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2019年12月15日 (日)

上田岳弘「異郷の友人」新潮社

吾輩は人間である。人間に関することで、吾輩に無縁であるものは何もないと考えている。名前はまだない。
  ――p3

「大再現が起こるんだよ」
  ――p72

【どんな本?】

 2018年下半期の第160回芥川賞を受賞した上田岳弘による、三冊目の著作。

 山上甲哉は幾つもの前世の記憶を持っている。それまでの人生では、経験を活かして歴史に名を残してきたが、今回の人生では平凡に生きることにした。普通に大学を卒業して食品卸会社に入り、10年務めた後に札幌支店に転勤となる。そこで甲哉は見知らぬ男に話しかけられる。

 「自分は経験したはずのない風景が、克明なリアリティを伴って頭の中にある。心あたりはないですかな?」

 ある。その一つはJ、オーストラリア生まれの男の人生だ。高校を卒業するとアメリカの奨学金を得てスタンフォード大学に進み、ハッキング能力を活かしあぶく銭を稼いでいる。

 もう一つはS、淡路島の新興宗教の教祖である。Sは山上甲哉と似た能力を持ち、三万人余の信者の意識を感知している。そのため、山上甲哉もSを通じて信者の意識や記憶がわかる。信者の一人・早乙女は、優れた頭脳を持ちつつ、すべきことを見いだせずにいた。

 平凡な会社員を装う神、優れた能力を持ちつつ目的を見いだせない者、一時しのぎの金稼ぎで日々を無駄に費やしたと痛感したハッカー、ハッカーに仕事を回している組織の幹部、そして新興宗教の教祖。彼らの人生が交わるとき、それは予言の時なのか?

 「太陽・惑星」「私の恋人」と穏やかなシリーズを成す一冊。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2016年1月30日発行。単行本ハードカバー縦一段組み本文約154頁。9ポイント41字×17行×154頁=約107,338字、400字詰め原稿用紙で約269枚。長めの中編ぐらいの長さ。

 文章はこなれていて読みやすい。内容も難しくないが、イカれたアイデアを用いているので、それについていけるか否かが問題。また、お笑いコンビのモンスターエンジンのネタを使っているので、詳しい人には嬉しいだろう。

【感想は?】

 いきなり夏目漱石「吾輩は猫である」のパロディで始まる。

 何度も生まれ変わり、その人生を覚えているだけでなく、現世の他の人間の意識までわかるのだがら、確かに「神」と言っていい存在だろう。だが、その扱いはやたら軽い。なにせ名無しの猫並みの扱いだ。おまけに2ちゃんねるにまで降臨する始末。やはり2ちゃんねるに神はいたのだw

 他にも自作品を軽くパロったりモンスターエンジンのネタを取り入れたり、と、今回の作品は全体的に今風のユーモアの色彩が強い。とはいえ、いかにも上田岳弘風味のアクの強い味なので、好みはわかれるかも。

 というのも、例えば主要な登場人物の多くが、やたらオツムの優れた人ばかりなのだ。

 語り手?の「吾輩」は神?だし、神に覗かれるJも高校時代からマスコミのマシンに不法侵入を繰り返す能力の持ち主だ。早乙女も「頭脳を使う分野であればできないことはおそらくほとんどない」と豪語するだけあって、大学在学中はJを凌ぐプログラミング能力を見せる。にしても、確かに汚いコードは気色悪いよねw いや人のことは言えないけどさw

 そしてEだ。コイツはJと同じ奨学金を得た者だが、試験の成績はJより良く、組織でもJを使う側だ。ここまでくると、少しJに同情したくなる。そこまで鼻をへし折らなくてもいいじゃないかw ただでさえヤル気をなくして飲んだくれてるってのにw そのJに付き合ってバーボンを飲むMも、付き合いがいいというかなんというかw

 などと、皆さん優れた頭脳を持ちながら、それを使う意思や脂ぎった欲望に欠けているのも、上田岳弘らしいところ。

 厳しい境遇に育ち、己の能力に相応しい立場を望むEでさえ、その望みは大きくはあるがいささか知的なものだ。Jは飲んだくれて「俺がやるべきことなど、もうこの世にないのではないか?」なんて気分だし、早乙女に至っては「私はあなたの信者になるべきでしょうか?」などと言い出す始末。どの人も妙に我が薄い。

 なかでも、全く分からないのが、新興宗教の教祖であるS。信者たちの人生を覗き見つつ、それで教団の勢力拡張を望むわけでもない。確かに信者たちの相談には乗るし、相応のアドバイスもする。それで少しは心が楽になるものの、人生を大きく変えるわけじゃない。ただ、観ているだけなのだ。

 このSを通して日本の創世神話が出てきたりと、壮大さを感じさせる仕掛けを使いながら、SF的なセンス・オブ・ワンダーへとは決して向かわないあたりが、ブンガクなんだろうか。

 とかの我はないくせに、やたらクセだけは強い連中に囲まれて、それでもなんとか場を持たせようとするMの普通っぷりが可愛い。今までも苦労してきたんだろうなあ。

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