ニール・D・ヒックス「ハリウッド脚本術 プロになるためのワークショップ101」フィルムアート社 濱口幸一訳
本書は、劇場用の長編映画の観客を満足させることについて述べたものである。
――まえがき…主人公とその世界、ドラマの葛藤の核になる問題、その問題に対する可能な解決、そして究極的には主人公が障害を克服し、葛藤を解決する…
――3 スクリーンのストーリーの要素彼らの選択が劇的なのは、認識的不協和すなわち自己不信の可能性があるためである。
――4 スクリーンの登場人物1.常に現在形で書くこと。(略)
2.常に能動態で書くこと。
――4 スクリーンの登場人物スクリーン上の世界は誇張された現実である。
――5 スクリーンの文脈ストーリーが機能するようにするのがあなたの仕事である。
――5 スクリーンの文脈脚本のフォーマットの最も根本的な法則は、脚本を読みやすくするということだ!
――7 脚本執筆のスタイル会話には二つの機能がある。ストーリーを前進させることと、登場人物を明らかにすることである。
――7 脚本執筆のスタイルトム・ストッパード「困難なのは、第1ページの最初に到達することだ」
――8 熱心に励む作られたものは、常にある点で妥協である。
――8 熱心に励む
【どんな本?】
映画を作る際、最初に必要なのが脚本だ。脚本は他の文学、例えば小説や詩と似たところがある。だが、全く違う点もある。
本書が扱うのは、ハリウッドの映画だ。そこで大事なのは商業的な成功、平たく言えば客にウケで大当たりし大儲けできる、そんな映画の脚本である。
「北北西に進路を取れ」「ターミネーター2」「レインマン」など、成功した映画を例にとり、採用される脚本に必要なのは何か、どんな事に気をつけて書くべきなのか、どこからアイデアを得るのかなど、金になる脚本をひねり出すためのコツから、脚本の文書形式など下世話な、しかしプロをめざす者が知るべき様式、そして映画会社に売り込む方法と自分の権利を守るための注意点に至るまで、脚本家になる方法を徹底的に実際的な形で指南するハウツー本。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
原書は Screenwriting 101 : The Essential Craft of Feature Film Writing, by Neill D. Hicks, 1999。日本語版は2001年3月27日初版発行。私が読んだのは2004年8月26日の第8刷。安定して売れてるなあ。単行本ソフトカバー縦一段組み本文約211頁に加え訳者あとがき2頁。9ポイント50字×20行×211頁=約211,000字、400字詰め原稿用紙で約528枚。文庫なら普通の厚さの一冊分ぐらいの文字数。
文章は比較的にこなれている。内容も分かりやすい。当然ながら、沢山の映画を見ている人ほど楽しめるだろう。
【構成は?】
各章はほぼ独立しているので、気になった所から拾い読みしてもいい。
- まえがき
- 1 ドラマは葛藤である
ドラマが意味をなす/脚本の前提 - 2 観客を満足させること
誘引/期待/満足 - 3 スクリーンのストーリーの要素
- 4 スクリーンの登場人物
あなたの主人公は誰か?/登場人物の最低限のアクション/認識的不協和の理論/葛藤の焦点/主人公は何を望んでいるか?/基本的な欲求の回想/主人公が目的に到達するのを妨げているのは何か?/登場人物発見のための実践的テクニック/登場人物研究のサンプル
- 5 スクリーンの文脈
信頼性のコスモス/調査と研究/あなたは何をしているのか?/文脈の要素 - 6 スクリーンのジャンル
形式の期待 - 7 脚本執筆のスタイル
実践 読者の目の誘導/脚本フォーマットのサンプル/脚本フォーマットの要素/美学 読者の心の誘導/シーンの記述 少ないに越したことはない/会話 奈落の底からの悪霊/サブテキスト/エネルギー/期待 - 8 熱心に励む
ライターの生活
- 9 脚本書きというビジネス
ショウほど素敵な商売はない/脚本のマーケット/大きな産業、小さなビジネス/アメリカ脚本家協会 WGA/奴らにアイデアを盗まれた!/実際にあったことを描くには/アメリカの著作権/あなたのチーム/自分自身のエージェントを持つ/業界弁護士/個人マネージャー/売り込み/評価書類/契約/オプションの同意/取引のメモ/銀行へ/スクリーンのクレディット/創造的権利/おいくら?/業界への参入 - 訳者あとがき/索引/著者&訳者のプロフィール
【感想は?】
私はよく妄想に浸る。ヲタクとは、そういう生き物だ。だが、その妄想は、まずもって物語にならない。
設定が借り物、つまり二次創作だったり、私の知人だけが登場する楽屋落ちだったりと、表に出せない理由はいろいろある。中でも最も大きいのが、そもそも形にしても私以外にはつまらないって事だ。
つまらないのはわかる。だが、なぜつまらないかが、今まではハッキリと見えていなかった。それが、本書の冒頭でキチンと形になった。
「ドラマは<秩序を与えられた>葛藤である」
――1 ドラマは葛藤であるドラマが原因で、主人公の人生はどのように変わるのか。
――1 ドラマは葛藤である
私の妄想には葛藤がない。強力な主人公が難しい問題を鮮やかに片付ける、それだけだ。しかも、主人公は何も変わらない。つまりは幼い男の子の特撮ヒーローごっこから、なにも進歩していないのだ。ガッカリ。
「ターミネーター2」のラストシーンが、なぜ心に残るか。あのシーンで、T-800はプログラム通りに動くただのマシンではなくなった、と示している。T-800は成長したのだ。それも、ジョン・コナーと関わったために。だから、私たちの心は動くのだ。
そう、主人公は問題を解決するだけではない。ターミネーター2なら、T-1000を始末するだけではない。問題解決、つまりジョン・コナーとの関わりを通して、変わらなければならないのだ。これが、T2がただのアクションSF映画ではなく、優れたアクションSF映画である所以でだろう。
大きな枠組として、著者はこう言っている。「誘因→期待→満足」と。まず客を惹きつけ、「ヤバくね?」とか「派手な事が起こりそう」とか「謎が解けそう」とか期待させ、最後に期待を満足させる。日本の劇作だと序破急になるのかな?
など物語の大枠はもちろん、個々のシーンでも、客を引き付けるのに役立つアドバイスがたくさん入っている。素人がやりがちなのが、細かい設定を長々と説明すること。当然、それはよろしくない。とにかく何かを動かすべきなのだ。
あなたが書くどのシーンの目的も、何かを起こさせるということである。
――7 脚本執筆のスタイル
というか、巧みな作家は個々のシーンでも「誘因→期待→満足」の構造を作ってる気がする。
とかの前半は、脚本だけでなく小説や演劇の脚本でも役立ちそうなアドバイスだ。これが後半では、次第に映画の脚本に焦点を絞ってくる。
脚本ならではのアドバイスとして、例えば、なるたけ登場人物の具体的な動作は書かない方がいい、なんてのがある。
スリ寄ってくる嫌いな奴に対し「手を回して追いやっ」てはいけない。「鬱陶しそうに払いのける」のはいい。どう払いのけるか、どんな動作で表すかは、役者の領分なのだ。特に、トム・クルーズのような大スターの場合は。彼らは「何を演じるか」には従っても、「どう演じるか」を指示されるのは好まない。まして新人の脚本家ごときに。
そう、あなたは有名な作家じゃない。今は無名だ。だから、ビジネスでも立場が弱い。おまけに、ハリウッドの習わしも知らない。そして売り込むべき相手は百戦錬磨のプロであり、桁違いの金額を動かすギャンブラーでもある。何も知らずに売り込んでも、門前払いを食らえばマシなほうで、ネタを奪われタダ働きにもなりかねない。私がまず驚いたのは…
ときに映画は、(略)1ダースかそれ以上の書き直しを、その回数と同じ数の違ったライターにより行われる…
――9 脚本書きというビジネス
そう、あなたが書いた脚本がそのまま採用されることは、まずない。必ず書き直される。しかも、書き直すのはあなたではない。あなたが見も知りもしない他人だ。原因はいろいろある。プロデューサーの懐具合かもしれないし、監督の思い付きかもしれない。スターはいつだって自分を目立たせろと言ってくる。映画の脚本とは、そういうモノらしい。
となると、映画の最後のクレジットに出てくるのは、どの脚本家なのか。これについても、終盤でマニアックな話が出てきて、映画ファンには嬉しいところ。なんと Written by / Story by / Screen Story by / Screenplay by で違うし、by George & Martha と by George and Martha でも微妙に違うのだ。なんてこったい。
加えて、今のハリウッドの競争は厳しい。どれぐらい厳しいかというと…
毎年、脚本家組合の登録部は四万本をこえる脚本とトリートメントを受け付けているが、毎年ハリウッドが製作し封切る長編映画は、約300本だけである。これらの長編映画のわずか一握りが商業的に成功する。
――9 脚本書きというビジネス
と、1%にも満たない。しかも当たる映画は、もっと少ない。
Netflix などが映像制作に参入したためか、SF小説にお声がかかることも増えたが、必ずしも本当に映像化されるとは限らず、いつのまにか話が立ち消えになってたりする。その辺の事情や、脚本家に与えられる権利など、切実かつ下世話な事情もあからさまに書いてある。クリエイター志望の人に限らず、観客として楽しむ立場でも、何かと学べる点の多い本だ。
例えば私は、スター☆トゥインクルプリキュアの第43話の巧みさに改めて舌を巻いた。ターミネーター2と同様に、えれなさんも葛藤に悩み、戦いを通じて葛藤に向き合い、乗り越えて変わる。そういうサイド・ストーリーの編み込み方が見事なのだ。大きいお友達を魅了する秘訣だろう。
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