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2019年12月25日 (水)

チャールズ・L・ハーネス「パラドックス・メン」竹書房文庫 中村融訳

「…とりわけ、ソラリオン9でトインビー21の純化されたエッセンスが見つかるものと期待しています――つまり、自殺したくてたまらない30人の狂人が」
  ――p103

「…マインドとは何者なんだ?」
  ――p168

おまえはだれなの?
  ――p316

【どんな本?】

 アメリカのSF作家チャールズ・L・ハーネスが1955年に発表し、ヴォクトの諸作を彷彿とさせるスリリングでスピーディーな展開と壮大でマッドなアイデアの奔流にブライアン・オールディスが「ワイドスクリーン・バロック」の称号を与えた話題作。

 2177年、アメリカ帝国。宰相バーン・ヘイズ=ゴーントが事実上の支配者として君臨し、奴隷制を敷く退廃する社会となった。学生時代からヘイズ=ゴーントのライバルだった科学者のキム・ケニコット・ミュールは、10年前に消息を絶つ。

 同じころ、記憶を失った男アラールは、二人の大学教授マーカ・コリップスとジョン・ヘイヴンに救われる。アラールは二人に誘われ<盗賊結社>に入り、<盗賊>として稼いだ富で多くの奴隷を解放してきた。しかし帝国心理学者および芸術愛好家のシェイ伯爵の館に忍び込んだ際に…

 技術も社会も歪な世界で、巨大な陰謀に<盗賊>が勝ち向かう、サービス満点の娯楽SF長編。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 1953年発表の際は Flight into Yesterday だが、後に The Paradox Men の名で再版され、高い評価を受ける。日本語版は2019年9月19日初版第一刷発行。文庫で縦一段組み本文約320頁に加え、「訳者あとがき 元祖ワイドスクリーン・バロック」15頁。9ポイント38字×17行×320頁=約206,720字、400字詰め原稿用紙で約517枚。普通の文庫の厚さ。

 文章はこなれていて読みやすい。ワードスクリーン・バロックと言われるとナニやら難しそうだし、原著が1953年なので古臭そうな印象がある。が、心配ご無用。確かにデジタル関係はアレだが、それ以外は根本的なスケールがイカれ切っていて読者の思考能力を麻痺させてしまう。またお話も危機また危機のスリリングな展開で読者を惹きつけて離さない。リラックスしてお楽しみあれ。

【感想は?】

 これぞ正当なヴォクト「スラン」の後継者。

 「ワイドスクリーン・バロック」なんぞと大げさで難しそうなラベルがついているから、人によっては敬遠しちゃうかもしれない。だが、それは大変な勘違いだ。これは、とっても楽しい娯楽冒険活劇なのだ。しかも、緻密に構成を考えてある。

 「スラン」も主人公は次から次へと危機に陥り、そのたびに激しいアクションと意表を突くアイデアで切り抜ける物語だった。その点はこの作品も同じ。

 ただし、ヴォクトは全体構成をアドリブで作っていた。破綻もあるのだが、あまりの目まぐるしさで読者に気づかせない、そういう力技の作品である。対して、本書は構成をキッチリと考え、アチコチに見事な伏線をはり、終盤で鮮やかに回収してみせるのだ。

 漫画に例えるなら、篠原健太の「彼方のアストラ」の構成で舞台やガジェットは寺沢武一の「コブラ」みたいな。いやアストラはアニメしか見てないけど。

 なんにせよ、そういう、個々の場面では個々のアイデアに「そんなんアリかい!」と驚きつつワクワクし、主人公のピンチには「どうなるんだろう?」と期待を膨らませ、終盤には「こんな大風呂敷をどうやって畳むんだ?」と不安を抱かせながら、最後に「おお、あれがこうなるのか、ヤラレタ!」と脱帽する、そんな作品なのだ。

 なんといっても、ハッタリが効いてる。これには舞台設定の工夫がいい。なにせ合衆国が帝国になっている。しかも宰相が仕切り、奴隷制もある。実にグロテスクだ。でもって主人公アラールは<盗賊>ときた。その盗賊の仲間は大学教授である。正邪がひっくり返ってるだけでなく、大学教授と盗賊なんていうミスマッチがたまんない。

 これが単に奇をてらっただけでなく、ちゃんと裏付けがあったりするのだ。冒頭でだいたい見当がつくんだが、実は…

 加えて、<盗賊>のスタイルが、なんとも時代がかってるのも楽しい。銃社会のアメリカのはずなのに、なんと主な武器はサーベルだ。しかも攻守ともに。これについても、ちゃんと種も仕掛けも用意してある。

 もちろん盗賊だけあって、逃亡用の七つ道具だってあるし、それぞれ奇想天外なクセにちゃんと理屈がついてるのも嬉しい。

 そんな次から次へと出てくるガジェットに加え、やたら悪役が個性豊かで魅力的なのも、この作品の読みどころ。

 まあずは最初に出てくるシェイ伯爵。美食でデップリと太った芸術愛好家だ。私は最初ヘルマン・ゲーリングを思い浮かべた。そう、ナチス・ドイツで空軍を指揮した貴族趣味の奴。これはけっこういい線いってた。

 ただしシェイ伯爵の肩書は帝国心理学者。軍人ではなく、人の心を操る陰険な奴である。実は陰険なだけでなく、心底アレな人なのが中盤以降で明らかになるので、期待しよう。私はこういう人として完全に壊れている変態学者さんが大好きだ。

 対して力押しの脳筋野郎が保安大臣のターモンド。つまりは<盗賊>の天敵、警察の親玉である。いや捜査の指揮は見事なのだ。でも武闘派で、大事な場面じゃ本人がお出ましになるのが困ったところ。もちろん、それに相応しくバトル能力は万全なんだけど。

 そしてラスボスが帝国宰相バーン・ヘイズ=ゴーント。隠れた主人公キム・ケニコット・ミュールに対し、学生時代から因縁を抱えてる執念深い奴。学業で負け女を取られ、恨みを恨みを晴らすため権力を握る、実にわかりやすい悪役ですね。ただ、それだけに、権力闘争では阿漕なまでの巧みさを見せ、最後の最後まで粘りに粘るしぶとい奴です。でもなぜかペットは黒猫じゃなくてメガネザルw

 そしいてもちろん、冒険SFに欠かせないガジェットもてんこもり。重力屈曲性計画だのトインビー21だのミューリウムだの、謎めいてハッタリが効いた言葉が妄想マシーンに燃料くべまくりだ。

 一見、古臭いし、ワイドスクリーン・バロックなんて言われるとマニア向けの難しい作品みたく感じるけど、心配ご無用。まあ実際マニアを夢中にさせる要素も多いが、お話はスリリングでスピーディーで豪快な冒険娯楽活劇だ。リラックスして楽しもう。

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