ニール・D・ヒックス「ハリウッド脚本術2 いかにしてスリラーを書くか」フィルムアート社 廣木明子訳
スリラーの脚本家の第一の目的は、観客のなかに恐怖を生み出すことだ。
――まえがき お父さんの時代のシナリオ読本と違って冒頭では、観客はこのストーリーがどういう話なのかを切に知りたがっている。
――4 物語の軌道もしも……悪人が常識をはねつけたら?
――5 制限された世界登場人物の最初の行動はいつもの生活ぶりを再確認して、分別を失わせる混乱に思い切り急ブレーキをかけることだ。
――5 制限された世界…すべてのスリラーが極度に圧縮された時間の内に起こる…
――6 時間軸スリラーの主人公は平凡な普通の人間で、自らが投げ込まれたショッキングな状況に対して何の準備もできていない。一方、アクション・アドベンチャーの主人公は、圧倒的な敵対者と自ら進んで戦いたくなる、肉体的・精神的・道徳的準備の整った気質の持ち主だ。
――7 登場人物の気質観客を不安にすることに失敗した時には、期待外れの原因はほとんど常に登場人物の設定のまずさだ。
――7 登場人物の気質…すべてのスリラーに不可欠な部分とは、ドラマのプレッシャーによって克服しなければならない主人公の本質的な弱さなのだ。
――9 スリラーの神髄『北北西に進路を取れ』の脚本をスリラーの神髄であるだけでなく、これまで書かれたなかで最高の脚本の一つにしているのは、必然的にプロットを前進させる新しい情報が、ほとんどすべてのシーンに盛り込まれているという点だ。
――9 スリラーの神髄
【どんな本?】
「ハリウッド脚本術 プロになるためのワークショップ101」の続編で、主にスリラーに焦点を絞ったもの。
「北北西に進路を取れ」を筆頭に、「コンドル」「マラソンマン」「暗くなるまで待って」「ルームメイト」そして「エイリアン」に至るまで、古今の名作スリラーを参考に、観客をスクリーンに惹きつけ離さないストーリーのコツを語ると共に、幾つかのスリラーとしては失敗した作品を挙げ、その原因も明らかにしてゆく。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
原書は Writing The Thriller Film : The Terror Within, by Neill D. Hicks, 2002。日本語版は2004年9月7日初版発行。単行本ソフトカバー縦一段組み本文約145頁に加え訳者あとがき2頁。9ポイント49字×20行×145頁=約142,100字、400字詰め原稿用紙で約356枚。文庫なら薄い一冊分ぐらいの文字数。
文章は比較的にこなれている。内容も特に難しくない。当然、映画に詳しいほど楽しめる。特に「北北西に進路を取れ」は必須。
【構成は?】
各章は穏やかに繋がっているので、できれば頭から読んだ方がいい。
- はじめに マーティン・ブラインダー博士の推薦文
- まえがき お父さんの時代のシナリオ読本と違って
言葉について一言/それは私の身にも起こり得る - 1 誰がこの代物を作り上げるのか?
私たちについてのすべて!
- 2 ジャンルに期待される事柄
やるかやらないかだ、お試しはない/ジャンルの連続性
ジャンルの原則:個人的な苦悩のジャンル/葛藤が中軸のジャンル/コメディ・ドラマのジャンル/おとぎ話のジャンル/個人の探求のジャンル/探偵のジャンル/ホラーのジャンル/スリラーのジャンル/アクション・アドベンチャーのジャンル/形而上学的反抗のジャンル
- 3 信頼性を支える秩序
信頼の現在/(……不可能なものを排除したのちに、残ったものが何であれ、どんなにあり得ないと思えても、それが真実に違いないのだ) - 4 物語の軌道
誘引/期待/満足/観客中心の進行/強敵/本能的自衛/サスペンス/アクションの速度
- 5 制限された世界
合理性に制限された信じられない出来事/迷路に追い込まれて/リアリティの解体/安心のための口実 理屈に反する思い込み - 6 時間軸
心からはみ出した時間/恐怖とは、いやな予感から立ち昇る苦悩だ/安全か?
- 7 登場人物の気質
スリラーの主人公/スリラーの敵対者/変わってしまった現実と格闘して/裏切り 自己の崩壊/人生の修復/人生は人の勇気に比例して、縮みもすれば広がりもする/悪の露見/変わってしまった世界
- 8 同族のプロット
スリラーの血統/きみは何か(する)ことになってるんだ/生きている!/汝、ここに入る者は、すべて希望を捨てよ!/直感の末期のおののき、何かがどこか得体が知れない/悪の力は弱い心の持ち主には巨大過ぎる
- 9 スリラーの神髄
「北北西に進路を取れ」のストーリーの概要 アーネスト・レーマン作 - エピローグ
- 書き込み練習問題
- 訳者あとがき
- 映画題名索引/本書で言及されている映画
【感想は?】
一言でいうと、「北北西に進路を取れ」から学べ、だろう。
スティーヴン・キングはホラー作家と言われる。でも、彼の手管は、スリラーから巧みに借用してる。いやキングだけじゃない。ロバート・R・マキャモンもそうだ。彼らをパクり屋だと言ってるんじゃない。返らの並外れた構成力を示すものだ。
…スタジオが進んで出費するジャンルの中で、スリラーの脚本を書くのが断然いちばん難しい。
――3 信頼性を支える秩序
なぜ難しいか。スリラーは、いわば詰将棋なのだ。主人公には、次々と王手がかかる。逃げても逃げても、敵の魔の手が追ってくる。主人公の行動は、傍から見るとイカれているように見える。だが、イカれているのは主人公の置かれた状況の方で、主人公は変な状況から、なんとか必死に逃げているだけだ。
スリラーの(略)狙いは、逃亡という唯一の的にしっかりと向けられていることがきわめて重要だ。
――4 物語の軌道
ということで、アーノルド・シュワルツネッガーやシルベスター・スタローンには向かない。いや敵役ならいいけど、スターに悪役やらせるのは難しいよね。
加えて、性格付けも、ヒーロー的なキャラクターじゃない。普通のアンチャン・ネエチャン・オッサン・オバサンである。平穏を愛し、対立を避け、面倒くさいことから逃げる。はい、私やあなたのような人です。
全般的にスリラーの主人公は回避と非対決という共通の気質を有している。
――7 登場人物の気質
そういう人を、異常な状況に放り込むことから、スリラーは始まる。往々にして誰も頼りにならない状況か、または助けを求めようとすると…
スリラーの敵対者が放つ脅威は、(略)ほとんんどが次々と続く不気味な裏切りだ。
――8 同族のプロット
と、たいていは敵が既に手を回していて、主人公はマンマと敵の罠にハマってしまうのだ。この際、主人公の行動は、あくまでも常識的な行動でなきゃいけない。敵が狡猾だったり、並外れて大きな組織だったりして、巻き込まれた主人公を更に追い詰めるのである。
しかも、観客には緊張を与え続けなければいけない。寄り道は、緊張感をそぐ。こういった物語の緻密な組立が、スリラーには要求される。そして、スティーヴン・キングは、見事にモノにしていると私は思う。いや映像化には恵まれないけどね、あの人。というか、根本的に脚本にするのが難しい芸風なんだな、きっと。
SFだと、S・J・モーデンの「火星無期懲役」が、舞台こそSFだけど、仕掛けはモロにスリラーだった。ギレルモ・デル・トロ&チャック・ホーガンの「ザ・ストレイン」も、ホラーのネタを使ってるけど、お話を駆動してるのはスリラーのエンジンだと思う。
そんなこんなで、読むとかえって「スリラーって書くのが難しそう」な気分になっちゃうあたりが、大きな欠点かもしれない。それより、傑作スリラー映画のガイドとして読もう。いささか古い作品が多いが、いずれも公開時には話題になっただけでなく、その後も映画ファンに語り継がれている作品ばかりだ。面白い映画を見つける助けになるだろう。
ということで、とりあえず「北北西に進路を取れ」を観ましょう。
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【つぶやき】
インフルエンザで寝込んだ。熱は37℃と高くないのだが、節々が痛いのがつらい。しばらくは引きこもっていよう。
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