決定した。
  ――第18章 空想世界 2004-2008

 なんて、成功しすぎるのも怖い。もっとも、失敗もある。アフガニスタンに派遣される兵向けのフレーズレターは、なかなか泣ける。多くの米兵はパシュトー語など現地の言葉ができない。パトロールに出ても、現地の人と話ができないんじゃ、ほとんど意味がない。

 そこでフレーズレターだ。掌サイズのマシンに、予め現地の言葉で、幾つかの質問の声を吹き込んでおく。「爆弾はあるか?」「村に外国人はいるか?」など、はい/いいえで答えられる質問だ。「はい」なら片手、「いいえ」なら両手をあげるよう、指示も吹き込んでおく。これを地元の人に聞かせれば、最低限の聞き込みはできる。やったねラッキー…

 と思ったが、さにあらず。フレーズレターで質問した時と、通訳に任せた時で、答えが違う。調べたところ…

アフガニスタン人は嘘をついているわけではなく、電子機器の質問に答えるのを気持ちよく思っていないのだと結論づけた。
  ――第18章 空想世界 2004-2008

 まあ、今ならスマートフォンを使って、もちっと巧い仕組みが作れ…ると思ったけど、アフガニスタンの山奥でスマートフォンは使えるんだろうか? まあ、通信しなくても、iTunes とかと組み合わせればイケそうな気もする。

 とかの失敗はあったが、そんな技術の一つが成長したのが、Apple の SIRI だそうです。

【ネクサス7】

 先のリトル・ブラザーを、アフガニスタンでやろうとしたのが、ネクサス7。

「われわれはアフガニスタンの市場のジャガイモ価格とその後のタリバンやゲリラ活動とのあいだに相関関係があるかどうかを理解しようとしていた」
  ――第19章 ヴォルデモートの復活 2009-2013

 とはいえ、データを集めるのは大変だ。じゃSNSを使おう。「食べログ」みたく、勝手にデータが集まれば便利だよね。ってんで、現地の人にGPS搭載の携帯電話を配り、「建物や道路の位置をマークしていくよう指示」した…って、Ingress かい。ところが、あまし盛り上がらない。

 というのも、「アフガニスタンの携帯電話サービスを普及率を過大評価」してたため。つまり、電波状況が悪かったり、使い方が分からなかったりで、ちゃんと使える人は「人口の4%程度にすぎない」から。まあ、そんなモンでしょ。特に農村じゃ充電もできそうにないし。どうせなら手回しとかの充電器と、P2P機能もつけりゃいいのに…って、それOLPC(→Wikipedia)じゃん。

【おわりに】

 結局のところ、この本じゃ「DARPAとはどんな組織か」はわからない。

政治家、経済学者、技術専門家たちはたびたび「DARPAモデル」をもてはやしている。だが、それがどういうモデルなのかは釈然としない。
  ――第19章 ヴォルデモートの復活 2009-2013

 わからないのも当たりまえで、その時の軍事/政治情勢や局長の方針によって、DARPAの性質も主要テーマも大きく変わるからだ。テーマの扱いも一概には言えない。スペースプレーンみたく話を大きくし過ぎて駄目になる場合もあるし、核実験探知のようにデカく出たから成功する時もある。研究者もいろいろで、手綱を放すとヤバいクリストフィロスもいれば、放し飼いで巧くいったリックライダーもいる。

 いずれにせよ、研究ってのは博打なのだ、というのはわかった。銀行馬券か大穴か、その程度の違いなのかも。それはそれとして、合衆国の潤沢な予算と人材はひたすら羨ましい限り。

 大成功したテーマの裏話も楽しいが、それ以上にコケたアイデアが死屍累々と並ぶ様こそ、SF者としてはやたら美味しい本だった。にしても、組織のトップがSFファンである由を公言できる風土には憧れる。

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2020年2月19日 (水)

シャロン・ワインバーガー「DARPA秘史 世界を変えた『戦争の発明家たち』の光と闇」光文社 千葉敏生訳 2

「空軍が費用を持つなら、答えは常に空爆だ」
  ――第10章 占い頼み 1966-1968

「われわれは、失敗するときでも大胆に失敗するのだ」
  ――第10章 占い頼み 1966-1968

 シャロン・ワインバーガー「DARPA秘史 世界を変えた『戦争の発明家たち』の光と闇」光文社 千葉敏生訳 1 から続く。

【どんな本?】

 インターネットの前身であるARPANETの研究で有名なDARPA。正式名称がアメリカ国防高等研究計画局であるように、組織の目的は国防研究である。とはいえ、国防に関わる要素は多く幅広い。実際、ARPA/DARPAの主な目的も、設立以来、二転三転してきた。

 DARPAとは、どんな組織なのか。どんな目的で設立され、どんな研究をしてきて、どんな成果をもたらし、どんな失敗を葬り去ってきたのか。

 合衆国の国防に関わる最も有名な研究機関の歴史と全貌を明らかにする、一般向けの解説書。

【誕生】

 今でこそAPANETが有名だが、1958年の設立当初の主な目的は、なんとロケット開発である。ソ連のスプートニク1号の影響で、ドサクサ紛れに作られたのだ。これ以来、ARPAは大きな特徴がある。

 元々がドサクサ紛れで生まれた組織だけあって、フットワークが軽い。お役所手続きの煩雑さを避け、手っ取り早くヒト・カネ・モノを調達でき、研究・開発を始められるのだ。前の記事にも書いたが、この性質が大成功と大変な失敗をもたらす事となる。

【変転】

 ご存知の通り、現在の合衆国のロケット開発はNASAが率いている。ARPAは仕事を奪われたのだ。

 なら潰れてもよさそうなモンだが、組織ってのは、とにかく生き延びようとする。政府から予算を貰っているなら尚更だ。だもんで、ARPAも目的を変えつつ存続の道を探る。ロケットが駄目なら核実験探知、それで一息ついたらミサイル防衛、そしてベトナム戦争をきっかけとして対反乱作戦へと主力が移ってゆく。

 こういったあたりでは、ホワイトハウス・軍・国防総省・CIA・議会などの意向や、その中での人の動きも、著者は詳しく調べてある。全体として、人の異動が激しいことに気が付く。特に、民間と政府機関を行き来する人が多い。実際、ARPA/DARPAも、1958年の設立から2017年の約60年で、局長は21人だ。任期の平均はたった3年。

 日本のお役所で、これほどトップの人事異動が激しい組織があるんだろうか? いったい、何が違うんだろう?

【ウィリアム・ゴデル】

 前の記事では明るい論調の記事となったが、本書の大きな特徴と読みどころは、むしろダークサイドを明らかにした点にある。何より、冒頭からダークサイドを象徴する人物、ウィリアム・ゴデルにスポットを当ててるし。

 海兵隊員として太平洋戦争で戦い負傷したのち、ドイツのロケット科学者を攫うペーパークリップ作戦(→Wikipedia)に従事、諜報の世界で優れた実績を積み名をあげる。

 NSA(→Wikipedia)を経てARPAに移ったゴデルは、やがてARPAをベトナムへと引きずり込んでゆく。

【対反乱】

 このベトナムにおけるゴデルとARPAの動きが、現在のアフガニスタンやイラクでの米国/米軍の動きと、見事に繋がっているから、泣いていいのか笑っていいのか。

 ゴデル名づけて曰く「アジャイル計画」。その目的は、なるたけ米軍を使わず、現地の軍に戦争を任せること。南ベトナムをアフガニスタンやイラクに置き換えれば、2020年の今でも米軍の目的そのまんまだ。

 ARPAと聞くとハードウェアばかりを思い浮かべるが、社会や心理なども研究している。ベトナム戦争では「なぜ南ベトナムの人々がベトコン(→Wikipedia)になるのか」も調べた結果、その理由は…

「搾取的な政府への怒りや民主主義的な意識」、そしてそうした感覚を煽る共産主義者たちの能力と深くかかわっていた。
  ――第10章 占い頼み 1966-1968

 なんのことはない、要は南ベトナム政府が腐っていて人々から憎まれ嫌われてる、それだけの事だった。戦略や戦術以前に、政策が間違っていたのだ。ところが、この報告を受けたワシントンは…

「単なる否定ではなく、ショックとさえ呼べるもの」であった。
  ――第10章 占い頼み 1966-1968

 ベスト&ブライテストは、邪悪ではなかった。単に、ベトナムについて救いようなく無知だっただけなのだ。ハンロンの剃刀(→Wikipedia)そのまんまだね。

(ウォーレン・)スタークは東南アジアの社会や文化に対する理解不足が、軍やARPAの大きな足かせになっていることに気づいた。
  ――第9章 巨大実験室 1965-

 これ、現在のイラクとアフガニスタンにも、そのまんま当てはまるから切ない。

【象徴】

 そんなARPAのベトナムにおける失敗を象徴する双頭が、戦略村(→Wikipedia)と枯葉剤(→Wikipedia)だろう。枯葉剤も本書は詳しく書いてあるが、戦略村の目的も呆れる。

…ARPAの報告書は、戦略村のことを「政府が人民を正式に統制するための機構」と露骨に表現している。さらに、「全員が全員の顔とその活動を知っていて、よそ者や怪しい活動が一発で見つかってしまう」ような戦略村こそが「効果的」だとも述べている。
  ――第8章 ベトナム炎上 1961-1965

 つまりは南ベトナム政府による人々への支配力を強める事を目的としていたのだ。ちなみに農民の強制移住を使ってソレに成功したのがカンボジアのクメール・ルージュです。何やってんだアメリカ。ベトナムは共産勢力に対する防壁じゃなかったんかい。

【イラン】

 お役所組織のもう一つの特徴は、とにかく大きくなろうとすること。ARPAもベトナムからイランやレバノンに版図を広げてゆく。当時のイランはパフラヴィーによる王政で親米だった。ここでは空軍機のF-15イーグルを抑えて海軍機のF-14トムキャットが選ばれるくだりも楽しいが、そんなイランに合理的な兵器選択法を教え込もうとするあたりも、笑えるやら切ないやら。

国王の仲介者に支払われる賄賂の額が唯一の決定要因だとしたら、戦車の殺傷能力の比較原価など誰が気にするだろう?
  ――第12章 アジャイル計画の隠蔽 1969-1974

 ちなみに武器取引の胡散臭さは今世紀に入っても相変わらず、どころか先進国もヒトゴトじゃない由が「武器ビジネス」に詳しく書いてあります。

【ハードウェア】

 などと明らかな失敗ばかりを挙げたが、失敗とは言い切れない例も多い。というか、対ゲリラ戦って点じゃベトナムはイラクやアフガニスタンと同じだ。そのためか、発想はいいけど当時は技術が追い付いていなかった的なシロモノもアチコチに出てくる。

 その筆頭が人工衛星ディスカバラー(→Wikipedia)で、これは「世界初の偵察衛星」。もっとも当時は写真の電送はできないんで、フィルム回収に手こずるんだけど。

 ここではディスカバラー2号に乗ったネズミの話が笑える。動物虐待防止協会のお怒りを恐れた当局は…

 とかの笑い話はさておき、今世紀に入って実現した案が幾つも載っている。

 「何時間も飛行できる動力グライダー」は無人偵察機そのものだ(「無人暗殺機 ドローンの誕生」)。陸軍用の歩行輸送ロボット「機械のゾウ」はビッグドッグ(→Wikipedia)に進化した。「海洋上の軍事基地の役割を果たす反転可能な艀」はメガフロート(→Wikipedia)だろう。ブレイン=コンピューター・インターフェイスも、今はブレイン・マシン・インターフェース(→Wikipedia、「越境する脳」)で知られている。

 それ以上に失敗も多く載っているが、ARPAの責任とは言い切れない失敗?の例がAR-15、またの名をM16(→Wikipedia)。ゴルゴ13も愛用する合衆国軍ご用達の自動小銃だ。

 もともと小柄な南ベトナム兵向けに設計されたAR-15なんだが、なぜか話は「米軍で採用するか否か」にすりかわり、議論で時間を浪費し「南ベトナム軍の兵士に大量配備されたのは六年後の1968年、テト攻勢(→Wikipedia)のあとだった」。コロコロと情勢が変わる戦争と大人数の合意が必要な議会政治は相性が悪いんです。

【IED】

 もちろん、「小便の臭いでジャングル中のゲリラを見つけよう」とかの失敗した研究もたくさん出てくるが、中でも傑作なのがIED(即席爆発装置)対策。そう、今でもイラクやアフガニスタンで米軍が苦しんでるアレ。

 これに対応したのがペンタゴンの物理学者フレッド・ウィーグナー。彼の言葉が実にいい。軍の高官に対しては「あんたたちは科学を理解していない」。科学者たちには「あんたたちは戦争を理解していない」。そして双方を怒らせましたとさw いや笑い話じゃないんだけど、今でもSEの多くが、発注元には「ITを分かってない」、開発者には「客の業務を分かってない」とか言ってるんでない?

 さて、ベトナムだとジャングルにワイヤーを張って起爆装置に繋げてた。そこでフレッドは新兵器を開発する。ったって、ただの棒だ。これでジャングルを探り、ワイヤーを見つけるのである。ガキに棒を持たせて藪に送り込めば、すぐに実演してくれるだろうw 「一方ロシアは鉛筆を使った」なんてネタもあるが、アメリカだってやる時はやるのだw

【終わりに】

 と、なんとか「パート1」の紹介は終わった。次の記事で完結編となる予定です。

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2020年2月18日 (火)

シャロン・ワインバーガー「DARPA秘史 世界を変えた『戦争の発明家たち』の光と闇」光文社 千葉敏生訳 1

(ソ連がスプートニク1号の打ち上げを成功させた1957年10月5日)アメリカ国民の大半は当初、ビープ音を発信するビーチボールにただ肩をすくめるだけだった。
  ――第2章 パニック 1957-1958

頭のおかしな連中やご都合主義者たちはみんなARPAに押し付けてしまえばいい。
  ――第3章 狂気の科学者 1958

ARAPAのもっとも揺るぎない特徴のひとつは、設立時に意図的に定められたわけではないが、官僚的な手続きを避ける能力だ。
  ――第3章 狂気の科学者 1958

本来、ARPAは危機の真っ只中に生まれた応急的な解決策だった。そして、1959年の終わりが近づくにつれて、その短いながらも激動の生涯を終えようとしていた。
  ――第4章 打倒ソ連 1959-

気づけば、アメリカはベトナム、キューバ、レバノンといった世界各地で小規模な紛争に巻き込まれ、現地の政府に戦い方を助言していた。
  ――第5章 ジャングル戦 1950-1962

枯葉剤を使えば、共産ゲリラから貴重な食糧源であるジャガイモやキャッサバを奪うことができる。つまり、枯葉剤の目的はゲリラたちを餓死させることだったのだ。
  ――第5章 ジャングル戦 1950-1962

ARPANETは1960年代前半のARPAで数々の要因が奇跡的なまでに合致した結果として誕生した。
  ――第7章 非凡な天才 1962-1966

【どんな本?】

 DARPA。アメリカ国防高等研究計画局。インターネットの前身であるARPANETを生み出した事で有名な、アメリカ合衆国の先端的な軍事系研究開発機関…と、多くの人に思われている。

 だが、ARPANETの成功の影には、数多くの失敗したプロジェクトもあれば、SF作家の想像を超える無茶なアイデアも無数にあった。またARPAという組織そのものが、存続を危ぶまれた時期もあれば、枯葉剤などの生臭いプロジェクトに関わった事もある。そもそも設立のきっかけは、ソ連のスプートニク・ショックだった。

 天才の集合体のように思われているDARPAは、どんな経緯で誕生し、どんな道筋を辿ってきたのか。今までに、どんな研究に携わってきたのか。ARPANETの成功の秘訣は何か。

 公開となった膨大な公文書や、多数の元DARPA職員などの取材を元に、合衆国の先端的な軍事技術を支えてきたDARPAの歴史を描く、衝撃のドキュメンタリー。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Imagineers of War : The Untold Story of DARPA, the Pentagon Agency That Changed the World, by Sharon Weinberger, 2017。日本語版は2018年9月30日初版第1刷発行。単行本ハードカバー縦一段組み本文約507頁に加え、訳者あとがき5頁。9.5ポイント43字×19行×503頁=410,951字、400字詰め原稿用紙で約1,028枚。文庫なら上下巻の分量。

 文章はこなれていて読みやすい。内容も特に難しくない。さすがに科学研究所の話なので、多少は科学の話も出て来るが、分からなければテキトーに読み飛ばして構わない。ただし、スマートフォンはおろかパソコンすら影も形もない1950年代末から話が始まるので、若い人には当時の様子がピンとこないかも。

【構成は?】

 ほぼ時系列順に話が進むので、できれば頭から読んだ方がいい。ただ、各章は比較的に独立しているので、気になった所だけを拾い読みしてもいいだろう。

  • プロローグ 銃とカネ 1961-
  • パート1 常識破りの兵器開発組織
    • 第1章 知識は力なり 1945-1957
    • 第2章 パニック 1957-1958
    • 第3章 狂気の科学者 1958
    • 第4章 打倒ソ連 1959-
    • 第5章 ジャングル戦 1950-1962
    • 第6章 平凡な天才 1961-1963
    • 第7章 非凡な天才 1962-1966
    • 第8章 ベトナム炎上 1961-1965
    • 第9章 巨大実験室 1965-
    • 第10章 占い頼み 1966-1968
    • 第11章 サル知恵 1964-1967
    • 第12章 アジャイル計画の隠蔽 1969-1974
    • 第13章 ウサギと魔女と指令室 1969-1972
  • パート2 戦争のしもべ
    • 第14章 見えない戦い 1976-1978
    • 第15章 極秘飛行機 1980-1984
    • 第16章 バーチャル戦 1983-2000
    • 第17章 バニラワールド 2001-2003
    • 第18章 空想世界 2004-2008
    • 第19章 ヴォルデモートの復活 2009-2013
  • エピローグ 輝かしい失敗、冴えない成功 2013-
  • 謝辞/注
  • 訳者あとがき

【感想は?】

 今のところ7章までしか読んでいないのだが。

 いやコレ、やたらと面白い。SFファンなら、「第3章 狂気の科学者」は必ず読もう。捧腹絶倒は間違いなしだ。「第6章 平凡な天才」も、SFファンに加え、一般向けの科学解説書が好きな人にも、自信をもってお薦めできる。また、理解のない上司に悩む研究者や開発者なら、「第7章 非凡な天才」に拳を握りしめるだろう。

 「第3章 狂気の科学者」では、物理学者のニコラス・クリストフィロスが大暴れする。この人は昔のSFに出てくるマッド・サイエンティストそのものだ。普通、こういう人の決め台詞は「俺を追放した学会に復讐してやる!」なんだが、この人は学者たちに愛されてる…というか、生暖かい目で見守られているからタチが悪いw

 大酒飲みな上に「何日間もぶっ続けで働き続けられる」バイタリティ、講義させれば聴衆置いてけぼりでアイデアを続々と生み出す回転が速すぎる頭脳。あなたの傍にもいませんか、こんな人。彼が考え出した案の一つが、核ミサイル防衛バリア。高空で核を炸裂させ、周囲の粒子を高エネルギー化し、飛んでくるミサイルを破壊するって発想。

 今でこそ無茶やろと思うが、当時は大まじめに検討され、合衆国海軍などを巻き込んでアーガス計画(→Wikipedia)として実施にこぎつけるからすごい。ちなみに肝心の効果はアレだけど、現場では30分間にわたるオーロラが楽しめたそうです。

 この章では他にも核爆弾推進ロケットのオリオン計画(→Wikipedia)なんてのも出てきて、当時の人の核に対する万能感みたいのが伝わってくる。

 クリストフォロスは第6章 平凡な天才」でも大暴れして、アメリカ大陸横断滑走路とか弾道ミサイル迎撃荷電粒子ビームとか。この荷電粒子ビームの顛末も楽しい。ARPAの肝いりで物理学者を集めたジェイソン・チームで検討したところ、「電力が足りないぞ」→クリストフィロス「五大湖の地下で核核爆発を起こせばいい」「湖の水を15分で排水し、その勢いで発電しよう」。

 計算したら本当にエネルギーが足りると出た…って、そういう問題じゃねえだろw

 この章では、他にも地震学の意外な歴史が明らかになる。なんと、冷戦が地震学を進歩させたのだ。

 時は1961年。ケネディ政権はソ連と核実験禁止条約を結ぼうと考えていた。だが、障害もある。相手が核実験していないと、どうやって確認する?

 21世紀の今なら簡単だ。地震計を調べればいい。だが、当時は核実験の振動と地震の振動が区別できるか否かすら分からなかった。おまけに、核実験はどこで行われるか、見当がつかない。何せアメリカもソ連も広いしねえ。

 そこでARPAは国内で実験を終えるとすぐ、世界中の地震観測所に資金を提供し始める。だけでなく、インドやイランなどにも、地震観測所を無償で提供する。「カネは出すからデータを分けてくれ」ってワケ。これで核実験を突き止められるようになり、核実験禁止条約の障害がクリアできた。つまり…

ソ連との(核実験禁止)条約を締結できたのはARPAの活動の賜物であった。
  ――第6章 平凡な天才 1961-1963

 それに加え、大きなオツリもある。世界的な地震観測網ができたため、大西洋の地震は中央海嶺に沿って起きると証明され、プレート・テクトニクス理論が確認でき、地球科学に大革命が起きた。

地震と核実験を区別するという軍の切実なニーズこそが、地震学を20世紀へと引きずり込んだのだ。
  ――第6章 平凡な天才 1961-1963

 これは当然ながらSFにも波及し、小松左京の「日本沈没」や上田早由里の「深紅の碑文」なんて大傑作へと結実するんだよなあ。

 続く「第7章 非凡な天才」では、ARPANETの誕生が語られる。ここで活躍するのは、ジョゼフ・カール・ロブネット・リックライダー(→Wikipedia)、元は音響心理学者だ。

 当時はコンピュータの黎明期で、計算機学者なんていなかった。みんな、他の学問から移ってきた人ばかりだ。デニス・リッチー(→Wikipedia)だって物理学と応用数学だし。しかも、当時のコンピュータは、パンチカードでデータやプログラムを入れ、ラインプリンタで結果を見る、バッチ処理ばかりだった。そんな環境で、リックライダーの研究テーマは「指揮統制」。

 時はキューバ危機(→Wikipedia)。「(コンピュータの)情報を軍司令官どうしで共有するのには時間がかかった」。そこで彼に与えられたのが、半自動式防空管制組織SAGE。実は当時でも既に時代遅れのシステムだったが、バッチではなく会話式なのが斬新な所。さすがに一人一台じゃなくTSS(→Wikipedia)だけど。

 そんな中、リックライダーは「人々が台所でコンピューター端末を使い、ネットワークでレシピ」を調べるビジョンを思い描く。つまりクックパッドだ。今ならともかく、1960年代前半でそんな発想にたどり着くとは、凄まじい発想力だ。

 ただし、スポンサーの意向は違う。軍や国防長官はコンピュータ科学なんか一顧だにせず、気にしていたのは弾道ミサイル防衛や核実験探知だけだ。というか、「リックライダーが開発を続けられたのは、彼が水面下で活動していたからだ」。ぶっちゃけボス共は、リックライダーが何をやっているか、全く知らなかったのだ。

 わはは。そこの研究者や開発者、ボスにお伺いをたてず、コッソリと何かを研究・開発した事って、あります? いやお伺いしてたらテーマを潰される、っつーか、そもそもボスはテーマを理解できないし。 そういうのって、あるよね、往々にして。

 と、研究者を放し飼いにするとどうなるかの見本が、インターネットなわけです。もっとも、先のクリストフォロスみたいな例もあるけどw

 なんてハッピーな話だけじゃなく、枯葉剤とかにも関わってるんだけど、それは次の記事で。

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2020年2月17日 (月)

SFマガジン編集部編「SFが読みたい!2020年版」早川書房

…ジョージ・R・R・マーティンの名前を見るたびに、「ワイルド・カード」の続きを出せと言いたくなるのは、私だけではないはずだ。
  ――マイ・ベスト5海外篇 細谷正充

 私も同感です、はい。

 今年も出ました年に一度のお祭り本。

 国内篇の上位陣は意外な接戦。対して海外篇はダブルスコア以上であの話題作。いずれもベテランと若手が入り混じって、層の厚さとバラエティの豊かさを感じるのが嬉しい。見逃してたのも多いなあ。柴田勝家「ヒト夜の長い夢」,ラヴィ・ティドハー「黒き微睡の囚人」,マイケル・ベンソン「2001:キューブリック、クラーク」…。

 あ、それと、草上仁「5分間SF」にはひたすら感謝。去年、そんな事を書いてたし。

 「伴名練インタビュウ SFの歴史を継いでいくこと」。既存の名作を巧みに織り込んで美味しく仕上げるマニアックな芸風の人、とばかり思い込んでいたけど、実は「いかにSFパンデミックを引き起こすか」「いかに素人をたぶらかしてSF沼に引きずり込むか」を常日頃から目論んでいる人なのがわかった。いやあ実に頼もしい。

 ところで、「サブジャンル別ベスト10&総括」で「海外文学」はあるのに「日本文学」がないのはなぜ? 既に日本文学はSFの拡散と浸透が済んでるから? いいや具体的な作家としては上田岳弘ぐらいしか知らないけど。

 同じく「サブジャンル別ベスト10&総括」はAI花盛りで、やはりポール・シャーレ「無人の兵団」は読みたい。あとサイモン・ウィンチェスター「精密への果てしなき道」も面白そう。

 「SFコミック」では、「電子書籍のコミックス販売額が紙のそれを上回ったのが2017年」に驚いた。コミックスじゃ、とっくに紙が追い越されてたのか。若い人ほど電子書籍に抵抗がなく、そのため読者層が若いコミックスは動きが先行してる、とかかな? 麦原遼「逆数宇宙」も読みたいし、そろそろ私も考える時がきたのか。

 「このSFを読んでほしい!」。早川書房はやはりピーター・トライアスが出るんですね。期待してます。アトリエ・サードのアルジス・バドリス「無頼の月」は2017年版から予告が続いているような気が…

 「2020年のわたし」。上田早由里のオーシャン・クロニクルには期待してます。高島雄哉「エンタングル:ガール2」ってマジかい!本当ならいいなあ。藤井太洋「マン・カインド」、やっぱり終盤なんだ。海外短編のアンソロジーを編んでくれたら嬉しいけど、新作小説も読みたいし、分身の術を会得するかマシンに精神をアップロードするかして欲しい。

 「2010年代ベストSF30」。チャイナ・ミエヴィルは「都市と都市」「言語都市」どっちが好き? 私は「言語都市」。だってエイリアンが出てくるし。

 「2010年代総括座談会 アイデンティティと多様性の時代に」鏡明×大森望×橋本輝幸。やっぱ「皆勤の徒」の翻訳って無理っぽいと思うよね。ピーター・ワッツに対し「こういう先鋭的でがんばってるSFはやっぱり入れておかないと」って、はい、全くその通り。小野不由美「白銀の墟 玄の月」を「1・2巻で完結だと思ってた」って、そりゃ唖然としただろうなあw 小川一水「天冥の標」を「SFの全体像」ってのは、言えてる。いやまだ最終巻を読んでないけど。SFの美味しい所を全部ブチ込みました、的な雰囲気があるよね。 

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2020年2月14日 (金)

塩之入洋「高血圧の医学 あなたの薬と自己管理」中公新書

本書は、成人の最大疾患群「高血圧」がもついろいろな問題点の解説、危険な合併症を防ぐための対策、高血圧の持続的な治療の必要性、高血圧治療薬の適応と副作用、「快適な生活を過ごす」ために知っておくべき知識などを記述しました。
  ――はじめに

安静時の成人の正常な動脈血圧は、収縮期(最大)血圧が100-130mmHg、拡張期(最小)血圧が50-85mmHgにあります。
  ――第1章 高血圧と血圧測定

【どんな本?】

 30歳以上の日本人のうち、約3300万人、つまり三人に一人が高血圧と思われる。もはや日本の国民病と言ってもいいだろう。

 その高血圧とは、どんな状態か。高血圧の何が悪いのか。高血圧か否かは、どうやって調べるのか。なぜ高血圧になるのか。高血圧を防ぐには、どうすればいいのか。どんな治療法があるのか。高血圧の薬には、どんなものがあるのか。それぞれの薬には、どんな特徴があるのか。薬を服用する際には、どんな事に気を付ければいいのか。

 老化に伴う宿命ともいえる高血圧について、その危険と対策、そして主な薬を中心に語る、医学解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2002年1月25日発行。新書版で縦一段組み本文約237頁に加え、あとがき2頁。9ポイント41字×16行×237頁=約155,472字、400字詰め原稿用紙で約389枚。文庫なら薄めの一冊分ぐらいの文字量。

 文章の読みやすさと、内容のわかりやすさは、読者による。というか、対象読者を絞り込めていない。

 素人向けだとしたら、文章は硬すぎるし、専門用語を説明抜きで使いすぎる。細かいところでは、「増大する」「減少する」より「増える」「減る」の方が親しみやすい。「過剰な食塩を摂取」を「塩の摂りすぎ」にするなど、工夫してほしい。また「レニン-アンジオテンシン系」とか言われても、素人には見当がつかない。

 特に第4章~第8章は、医師や厚生省の役人など専門家向けの内容だろう。これが本書の半分近くを占めてたりする。

 かと思えば、高血圧の説明に水まき用のホースで例えるなど、素人向けに工夫している所もあるから、評価に困ってしまう。

 日頃から論文や報告書などの専門家向けの文書を書きなれた人が、同じ勢いで書き下ろした、そんな雰囲気の本だ。

【構成は?】

 素人なら、第1章と第2章は、ちゃんと読もう。第3章は軽く流し読みでいい。第4章~第8章は、読み飛ばしてもいいし、自分が当てはまる所だけをつまみ食いしいてもいい。第9章と第10章はちゃんと読もう。

  • はじめに
  • 第1章 高血圧と血圧測定
  • 第2章 高血圧の診断と危険因子
  • 第3章 高血圧治療と降圧剤
  • 第4章 第一選択薬の特性と選択
  • 第5章 高血圧治療薬の薬物相互作用
  • 第6章 合併症を持つ場合の高血圧治療薬の選択と注意
  • 第7章 女性と小児の高血圧
  • 第8章 特殊な高血圧 二次性高血圧など
  • 第9章 高血圧治療 ちょっと気になる疑問
  • 第10章 飲酒と喫煙
  • 付章 低血圧
  • あとがき

【感想は?】

 最近の健康診断で高血圧と言われた。まあ歳だし、とは思うが、やっぱり怖い。何ができるかを知りたくて読んだんだが、これが実にみもフタもない。要は食事と生活習慣を変えろ、だ。

…ライフスタイル改善の共通点は、過剰なカロリー(エネルギー)摂取制限と、適切な運動にあります。
  ――第2章 高血圧の診断と危険因子

 思い当たるフシは、確かにある。体を動かすのは嫌いだし、食事は偏ってる。あまり塩分は摂らないが、甘いものは大好きだ。酒は飲まないが、煙草は吸う。ダメじゃん。

 せめて少しは体を動かすようにしよう。でも走るのは嫌だなあ。筋トレなんて冗談じゃない。なんて思っていたら、実はそれでも構わないのだ。

運動ではとくに有酸素運動(エアロビクス)が勧められ、全身の大きな筋肉を繰り返し時間をかけて動かすものがよいとされます。具体的には、散歩、早歩き、球技、水泳、サイクリング、ダンスなどです。
  ――第9章 高血圧治療 ちょっと気になる疑問

 うん、それならできる。ヲタクの例に漏れず、歩くスピードは速い方だ。なら早歩きで散歩すりゃいいか。

 …で記事が終わっちゃったらアレなので、後は野次馬根性で面白かった所を。まずは、高血圧の原因について。

高血圧は大別して、本態性高血圧(原発性高血圧、体質性高血圧)と二次高血圧にわけられます。本態性高血圧は、現在のところ、真の原因が不明な高血圧で、全体の90%を占めています。
  ――第2章 高血圧の診断と危険因子

 同じ高血圧でも、内臓疾患などによる場合もあるのだ。もっとも大半は「真の原因が不明」の方だけど。つか、わかってないのか。とはいえ、医者の言う「わかってない」は、素人が考える「わかってない」とは違うようだが。たぶん、原因と結果は見当がついているけど、途中でどんなホルモンや酵素がどう関わっているのか、そのメカニズムの一部が明らかになっていない、みたいな意味なんだろう。

 ちなみに子供も高血圧になるとか。ただし、二次高血圧の疑いもあるので、尿タンパクなど他の検査も併せて考えましょう、と。パタリロはコレかな?

 本質的な解決にはなってないんだが、ある程度は医者を誤魔化す方法も書いてあったり。曰く、血圧を測る前の30分はコーヒーを飲まず煙草も吸わない。冬より春や秋の快適な季節は血圧が低くなりやすい。そうか、次の健康診断では←をい

 ゴマカシじゃないけど、喪男にありがちなのが、白衣高血圧。要は血圧を測る時に緊張しちゃって、普段より高い値になっちゃう。うん、きっと俺はコレだわ←をい。まあ、それだけじゃなくて、日頃から仕事や睡眠不足でストレスが溜まってると、血圧も高くなるわけで、健康診断の前日は早く寝ましょう。

 いわゆる代替医療への警告もチラホラと。特に著者が気にしているのが、セイヨウオトギリソウ俗称セント・ジョーンズ・ワート(→Wikipedia)。他の薬との飲み合わせによっては、「深刻な病状の悪化」もあり得るので、「厚生労働省からも警告」が出ている。きっと当時は流行ってたんだろうなあ。

 というか、第5章を流し読みした限り、日頃から飲んでる薬などは、ハッキリと医師に告げておく方が無難だよね、と感じる。薬どうしで効果を強めたり弱めたり、または思わぬ副作用をもたらしたり、イロイロあるのだ。素人が全貌を掴むのはまず無理なので、医師に正確な情報を伝えて判断を任せた方がいい。

 2001年と医学系の本の中だと最新とは言い難いが、基本的な対策は今も大きく変わっちゃいない。つまり酒・煙草・暴飲暴食・塩分を控え、長時間の軽い運動をしましょう、医師には隠さず正直に相談しよう、そんなあたりだろう。とはいえ、わかっちゃいるけどやめられない、なんだよなあ。困ったもんです。

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2020年2月13日 (木)

シルヴァン・ヌーヴェル「巨神降臨 上・下」創元SF文庫 佐田千織訳

ぼくたちはなにもしなかった……死ぬのを待ってたんだ。
  ――上巻p68

自分自身にそれが適用されないかぎり、わたしは彼らの主義を称賛した。
  ――下巻p61

【どんな本?】

 世界各地に出現した巨大ロボットたちは、人々に死を振りまいた。幸いローズ・フランクリンの対策が呼応を奏したのか、巨大ロボットたちは姿を消す。喜ぶのも束の間、人類が手に入れた巨大ロボットのテーミスも姿を消してしまう。操縦者ヴィンセントとエヴァ、そしてローズと地球防衛隊司令官のユージーンを巻き添えにして。

 四人は巨大ロボットの故郷、エッサット・エックトに転送されたのだ。異星において、珍獣とも難民とも客人ともつかぬ、中途半端な立場に置かれた四人は、それぞれの立場で自らの暮らしを始める。

 その頃、地球では。巨大ロボットの引き起こした災厄は、人類に強い恐れを引き起こす。残された唯一の巨大ロボットのラペトゥスを手に入れたアメリカ合衆国は、その強大な軍事力を前面に押し出し、強硬な軍事・外交政策を推し進める。他の諸国も、災厄の犠牲者と生存者の違いを根拠に人びとをランク分けして分断し、特定ランクの者は収容所に押し込めていた。

 そして9年。巨大ロボットのテーミスと共に異星から帰還したヴィンセントらは、テーミスともどもロシアに捕獲されてしまう。テーミスを手に入れたロシアは、その強大な武力で国際社会における存在感を示そうと動き始めるが…

 異星人の遺産である巨大ロボットをテーマとした娯楽アクションSF三部作の完結編。SFマガジン編集部編「SFが読みたい!2020年版」ベストSF2019の海外篇で18位に食い込んだ。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は ONLY HUMAN, by Sylvain Neuvel, 2018。日本語版は2019年5月24日初版。文庫本の上下巻で縦一段組み本文約352頁+334頁=約686頁に加え、大野万紀の解説6頁。8ポイント42字×18行×(352頁+334頁)=約518,616字、400字詰め原稿用紙で約1,297枚。文庫本の上下巻としては普通の厚さ。

 文章はこなれていて読みやすい。表紙のイラストで見当がつくように、「古代に異星人が残した巨大ロボットに人間が乗り込んで操縦する」お話だ。だから、科学や背景ではけっこう無茶やってる。そういうのが許せる人向け。

 それ以上に、三部作の完結編なのが重要。そのため、人間関係や設定は、前二作を引きずっている。読むなら、素直に開幕編の「巨神覚醒」から取り掛かろう。

【感想は?】

 いよいよ待望のエイリアンが登場する。のだが…

 人類を遥かに超えるテクノロジーを持つエイリアンである。さぞかし色々と進んでいるんだろう、と思ったら、そうきたか。

 ヲタクなネタと巨大ロボットの魅力で引っぱってきたこのシリーズ、完結編では著者の政治的な姿勢が色濃く出る作品となった。勝手な想像だが、これは著者がカナダのケベック州の出身なのが大きいんだろう。

 カナダは先進国だ。アメリカ合衆国と同じく、移民が作った若い国でもある。ただし自他ともに認める超大国であるアメリカと比べれば、とても小さな国だ。いや国土は広いんだが、人口は合衆国3.28億人に対しカナダ0.37億人、GDPも合衆国20.4兆ドルに対しカナダ1.5兆ドル。大雑把に国の規模は1/10ぐらい。そんなカナダで生まれ育てば、自然と合衆国に対し複雑な感情を抱くだろう。

 軍事・経済・科学そして文化でも、合衆国は世界をリードしている。それはSFも同じだ。だから、合衆国への憧れはある。と同時に、世界の全ての国を相手にして戦争しても勝てるほどの桁外れの軍事力に対しては、どうしたって怯えてしまう。幸い今のところ両国間の関係は良好だが、合衆国が牙をむいたら、どうなることやら。

 そんなカナダの中にあって、ケベックは更に複雑だ。なんたって、公用語がフランス語である(→Wikipedia)。今はやや大人しいが、カナダからの独立を求める動きも強い。だもんで、「合衆国に対抗するため全国民が一丸となって云々」みたいなワケにもいかない。

 そういう複雑な環境で生まれ育ったためか、暴力や権力の圧力や、人びとを差別し分断しようとする動きへの反感が、最終巻であるこの作品に強く出ている。

 なんたって、冒頭から合衆国はリビアの内戦に介入だ。しかも、海兵隊所属となった巨大ロボットのラペトゥスを前面に押し出した、ゴリゴリの脅迫である。まるきしヤクザだw にしても海兵隊ってのは巧いね。何せこの巨大ロボット、守りが硬く武器が強力なのに加え、常識を超えた移動ができる。こういう機動ができるんなら、強襲が専門の海兵隊にピッタリだ。

 そんな合衆国に対し、好敵手を自任するロシアは…。

 いやあ、既刊のアリッサ・パパンドヌ博士もなかなかの役者だけど、この巻で登場するGRU所属のキャサリン・レベデフ少佐が、実にトンガった人で。ロシア人といえば無口でクールなんて常識を鮮やかにひっくり返し、ソープオペラばりにしゃべるしゃべるw しかも、そのお喋りにほとんど中身がないのも凄いw

 所属がGRUだし、ハリウッド映画でアメリカンな振る舞いを学んだんだのかな、なんて思いながら読むと、更に楽しめます。もっとも、稀に覗ける彼女の意図は、やっぱりロシアなんだけどw 「レベデフ少佐のつぶやき」なんてスピンオフがあったら、是非とも読んでみたい。

 などと、物騒なのは軍と諜報機関だけでなく、いずれの国も社会全体がアレな方向に行っちゃってるあたりに、著者の政治性を強く感じるところ。このあたりでは、何かと生臭い事柄を思い浮かべてしまう。今の合衆国の移民排斥傾向に始まり、ユダヤ人の強制収容所もそうだが、太平洋戦争中は日系人も収容所に入れられたんだよなあ。まあ現代の日本もヒトゴトじゃないけど。

 ってな傾向に対し、単に厭うだけでなく、原因にまで思いをはせ、痛い所を突いてくるから憎い。

人は自分が知らないものを恐れます。
  ――上巻p136

彼らは自分たちの信条に居心地よさを感じるためだけに、時間とエネルギーを費やして物事を学ばない方法を探すだろう。
  ――上巻p323

わたしたちはだ……誰かのせいにする必要があるの。
  ――下巻p17

 では進んだテクノロジーを持つエイリアンは、というと、ここでも見事にハシゴを外すんだな、これがw 異星エッサット・エックトを描く場面では、意外としょうもない異星人の状況以上に、不慣れな世界に放り込まれた地球人四人の対比が、なかなか染みる。特に地球を懐かしむユージーンと、新しい世界に飛び込んでいくエヴァの対照が鮮やかだ。

 そのエヴァも、とーちゃんとはギクシャクしてるのは、名前のせいだろうかw

 やはり同じカナダ出身のSF作家ロバート・J・ソウヤーの「ネアンデルタール・パララックス」同様に、サービス満点な娯楽性と共に、著者のリベラルな政治姿勢が強く出た作品だ。だから好みは別れるだろうが、ハマればきっと楽しめる。

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2020年2月 7日 (金)

齋藤勝裕「知られざる鉄の科学: 人類とともに時代を創った鉄のすべてを解き明かす」ソフトバンク・クリエイティブ サイエンス・アイ新書

一般に炭素が多いと、硬くてもろくなり、構造材には用いられません。逆に炭素が少ないと柔らかく、粘り強くなります。刃物や構造材に用いられるのは後者です。
  ――第5章 鉄の製造 column 鉄の種類

最近の研究では、ダマスカス鋼に含まれる炭素がただの炭素でなく、カーボンナノチューブが含まれていることがわかり、その神秘性はますます高くなっています。
  ――第7章 不思議な鉄 7-1 幻のダマスカス鋼

【どんな本?】

 鉄はもっとも身近な金属だ。身の回りには、たくさんの鉄製品がある。包丁,スプーン,釘,自動車,鉄道のレール,鉄筋コンクリートのビル…。それぞれ使い方は違い、求められる性質も違う。

 鉄はどうやって出来たのか。ヒトはどこから鉄を掘り出し、どうやって加工したのか。様々な性質の鉄は、何が違うのか。そして、どんな所で鉄を使っているのか。

 鉄原子の誕生から先端技術まで、鉄の雑学を集めた一般向けの科学解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2016年2月25日初版第1刷発行。新書版フルカラー横一段組みで本文約182頁。8ポイント29字×27行×182頁=約142,506字、400字詰め原稿用紙で約357枚。文庫ならやや薄い一冊分ぐらいの計算だが、写真・イラスト・グラフなどが沢山載っているので、実際の文字数は6~7割ぐらい。

 文章はこなれている。内容は、中学卒業程度の理科がわかればついていける。またカラーの写真やイラストが多いので、紙面が親しみやすい。

【構成は?】

 それぞれ数頁のほぼ独立した記事が並ぶ構成なので、気になった所を拾い読みしてもいい。

  • はじめに
  • 第1章 鉄の歴史
    • 1-1 鉄の発見と加工の歴史
    • 1-2 日本に伝わった製鉄技術
    • 1-3 産業と鉄
    • 1-4 国家と鉄
  • 第2章 鉄の性質
    • 2-1 原子としての鉄
    • 2-2 鉄は金属元素
    • 2-3 鉄は強い?
    • 2-4 鉄は電気を通す
    • 2-5 鉄は磁石と超伝導体になる
    • 2-6 鉄は重く、融けにくく、錆びやすい
    • column 燃える金属
    • column 鉄のにおい
  • 第3章 鉄の化学
    • 3-1 鉄の存在量
    • 3-2 ビッグバンと鉄原子
    • 3-3 鉄は多くの原子の生みの親
    • 3-4 鉄の結晶状態
    • 3-5 鉄の化学反応
    • column 黒豆と古釘
  • 第4章 変貌する鉄
    • 4-1 合金の今昔
    • 4-2 高硬度鋼は特殊用途向け
    • 4-3 熱さ・冷たさを克服した耐熱鋼
    • 4-4 変化自在な鉄合金
    • 4-5 鉄の未来形
    • column 鉄と放射性元素
  • 第5章 鉄の製造
    • 5-1 鉄鉱石の採掘
    • column 鉄とレアメタル
    • 5-2 鉄の製造
    • column 鉄の種類
    • 5-3 世界の製鉄の歴史
    • 5-4 日本の伝統的な製鉄法
    • column 鉄バクテリア
  • 第6章 日本刀の秘密
    • 6-1 日本刀の歴史
    • column 時代による刀装
    • 6-2 日本刀の構造
    • 6-3 日本刀のつくり方
    • 6-4 日本刀の秘密
    • 6-5 日本刀鑑賞の秘密
    • column 鉄仏とは
  • 第7章 不思議な鉄
    • 7-1 幻のダマスカス鋼
    • 7-2 チャンドラバルマンの鉄塔
    • 7-3 現代の不思議な鉄
    • 7-4 日本の伝統的な鉄器製作技術
    • 7-5 製鉄と伝説
    • column 鉄とDDS
  • 第8章 生命と鉄
    • 8-1 原始地球と生命
    • 8-2 猛毒酸素から地球を救った鉄
    • 8-3 細胞に酸素を運ぶ鉄
    • 8-4 生活と鉄
    • 8-5 芸術と鉄
  • 参考文献/索引

【感想は?】

 手軽な科学解説書には、幾つかのブランドがある。

 講談社ブルーバックスは老舗の貫禄を誇る。日刊工業新聞社の「トコトンやさしい」B&Tブックスは産業系のラインナップが充実している。ハヤカワ文庫NFは翻訳物が嬉しい。そしてサイエンス・アイ新書は新手ながら、親しみやすいフルカラーがウリだろう。

 いずれも「いかにわかりやすく読者に伝えるか」に工夫を凝らしている。それぞれ工夫の仕方は、ブランドによって違う。中でもB&Tブックスの手法は素人にも判別しやすい。レイアウトを定めて、キッチリ守るのだ。

 とはいえ、実績のある学者や産業界で活躍した人は、初心者向けの解説者としては向かない場合が多い。ただでさえ知識と経験が豊かな上に、自分の研究領域や仕事の内容が大好きな人が多い。だもんで、話題が豊富なのはいいが、語り始めると「アレも書きたい、コレも伝えたい」となる。それでも序盤は初心者向けを意識して丁寧に解説する。だが、本の頁数には限りがある。お陰で最新技術を伝える終盤では、素人には意味不明な数式や分子記号がズラズラと並ぶ羽目になる。

 そこをいかにコントロールするかが編集の腕の見せ所。その点、サイエンス・アイ新書の編集は腕利きが揃っているようだ。それがよくわかったのが「銃の科学」。マニアには常識でも軍事や銃器の素人は「言葉しか知らない」事柄をキチンと説明しつつ、著者の趣味にも配慮して独自色を見せた。

 そういった編集の妙は本書にもよく現れている。著者は物理と化学に詳しい人らしく、特に第2章と第3章に著者の色がよく出ている。もっとも、これは単に著者の好みだけではない。変化自在な鉄の性質を呑み込むには、こういう部分が大事だったりするんだが、それが判るのは終盤に入ってから。

 中でも素人に嬉しいのが、「第5章 鉄の製造 column 鉄の種類」。いわゆる「鉄」と「鋼」の違いを説明するコラムだ。今までも Wikipedia などで調べたが、いまいちピンとこなかった。炭素量が違うらしい、まではわかったが、どう違うのかがわからなかったのだ。

 本書によれば、炭素量2~6%は鋳鉄、つまり鋳物だ、これは硬いが割れやすい。鋼は炭素量2%未満で炭素量が少ないほど柔らかく割れにくい。0.5~0.7%が最硬鋼、0.13~0.2%が軟鋼。とすると、かなり精密な成分を調整する必要がある。

 にも関わらず、世にある製鉄の説明は、相当に荒っぽい。高炉に鉄鉱石とコークスと石灰石を流し入れて火をつけ云々。それじゃ成分の調整なんかできないじゃないか。

 そう、できないのだ。実は高炉から出てくるのは銑鉄で、成分は鋳鉄に近い。現代では、銑鉄を更に転炉に入れ、炭素やケイ素を酸素と化合させて取り除く。そうやって鉄は鋼になるのだ。なんかわかった気がする。いや多分、大事なところはまったくわかってないけど。

 などといった、製品としての鉄の話題ばかりでなく、鉄に関する歴史や現象などの話も豊富なのが、本書のもう一つの特徴だろう。

 例えば「column 鉄バクテリア」(→Wikipedia)。取水口とかにある、サビ色のドロドロ、あれは鉄バクテリアの死骸なのだ。

 やはり意外だったのが、日本刀のつくり方。あれ一つの鉄塊から作るのかと思ったら、とんでもない。よく言われるように、日本刀は芯が柔らかく刃が硬い。だから切れ味は鋭いわりに折れにくい。どうすりゃそうなるのか。実は材料が違うのだ。柔らかい鋼の芯棒に、硬い鋼の刃をかぶせるのである。手が込んでるなあ。

 日本刀のもう一つの特徴である反りも、「刀工が意図的に曲げたものではありません」。へ? これ、焼きを入れて冷やす際に、結晶構造が変わる事で勝手に反るのだ。マルテンサイト変態(→Wikipedia)と呼ぶらしい。結晶構造で性質が変わるって、チョコレートみたいだ。

 やはり結晶構造ではアモルファス(→Wikipedia)なんてネタも出てきた。いやアモルファスは結晶じゃなくて、むしろガラスみたく分子が出鱈目に並んでる状態なんだけど、「機械的強度や耐酸性が高いだけでなく、磁性が強い」って、錆びにくく磁気を帯びやすいって事かな? よくわからんがエレキギターの弦に使ったら、音が大きい上に長持ちするとか?

 かと思えば宇宙創成みたいな話も出てきて、幅広く鉄について学べる本だった。アチコチに化学式が出てくるけど、それにアレルギーがなければ、豊富なイラストや写真で楽しみながら鉄の知識が身につく、一般向け科学解説書のお手本みたいな本だった。

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2020年2月 3日 (月)

SFマガジン2020年2月号

『ジャムはまだ勝ててないよ、ジャック。おれたちがいる』
  ――神林長平「哲学的な死 前編 戦闘妖精・雪風 第4部」

「探しているというか、うん……まあ、いつか見つかったらいいなくらいに思っているんだけどね」
  ――高野史緒「本の泉 泉の本」

 376頁の標準サイズ。

 特集は「創刊60周年記念号」として、記念エッセイ60本一挙掲載。

 小説は10本。

 連載は7本、うち新連載2本。新連載は神林長平「哲学的な死 前編 戦闘妖精・雪風 第4部」と飛浩隆「空の園丁 廃園の天使Ⅲ」。他に椎名誠のニュートラル・コーナー「すすり泣く雨、くねり泣く川」,夢枕獏「小角の城」第57回,冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第28回,藤井太洋「マン・カインド」第10回,菅浩江「博物館惑星2 ルーキー 第10話 笑顔のゆくえ」。

 読み切りは3本。劉慈欣「三体Ⅱ 黒暗森林 プロローグ」大森望・立原透耶訳,高野史緒「本の泉 泉の本」,グレッグ・イーガン「故郷へのまわり道」山岸真訳。

 神林長平「哲学的な死 前編 戦闘妖精・雪風 第4部」。フェアリイ基地への総攻撃を経て、寄生したロンバート大佐と共に、<通路>を抜けてジャムが地球の南極に到達した。基地へと戻った深井大尉は、滑走路の様子に違和感をおぼえる。地上に動くものがなく、残骸も含め敵味方の機体も見えず、管制の応答もなく、戦術データリンクも切れている。

 待ってましたその1。今思えば、戦術データリンクってF-22やF-35が実現したアレだよね。ジャム・雪風・深井零それぞれの、世界観の違いとコミュニケーションの難しさにフォーカスが当たった第3部を受け、今回も雪風と深井零が手さぐりでコミュニケーションを試みてゆく。言葉が通じず、動作によって意思疎通を図るって点では、雪風って犬や猫に似てるなあ。零との関係を考えると、犬より猫だよね。

 飛浩隆「空の園丁 廃園の天使Ⅲ」。昭和52年の春、山陰の青野市。進学校である県立啄星高校に、二年の転校生が来た。印南棗。端正で洗練された雰囲気の女生徒だ。かつて青野氏に住み、久しぶりに戻ってきたらしい。印南と最初にあいさつしたのは三人、同じ二年の小野寺早都子と児玉佐知と志野原季子。その児玉は何か悩みがあるようで…

 待ってましたその2。オジサンには携帯電話もインターネットもない1977年の風景が懐かしい。首都圏には「ぴあ」があったが、それでも映画の上映情報を得るのは難しかった。映像メディアもデジタル化しておらずフィルムなので、珍しい映画は自主上映会などを漁るか、テレビの放映を待つしかなかった。などと遠い目をしていると、次第にアレなナニが侵入してきて…

 劉慈欣「三体Ⅱ 黒暗森林 プロローグ」大森望・立原透耶訳。2015年のヒューゴー賞長編小説部門をかっさらい、世界中の話題をさらった作品の第2部のプロローグを掲載。冒頭は大頭蟻の視点ではじまる。ヒトとは立ち位置も感覚もスケールも全く異なった観点で描く、世界の変転と生存の戦略と世界観が、心地よいセンス・オブ・ワンダーを生み出している。ちょっと「」を思い出した。あれの冒頭も凄かった。

 グレッグ・イーガン「故郷へのまわり道」山岸真訳。近未来。アイシャとジャンニのカップルは、旅行会社の抽選で月への旅行が当たった。厳しい訓練を経て、二人は月の<中央基地>へを訪れる。優れた専門家に案内され、水耕作物工場や太陽熱製錬所、そしてモラヴェック・スカイフックなどの見学を楽しむ二人だが…

 宇宙へ行く教師って、思わずスペースシャトル・チャレンジャーの事故(→Wikipedia)を思い出してしまう。実際、アイシャも通信ラグに悩みつつも生徒たちに遠隔授業したり。幸い、アイシャは無事に月にたどり着くのだが、扉絵で分かるように思いのほか長く滞在する羽目に。そういや月も自転してるんだよね。公転周期と同じだから、地球から見ると自転してないように見えるだけで。

 冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第28回。<誓約の銃>のマクスウェルが、<白い要塞>を襲う。<シザース>の洗い出しが終わっているはずだ、一覧を寄越せ、と。特にベンヴォリオ・クォーツが候補に挙がっている事に、クインテットのメンバーも驚く。それを聞いたマクスウェルは、独自に突っ走り始める。

 足を洗ったとはいえ、荒事になると血が騒ぐアビーにニヤリとする。それ以上に今回は、レイ・ヒューズ老が美味しい所をガッポりさらってゆく。しかもガンマンだってのに、全く銃を抜かずにw 私は50~60代ぐらいのクリント・イーストウッドを思い浮かべながら読んだ。登場した時からタダ者じゃないと思っていたが、やっぱり。

 菅浩江「博物館惑星2 ルーキー 第10話 笑顔のゆくえ」。<アフロディーテ>開設50周年イベントの記録係として、銀塩写真家のジョルジュ・ペダンが候補に挙がった。しかしジョルジュは浮かない顔だ。「笑顔の写真」が彼の代表作とされる。そこに何か秘密があるようだ。ジョルジュの相手を任された健は、なんとか彼の心を解きほぐそうとするが…

 テクノロジーと人間の関わりを描くのが巧みな著者、今回も見事にカマしてくれた。銀塩写真って所に仕掛けがあるな、と思ったら、まあそうなんだけど、更にいくつかヒネリが入ってた。加えて、もう一つ最近の流行りの技術を取り上げつつも、ちゃんと歴史的な議論を踏まえた上で、著者らしい味付けを施すのも忘れていない。読みやすいながらも、実は濃いSFガジェットをしこたま仕込んである。

 高野史緒「本の泉 泉の本」。四郎と隆彦は、古本屋を漁る。四郎が最初に確保したのは、尾田利恵の唯一の詩集。その裏の書棚は、探偵小説が並んでいる。

 旅行に行っても旅先の古本屋に飛び込むような人には、「うんうん、そうなんだよな~」な情景が次々と描かれていて、それだけでお腹いっぱいになってしまう愛すべき作品。出版社の自主規制も時代と共に変わるので、昔の本はそういう所も面白かったりする。うんうん、あるよね、積極的に探すワケじゃないいけど、棚を漁って見つかったら儲けもの、みたいな本。ダブって買っちゃうのも、よくある。

 藤井太洋「マン・カインド」第10回。佳境に入った上に頁数も少ないので、内容は紹介しずらい。「まるで人力じゃない」には笑ってしまった。Google も Amazon も、「桁違いの記憶・演算能力をコキ使っていかに自動化するか」を徹底的に追及してるし。にしても彼ら、一人でディープ・パープルを演奏できるんでない? でもビートルズは難しいんだよね、彼らコーラスが多いから。

 「創刊60周年記念号」記念エッセイ。うん、確かに小尾芙佐によるキャロル・エムシュウィラー「順応性」の訳は見事だった。今は手に入りにくいのが残念。なんであんな名作が。ぐぎぎ。「アルジャーノンに花束を」に泣いた人は、ぜひ読んでみよう。水鏡子の経済感覚と見栄の変化が、とても他人事とは思えないw 山田正紀の「恥ずかしい思い出」も傑作。もっとユーモア作品も書いてほしいw スタニスラフ・レムからスタニスワフ・レムに変わったのは、ロシア語からポーランド語に変わったからなのね。森優の「SFを手掛ける出版社は必ず潰れる」なんて時代から、今はいい時代になったなあ。伴名練の「他人が編むアンソロジーの目次が見たい」、よくわかる。もうすぐ出る「SFが読みたい!2020年版」の「マイ・ベストSF5」は、そういう面白さがあるのだ。

 SFの射程距離 第2回 「歩行に魅せられて」として、ゲストは産業技術総合研究所上級主任研究員の梶田秀司。二足歩行ロボットの研究・開発に携わり、HRP-4C(→Wikipedia)などを担当している人。実は歩くって難しいってのは昔から言われてたけど、服を着るってのも、確かに難しそうだなあ。フランス人研究員が多い理由にも大笑い。あと軽量化の専門家って、確かに彼らはノウハウを沢山持ってそう。

 「Sai-Fi:Science and Fiction SFの想像力×科学技術」。劉慈欣の中国SF事情がやたら興味深い。「SFの冬は何度も来ました」「映画化の権利の価格が2010年から今に至るまで、百~百五十倍ぐらいに増えています」も衝撃だが、「中国では中学生・高校生・大学生がSFを読んでいます」も重大。1985年あたりの日本のゲーム市場みたいな状況にあるのだ。とすると、今後の市場は凄い勢いで伸びるはず。まあ、大きな政変がなければ、だけど。これはSFに限らず、流行歌など若者向けの市場全般に言える。たぶん映画や音楽も中国市場が大きな力を持つだろう。

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