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2020年1月27日 (月)

バーツラフ・シュミル「エネルギーの人類史 上・下」青土社 塩原道緒訳 2

基本的に、地球上の文明はすべて太陽放射に依存するソーラー社会に他ならない。
  ――第5章 化石燃料と一次電気と再生エネルギー

エネルギーと経済について語ることは、同じことがらを異なる言葉で語るのと同じだ。
  ――第6章 化石燃料文明 かつてないパワーとその利用

オランダ、イギリス、アメリカが連続して経済大国となり、国際的な影響力を獲得したのは、これらの国がいち早く、有効エネルギー一単位をそれほど必要とせずに抽出できる(つまり、エネルギー純利益が高い)燃料を利用していたことと密接に関連している。
  ――第7章 世界の歴史の中のエネルギー 決定論と選択の狭間で

 バーツラフ・シュミル「エネルギーの人類史 上・下」青土社 塩原道緒訳 1 から続く。

【どんな本?】

 かつて人類のエネルギー源は己の筋力だけだった。次いでウシやウマなど獣の筋力も使うようになり、また条件が許せば水力や風力も使い始める。

 その後、蒸気機関により桁違いのエネルギーを手に入れた人類は、更に内燃機関やタービンによって大きな飛躍を遂げる。だが文明の進歩は平等ではなく、21世紀の今日も生物のエネルギーに頼っている人々もいれば、その2桁以上のエネルギーを浪費する社会もある。国単位で見ると、手に入るエネルギー量は必ずしも国民の生活の向上につながるわけではない。

 エネルギーを中心に人類の歴史を俯瞰し、また現代の人類の状況を分析し、未来の展望を描く、一般向けの歴史解説書。

【製鉄】

 上巻では、紀元前から産業革命前までの歴史を辿ってきた。下巻では、いよいよ蒸気機関による産業革命から石油や天然ガスへと主力が移る現代へと足を踏み入れる。

 ここで、まず虚を突かれたのが、鉄の重要性。少し前まで、製鉄量は国家の力を測る大事な指標だった。太平洋戦争の原因として、よく米国による経済封鎖が言われる。特に石油の禁輸が有名だが、同時に屑鉄なども禁じられた。毛沢東も鉄の生産を重視し、農村で鉄を作った。もっとも、こちらは典型的な粗製乱造に陥って大失敗に終わったけど。

 Wikipedia の粗鋼生産ランキングでも、「20年ぐらい前までは、国内経済の重要指標」とある。にしてもトップが小国ルクセンブルグってのは意外。もちろん、今だって鉄は大事だ。

…さまざまな種類の鋼鉄に使われている鉄は、金属の中で支配的な地位を保っている。2014年、鋼鉄の製造は主な四つの非鉄金属であるアルミニウム、銅、亜鉛、鉛をすべて合わせた総生産量の約20倍だった。
  ――第6章 化石燃料文明 かつてないパワーとその利用

 もっとも粗鋼生産ランキングも今は「経済のグローバル化によりほとんど当てにならなくなっている」とか。このグローバル化、世界経済総生産に対する対外貿易の比率は2015年で25%だが、1900年ではたった5%だった。昔は自国内で調達するしかなかったワケで、鉄の生産量は国力に大きな意味があったのだ。この製鉄で大きいのが…

木炭に変わって冶金用コークスが銑鉄(あるいは鋳鉄)の製錬に使われるようになったことは、間違いなく近代最大の技術的革新のひとつに数えられる。
  ――第5章 化石燃料と一次電気と再生エネルギー  重大な移行

 「ゼロからトースターを作ってみた結果」でも鉄を作るのに苦労してたが、現在の製鉄技術はあまりに高度すぎて、素人には何がどうなってるのか見当がつかない。ちょっと調べたら、「FNの高校物理」の「製鉄の歴史」が分かりやすそうだ。うーむ、ジャンルは物理になるのか。そんな風に、歴史・経済・物理と多くの学問に渡っているのが、本書の大きな特徴の一つ。

【ディーゼル】

 やがて主要なエネルギー源は石炭から石油に代わる。ここで楽しいのがルドルフ・ディーゼル(→Wikipedia)の逸話。そう、ディーゼル・エンジンの生みの親だ。今やディーゼル・エンジンはトラック,列車,タンカーとパワフルな大型マシンの印象が強い。だがドルフが望んだのは動力の小型化・分散化により、多くの人が田園生活を満喫できる社会だってのが皮肉。きっとクリフォード・D・シマックあたりと話が合ったろうなあ。

【高圧電線】

 製鉄のコークス同様、著者が高く評価している技術が、変圧器だ。電力は電流=アンペアと電圧=ボルトを掛けた値になる。変圧器は電圧を上げ電流を減らす、または電流を上げ電圧を減らす。なんでそんなのが要るのかというと、発電と送電の効率を上げるため。発電は電圧が低い方が効率がいい。でも送電は電圧が高い方が効率がいい。だから低電圧で発電し、変圧器で高電圧に変え、高圧電線で電気を送るのだ。高圧電線には、そういう意味があったのか。

【数字】

 とかも楽しいが、本書の最大の特徴は、やたら数字が出てくる点だろう。上巻でも農作業と収穫をむりやりワットに変換してたが、それは下巻も同じ。例えば肉に関しても…

 鶏肉は最も効率的に飼料に変換できる(肉一単位で約三単位の濃厚飼料)。豚肉の比率は約9%で、穀物飼育された牛肉は最も効率が悪く、肉一単位当たり最大25単位の飼料が必要となる。――第6章 化石燃料文明 かつてないパワーとその利用

 なんて計算が出てくる。鶏の唐揚げはエコなのだw でもたまには神戸牛も食べたい。まあいい。一般に都市の暮らしはエコじゃないように言われるが、昔は都市生活しようにもできなかったようだ。というのも…

伝統的社会のエネルギー供給源は耕作地や森林で、その面積は居住地の面積の最低50倍、一般には約100倍はなければならなかった…
  ――第6章 化石燃料文明 結果と懸念

 と、昔から都市は森や耕作地を食いつぶす存在だった。これは「森と文明」が詳しい。よく江戸なんて都市を維持できたなあ。これを変えたのが化石燃料で、調理や暖房もガスや電気で賄えるし、化学肥料やトラクターなどで耕作地の単位面積当たりの収穫量が増えた。だけでなく…

1500年から2000年までのあいだ、家庭暖房のコストは90%近く低下し、産業出力のコストは92%、貨物の陸上輸送のコストは95%、貨物の海上輸送コストは98%下がった。
  ――第7章 世界の歴史の中のエネルギー エネルギー利用の主要なパターン

 と、都市化は効率も上げたりする。こっちは「都市は人類最高の発明である」が詳しい。そうなったのも、特に陸上輸送が発達したお陰ってのが大きい。なにせ昔の馬車ときたら…

1800年の時点では、四輪馬車の一般的な速度が時速10km未満で、大型の貨物用馬車はその半分の速さしか出せなかった。
  ――第7章 世界の歴史の中のエネルギー エネルギー利用の主要なパターン

 人間が歩く速さはだいたい時速4kmだから、貨物用馬車は早歩き程度の速度でしかなかったのだ。たまらんね、そりゃ。もっとも、時代が進めば必ずしも効率が上がるわけじゃなくて、M1A1エイブラムズ戦車の燃費がリッター125m~250mなんて数字も出てくる。さすが合衆国、金満だなあw

【大きいことはいいこと?】

 もっとも、調達できるエネルギーが大きければ暮らしが豊かになるとは限らないのが皮肉な所。本書ではその例として、第二次世界大戦後のソ連と日本を引き合いにしている。毎日が買い物の行列だったソ連だけど、油田と炭田でエネルギー産出量は世界トップだったのだ。今だってロシアは世界第二の原油輸出国だけど、それで産業が発達したかと言えば…あなた、ロシアの自動車メーカー、知ってます?

 などとソ連/ロシアはアレだけど、下巻じゃ近年の中国の存在感は大きいんだよなあ。

【おわりに】

 などと、この記事ではエピソードを中心に紹介したが、他にも興味深いエピソードはてんこもりだ。特に下巻は数字が多く、先進国の食糧の廃棄率だの携帯電話の製造に必要なエネルギーだのと、ヲタク大喜びなトリビアがギッシリ詰まっている。農作業をワットに換算したりと、一見奇妙に思える単位の変換も楽しい。マクニールの「世界史」が好きなら、興味深く読めるだろう。

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