ロバート・T・キャロル「懐疑論者の事典 下」楽工社 小久保温・高橋信夫・長澤裕・福岡洋一訳
ロバート・T・キャロル「懐疑論者の事典 上」楽工社 小久保温・高橋信夫・長澤裕・福岡洋一訳 から続く。自然のものは(医薬品のような)人工物よりも体に良く安全だと思っている人は多い。
――代替医療ジプシーがタロット・カードを使いはじめたのは20世紀以降のことだ。
――タロット・カード自分自身が優秀であると主張する理由が薄弱になればなるほど、人はますます、彼の属する国家、宗教、人種、あるいは神聖な大義が、優秀きわまりないと主張する傾向がある
――トゥルー・ビリーバー・シンドローム21世紀に入った時点で、アムウェイのディストリビューターは年間平均約700ドルを売り上げていたが、製品を買うのに年間千ドル費やしていた。
――マルチ商法もしもモーツァルトの音楽が健康にいいというのなら、なぜモーツァルト本人はああも病気がちだったのか?
――モーツァルト効果UFOを観測するのが一般に素人のスカイウォッチャーであり、プロアマを問わず天文学者(つまり上天の観測にあり余るほどの時間をさいている人間)の観測した例はほとんど一度もない。
――UFOローマン・ブンダ神父「信ずる者にとっては何も説明はいらない」「信じない者にとっては説明がまったく成り立たない」
――ワトソンヴィルの聖母
【どんな本?】
著者が始め、世界中の懐疑論者が協力しているWeb サイト The Skeptics's Dictionary m(→日本語版)は、オカルト・超自然・疑似科学などの用語を集め、多少の辛辣なユーモアを含め解説している。2003年、米国で主な400項目を選び出し、書籍として出版された。
本書はその日本語版として、並びをあいうえお順に改め、上下巻に編纂したものである。
日本語版編集委員として、小内亨・菊池聡・菊池誠・高橋昌一郎・皆神龍太郎の五名が協力している。
【前科】
- 上巻
- 日本語版編集委員まえがき
- 著者はしがき/謝辞/序/凡例
- 懐疑論者の事典 あ行~さ行
- 下巻
- 懐疑論者の事典 た行~わ行
- Picture Creditss
- 参考文献一覧/人名索引/欧文索引
これだけ多くの記事が載っていると、中には私がひっかかったモノも出てくる。その一つがバイオリズム(→Wikipedia)。心身のリズムは三つのサイン・カーブで云々、ってやつ。いや私、三角関数は苦手なんで持ち出されるとコロリと参っちゃうんだよなあ。もっとも楕円関数まで行っちゃうと皆目見当がつかないんだけど。でも落ち着いて考えると、これや星占いなど誕生日で判断するシロモノは、早産の場合はどういう計算になるんだろ?
やはり信じてたのが、バミューダ三角海域(→Wikipedia)。サルガッソ(→Wikipedia)と関係あるとか、メタンハイドレートが云々とか思ってたけど、そもそも交通量に比べ特に事故が多いわけでもないとか。火のない所の煙に踊ってたのか。
同様に、「何か深い知恵があるんじゃないか」と思っていたのが、ロールシャッハ・テスト(→Wikipedia)。インクの染みを見て云々ってやつね。ところが、本書では…
インクの模様の検査結果を解釈するというのは、科学的かどうかということでいえば、夢判断とほとんどいい勝負なのである。
――ロールッシャッハ・テスト
と、バッサリ。どうも心理学関係は、怪しげなのが入り込みやすいようだ。ちなみに本書はジークムント・フロイドの精神分析もカール・ユングの分析心理学も切り捨ててます。もっとも、ユングはSFやファンタジイのネタとして美味しいんだけど(→「人間と象徴」)。
【名前】
ありがちな現象や統計的に多く出会う現象について、何か名前がついていると、覚えやすいし、議論の時に便利だ。上巻では「靴べら的行為」が出てきた。これは下巻にも幾つか出てくる。まずは…
「ジーン・ディクスン効果」とは、サイキックの予言が少しばかり当たったとき、マスメディアがそれを宣伝、誇張して、確実に世の人々の頭に残るようにするいっぽう、多くのはずれた予言は忘れたり無視したりする傾向をさす。
――ディクソンとジーン・ディクソン効果
これは超能力に限らず、オカルトの類もそうだよね。先のバミューダ三角領域も、事故が起こればマスコミは騒ぐけど、普通に通り抜けたら何も言わない。マスコミの偏向は他にもあって、少し前は「あおり運転」が流行った。昔からあったのに。まあ車載カメラと動画投稿が普及したせいもあるんだろうけど。同様に、占い師がよく使う手口で…
あいまいで普遍的な性格描写を、同じ内容がおよそ誰にでもあてはまることに気づかず、自分にしかあてはまらないものとみなす傾向。
――ファウラー効果
「外交的なときもあれば、深く考え込む時もある」とか。そして私たちは、当たった事は覚えてるけど、外れたことは忘れるのだ。
また、彼らは誘導尋問が上手いんだよね。例えば女に対し「男のことで悩んでますね」と言えば、たいてい当たる。男は恋人や夫に限らず、父や兄や息子や上司や部下、はたまた近所のウザいオッサンかもしれない。悩みが借金だとしても、取立人が男なら当たった事になる。そこで女が「はい、実は…」とか言いだせば、もういただきだ。
と思ったら、別口の「必ず当たる占い」も出てた。
<あなたはとても傷ついていて穴だらけです。そんなあなたは清い人です>
――ヒューストン博士とミステリースクール
【宗教】
5ちゃんねらは、宗教ネタが大好きだ。そこでよく話題になるのが、「無神論」の定義。実はこれ、ハッキリしていないのだ。
神の概念はいくつもある(略)。そうすると、神の名の数と同じくらい、多種多様な無神論があることになる。
――無神論
神道の神とユダヤ教・キリスト教・イスラム教の神は違う。すると、互いに相手を無神論者と見なすことになってしまう。もっとも、八百万の神がいるとすると、面倒くさいことになるけど。また、仏教も…
スピノザやプラトンを無神論者とみなすのと同じ理由で、仏教徒を無神論者とみなすキリスト教徒もいる。
――無神論
と、視点によっては無神論になるらしい。とすると、禅はどうなるんだろ? もしかすると禅宗と ZEN は違うのかも。
やはりありがちなのが、「神の不在を証明せよ」的な理屈。
まだ偽であると証明されていないのだから、それは真であるとか、まだ真であると証明されていないのだから、それは偽である、と主張する論理上の虚偽。
――無知に訴える論証
あと、「進化論じゃ説明がつかない現象がある」とかもあるけど、進化論に穴があるからといって、創造論が正しいって事にはならないんだよなあ。なぜか二者択一的な議論になっちゃうけど、第三・第四の理論があるかもしれないし。もっとも、たいてい第三・第四の理論は、進化論の改訂版だったりするんだけど。
【ユーモア】
辛辣なユーモアは、下巻でも健在だ。かつて大流行したアレも…
予言の意味は、予言対象の事件の起きる前は支離滅裂で判然としない。しかし事件のあとには、非常に明瞭になる
――ノストラダムス、ミシェル
さすがに1999年を越したら下火になるかと思ったが、海の向こうじゃ健在みたいだ。仕方がないのかも。人ってのは、やっぱりケッタイなモノが好きなのだから。
【おわりに】
やはりアメリカ人が作ったWebサイトが元なので、どうしてもアメリカで幅を利かせてるモノが中心になる。それでも、セラピューティック・タッチが手かざしとソックリだったり、薬草燃料が水ガソリン事件と似てたり、リフレクソロジーがモロに「足のツボ」だったりと、この手のネタは地域を問わないもんだなあ、などと妙な感慨にふけっちゃったり。
また、これだけ量が集まると、その中にパターンが見えてくるのも、意外な効果の一つだろう。真面目に読んでもいいし、SFやホラーのネタとして使ってもいい。もちろん、幼い頃に怪獣図鑑に熱中したように、興味本位で読んでも充分に楽しめる本だ。
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【つぶやき】
そんなノストラダムスをテーマにした曲もあって、私は好きなんだよなあ。Nostradamus - Al Stewart(→Youtube)。ちょっとブライアン・メイの三味線ギターみたく、生ギターの使い方が独特なのだ。
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