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2019年12月13日 (金)

ニール・D・ヒックス「ハリウッド脚本術3 アクション・アドベンチャーを書く」フィルムアート社 菊池淳子訳

本書は(略)どう書くべきかではなく、「なぜそう書くべきか」を考える本なのである。
  ――1 なぜそう書くべきか

…第一幕で観客が本当に知りたいのは、この作品は何についての話なのか、どうやって主人公は難題を解決するかなのだ。
  ――5 どのようにストーリーを作るか

主人公が意味のある目的を遂げるには、敵対者は最大の努力を払うに値する相手で、しかも主人公に精神的な葛藤を引き起こす人物でなければならない。
  ――5 どのようにストーリーを作るか

アクション・アドベンチャー映画はたいてい緊迫した状況から始まり、さらに圧力がかかって孤立状態になり、善と悪が対決する。
  ――5 どのようにストーリーを作るか

どんなに派手に物を壊しても、それだけではアクション・アドベンチャー映画にならない…
  ――6 アクションとは何か

必要のない省略形・数字・ストーリーに無関係の事柄は、なるべく書かない。
  ――6 アクションとは何か

アクション・アドベンチャー映画というのは、脅威に晒された社会の物語である。
  ――7 アクション・アドベンチャーの登場人物とは?

【どんな本?】

 「ハリウッド脚本術 プロになるためのワークショップ101」「ハリウッド脚本術2 いかにしてスリラーを書くか」に続く第三弾。

 「シェーン」「荒野の七人」「ダイ・ハード」「プライベート・ライアン」「ナバロンの要塞」「バルジ大作戦」など、時代を越えて愛される作品を手本に、全米ヒットを狙うアクション・アドベンチャー映画の脚本の書き方を指南すると共に、イマイチな作品も例に挙げ、その失敗の原因を明らかにしてゆく。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Writing The Action-Adventure Film : The Moment of Truth, by Neill D. Hicks, 2002。日本語版は2006年6月3日初版発行。単行本ソフトカバー縦一段組み本文約144頁に加え訳者あとがき2頁。9ポイント49字×20行×144頁=約141,120字、400字詰め原稿用紙で約353枚。文庫なら薄い一冊分ぐらいの文字数。

 文章は読みやすい。内容も分かりやすい。当然、この手の映画に詳しい人ほど楽しめる。

【構成は?】

 各章は緩くつながっているので、できれば頭から順番に読もう。

  • 0 はじめに アクション・アドベンチャーのバイブル クリストファー・ウェイナー
  • 1 なぜそう書くべきか
    こんなの書く道具だよ。鉛筆とかそんなもの。僕に言わせれば喜び過ぎね
  • 2 観客がジャンルに期待するもの
    時間があるから、出来事は同時に起こらない。空間があるから、全ての出来事があなたに起こるわけではないのだ
    ジャンルの連続性 目に見えないものこそ、本当に手に入れたいものである:/個人の苦悩を描いたジャンル/対人関係の葛藤を描いたジャンル/コメディドラマというジャンル/おとぎ話というジャンル/個人的な探求というジャンル/探偵というジャンル/ホラーというジャンル/スリラーというジャンル/アクション・アドベンチャーというジャンル/神に対する挑戦というジャンル/うまい嘘には千の事実の価値がある/まずいやりかたをするための方法を学びなさい。そうすればやりたいことができる
  • 3 文化的背景を考える
    映画と自明の運命/私は私があることである/君はいつだって暴力を使う、餅米チキンを頼めばよかった
  • 4 どこから生まれてきたのか
    ストーリーを語るものは世界を制す/伝説が事実に出会ったら、伝説を活字にするんだ/善悪が暴かれる時間/人間はやるべきことをやらなければならない/伝統的な西部劇のストーリー/あの仮面の男は誰だったんだ?/それは君の災難であって、ぼくには何の関係もない/カウボーイ万事休す/俺たちは眠らない/心配無用/これがリコの最後なのか?/悪党、マシンガン、拳銃/ファイティング・スピリット
  • 5 どのようにストーリーを作るか
    そして、だから、それから…/予想することは非常に難しい、とくに未来を予想することは/書くのは簡単だ、激情の滴が頭に浮かぶまで、ただじっと白紙を見つめていればいい/私はこれまでずっと言葉を見つめてきた、その一つ一つに初めてであったかのように/戦いの順序/未来ってものは、次から次へとやってくる
  • 6 アクションとは何か
    何が起きるのだろうか? 決断というアクション/何も起こらない アクションの不在/何かが起きるべきだ アクションのない葛藤/何かが起きる 俳優の動作というアクション/何かが起きなければならない プロットというアクション/努力して書いていないものは、読んでも満足しない/神のつくり出すもの 天災というアクション/明らかに何かが起こっている 悲鳴というアクション/何かが起こるとなぜわかるのか? 紙面に書かれたアクション
  • 7 アクション・アドベンチャーの登場人物とは?
    白い帽子の男/アクション・アドベンチャーの主人公は、並外れた人物である/事由に乗り回せ!/俺を捕まえたいなら、捕まえてみろ/アクション・アドベンチャーの敵対者は
  • 8 夢のような冒険の世界を作る
    映画は視覚的な媒体ではない/空気のような無に、存在する場所と名前を与える/信憑性を生み出す秩序/登場人物が歴史上実在の人物に似ていても、それは単なる偶然だ。もしストーリーが史実と違っていたとしても、それはそうるべきだったのだし、脚本家はそんなことを気にもしていない/アクション・アドベンチャー 信頼性を生み出す秩序/どんな悪者も、屈することのない正義の味方を打ち負かすことはできない/イタリアの30年のテロや虐殺などの結果、ミケランジェロ、ダ・ヴィンチ、ルネッサンスが生まれた。スイスの500年に及ぶ民主主義や人類愛や平和で、何が生まれた? 鳩時計だけさ/暴力vs結果/ひどい時代になったものだ、子供は親の言う事を聞かないし、みんな本なんか書いてる/何か一つの方法を学べば、すべての方法につながる
  • エピローグ 2001年9月11日
  • あとがき アマンド・リー
  • 訳者あとがき/映画名索引/書き込み練習問題

【感想は?】

 本書が目指すのは、アメリカの市場で当たる映画だ。これは、「いいアクション・アドベンチャー」とは違う。

 「3 文化的背景を考える」では、その違いを痛感する。ある意味、比較文化ヒーロー論と言っていい。例として衝撃的なのが、「ポカホンタス」「ライオン・キング」などのディズニー・アニメ。どういうわけか、インドでは全くウケない。

 著者はこの理由を、倫理観の違いとしている。派手なアクションと爽快な結末を求めるアクション・アドベンチャーに、なぜ倫理が出てくるのか。

 いや大事なのだ。だって、アクション・アドベンチャー映画とは、勧善懲悪のお話なのだから。ヒーローは正義の人であり、悪役は強大だが卑劣な悪党でなきゃいけない。では、何が善悪を決めるのか? そこで倫理観が重要になってくる。

 アクション・アドベンチャー映画は、テンポがよくなきゃいけない。だから、ヒーローや悪役の過去や戦う動機について、ダラダラ語る暇はない。わかりやすく端的に善悪を対比する必要がある。長々しい議論は観客の興奮を冷ましてしまう。

 ところが、国や地域によって善悪の基準が違うのだ。本書でアメリカ的な象徴として出てくるのが、「ダーティー・ハリー」の刑事ハリー・キャラハンだ。ハリーは事件解決のためなら暴力を厭わず、上司の命令も無視して44マグナムをガンガンとぶっ放す。自らの信じる正義のために、孤立も恐れず独走する。

 本書が求める主人公は、そんな人物だ。だが、こういう人物は、アメリカ以外じゃウケが悪い。

 なぜか。犯罪被害者にとって、たしかにハリーは頼もしく思えるだろう。だが、秩序と調和を大切にする社会だと、ハリーの言動は「独善的」と捉えられてしまう。私たちはヒーローに肩入れしたい。しかし、そのヒーローがまさしく「ダーティー」だったら、気持ちよく応援できないじゃないか。

 そんなワケで、アメリカ以外の国のヒーロー物は、アメリカ市場だといささか苦しい商戦を強いられる。もっとも、例外もあるのだ。ブルース・リーの「燃えよドラゴン」と、黒澤明の「七人の侍」である。わはは。いずれもアクション・アドベンチャー映画史上屈指の傑作ではないかw なぜこの二つが例外なのか、アクションではなく脚本の面から考えると面白い。

 続く「4 どこから生まれてきたのか」では、アメリカのアクション・アドベンチャー映画史を辿りながら、ハリウッド映画の倫理感がそうなった背景を探ってゆく。

アクション・アドベンチャーを考える上で本当に重要なのは、(略)ストーリーの根底に流れる価値観を探ることである。
  ――4 どこから生まれてきたのか

 本書では、源流を西部劇に求め、その基本構造と、その根底にある社会の仕組みや、アメリカならではの歴史的背景と紐づけてゆく。このあたりで、アメリカの大物プロデューサーが「どんな作品を受け入れるか」も見えてきたり。単にストーリーが面白くてアクションがカッコいいだけじゃ、駄目なのだ。彼らの倫理観に合わないと。

 などの文化論的な話は4章までで、5章以降はもっと実用的な話が中心となる。もっとも、物語の基本構造こそ違えど、基本的な注意事項はスリラーと共通している所も多い。例えば、アクションのために無駄なシーンを入れるのはやめろ、とか。全てのシーンは、何らかの形で物語を進めなきゃいけないのだ。似たような事をスリラー編でも言ってたね。

 このあたりになると、映画の脚本に限らず、冒険小説やバトル物にも応用できそうなネタが次々と出てくるし、その多くは私たちが楽しんできた漫画やアニメなどのヒーロー物にも共通してみられる性質である事に気づくだろう。

 例えば、ショッカーはいきなり幹部が出張ったりしない。まずは下っ端の戦闘員や怪人が暴れる。このスタイルは仮面ライダーでも燃えよドラゴンでも変わらない。最後の敵が最強の敵なのだ。

 など、ヒーロー物の定石を、いちいち文章にしてハッキリ示すあたりは、映画に限らず娯楽作品を作りたい人全般に役立つ。かと思えば、「脚本の書体は12ポイントの Courier にしろ、すると上映時間にして1枚1分になる」とかの下世話なアドバイスもあったり。

 映画の脚本の本ではあるが、実はあらゆるメディアの「面白い物語」を作る定石を書いた本でもある。そんなワケで、書く者だけに限らず、私のように評する者にとっても、着目すべき点を教えてくれる、なかなか役に立つ本だ。

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