ロバート・T・キャロル「懐疑論者の事典 上」楽工社 小久保温・高橋信夫・長澤裕・福岡洋一訳
本書『懐疑論者の事典』は、超自然・オカルト・超常・疑似科学関連のテーマについての定義、議論、小論を記したものである。
――序…超心理学者はESP実験で任意の開始と中止をするので評判が悪い。
――確証バイアス…ひとりの妄想は狂気、少数の妄想はカルト、大勢の妄想は宗教…
――カルト人はいついかなるときでも不思議な現象を望む傾向がある。
――奇跡…受講生は、<もっと上級のトレーニングに申し込んだ人を待ち受けるすばらしいよろこびと達成>のほんの一部を味わったに過ぎない…
――自己啓発セミナー人体自然発火現象(SHC)を目の当たりにしたものはいない。
――人体自然発火現象患者の問題の原因が家族なのだから、家族には患者を助けることができない。
――<ニュー・エイジ系>心理療法スティーヴン・ジェイ・グールド「打ち負かすことのできない体系は、教理であって科学ではない」
――創造論、創造科学
【どんな本?】
大元はWeb サイト The Skeptics's Dictionary である(→日本語版)。オカルト・超自然・疑似科学などの用語を集め、多少の辛辣なユーモアを交えて解説している。その人気に乗じ、2003年に主な400項目を選び出し、米国で書籍として出版した。
本書はその日本語版として、文章を訳しただけでなく、並びをあいうえお順に改め、上下巻に編纂したものだ。
単に用語の意味や事件の内容を示すだけに留まらず、オカルトや疑似科学の支持者がよく用いる手法や、私たちが陥りがちな勘ちがいや心理的な罠の説明もある。
なお、日本語版編集委員として、小内亨・菊池聡・菊池誠・高橋昌一郎・皆神龍太郎の五名が協力している。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
原書は The Skeptics's Dictionary : A Collection of Strange Beliefs, Amusing Deceptions, and Dangerous Delusions, by Robert Todd Carroll, 2003。日本語版は2008年10月20日第1刷。単行本ソフトカバー上下巻で縦二段組み本文約425頁+412頁。9ポイント26字×19行×2段×(425頁+412頁)=約826,956字、400字詰め原稿用紙で約2,068枚。文庫ならたっぷり四冊分ぐらいの巨大容量。
文章は比較的にこなれている。内容も特に難しくない。原書が2003年の発行のため、新しいモノを収録していないのは残念。改訂版を出してほしい。
【構成は?】
個々の項目は数行~数頁で、それぞれ独立しているので、気になった所だけを拾い読みしてもいい。
- 上巻
- 日本語版編集委員まえがき
- 著者はしがき/謝辞/序/凡例
- 懐疑論者の事典 あ行~さ行
- 下巻
- 懐疑論者の事典 た行~わ行
- Picture Creditss
- 参考文献一覧/人名索引/欧文索引
【感想は?】
つまりは「怪しげなモノの一覧」だ。ただし、書いているのは懐疑主義者なので、中身の紹介はいささか辛口に仕上がっている。
私は怪しげなモノが大好きだ。UMAやUFOや怪獣が好きだし、SFが好きなのもそのためだろう。だからか、著者が望んだのとは少し違った形で本書を楽しんだ。私が知らない「怪しげなモノ」を見つけて喜んでいるのだ。
その代表例が、「神経言語プログラミング」略してNLP(→Wikipedia)だ。最近になって、この言葉をチラホラと見かけるようになった。少し検索して調べたんだが、サッパリ実態がつかめない。「プログラミング」なんて入ってるから、強化学習とかのAI関係か、流行りのアルゴリズムか、はたまた「言語」があるから「バベル-17」的なアレかしら、などと思っていたんだが…
NLPの専門家を自称する人のあいだに、NLPに関する統一した見解を見いだすことは難しい。
――神経言語プログラミング
と、わからないのも当然で、ちゃんんとした定義はなく、新手の自己啓発っぽいナニモノからしい。そうか、日本語ラインプリンタじゃなかったのか。
こういうケッタイなネタは豊富に載ってて、「陰茎プレチスモグラフ」なんて思わず笑ってしまう。男のナニがどれぐらい膨らむかを測る機械で、ロリコンや同性愛者をあぶりだすのに使う。最初に使ったのはチェコスロヴァキアで、軍役を逃れるためゲイを装う者を暴くのに使ったとか。マジかい。ただ、信頼性はイマイチ。
とまれ、実は真面目な役にも立つってオチもついてる。曰く、「器質性のインポテンツと心因性のインポテンツの識別」。心因性なら「レム睡眠中は数値も増大する」って、朝勃ちを調べるのね。んなモン使わんでも、切手を巻いて云々って話があったような。
この手のネタは「イカの石」「インディゴ・チルドレン」「E線」と、「い」の段だけでもうじゃうじゃ見つかる。読んでいくと、この手のモノのクセみたいのががウッスラと見えてくるのも楽しい。ニューエイジ系はインドや禅とかの東洋趣味だったりするんだが、傾向としては…
…古い理論であればあるほど信用すべき…
――エネルギー
ああ、うん、あるよね。とはいえ、さすがに限度はあって、石器時代にまで辿れるものはあまし歓迎されないみたいだけど。縄文土器を崇める集団とか、聞いたことないし。もしかして私が知らないだけで、探せばあるのかな? この手の傾向としては、他にも…
…物質世界にまみれた存在は、霊的進化のさまたげになる…
――人智学
とかも、ありがち。テクノロジーを嫌うタイプもあるんだよね。でもインターネットは使うから、その基準がよくわからん。こういう傾向や手口は、名前がつくと憶えやすくて便利。
靴べら的行為とは、その時どきの出来事を、自分の個人的・政治的・宗教的なアジェンダ[行動計画・スケジュール・実践すべき義務]に無理やりあてはめてゆくプロセスのことである。
――靴べら的行為
この項では、911を神の怒りの表れだとしたキリスト教原理主義者を例に挙げてる。もっとも、これはアメリカや宗教に限った事じゃなく、5ちゃんねるじゃ某政党を責めるのによく使われたり、子供はいじめに使ったりする。
こういうのは他のとセットになってる事が多い。本書でもよく出てくるのが、占い師やサイキック(自称超能力者)がよく使うコールド・リーディング。占い師の顧客は往々にして「当たったことは記憶し、はずれたことは忘れる」のだ。なお、私は誰にでも当たる占いを知っている。それは、こうだ。「あなたは誤解されているけど、本当はとてもいい人ですね」。
また、この手のモノは、けっこうローカルな文化の影響が強いのも、実感できる。元はアメリカ人が作った英語のサイトのため、やはり西欧・アメリカ文化の色が濃い。だからアトランティスの項目はあるが、ムー大陸とレムリア大陸はない。透聴はあっても恐山のイタコはない。狼憑きはあるが狐憑きはない。そういえば悪魔憑きはあるが、日本じゃ鬼憑きってのはないな。
逆に洋の東西を問わないのもあって、セラピューティック・タッチとか、まるきし「手かざし」だったり。あと、組織的強化もそうだね。アレな人が集まると、その信念が更に強化されるってやつ。でもこれ、カルトに限らず、趣味の集団でもそうだよね。レイ・ブラッドベリが作家志望の者に向けたアドバイスの一つが、「外に出て同じ境遇の人を探せ」。SFが勢いを得たのも、ファンが集まるSF大会の貢献が大きいと私は思う。
なども面白いし、ボンヤリと名前だけは知っていたアレの実態が分かるのも楽しい。私がビビったのが、これ。魔術師で有名な…
アレイスター・クローリーは、自称ドラッグ・セックス狂で…
――クローリー、アレイスター
つまり金持ちのドラ息子で、女たらしのジャンキーだったとか。確かカードキャプターさくらにも出てきたな。さくらちゃん、逃げて~!
こういう衒学的なトリビアを真面目に歴史から掘り起こす部分もあるが、懐疑主義者にありがちな皮肉なユーモアも忘れちゃいない。
いまだかつてサイキックを賭場から追放したカジノもない。
――サイキック
数学者は追い出されたけどね。クロード・シャノン(→Wikipedia)だったかな? 仲間と組んで計算機を使いカウンティングしたのだ。情報理論は博打にも役立つんです←をい
と、そんなところで、下巻へと続く。
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【つぶやき】
カルトは悪役にされがちだけど、Blue Öyster Cult は見逃してください。Astronomy(→Youtube) とか名曲もあるんです。
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