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2020年1月12日 (日)

マニング・マラブル「マルコムX 伝説を超えた生涯 上・下」白水社 秋元由紀訳

本書の主な目的は、広く語られているマルコムX伝説にとらわれず、マルコムXの人生で実際に起きた出来事を詳しく述べることである。本書はまた、マルコム自身も知り得なかった事実を明らかにする。
  ――プロローグ 伝説にとられえないマルコム

「南部に送り込まれたいんだ。黒ん坊兵士を集めてね、わかる? 鉄砲を盗んで、貧乏白人どもを殺してやる!」
  ――第2章 デトロイト・レッドの伝説

「わたしは南部について何も知らない。わたしは北部の白人によって生み出されたのである」
  ――第5章 「導師なら結婚していなければ」

アメリカにいる2000万の黒人は「自分たちだけで一つの国をつくるだけの数がい」て、その国が成立するために黒人は「自分たちだけの土地が必要」なのである。
  ――第7章 「間違いなく殺すつもりだった」

「…革命家というのは地主に抗する土地を持たない者です」「…革命は破壊的で血にまみれたものです」
  ――第10章 「ニワトりがねぐらに帰るように」

アメリカは暴力を助長してきたのだから、(ケネディ)大統領がその犠牲になったのも驚くべきことではない。
  ――第10章 「ニワトりがねぐらに帰るように」

「これまでのところは黒人だけが血を流してきたが、白人にはそれは流血と見なされていない。白人は白人の血が流れて初めてそれを流血の戦いと見なすのでしょう」
  ――第11章 ハッジで受けた啓示

『わたしとかかわると警察やFBIに悩まされるかもしれませんよ』
  ――第12章 「マルコムをなんとかしろ」

マルコムはわれわれのあるべき姿、黒人としてあるべき姿を体現した人でした!
  ――第16章 死後の生

マルコムが常に伝えようとしていたのは、黒人としての誇り、自尊、自分の受け継ぐ伝統についての自覚を持つことだった。
  ――エピローグ 革命的な未来像とは

【どんな本?】

 マルコムX。1950年代から1960年代前半にかけ、アメリカ合衆国で黒人差別と闘い、同時期のマーティン・ルーサー・キングJr. と並び大きな影響力を持った運動家である。

 差別と闘う点では同じだが、幾つかの点で両者は対照的だ。あからさまな差別が横行する南部出身で、非暴力を訴えたキング。一見進歩的に思える北部の都市部を中心に活動し、より攻撃的な姿勢で話題を呼んだマルコムX。米国の主流宗教であるキリスト教の牧師のキング、米国では少数派のイスラムを学ぶ過程で思想と姿勢を育んだマルコムX。

 1965年2月21日、マルコムXは凶弾に倒れる。しかし、死後も彼を崇めるものは後を絶たず、彼の死の直後に出版された「マルコムX自伝」はベストセラーとなり、1993年にもスパイク・リー監督の映画「マルコムX」が公開されるなど、今なお彼はヒーローであり続けている。

 そんなマルコムXに関する作品は1000点近いが、その大半は「マルコムX自伝」を元にしている。

 「マルコムX自伝」は、マルコムXが自ら語り、それを聞き取った作家アレックス・ヘイリーが整理し編集した作品である。全てマルコムX自身の視点で描かれており、第三者や公的資料による裏取りはされていない。すぐれた文学作品ではあるが、歴史書とは言い難い。

 本書はマルコムX自身の私信はもちろん、関係者へのインタビュウやネイション・オブ・イスラム(NOI)所有の資料に加え、マルコムXをマークしていたFBIの捜査資料までも漁り、マルコムXが知らなかった事柄、例えば周辺にいた潜入捜査員なども含め、より多角的・客観的にマルコムXの人物像と、彼が置かれていた状況を描き出そうとするものである。

 目端の利く悪党デトロイト・レッドの伝説はどこまで本当なのか。いかにしてNOIと出会い、帰依したのか。NOIでは、どのように活動したのか。師イライジャ・ムハマドとの関係は、なぜこじれたのか。なぜ晩年に考えを改めたのか。そして暗殺の真相は。

 激動の60年代を代表する人物を、膨大な取材と資料によってリアルに蘇らせ、伝説の真相を明らかにする、現代の歴史書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は MALCOLM X : A Life of Reinvention, by Manning Marable, 2011。日本語版は2019年2月5日発行。単行本ハードカバー縦一段組みの上下巻、本文約370頁+303頁=673頁に加え、訳者あとがき5頁。9ポイント46字×20行×(370頁+303頁)=約619,160字、400字詰め原稿用紙で約,1548枚。文庫なら上中下に分けてもいい大容量。

 文章はこなれていて読みやすい。内容も私のような年寄りには分かりやすいのだが、若い人にはつらいかも。

 というのも、背景にある60年代合衆国社会や国際社会の説明を、かなりはしょってあるからだ。とりあえず公民権運動(→WIkipedia)は軽く押さえておきたい。ケネディ暗殺や第四次中東戦争に加え、当時のアフリカ・アラブ情勢も知っているとなおよし。

 また、「マルコムX自伝」も頻繁に引用しているので、できれば読み比べたい。マルコムX自身が創り上げた人物像と、現実のマルコムXの違いが見えてくる。その違いにも、マルコムXの強い個性と、当時の米国の黒人の文化や思想が現れている。ちなみに私は20年以上前に抄訳版を読んだだけなので、この記事では勘違いがあるかもしれない。お気づきになった点があれば、ご指摘ください。

【構成は?】

 ほぼ時系列で話が進むので、素直に頭から読もう。ご覧の通り、晩年ほど解像度が高くなる。

  •  上巻
  • プロローグ 伝説にとられえないマルコム
  • 第1章 「巨大な民よ、立ち上がれ!」 1925年~1941年
  • 第2章 デトロイト・レッドの伝説 1941年~1946年1月
  • 第3章 そして「X」になる 1946年1月~1952年8月
  • 第4章 「導師のような方は類まれ」 1952年8月~1957年5月
  • 第5章 「導師なら結婚していなければ」 1957年5月~1959年3月
  • 第6章 「ヘイトが生んだヘイト」 1959年3月~1961年1月
  • 第7章 「間違いなく殺すつもりだった」 1961年1月~1962年5月
  • 第8章 モスクから街頭へ 1962年5月~1963年3月
  • 第9章 「かれは勢いが強すぎた」 1963年4月~11月
  • 用語集/原注
  •  下巻
  • 第10章 「ニワトりがねぐらに帰るように」 1963年12月1日~1964年3月12日
  • 第11章 ハッジで受けた啓示 1964年3月12日~5月21日
  • 第12章 「マルコムをなんとかしろ」 1964年5月21日~7月11日
  • 第13章 「尊厳を求める闘争」 1964年7月11日~11月24日
  • 第14章 「そんな男には死がふさわしい」 1964年11月24日~1965年2月14日
  • 第15章 「死はしかるべきときに来る」 1965年2月14日~21日
  • 第16章 死後の生
  • エピローグ 革命的な未来像とは
  • 注記及び謝辞/用語集/訳者あとがき
  • 参考文献/原注/人名索引

【感想は?】

 著者は歴史家として客観的であろうとしている。が、どうしてもマルコムXへの憧れが漏れ出てしまうのが、ちょっと可愛い。

 やはりアレックス・ヘイリー著「マルコムX自伝」との違いに目が行く。まず気が付くのは、マルコムXが人を惹きつける強い魅力を持っており、それを自分でもわかっていて、巧みに使っていた点だ。

 つまり彼はスターであり、かつ自らの敏腕プロデューサーでもあった。そういう点で、矢沢永吉と似ている。曲も作らないし歌も歌わないが、ライブ=講演で観客を盛り上げる鮮やかな手腕を持っていた。例えば、後輩にこんな指導をしている。

…マルコムは忠告した。必ず最初に講義の主題を提示するのだ。「マルコムはいつも、最後に主題に戻って聞き手に話の要点を思い出させるのを忘れてはいけないと言っていた」。
  ――第9章 「かれは勢いが強すぎた」

 まるで「10分でわかるプレゼンテーションの基礎」みたいな本に出てきそうな話だ。デトロイト・レッドの二つ名でヤンチャしてた頃にショウ・ビジネスと関わったので、その頃に覚えたコツかもしれない。ともっとも、プレゼンテーションの方向性はホワイトカラー向けじゃない。貧しい黒人にウケるように工夫している。

全体としてマルコムは自分をできる限り悪そうに見せようと努めた。そうすればムハマドが伝えるお告げが持つ力によって人の人生が変わることがはっきりと示されるからである。
  ――第9章 「かれは勢いが強すぎた」

 とあるので、「ワルが立ち直った感動話」みたいな印象を受ける。が、それほど単純じゃない。同じワルでも、ただのチンピラと二つ名を持つ有名人じゃ格が違う。自伝では「デトロイトじゃちったあ知られたワル」みたいな空気が漂っているのに対し、本書ではポン引きとセコいペテン師の兼業みたいな感じだ。つまり、なるたけ大物のワルに見せようとしているのだ、マルコムXは。

 こういうあたりや、イザとなれば暴力も辞さない攻撃的な姿勢は、今でもヒップホップ、特にギャングスタ・ラップが受け継いでいる。つまり、そういう市場をマルコムXは狙い、開拓し、そして見事にブレイクしたのだ。

 とかの細かい違いや演出はあるものの、政治活動をする者の著書としては、「マルコムX自伝」は意外と事実に忠実なのも本書で分かる。

 もう一つ意外なのが、現代のヒップホップ・スターと比べ、マルコムXの暮らしがかなりつつましい、どころかむしろ貧しいこと。例えば1964年にマルコムXはメッカ巡礼=ハッジに行くのだが、その旅費1300ドルを異母姉のエラに借りている。このエラ姉さんも面倒見のいい人で…ってのは置いて、この巡礼でマルコムXは大きな転換点を迎える。

 宗教的にはカルトなNOI(ネイション・オブ・イスラム)から主流のスンニ派へと変わる。また政治的にも強固な人種分離主義から「白人にも話の分かる人はいるんじゃね?」的な疑念を抱き始める。やられたらやり返す方針は変わらないけど。これがNOIとの確執になるのは自伝と同じ。が、もっと大きいのが、巡礼での出会いだ。

 合衆国じゃ旅費にも困る暮らしなのに、旅先じゃなんとサウジアラビアのファイサル王子から国賓として迎えられている。同年、再び中東とアフリカを訪れ、ファイサル王子をはじめエジプト・ケニア・タンザニアなどから、賓客としての扱いを受ける。中にはパレスチナ民族評議会ハッジ・アミン・フセイニ(→Wikipedia)なんてヤバい奴までいる。

 これを機にマルコムXは外圧の利用を考え始めるんだが、中国の共産主義革命を持ち上げてたりと、冷戦当時に左派が抱いていた共産主義への幻想に惑わされているあたりは、今になって読むとかなり苦い。他にもエジプトのナセル政権とムスリム同胞団の双方に取り入ろうと苦労してるのも、ちょっと笑っちゃったり。いや両者の深刻かつ暴力的な対立を考えると、笑い事じゃ済まないんだけど。

 こういった細かい他国での日程が、ちゃんとわかるのは、FBIやCIAが他国でのマルコムXの行動を監視していたため。それほどマルコムXを危険と見なしていたのだ、合衆国の治安機関は。当然ながら、そういう情報は「マルコムX自伝」には出てこない。だってマルコムX自身が知らないし。

 やはり当局との関係で笑っちゃうのが、ニューヨーク市警察の特別捜査局BOSSの若き刑事ジェリー・フルチャーの話。父譲りの保守的な人種差別思想の持ち主だったジェリーは、マルコムXが作った政治組織OAAUの盗聴を担当する。「やつらは警察の敵だった」と思い込んでいたジェリーだが、マルコムXの生声を聞くうち…

『…[黒人に]職に就いてほしいと言っている。教育を受けてほしいと。制度に加わってほしいと。それのどこがいけないんだ?』
  ――第12章 「マルコムをなんとかしろ」

 マルコムX自身が何も知らないうちに、当局の者を洗脳していたのだ。

 とかに加え、「マルコムX自伝」の成立過程が見えるのも面白い。てっきりNOIを離れてから取材を始めたんだと思っていたが、実際はNOIにいた頃から取材が始まっていた。マルコムXの考え方が大きく変わる、まさにその時のマルコムXの声なのだ、あの本は。辻褄を合わせるのに苦労しただろうなあ。

 ここでは締め切りを伸ばす手口に長けたアレックス・ヘイリーの口八丁が楽しい。もっとも、出版社もソコはお見通しで…

「書き直しをすればするほど本の完成から遠のくことを忘れないでください」
  ――第12章 「マルコムをなんとかしろ」

 なんて釘をさされてたりw その後のマルコムXの運命を考えれば、締め切りを伸ばした甲斐はあるよね。

 NOIを離れてから、マルコムXは二つの組織を作る。宗教組織MMIと政治組織OAAUだ。いずれもマルコムX自身が改心の途中であるため、根本的な活動方針をハッキリ示していない。加えて、マルコムXの死後は二つともアッサリと空中分解している。つまり、いずれの組織も、実態はマルコムXファンクラブだったんだろう。こういう点も、マルコムXは強いカリスマを持つスターだったんだなあ、と感じるところ。

 彼は議席も役職も持っていなかった。にも関わらず、没後半世紀を過ぎても、彼の影響は生き続けている。デトロイトのチンピラから、多くの人々の指導者に成り上がり、国際的な運動へと向かう途上で倒れた男の生涯を、圧倒的な解像度で描く熱い歴史書だ。

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