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2019年12月の11件の記事

2019年12月25日 (水)

チャールズ・L・ハーネス「パラドックス・メン」竹書房文庫 中村融訳

「…とりわけ、ソラリオン9でトインビー21の純化されたエッセンスが見つかるものと期待しています――つまり、自殺したくてたまらない30人の狂人が」
  ――p103

「…マインドとは何者なんだ?」
  ――p168

おまえはだれなの?
  ――p316

【どんな本?】

 アメリカのSF作家チャールズ・L・ハーネスが1955年に発表し、ヴォクトの諸作を彷彿とさせるスリリングでスピーディーな展開と壮大でマッドなアイデアの奔流にブライアン・オールディスが「ワイドスクリーン・バロック」の称号を与えた話題作。

 2177年、アメリカ帝国。宰相バーン・ヘイズ=ゴーントが事実上の支配者として君臨し、奴隷制を敷く退廃する社会となった。学生時代からヘイズ=ゴーントのライバルだった科学者のキム・ケニコット・ミュールは、10年前に消息を絶つ。

 同じころ、記憶を失った男アラールは、二人の大学教授マーカ・コリップスとジョン・ヘイヴンに救われる。アラールは二人に誘われ<盗賊結社>に入り、<盗賊>として稼いだ富で多くの奴隷を解放してきた。しかし帝国心理学者および芸術愛好家のシェイ伯爵の館に忍び込んだ際に…

 技術も社会も歪な世界で、巨大な陰謀に<盗賊>が勝ち向かう、サービス満点の娯楽SF長編。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 1953年発表の際は Flight into Yesterday だが、後に The Paradox Men の名で再版され、高い評価を受ける。日本語版は2019年9月19日初版第一刷発行。文庫で縦一段組み本文約320頁に加え、「訳者あとがき 元祖ワイドスクリーン・バロック」15頁。9ポイント38字×17行×320頁=約206,720字、400字詰め原稿用紙で約517枚。普通の文庫の厚さ。

 文章はこなれていて読みやすい。ワードスクリーン・バロックと言われるとナニやら難しそうだし、原著が1953年なので古臭そうな印象がある。が、心配ご無用。確かにデジタル関係はアレだが、それ以外は根本的なスケールがイカれ切っていて読者の思考能力を麻痺させてしまう。またお話も危機また危機のスリリングな展開で読者を惹きつけて離さない。リラックスしてお楽しみあれ。

【感想は?】

 これぞ正当なヴォクト「スラン」の後継者。

 「ワイドスクリーン・バロック」なんぞと大げさで難しそうなラベルがついているから、人によっては敬遠しちゃうかもしれない。だが、それは大変な勘違いだ。これは、とっても楽しい娯楽冒険活劇なのだ。しかも、緻密に構成を考えてある。

 「スラン」も主人公は次から次へと危機に陥り、そのたびに激しいアクションと意表を突くアイデアで切り抜ける物語だった。その点はこの作品も同じ。

 ただし、ヴォクトは全体構成をアドリブで作っていた。破綻もあるのだが、あまりの目まぐるしさで読者に気づかせない、そういう力技の作品である。対して、本書は構成をキッチリと考え、アチコチに見事な伏線をはり、終盤で鮮やかに回収してみせるのだ。

 漫画に例えるなら、篠原健太の「彼方のアストラ」の構成で舞台やガジェットは寺沢武一の「コブラ」みたいな。いやアストラはアニメしか見てないけど。

 なんにせよ、そういう、個々の場面では個々のアイデアに「そんなんアリかい!」と驚きつつワクワクし、主人公のピンチには「どうなるんだろう?」と期待を膨らませ、終盤には「こんな大風呂敷をどうやって畳むんだ?」と不安を抱かせながら、最後に「おお、あれがこうなるのか、ヤラレタ!」と脱帽する、そんな作品なのだ。

 なんといっても、ハッタリが効いてる。これには舞台設定の工夫がいい。なにせ合衆国が帝国になっている。しかも宰相が仕切り、奴隷制もある。実にグロテスクだ。でもって主人公アラールは<盗賊>ときた。その盗賊の仲間は大学教授である。正邪がひっくり返ってるだけでなく、大学教授と盗賊なんていうミスマッチがたまんない。

 これが単に奇をてらっただけでなく、ちゃんと裏付けがあったりするのだ。冒頭でだいたい見当がつくんだが、実は…

 加えて、<盗賊>のスタイルが、なんとも時代がかってるのも楽しい。銃社会のアメリカのはずなのに、なんと主な武器はサーベルだ。しかも攻守ともに。これについても、ちゃんと種も仕掛けも用意してある。

 もちろん盗賊だけあって、逃亡用の七つ道具だってあるし、それぞれ奇想天外なクセにちゃんと理屈がついてるのも嬉しい。

 そんな次から次へと出てくるガジェットに加え、やたら悪役が個性豊かで魅力的なのも、この作品の読みどころ。

 まあずは最初に出てくるシェイ伯爵。美食でデップリと太った芸術愛好家だ。私は最初ヘルマン・ゲーリングを思い浮かべた。そう、ナチス・ドイツで空軍を指揮した貴族趣味の奴。これはけっこういい線いってた。

 ただしシェイ伯爵の肩書は帝国心理学者。軍人ではなく、人の心を操る陰険な奴である。実は陰険なだけでなく、心底アレな人なのが中盤以降で明らかになるので、期待しよう。私はこういう人として完全に壊れている変態学者さんが大好きだ。

 対して力押しの脳筋野郎が保安大臣のターモンド。つまりは<盗賊>の天敵、警察の親玉である。いや捜査の指揮は見事なのだ。でも武闘派で、大事な場面じゃ本人がお出ましになるのが困ったところ。もちろん、それに相応しくバトル能力は万全なんだけど。

 そしてラスボスが帝国宰相バーン・ヘイズ=ゴーント。隠れた主人公キム・ケニコット・ミュールに対し、学生時代から因縁を抱えてる執念深い奴。学業で負け女を取られ、恨みを恨みを晴らすため権力を握る、実にわかりやすい悪役ですね。ただ、それだけに、権力闘争では阿漕なまでの巧みさを見せ、最後の最後まで粘りに粘るしぶとい奴です。でもなぜかペットは黒猫じゃなくてメガネザルw

 そしいてもちろん、冒険SFに欠かせないガジェットもてんこもり。重力屈曲性計画だのトインビー21だのミューリウムだの、謎めいてハッタリが効いた言葉が妄想マシーンに燃料くべまくりだ。

 一見、古臭いし、ワイドスクリーン・バロックなんて言われるとマニア向けの難しい作品みたく感じるけど、心配ご無用。まあ実際マニアを夢中にさせる要素も多いが、お話はスリリングでスピーディーで豪快な冒険娯楽活劇だ。リラックスして楽しもう。

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2019年12月22日 (日)

Geoge T. Heineman. Gary Pollice, Stanley Selkow「アルゴリズム クイックリファレンス 第2版」オライリージャパン 黒川利明,黒川洋訳

探索木によっては、盤面状態の数が大変多くなるので、深さ優先探索は、最大探索深さが前もって定まっているような場合にのみ実用的となる。
  ――7.7 深さ優先探索

幅優先探索は、もし経路が存在するなら、目標状態への最短経路を見つけることが保証されている。
  ――7.8 幅優先探索

人口知能(AI)分野の初期の開拓者の多くの特徴は、いまだ解がわからない問題を解こうとしていることであった。問題を解く一般的方法は、大規模なグラフの探索問題に変換する事であった。
  ――12.5 探索を構築せよ

【どんな本?】

 コンピュータで問題を解くには、アルゴリズムが欠かせない。そしていつの時代も、より速く問題を解く需要は尽きない。往々にして単純な解き方だと、問題の規模の二乗に比例する時間がかかる。CPUもバスも速度は上がったが、最近はリアルタイム性の要求も厳しくなった。弾幕ゲームで弾数の二乗の演算時間を費やすわけにはいかない。

 本書では基本となる全順序集合の整列と探索に始まり、地図などの経路探索や完全情報ゲームの最善手の探索、二次元ゲームの当たり判定などに便利な空間木構造など、現代のプログラミングで必要となるアルゴリズムとデータ構造を紹介する。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は ALGOTITHMSS : In a Nutchell Second Edition, by Geoge T. Heineman. Gary Pollice, Stanley Selkow, 2016。日本語版は2016年12月22日初版第1刷発行。単行本ソフトカバー横一段組み約415頁。8.5ポイント37字×31行×415頁=約476,005字、400字詰め原稿用紙で約1,191枚。文庫なら厚めの上下巻ぐらいの分量。

 文章はやや硬い。「任意の点pにおいて」など、数学っぽい表現も容赦なく出てくるので、そこは覚悟しよう。サンプル・プログラムも多数収録している。使っているのは c, c++, Java, Python。c++ か Java か Python がわかれば、たいがい読めるだろう。

【構成は?】

 各章はゆるく独立しているが、できるだけ頭から読んだ方がいい。

  • 第2版日本語版へ寄せて
  • 第2版まえがき
  • 1章 アルゴリズムで考える
    • 1.1 問題を理解する
    • 1.2 素朴解
    • 1.3 賢い方式
      • 1.3.1 貪欲法
      • 1.3.2 分割統治法
      • 1.3.3 並列法
      • 1.3.4 近似法
      • 1.3.5 一般化
    • 1.4 まとめ
    • 1.5 参考文献
  • 2章 アルゴリズムの数学
    • 2.1 問題インスタンスのサイズ
    • 2.2 関数の成長率
    • 2.3 裁量、平均、最悪時の分析
      • 2.3.1 最悪時
      • 2.3.2 平均時
      • 2.3.3 最悪時
      • 2.3.4 下限と上限
    • 2.4 性能分類
      • 2.4.1 定数的振る舞い
      • 2.4.2 対数的振る舞い
      • 2.4.3 d<1に対する下位線形O(nd)の振る舞い
      • 2.4.4 線形性質
      • 2.4.5 線形対数(n log n)の性能
      • 2.4.6 二乗の性質
      • 2.4.7 あまり明白でない性質を示す計算
      • 2.4.8 指数性能
      • 2.4.9 漸近的成長のまとめ
    • 2.5 ベンチマーク演算
    • 2.6 参考文献
  • 3章 アルゴリズムの構成要素
    • 3.1 アルゴリズムテンプレートの形式
    • 3.2 疑似コードのテンプレート形式
    • 3.3 評価実験の形式
    • 3.4 浮動小数点計算
      • 3.4.1 性能
      • 3.4.2 丸め誤差
      • 3.4.3 浮動小数点数値の比較
      • 3.4.4 特殊な値
    • 3.5 アルゴリズム例
      • 3.5.1 名前と概要
      • 3.5.2 入出力
      • 3.5.3 文脈
      • 3.5.4 解
      • 3.5.5 分析
    • 3.6 一般的なアプローチ
      • 3.6.1 貪欲法
      • 3.6.2 分割統治
      • 3.6.3 動的計画法
    • 3.7 参考文献
  • 4章 整列アルゴリズム
    • 4.0.1 用語
    • 4.0.2 表現
    • 4.0.3 比較可能な要素
    • 4.0.4 安定整列
    • 4.0.5 整列アルゴリズムの選択基準
    • 4.1 転置ソート
      • 4.1.1 挿入ソート
      • 4.1.2 文脈
      • 4.1.3 解
      • 4.1.4 分析
    • 4.2 選択ソート
    • 4.3 ヒープソート
      • 4.3.1 文脈
      • 4.3.2 解
      • 4.3.3 分析
      • 4.3.4 変形
    • 4.4 分割ベースのソート
      • 4.4.1 文脈
      • 4.4.2 解
      • 4.4.3 分析
      • 4.4.4 変形
    • 4.5 比較なしの整列
    • 4.6 バケツソート
      • 4.6.1 解
      • 4.6.2 分析
      • 4.6.3 変形
    • 4.7 外部ストレージのある整列
      • 4.7.1 マージソート
      • 4.7.2 入出力
      • 4.7.3 解
      • 4.7.4 分析
      • 4.7.5 変形
    • 4.8 整列ベンチマーク結果
    • 4.9 分析技法
    • 4.10 参考文献
  • 5章 探索
    • 5.1 逐次探索
      • 5.1.1 入出力
      • 5.1.2 文脈
      • 5.1.3 解
      • 5.1.4 分析
    • 5.2 二分探索
      • 5.2.1 入出力
      • 5.2.2 文脈
      • 5.2.3 解
      • 5.2.4 分析
      • 5.2.5 変形
    • 5.3 ハッシュに基づいた探索
      • 5.3.1 入出力
      • 5.3.2 文脈
      • 5.3.3 解
      • 5.3.4 分析
      • 5.3.5 変形
    • 5.4 ブルームフィルタ
      • 5.4.1 入出力
      • 5.4.2 文脈
      • 5.4.3 解
      • 5.4.4 分析
    • 5.5 二分探索木
      • 5.5.1 入出力
      • 5.5.2 文脈
      • 5.5.3 解
      • 5.5.4 分析
      • 5.5.5 変形
    • 5.6 参考文献
  • 6章 グラフアルゴリズム
    • 6.1 グラフ
      • 6.1.1 データ構造の設計
    • 6.2 深さ優先探索
      • 6.2.1 入出力
      • 6.2.2 文脈
      • 6.2.3 解
      • 6.2.4 分析
      • 6.2.5 変形
    • 6.3 幅優先探索
      • 6.3.1 入出力
      • 6.3.2 文脈
      • 6.3.3 解
      • 6.3.4 分析
    • 6.4 単一始点最短経路
      • 6.4.1 入出力
      • 6.4.2 解
      • 6.4.3 分析
    • 6.5 密グラフ用ダイクストラ法
      • 6.5.1 変形
    • 6.6 単一始点最短経路選択肢の比較
      • 6.6.1 ベンチマークデータ
      • 6.6.2 密グラフ
      • 6.6.3 疎グラフ
    • 6.7 全対最短経路
      • 6.7.1 入出力
      • 6.7.2 解
      • 6.7.3 分析
    • 6.8 最小被覆木アルゴリズム
      • 6.8.1 入出力
      • 6.8.2 解
      • 6.8.3 分析
      • 6.8.4 変形
    • 6.9 グラフについての考察
      • 6.9.1 ストレージの問題
      • 6.9.2 グラフ分析
    • 6.10 参考文献
  • 7章 AIにおける経路探索
    • 7.1 ゲーム木
      • 7.1.1 静的評価関数
    • 7.2 経路探索の概念
      • 7.2.1 状態の表現
      • 7.2.2 可能な手の計算
      • 7.2.3 拡張深さの限度
    • 7.3 ミニマックス
      • 7.3.1 入出力
      • 7.3.2 文脈
      • 7.3.3 解
      • 7.3.4 分析
      • 7.3.5 
    • 7.4 ネグマックス
      • 7.4.1 解
      • 7.4.2 分析
    • 7.5 アルファベータ法
      • 7.5.1 解
      • 7.5.2 分析
    • 7.6 探索木
      • 7.6.1 経路長のヒューリスティック関数
    • 7.7 深さ優先探索
      • 7.7.1 入出力
      • 7.7.2 文脈
      • 7.7.3 解
      • 7.7.4 分析
    • 7.8 幅優先探索
      • 7.8.1 入出力
      • 7.8.2 文脈
      • 7.8.3 解
      • 7.8.4 分析
    • 7.9 A*探索
      • 7.9.1 入出力
      • 7.9.2 文脈
      • 7.9.3 解
      • 7.9.4 分析
      • 7.9.5 変形
    • 7.10 探索木アルゴリズムの比較
    • 7.11 参考文献
  • 8章 ネットワークフローアルゴリズム
    • 8.1 ネットワークフロー
    • 8.2 最大フロー
      • 8.2.1 入出力
      • 8.2.2 解
      • 8.2.3 分析
      • 8.2.4 最適化
      • 8.2.5 関連アルゴリズム
    • 8.3 二部マッチング
      • 8.3.1 入出力
      • 8.3.2 解
      • 8.3.3 分析
    • 8.4 増加道についての考察
    • 8.5 最小コストフロー
    • 8.6 積み替え
      • 8.6.1 解
    • 8.7 輸送
      • 8.7.1 解
    • 8.8 割り当て
      • 8.8.1 解
    • 8.9 線形計画法
    • 8.10 参考文献
  • 9章 計算幾何学
    • 9.1 問題の分析
      • 9.1.1 入力データ
      • 9.1.2 計算
      • 9.1.3 タスクの性質
      • 9.1.4 仮定
    • 9.2 凸包
    • 9.3 凸包検査法
      • 9.3.1 入出力
      • 9.3.2 文脈
      • 9.3.3 解
      • 9.3.4 分析
      • 9.3.5 変形
    • 9.4 線分交差を計算する
    • 9.5 線分走査法
      • 9.5.1 入出力
      • 9.5.2 文脈
      • 9.5.3 解
      • 9.5.4 分析
      • 9.5.5 変形
    • 9.6 ボロノイ図
      • 9.6.1 入出力
      • 9.6.2 解
      • 9.6.3 分析
    • 9.7 参考文献
  • 10章 空間木構造
    • 10.1 最近傍クエリ
    • 10.2 範囲クエリ
    • 10.3 交差クエリ
    • 10.4 空間木構造
      • 10.4.1 k-d木
      • 10.4.2 四分木
      • 10.4.3 R木
    • 10.5 最近傍法
      • 10.5.1 入出力
      • 10.5.2 文脈
      • 10.5.3 解
      • 10.5.4 分析
      • 10.5.5 変形
    • 10.6 範囲クエリ
      • 10.6.1 入出力
      • 10.6.2 文脈
      • 10.6.3 解
      • 10.6.4 分析
    • 10.7 四文木
      • 10.7.1 入出力
      • 10.7.2 解
      • 10.7.3 分析
      • 10.7.4 変形
    • 10.8 R木
      • 10.8.1 入出力
      • 10.8.2 文脈
      • 10.8.3 解
      • 10.8.4 分析
    • 10.9 参考文献
  • 11章 新たな分類のアルゴリズム
    • 11.1 方式の種類
    • 11.2 近似アルゴリズム
      • 11.2.1 入出力
      • 11.2.2 文脈
      • 11.2.3 解
      • 11.2.3 分析
    • 11.3 並列アルゴリズム
    • 11.4 確率的アルゴリズム
      • 11.4.1 集合のサイズを推定する
      • 11.4.2 探索木のサイズを推定する
    • 11.5 参考文献
  • 12章 結び:アルゴリズムの諸原則
    • 12.1 汝のデータを知れ
    • 12.2 問題を小さく分割せよ
    • 12.3 正しいデータ構造を選べ
    • 12.4 空間と時間のトレードオフを使え
    • 12.5 探索を構築せよ
    • 12.6 問題を別の問題に帰着させよ
    • 12.7 アルゴリズムを書くのは難しい、アルゴリズムをテストするのはさらに難しい
    • 12.8 可能なら近似解を受け入れよ
    • 12.9 性能を上げるために並列性を加えよ
  • 付録A ベンチマーク
    • A.1 統計の基礎
    • A.2 例
      • A.2.1 Javaベンチマーク
      • A.2.2 Linuxベンチマーク
      • A.2.3 Pythonベンチマーク
    • A.3 報告
    • A.4 精度
  • 訳者あとがき/索引

【感想は?】

 この手の本の古典としては Niklaus Wirth の「アルゴリズム+データ構造=プログラム」がある。プログラミングの基礎から始めて、Pascal のコンパイラを作ってゆく。その過程で、リストやバランス木などのデータ構造や、再起呼び出しなどの手口を身に着ける本だ。

 優れた本だが、さすがに今の時代に Pascal は厳しい。それにリストや連想配列(ハッシュ, 辞書)なら、イマドキのプログラミング言語は処理系やライブラリが備えている。

 ということで、そういった基礎的な部分は最小限にして、現代のプログラマ、特にリアルタイム性が必要なゲームの製作で求められる、二次元空間の探索などを加えたのが本書だ。

 とはいえ、同じ整列や探索でも、現代のプログラマ、特に Web サービスで扱うデータ量は桁違いに多い。と同時に、使えるメモリ量もキロバイト単位からギガバイト単位に変わった。またオンライン業務では、データの追加・変更・削除が頻繁に起こる。となると、探索の効率とデータの追加・削除のコストのバランスも変わってくる。

 そんなわけで、一応は昔ながらのバッチ処理に向くマージソートも出ているが、むしろハッシュを使ったブルームフィルタ(→Wikipedia)の方が実用的な場面が多いかも。

 などと5章までは「処理系のハッシュ使えばいいじゃん」で済む問題が多いが、6章からは「どんなデータ構造で表すか」がキモとなる問題が増えてくる。例えば、6章の最初に出てくる問題は、二次元の迷路の探索だ。あなた、迷路をどんなデータ構造で表します? 表せれば、とりあえず問題は解けます…処理時間はともかく。

 本書では、節と辺からなるグラフとして扱ってる。分岐点と行き止まりを節、直接に行き来できる節同志を辺でつなぐ。これで問題は半分解けたようなもん。ただ、単純に深さ優先探索すると、節の数が増えるに従い演算時間が爆発するので、何かと工夫が必要だったり。

 「7章 AIにおける経路探索」は、ちょっと誤解を招くかも。というのも、ここで言うAIは、今の流行りの強化学習じゃない。三目並べなど完全情報ゲームでの最善手を探るアルゴリズムを示すもの。昔ならLISPやPrologが得意とした問題分野ですね。今はチェスも強化学習になっちゃってるけど。

 これが「9章 計算幾何学」以降に入ると、二次元ゲームを作る際に突き当たる問題が山盛り。「与えられた点から最も近い点を見つける」「点の集合をすべて含む最小の凸多角形を見つける」「任意の多角形の集合の交差を全部見つける」とか、ありがちですね。ただし、この辺になると、放物線の幾何学とかの素養が必要だけど。ええ、私は読み飛ばしました。

 次の「10章 空間木構造」も、ゲーム屋必須の章。交差クエリとかは、モロに当たり判定だったり。

 オブジェクトが少ないうちは力任せ、すなわち全オブジェクト同士で交差判定すりゃいいけど、撃ちまくりの弾幕ゲームでそんな事やったらキリがないい=オブジェクト数の二乗で演算時間が増えていく。リアルタイム性が求められるゲームでは、1/60秒未満で処理を終える必要があるし。

 そこで演算時間を節約するにはどうすれば、という話。

 ここの基本は、「いかに無駄な判定をせずに済ますか」。つまり、どう考えても当たらない要素同士は、なるたけ計算せずに済ませましょう、ってこと。ただし、そのためには、n次元空間上にバラけている点の集合を、単なる配列やリストにするのではなく、k-d木や四分木など、何らかの秩序だったデータ構造にする必要があるのだ。

 この辺を読んでると、グレッグ・イーガンの描く派手で自由度の高いVR世界も、その末端では忙しくリストから要素を出し入れして最適化してるのかな、とか考えちゃったり。でないと、すぐに演算量が爆発しちゃうから。問題に対し、必要な演算量を見積もり、適したデータ構造とアルゴリズムを選ぶマシンなんて、本当に作れるんだろうか?

 と、序盤では古典的なネタで肩慣らししつつ、中盤以降は二次元以上の空間を扱い、より現代的な問題にアプローチしてゆく、今世紀に相応しいアルゴリズムとデータ構造の本だった。その分、歯ごたえも充分にあるので、覚悟して挑もう。

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2019年12月16日 (月)

上田岳弘「塔と重力」新潮社

「お前は神である事に無自覚だからな。誰もがおまえをトレースすべきなのに、お前自身がそのことをよくわかっていない」
  ――塔と重力

無駄話が、惑星上に満ちている。
  ――塔と重力

「考えて。そのために私たちはいるのよ」
  ――重力のない世界

知的生命体が発生し、彼らの群れは生息域である惑星に乗って不動の一点である「ここ」を通過する。そうすると、知的生命体は塔を作り始める。
  ――双塔

【どんな本?】

 2018年下半期の第160回芥川賞を受賞した上田岳弘による、「太陽・惑星」「私の恋人」「異郷の友人」に続く、四冊目の著作。

 1995年の関西・淡路大震災をきっかけとした中編「塔と重力」と、似たテーマを扱う短編二つ「重力のない世界」「双塔」の計三篇を収録。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2017年7月30日発行。単行本ハードカバー縦一段組み本文約199頁。9.5ポイント40字×17行×199頁=約135,320字、400字詰め原稿用紙で約339枚。文庫なら薄い部類。

 文章はこなれている。相変わらず「太陽・惑星」と同じイカれきったネタを使っているので、その発想についていけるかどうかが評価の境目の一つ。

【塔と重力】

 初出は「新潮」2017年1月号。約143頁の中編。

 20年前、1995年、17歳の田辺は、予備校の仲間と合宿に出かける。泊まっていたホテルで阪神・淡路大震災に見舞われ、田辺江と美希子は生き埋めになる。二人は二日後に助け出されたが、美希子は目覚めぬまま亡くなった。

 進学を気に上京し、しばらくはフラッシュバックに悩んだが、やがてそれも消えた。知人の紹介で新興企業に入り、間もなく株式公開を迎える。Facebook を通じて久しぶりに昔の友人と連絡すると、弁護士になった水上からメッセージが届く。学生時代には度を越して合コンに入れあげていた水上は、田辺に「美希子アサイン」を始める。

 おそらく本書の中核を成す作品。なのだが、いやストーリーはわかるんだが、テーマとなると私にはどうにも読み取れない。

 。水上から「美希子アサイン」を受けつつ、葵や桃香とも体の関係を続ける田辺。いい歳してお盛んなことで、などと僻みたくなってしまう。もっとも、肝心の田辺本人は、それほど美希子に強い想いを感じているわけでもないらしい。

 確かに心の傷は残っているようだが、それは美希子の事より、怪我の激痛に苛まされながらの生き埋めなんて恐怖の体験から来るもののように読める。少なくとも、田辺はそう思っているらしい。もっとも、それさえ自分じゃわかってないっぽいのが、涙のくだり。まあ、居合わせた者にとっては不気味だよね、突然に涙を流し始めたら。

 「SFが読みたい!2012年版」では円城塔が「『携帯電話が出てくるような小説は文学ではない』とか言われかねない」などと文学界を揶揄してたけど、これも時代が変わったのか、Facebook や LINE が当たり前のように出てくるのも、この人の作品の特徴だろう。今どきの人の暮らしをリアルに描こうとすると、どうしたって SNS やスマートフォンが出てくる。

 とはいえ、これほど駆使する人も珍しい。田辺が最もよく使うのは葵を相手にする時だが、直接は見も知りもしないカリフォルニアの男にまで、電子の網の上じゃつながってたりする。SNS にありがちな話だね。

 そんな「人とのつながり方」が、やがて葵との関係にも跳ね返ってきて…

 なんて割り切れるほど、わかりやすい話じゃないとは思うんだが、よくわからない。

【重力のない世界】

 初出は「GRANTA JAPAN with 早稲田文学03」。約17頁の短編。

 息子が呼ぶ。「パパ、ねえ、パパ」。リフティングするから見ていて、と。人類は溶けて肉の海になった。そして性別や寿命、そして個人が廃止された。妻が言う。「次は重力を廃止するの」。これは演算された人生だ。

 諸星大二郎の初期の傑作「生物都市」やグレッグ・ベアの「ブラッド・ミュージック」を思わせる設定で、肉の海に呑み込まれた者が見る白日夢の話。なのだが、妙に今風の幸せな家庭の風景っぽいのが、なんとも。

【双塔】

 初出は「新潮」2016年1月号。約33頁の短編。

 村には塔がある。少年は通過儀礼として塔を登る。すると、塔の上からは別の塔が見える。こちらの村で塔に登るのは、祭祀王だけだ。二つの村は、互いに自分の塔の方が優れていると思っている。だが、実際は、双方の村の者が行き来することはない。できないように、「中央」が設定した。

 これまた「肉の海」シリーズの一つ。「ここ」とはどこか、を巡る理屈が、なかなか壮大にSFしていて心地いい。のだけど、お話のオチは道具の強大さに呑み込まれてミもフタもないことに。

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2019年12月15日 (日)

上田岳弘「異郷の友人」新潮社

吾輩は人間である。人間に関することで、吾輩に無縁であるものは何もないと考えている。名前はまだない。
  ――p3

「大再現が起こるんだよ」
  ――p72

【どんな本?】

 2018年下半期の第160回芥川賞を受賞した上田岳弘による、三冊目の著作。

 山上甲哉は幾つもの前世の記憶を持っている。それまでの人生では、経験を活かして歴史に名を残してきたが、今回の人生では平凡に生きることにした。普通に大学を卒業して食品卸会社に入り、10年務めた後に札幌支店に転勤となる。そこで甲哉は見知らぬ男に話しかけられる。

 「自分は経験したはずのない風景が、克明なリアリティを伴って頭の中にある。心あたりはないですかな?」

 ある。その一つはJ、オーストラリア生まれの男の人生だ。高校を卒業するとアメリカの奨学金を得てスタンフォード大学に進み、ハッキング能力を活かしあぶく銭を稼いでいる。

 もう一つはS、淡路島の新興宗教の教祖である。Sは山上甲哉と似た能力を持ち、三万人余の信者の意識を感知している。そのため、山上甲哉もSを通じて信者の意識や記憶がわかる。信者の一人・早乙女は、優れた頭脳を持ちつつ、すべきことを見いだせずにいた。

 平凡な会社員を装う神、優れた能力を持ちつつ目的を見いだせない者、一時しのぎの金稼ぎで日々を無駄に費やしたと痛感したハッカー、ハッカーに仕事を回している組織の幹部、そして新興宗教の教祖。彼らの人生が交わるとき、それは予言の時なのか?

 「太陽・惑星」「私の恋人」と穏やかなシリーズを成す一冊。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2016年1月30日発行。単行本ハードカバー縦一段組み本文約154頁。9ポイント41字×17行×154頁=約107,338字、400字詰め原稿用紙で約269枚。長めの中編ぐらいの長さ。

 文章はこなれていて読みやすい。内容も難しくないが、イカれたアイデアを用いているので、それについていけるか否かが問題。また、お笑いコンビのモンスターエンジンのネタを使っているので、詳しい人には嬉しいだろう。

【感想は?】

 いきなり夏目漱石「吾輩は猫である」のパロディで始まる。

 何度も生まれ変わり、その人生を覚えているだけでなく、現世の他の人間の意識までわかるのだがら、確かに「神」と言っていい存在だろう。だが、その扱いはやたら軽い。なにせ名無しの猫並みの扱いだ。おまけに2ちゃんねるにまで降臨する始末。やはり2ちゃんねるに神はいたのだw

 他にも自作品を軽くパロったりモンスターエンジンのネタを取り入れたり、と、今回の作品は全体的に今風のユーモアの色彩が強い。とはいえ、いかにも上田岳弘風味のアクの強い味なので、好みはわかれるかも。

 というのも、例えば主要な登場人物の多くが、やたらオツムの優れた人ばかりなのだ。

 語り手?の「吾輩」は神?だし、神に覗かれるJも高校時代からマスコミのマシンに不法侵入を繰り返す能力の持ち主だ。早乙女も「頭脳を使う分野であればできないことはおそらくほとんどない」と豪語するだけあって、大学在学中はJを凌ぐプログラミング能力を見せる。にしても、確かに汚いコードは気色悪いよねw いや人のことは言えないけどさw

 そしてEだ。コイツはJと同じ奨学金を得た者だが、試験の成績はJより良く、組織でもJを使う側だ。ここまでくると、少しJに同情したくなる。そこまで鼻をへし折らなくてもいいじゃないかw ただでさえヤル気をなくして飲んだくれてるってのにw そのJに付き合ってバーボンを飲むMも、付き合いがいいというかなんというかw

 などと、皆さん優れた頭脳を持ちながら、それを使う意思や脂ぎった欲望に欠けているのも、上田岳弘らしいところ。

 厳しい境遇に育ち、己の能力に相応しい立場を望むEでさえ、その望みは大きくはあるがいささか知的なものだ。Jは飲んだくれて「俺がやるべきことなど、もうこの世にないのではないか?」なんて気分だし、早乙女に至っては「私はあなたの信者になるべきでしょうか?」などと言い出す始末。どの人も妙に我が薄い。

 なかでも、全く分からないのが、新興宗教の教祖であるS。信者たちの人生を覗き見つつ、それで教団の勢力拡張を望むわけでもない。確かに信者たちの相談には乗るし、相応のアドバイスもする。それで少しは心が楽になるものの、人生を大きく変えるわけじゃない。ただ、観ているだけなのだ。

 このSを通して日本の創世神話が出てきたりと、壮大さを感じさせる仕掛けを使いながら、SF的なセンス・オブ・ワンダーへとは決して向かわないあたりが、ブンガクなんだろうか。

 とかの我はないくせに、やたらクセだけは強い連中に囲まれて、それでもなんとか場を持たせようとするMの普通っぷりが可愛い。今までも苦労してきたんだろうなあ。

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2019年12月13日 (金)

ニール・D・ヒックス「ハリウッド脚本術3 アクション・アドベンチャーを書く」フィルムアート社 菊池淳子訳

本書は(略)どう書くべきかではなく、「なぜそう書くべきか」を考える本なのである。
  ――1 なぜそう書くべきか

…第一幕で観客が本当に知りたいのは、この作品は何についての話なのか、どうやって主人公は難題を解決するかなのだ。
  ――5 どのようにストーリーを作るか

主人公が意味のある目的を遂げるには、敵対者は最大の努力を払うに値する相手で、しかも主人公に精神的な葛藤を引き起こす人物でなければならない。
  ――5 どのようにストーリーを作るか

アクション・アドベンチャー映画はたいてい緊迫した状況から始まり、さらに圧力がかかって孤立状態になり、善と悪が対決する。
  ――5 どのようにストーリーを作るか

どんなに派手に物を壊しても、それだけではアクション・アドベンチャー映画にならない…
  ――6 アクションとは何か

必要のない省略形・数字・ストーリーに無関係の事柄は、なるべく書かない。
  ――6 アクションとは何か

アクション・アドベンチャー映画というのは、脅威に晒された社会の物語である。
  ――7 アクション・アドベンチャーの登場人物とは?

【どんな本?】

 「ハリウッド脚本術 プロになるためのワークショップ101」「ハリウッド脚本術2 いかにしてスリラーを書くか」に続く第三弾。

 「シェーン」「荒野の七人」「ダイ・ハード」「プライベート・ライアン」「ナバロンの要塞」「バルジ大作戦」など、時代を越えて愛される作品を手本に、全米ヒットを狙うアクション・アドベンチャー映画の脚本の書き方を指南すると共に、イマイチな作品も例に挙げ、その失敗の原因を明らかにしてゆく。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Writing The Action-Adventure Film : The Moment of Truth, by Neill D. Hicks, 2002。日本語版は2006年6月3日初版発行。単行本ソフトカバー縦一段組み本文約144頁に加え訳者あとがき2頁。9ポイント49字×20行×144頁=約141,120字、400字詰め原稿用紙で約353枚。文庫なら薄い一冊分ぐらいの文字数。

 文章は読みやすい。内容も分かりやすい。当然、この手の映画に詳しい人ほど楽しめる。

【構成は?】

 各章は緩くつながっているので、できれば頭から順番に読もう。

  • 0 はじめに アクション・アドベンチャーのバイブル クリストファー・ウェイナー
  • 1 なぜそう書くべきか
    こんなの書く道具だよ。鉛筆とかそんなもの。僕に言わせれば喜び過ぎね
  • 2 観客がジャンルに期待するもの
    時間があるから、出来事は同時に起こらない。空間があるから、全ての出来事があなたに起こるわけではないのだ
    ジャンルの連続性 目に見えないものこそ、本当に手に入れたいものである:/個人の苦悩を描いたジャンル/対人関係の葛藤を描いたジャンル/コメディドラマというジャンル/おとぎ話というジャンル/個人的な探求というジャンル/探偵というジャンル/ホラーというジャンル/スリラーというジャンル/アクション・アドベンチャーというジャンル/神に対する挑戦というジャンル/うまい嘘には千の事実の価値がある/まずいやりかたをするための方法を学びなさい。そうすればやりたいことができる
  • 3 文化的背景を考える
    映画と自明の運命/私は私があることである/君はいつだって暴力を使う、餅米チキンを頼めばよかった
  • 4 どこから生まれてきたのか
    ストーリーを語るものは世界を制す/伝説が事実に出会ったら、伝説を活字にするんだ/善悪が暴かれる時間/人間はやるべきことをやらなければならない/伝統的な西部劇のストーリー/あの仮面の男は誰だったんだ?/それは君の災難であって、ぼくには何の関係もない/カウボーイ万事休す/俺たちは眠らない/心配無用/これがリコの最後なのか?/悪党、マシンガン、拳銃/ファイティング・スピリット
  • 5 どのようにストーリーを作るか
    そして、だから、それから…/予想することは非常に難しい、とくに未来を予想することは/書くのは簡単だ、激情の滴が頭に浮かぶまで、ただじっと白紙を見つめていればいい/私はこれまでずっと言葉を見つめてきた、その一つ一つに初めてであったかのように/戦いの順序/未来ってものは、次から次へとやってくる
  • 6 アクションとは何か
    何が起きるのだろうか? 決断というアクション/何も起こらない アクションの不在/何かが起きるべきだ アクションのない葛藤/何かが起きる 俳優の動作というアクション/何かが起きなければならない プロットというアクション/努力して書いていないものは、読んでも満足しない/神のつくり出すもの 天災というアクション/明らかに何かが起こっている 悲鳴というアクション/何かが起こるとなぜわかるのか? 紙面に書かれたアクション
  • 7 アクション・アドベンチャーの登場人物とは?
    白い帽子の男/アクション・アドベンチャーの主人公は、並外れた人物である/事由に乗り回せ!/俺を捕まえたいなら、捕まえてみろ/アクション・アドベンチャーの敵対者は
  • 8 夢のような冒険の世界を作る
    映画は視覚的な媒体ではない/空気のような無に、存在する場所と名前を与える/信憑性を生み出す秩序/登場人物が歴史上実在の人物に似ていても、それは単なる偶然だ。もしストーリーが史実と違っていたとしても、それはそうるべきだったのだし、脚本家はそんなことを気にもしていない/アクション・アドベンチャー 信頼性を生み出す秩序/どんな悪者も、屈することのない正義の味方を打ち負かすことはできない/イタリアの30年のテロや虐殺などの結果、ミケランジェロ、ダ・ヴィンチ、ルネッサンスが生まれた。スイスの500年に及ぶ民主主義や人類愛や平和で、何が生まれた? 鳩時計だけさ/暴力vs結果/ひどい時代になったものだ、子供は親の言う事を聞かないし、みんな本なんか書いてる/何か一つの方法を学べば、すべての方法につながる
  • エピローグ 2001年9月11日
  • あとがき アマンド・リー
  • 訳者あとがき/映画名索引/書き込み練習問題

【感想は?】

 本書が目指すのは、アメリカの市場で当たる映画だ。これは、「いいアクション・アドベンチャー」とは違う。

 「3 文化的背景を考える」では、その違いを痛感する。ある意味、比較文化ヒーロー論と言っていい。例として衝撃的なのが、「ポカホンタス」「ライオン・キング」などのディズニー・アニメ。どういうわけか、インドでは全くウケない。

 著者はこの理由を、倫理観の違いとしている。派手なアクションと爽快な結末を求めるアクション・アドベンチャーに、なぜ倫理が出てくるのか。

 いや大事なのだ。だって、アクション・アドベンチャー映画とは、勧善懲悪のお話なのだから。ヒーローは正義の人であり、悪役は強大だが卑劣な悪党でなきゃいけない。では、何が善悪を決めるのか? そこで倫理観が重要になってくる。

 アクション・アドベンチャー映画は、テンポがよくなきゃいけない。だから、ヒーローや悪役の過去や戦う動機について、ダラダラ語る暇はない。わかりやすく端的に善悪を対比する必要がある。長々しい議論は観客の興奮を冷ましてしまう。

 ところが、国や地域によって善悪の基準が違うのだ。本書でアメリカ的な象徴として出てくるのが、「ダーティー・ハリー」の刑事ハリー・キャラハンだ。ハリーは事件解決のためなら暴力を厭わず、上司の命令も無視して44マグナムをガンガンとぶっ放す。自らの信じる正義のために、孤立も恐れず独走する。

 本書が求める主人公は、そんな人物だ。だが、こういう人物は、アメリカ以外じゃウケが悪い。

 なぜか。犯罪被害者にとって、たしかにハリーは頼もしく思えるだろう。だが、秩序と調和を大切にする社会だと、ハリーの言動は「独善的」と捉えられてしまう。私たちはヒーローに肩入れしたい。しかし、そのヒーローがまさしく「ダーティー」だったら、気持ちよく応援できないじゃないか。

 そんなワケで、アメリカ以外の国のヒーロー物は、アメリカ市場だといささか苦しい商戦を強いられる。もっとも、例外もあるのだ。ブルース・リーの「燃えよドラゴン」と、黒澤明の「七人の侍」である。わはは。いずれもアクション・アドベンチャー映画史上屈指の傑作ではないかw なぜこの二つが例外なのか、アクションではなく脚本の面から考えると面白い。

 続く「4 どこから生まれてきたのか」では、アメリカのアクション・アドベンチャー映画史を辿りながら、ハリウッド映画の倫理感がそうなった背景を探ってゆく。

アクション・アドベンチャーを考える上で本当に重要なのは、(略)ストーリーの根底に流れる価値観を探ることである。
  ――4 どこから生まれてきたのか

 本書では、源流を西部劇に求め、その基本構造と、その根底にある社会の仕組みや、アメリカならではの歴史的背景と紐づけてゆく。このあたりで、アメリカの大物プロデューサーが「どんな作品を受け入れるか」も見えてきたり。単にストーリーが面白くてアクションがカッコいいだけじゃ、駄目なのだ。彼らの倫理観に合わないと。

 などの文化論的な話は4章までで、5章以降はもっと実用的な話が中心となる。もっとも、物語の基本構造こそ違えど、基本的な注意事項はスリラーと共通している所も多い。例えば、アクションのために無駄なシーンを入れるのはやめろ、とか。全てのシーンは、何らかの形で物語を進めなきゃいけないのだ。似たような事をスリラー編でも言ってたね。

 このあたりになると、映画の脚本に限らず、冒険小説やバトル物にも応用できそうなネタが次々と出てくるし、その多くは私たちが楽しんできた漫画やアニメなどのヒーロー物にも共通してみられる性質である事に気づくだろう。

 例えば、ショッカーはいきなり幹部が出張ったりしない。まずは下っ端の戦闘員や怪人が暴れる。このスタイルは仮面ライダーでも燃えよドラゴンでも変わらない。最後の敵が最強の敵なのだ。

 など、ヒーロー物の定石を、いちいち文章にしてハッキリ示すあたりは、映画に限らず娯楽作品を作りたい人全般に役立つ。かと思えば、「脚本の書体は12ポイントの Courier にしろ、すると上映時間にして1枚1分になる」とかの下世話なアドバイスもあったり。

 映画の脚本の本ではあるが、実はあらゆるメディアの「面白い物語」を作る定石を書いた本でもある。そんなワケで、書く者だけに限らず、私のように評する者にとっても、着目すべき点を教えてくれる、なかなか役に立つ本だ。

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2019年12月12日 (木)

ニール・D・ヒックス「ハリウッド脚本術2 いかにしてスリラーを書くか」フィルムアート社 廣木明子訳

スリラーの脚本家の第一の目的は、観客のなかに恐怖を生み出すことだ。
  ――まえがき お父さんの時代のシナリオ読本と違って

冒頭では、観客はこのストーリーがどういう話なのかを切に知りたがっている。
  ――4 物語の軌道

もしも……悪人が常識をはねつけたら?
  ――5 制限された世界

登場人物の最初の行動はいつもの生活ぶりを再確認して、分別を失わせる混乱に思い切り急ブレーキをかけることだ。
  ――5 制限された世界

…すべてのスリラーが極度に圧縮された時間の内に起こる…
  ――6 時間軸

スリラーの主人公は平凡な普通の人間で、自らが投げ込まれたショッキングな状況に対して何の準備もできていない。一方、アクション・アドベンチャーの主人公は、圧倒的な敵対者と自ら進んで戦いたくなる、肉体的・精神的・道徳的準備の整った気質の持ち主だ。
  ――7 登場人物の気質

観客を不安にすることに失敗した時には、期待外れの原因はほとんど常に登場人物の設定のまずさだ。
  ――7 登場人物の気質

…すべてのスリラーに不可欠な部分とは、ドラマのプレッシャーによって克服しなければならない主人公の本質的な弱さなのだ。
  ――9 スリラーの神髄

『北北西に進路を取れ』の脚本をスリラーの神髄であるだけでなく、これまで書かれたなかで最高の脚本の一つにしているのは、必然的にプロットを前進させる新しい情報が、ほとんどすべてのシーンに盛り込まれているという点だ。
  ――9 スリラーの神髄

【どんな本?】

 「ハリウッド脚本術 プロになるためのワークショップ101」の続編で、主にスリラーに焦点を絞ったもの。

 「北北西に進路を取れ」を筆頭に、「コンドル」「マラソンマン」「暗くなるまで待って」「ルームメイト」そして「エイリアン」に至るまで、古今の名作スリラーを参考に、観客をスクリーンに惹きつけ離さないストーリーのコツを語ると共に、幾つかのスリラーとしては失敗した作品を挙げ、その原因も明らかにしてゆく。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Writing The Thriller Film : The Terror Within, by Neill D. Hicks, 2002。日本語版は2004年9月7日初版発行。単行本ソフトカバー縦一段組み本文約145頁に加え訳者あとがき2頁。9ポイント49字×20行×145頁=約142,100字、400字詰め原稿用紙で約356枚。文庫なら薄い一冊分ぐらいの文字数。

 文章は比較的にこなれている。内容も特に難しくない。当然、映画に詳しいほど楽しめる。特に「北北西に進路を取れ」は必須。

【構成は?】

 各章は穏やかに繋がっているので、できれば頭から読んだ方がいい。

  • はじめに マーティン・ブラインダー博士の推薦文
  • まえがき お父さんの時代のシナリオ読本と違って
    言葉について一言/それは私の身にも起こり得る
  • 1 誰がこの代物を作り上げるのか?
    私たちについてのすべて!
  • 2 ジャンルに期待される事柄
    やるかやらないかだ、お試しはない/ジャンルの連続性
    ジャンルの原則:個人的な苦悩のジャンル/葛藤が中軸のジャンル/コメディ・ドラマのジャンル/おとぎ話のジャンル/個人の探求のジャンル/探偵のジャンル/ホラーのジャンル/スリラーのジャンル/アクション・アドベンチャーのジャンル/形而上学的反抗のジャンル
  • 3 信頼性を支える秩序
    信頼の現在/(……不可能なものを排除したのちに、残ったものが何であれ、どんなにあり得ないと思えても、それが真実に違いないのだ)
  • 4 物語の軌道
    誘引/期待/満足/観客中心の進行/強敵/本能的自衛/サスペンス/アクションの速度
  • 5 制限された世界
    合理性に制限された信じられない出来事/迷路に追い込まれて/リアリティの解体/安心のための口実 理屈に反する思い込み
  • 6 時間軸
    心からはみ出した時間/恐怖とは、いやな予感から立ち昇る苦悩だ/安全か?
  • 7 登場人物の気質
    スリラーの主人公/スリラーの敵対者/変わってしまった現実と格闘して/裏切り 自己の崩壊/人生の修復/人生は人の勇気に比例して、縮みもすれば広がりもする/悪の露見/変わってしまった世界
  • 8 同族のプロット
    スリラーの血統/きみは何か(する)ことになってるんだ/生きている!/汝、ここに入る者は、すべて希望を捨てよ!/直感の末期のおののき、何かがどこか得体が知れない/悪の力は弱い心の持ち主には巨大過ぎる
  • 9 スリラーの神髄
    「北北西に進路を取れ」のストーリーの概要 アーネスト・レーマン作
  • エピローグ
  • 書き込み練習問題
  • 訳者あとがき
  • 映画題名索引/本書で言及されている映画

【感想は?】

 一言でいうと、「北北西に進路を取れ」から学べ、だろう。

 スティーヴン・キングはホラー作家と言われる。でも、彼の手管は、スリラーから巧みに借用してる。いやキングだけじゃない。ロバート・R・マキャモンもそうだ。彼らをパクり屋だと言ってるんじゃない。返らの並外れた構成力を示すものだ。

…スタジオが進んで出費するジャンルの中で、スリラーの脚本を書くのが断然いちばん難しい。
  ――3 信頼性を支える秩序

 なぜ難しいか。スリラーは、いわば詰将棋なのだ。主人公には、次々と王手がかかる。逃げても逃げても、敵の魔の手が追ってくる。主人公の行動は、傍から見るとイカれているように見える。だが、イカれているのは主人公の置かれた状況の方で、主人公は変な状況から、なんとか必死に逃げているだけだ。

スリラーの(略)狙いは、逃亡という唯一の的にしっかりと向けられていることがきわめて重要だ。
  ――4 物語の軌道

 ということで、アーノルド・シュワルツネッガーやシルベスター・スタローンには向かない。いや敵役ならいいけど、スターに悪役やらせるのは難しいよね。

 加えて、性格付けも、ヒーロー的なキャラクターじゃない。普通のアンチャン・ネエチャン・オッサン・オバサンである。平穏を愛し、対立を避け、面倒くさいことから逃げる。はい、私やあなたのような人です。

全般的にスリラーの主人公は回避と非対決という共通の気質を有している。
  ――7 登場人物の気質

 そういう人を、異常な状況に放り込むことから、スリラーは始まる。往々にして誰も頼りにならない状況か、または助けを求めようとすると…

スリラーの敵対者が放つ脅威は、(略)ほとんんどが次々と続く不気味な裏切りだ。
  ――8 同族のプロット

 と、たいていは敵が既に手を回していて、主人公はマンマと敵の罠にハマってしまうのだ。この際、主人公の行動は、あくまでも常識的な行動でなきゃいけない。敵が狡猾だったり、並外れて大きな組織だったりして、巻き込まれた主人公を更に追い詰めるのである。

 しかも、観客には緊張を与え続けなければいけない。寄り道は、緊張感をそぐ。こういった物語の緻密な組立が、スリラーには要求される。そして、スティーヴン・キングは、見事にモノにしていると私は思う。いや映像化には恵まれないけどね、あの人。というか、根本的に脚本にするのが難しい芸風なんだな、きっと。

 SFだと、S・J・モーデンの「火星無期懲役」が、舞台こそSFだけど、仕掛けはモロにスリラーだった。ギレルモ・デル・トロ&チャック・ホーガンの「ザ・ストレイン」も、ホラーのネタを使ってるけど、お話を駆動してるのはスリラーのエンジンだと思う。

 そんなこんなで、読むとかえって「スリラーって書くのが難しそう」な気分になっちゃうあたりが、大きな欠点かもしれない。それより、傑作スリラー映画のガイドとして読もう。いささか古い作品が多いが、いずれも公開時には話題になっただけでなく、その後も映画ファンに語り継がれている作品ばかりだ。面白い映画を見つける助けになるだろう。

 ということで、とりあえず「北北西に進路を取れ」を観ましょう。

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【つぶやき】

 インフルエンザで寝込んだ。熱は37℃と高くないのだが、節々が痛いのがつらい。しばらくは引きこもっていよう。

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2019年12月 9日 (月)

ニール・D・ヒックス「ハリウッド脚本術 プロになるためのワークショップ101」フィルムアート社 濱口幸一訳

本書は、劇場用の長編映画の観客を満足させることについて述べたものである。
  ――まえがき

…主人公とその世界、ドラマの葛藤の核になる問題、その問題に対する可能な解決、そして究極的には主人公が障害を克服し、葛藤を解決する…
  ――3 スクリーンのストーリーの要素

彼らの選択が劇的なのは、認識的不協和すなわち自己不信の可能性があるためである。
  ――4 スクリーンの登場人物

1.常に現在形で書くこと。(略)
2.常に能動態で書くこと。
  ――4 スクリーンの登場人物

スクリーン上の世界は誇張された現実である。
  ――5 スクリーンの文脈

ストーリーが機能するようにするのがあなたの仕事である。
  ――5 スクリーンの文脈

脚本のフォーマットの最も根本的な法則は、脚本を読みやすくするということだ!
  ――7 脚本執筆のスタイル

会話には二つの機能がある。ストーリーを前進させることと、登場人物を明らかにすることである。
  ――7 脚本執筆のスタイル

トム・ストッパード「困難なのは、第1ページの最初に到達することだ」
  ――8 熱心に励む

作られたものは、常にある点で妥協である。
  ――8 熱心に励む

【どんな本?】

 映画を作る際、最初に必要なのが脚本だ。脚本は他の文学、例えば小説や詩と似たところがある。だが、全く違う点もある。

 本書が扱うのは、ハリウッドの映画だ。そこで大事なのは商業的な成功、平たく言えば客にウケで大当たりし大儲けできる、そんな映画の脚本である。

 「北北西に進路を取れ」「ターミネーター2」「レインマン」など、成功した映画を例にとり、採用される脚本に必要なのは何か、どんな事に気をつけて書くべきなのか、どこからアイデアを得るのかなど、金になる脚本をひねり出すためのコツから、脚本の文書形式など下世話な、しかしプロをめざす者が知るべき様式、そして映画会社に売り込む方法と自分の権利を守るための注意点に至るまで、脚本家になる方法を徹底的に実際的な形で指南するハウツー本。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Screenwriting 101 : The Essential Craft of Feature Film Writing, by Neill D. Hicks, 1999。日本語版は2001年3月27日初版発行。私が読んだのは2004年8月26日の第8刷。安定して売れてるなあ。単行本ソフトカバー縦一段組み本文約211頁に加え訳者あとがき2頁。9ポイント50字×20行×211頁=約211,000字、400字詰め原稿用紙で約528枚。文庫なら普通の厚さの一冊分ぐらいの文字数。

 文章は比較的にこなれている。内容も分かりやすい。当然ながら、沢山の映画を見ている人ほど楽しめるだろう。

【構成は?】

 各章はほぼ独立しているので、気になった所から拾い読みしてもいい。

  • まえがき
  • 1 ドラマは葛藤である
    ドラマが意味をなす/脚本の前提
  • 2 観客を満足させること
    誘引/期待/満足
  • 3 スクリーンのストーリーの要素
  • 4 スクリーンの登場人物
    あなたの主人公は誰か?/登場人物の最低限のアクション/認識的不協和の理論/葛藤の焦点/主人公は何を望んでいるか?/基本的な欲求の回想/主人公が目的に到達するのを妨げているのは何か?/登場人物発見のための実践的テクニック/登場人物研究のサンプル
  • 5 スクリーンの文脈
    信頼性のコスモス/調査と研究/あなたは何をしているのか?/文脈の要素
  • 6 スクリーンのジャンル
    形式の期待
  • 7 脚本執筆のスタイル
    実践 読者の目の誘導/脚本フォーマットのサンプル/脚本フォーマットの要素/美学 読者の心の誘導/シーンの記述 少ないに越したことはない/会話 奈落の底からの悪霊/サブテキスト/エネルギー/期待
  • 8 熱心に励む
    ライターの生活
  • 9 脚本書きというビジネス
    ショウほど素敵な商売はない/脚本のマーケット/大きな産業、小さなビジネス/アメリカ脚本家協会 WGA/奴らにアイデアを盗まれた!/実際にあったことを描くには/アメリカの著作権/あなたのチーム/自分自身のエージェントを持つ/業界弁護士/個人マネージャー/売り込み/評価書類/契約/オプションの同意/取引のメモ/銀行へ/スクリーンのクレディット/創造的権利/おいくら?/業界への参入
  • 訳者あとがき/索引/著者&訳者のプロフィール

【感想は?】

 私はよく妄想に浸る。ヲタクとは、そういう生き物だ。だが、その妄想は、まずもって物語にならない。

 設定が借り物、つまり二次創作だったり、私の知人だけが登場する楽屋落ちだったりと、表に出せない理由はいろいろある。中でも最も大きいのが、そもそも形にしても私以外にはつまらないって事だ。

 つまらないのはわかる。だが、なぜつまらないかが、今まではハッキリと見えていなかった。それが、本書の冒頭でキチンと形になった。

「ドラマは<秩序を与えられた>葛藤である」
  ――1 ドラマは葛藤である

ドラマが原因で、主人公の人生はどのように変わるのか。
  ――1 ドラマは葛藤である

 私の妄想には葛藤がない。強力な主人公が難しい問題を鮮やかに片付ける、それだけだ。しかも、主人公は何も変わらない。つまりは幼い男の子の特撮ヒーローごっこから、なにも進歩していないのだ。ガッカリ。

 「ターミネーター2」のラストシーンが、なぜ心に残るか。あのシーンで、T-800はプログラム通りに動くただのマシンではなくなった、と示している。T-800は成長したのだ。それも、ジョン・コナーと関わったために。だから、私たちの心は動くのだ。

 そう、主人公は問題を解決するだけではない。ターミネーター2なら、T-1000を始末するだけではない。問題解決、つまりジョン・コナーとの関わりを通して、変わらなければならないのだ。これが、T2がただのアクションSF映画ではなく、優れたアクションSF映画である所以でだろう。

 大きな枠組として、著者はこう言っている。「誘因→期待→満足」と。まず客を惹きつけ、「ヤバくね?」とか「派手な事が起こりそう」とか「謎が解けそう」とか期待させ、最後に期待を満足させる。日本の劇作だと序破急になるのかな?

 など物語の大枠はもちろん、個々のシーンでも、客を引き付けるのに役立つアドバイスがたくさん入っている。素人がやりがちなのが、細かい設定を長々と説明すること。当然、それはよろしくない。とにかく何かを動かすべきなのだ。

あなたが書くどのシーンの目的も、何かを起こさせるということである。
  ――7 脚本執筆のスタイル

 というか、巧みな作家は個々のシーンでも「誘因→期待→満足」の構造を作ってる気がする。

 とかの前半は、脚本だけでなく小説や演劇の脚本でも役立ちそうなアドバイスだ。これが後半では、次第に映画の脚本に焦点を絞ってくる。

 脚本ならではのアドバイスとして、例えば、なるたけ登場人物の具体的な動作は書かない方がいい、なんてのがある。

 スリ寄ってくる嫌いな奴に対し「手を回して追いやっ」てはいけない。「鬱陶しそうに払いのける」のはいい。どう払いのけるか、どんな動作で表すかは、役者の領分なのだ。特に、トム・クルーズのような大スターの場合は。彼らは「何を演じるか」には従っても、「どう演じるか」を指示されるのは好まない。まして新人の脚本家ごときに。

 そう、あなたは有名な作家じゃない。今は無名だ。だから、ビジネスでも立場が弱い。おまけに、ハリウッドの習わしも知らない。そして売り込むべき相手は百戦錬磨のプロであり、桁違いの金額を動かすギャンブラーでもある。何も知らずに売り込んでも、門前払いを食らえばマシなほうで、ネタを奪われタダ働きにもなりかねない。私がまず驚いたのは…

ときに映画は、(略)1ダースかそれ以上の書き直しを、その回数と同じ数の違ったライターにより行われる…
  ――9 脚本書きというビジネス

 そう、あなたが書いた脚本がそのまま採用されることは、まずない。必ず書き直される。しかも、書き直すのはあなたではない。あなたが見も知りもしない他人だ。原因はいろいろある。プロデューサーの懐具合かもしれないし、監督の思い付きかもしれない。スターはいつだって自分を目立たせろと言ってくる。映画の脚本とは、そういうモノらしい。

 となると、映画の最後のクレジットに出てくるのは、どの脚本家なのか。これについても、終盤でマニアックな話が出てきて、映画ファンには嬉しいところ。なんと Written by / Story by / Screen Story by / Screenplay by で違うし、by George & Martha と by George and Martha でも微妙に違うのだ。なんてこったい。

 加えて、今のハリウッドの競争は厳しい。どれぐらい厳しいかというと…

毎年、脚本家組合の登録部は四万本をこえる脚本とトリートメントを受け付けているが、毎年ハリウッドが製作し封切る長編映画は、約300本だけである。これらの長編映画のわずか一握りが商業的に成功する。
  ――9 脚本書きというビジネス

 と、1%にも満たない。しかも当たる映画は、もっと少ない。

 Netflix などが映像制作に参入したためか、SF小説にお声がかかることも増えたが、必ずしも本当に映像化されるとは限らず、いつのまにか話が立ち消えになってたりする。その辺の事情や、脚本家に与えられる権利など、切実かつ下世話な事情もあからさまに書いてある。クリエイター志望の人に限らず、観客として楽しむ立場でも、何かと学べる点の多い本だ。

 例えば私は、スター☆トゥインクルプリキュアの第43話の巧みさに改めて舌を巻いた。ターミネーター2と同様に、えれなさんも葛藤に悩み、戦いを通じて葛藤に向き合い、乗り越えて変わる。そういうサイド・ストーリーの編み込み方が見事なのだ。大きいお友達を魅了する秘訣だろう。

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2019年12月 6日 (金)

イタロ・カルヴィーノ「最後に鴉がやってくる」国書刊行会 関口英子訳

…なぜ私が人間と一緒に暮らし、人間のために働かなければならないのでしょう。
  ――養蜂箱のある家

SSに母親を逮捕された晩、兄弟は夕飯を食べに<コミュニスト>の家へ向かった。
  ――血とおなじもの

「司令部はどこなんだ?」
  ――司令部へ

「おーい、みんな。今日はフライを食いたいと思わないか?」
  ――海に機雷を仕掛けたのは誰?

【どんな本?】

 イタリアの作家でSFファンにも人気が高いイタロ・カルヴィーノの初期作品を集めた短編集。1949年刊行の作品集「最後に鴉がやってくる」を中心に、日本独自のセレクションで編集した。

 解説によると、大雑把に三つの傾向から成る。

 まず、著者が若い頃を過ごしたイタリア北西部のサンレモを舞台として、農村の暮らしを描いた作品。次に、第二次世界大戦中のイタリアを舞台とした作品。最後に、戦後のイタリアを舞台として、混乱の中で逞しく生きる人々を描いた作品。

 後年にみられる幻想的な味わいは少ないが、特に三番目の傾向では、イタリア人らしい明るいユーモアが漂っている。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2018年3月23日初版第1刷発行。単行本ハードカバー縦一段組み本文約302頁に加え、堤康徳の解説「イタロ・カルヴィーノの出発地 リヴィエラの風景とパルチザンの森」18頁+訳者あとがき6頁。9ポイント40字×16行×302頁=約193,280字、400字詰め原稿用紙で約484枚。文庫なら普通の厚さの一冊分ぐらい。

 文章はこなれている。内容も難しくない。ただし、戦中を舞台とした作品群は、第二次世界大戦中のイタリアの歴史を知っていた方がいい。枢軸側として参戦したが、連合軍が南部から上陸し、ファシスト勢力は北へと追いやられていった。

【収録作】

ある日の午後、アダムが/裸の枝に訪れた夜明け/父から子へ/荒れ地の男/地主の目/なまくら息子たち/羊飼いとの昼食/バニャスコ兄弟/養蜂箱のある家/血とおなじもの/ベーヴェラ村の飢え/司令部へ/最後に鴉がやってくる/三人のうち一人はまだ生きている/地雷原/食堂で見かけた男女/ドルと年増の娼婦たち/犬のように眠る/十一月の願いごと/裁判官の絞首刑/海に機雷を仕掛けたのは誰?/工場のめんどり/経理課の夜
解説「イタロ・カルヴィーノの出発地 リヴィエラの風景とパルチザンの森」堤康徳/訳者あとがき

【感想は?】

 幻想的でナンセンスな芸風かと思っていたが、全く違うのに驚いた。

 まず最初の「ある日の午後、アダムが」から、完全に勘ちがいを思い知らされる。舞台はたぶん1940年代のイタリアの田園で、一種のボーイ・ミーツ・ガールだ。庭師で15歳の少年リベレーゾが、14歳で小間使いの少女マリアと出会う。リベレーゾはマリアを喜ばせようと贈り物をするのだが…。

 自分が気に入ってるモノは女の子も喜ぶはず、と思い込んでいるのを、子供らしい純真さといえば聞こえはいいが、実はええ歳こいたオッサンになっても、男ってのはほとんど学習も成長もしてなかったりする。身に覚えがあるだけに、オチには笑いつつも少し苦みが混じってたり。

 「地主の目」「なまくら息子たち」「羊飼いとの昼食」は、いずれも地主で旧世代の父と、新世代で知的ながら軟弱でごくつぶしの息子世代を対比する作品。地主と言っても大地主じゃない。父は小作人と共に畑に出て汗を流し、農業にも詳しい。こういった世代の断絶は、戦後の日本でもあったんだろうなあ。親を無教養で野卑だと感じつつも、働き者で人望も甲斐性もある点は認めざるを得ない、屈折した想いが濃く出た作品だ。

 「バニャスコ兄弟」は、同じ小地主の息子兄弟が主人公。教育もあり、都市のしゃれた暮らしも知っている兄弟が、地元では違う顔で過ごしている。地元を離れ都市で仕事に就いた人向けの作品だろう。

 「養蜂箱のある家」は、人里離れた山の中で暮らす、人間嫌いの男を描く作品。蜜蜂と共に暮らす、達観した仙人みたいな人だと思ったら…。途中で空気が一気に変わるあたりいが、第一の芸風と第二の芸風の狭間に相応しい。

 「血とおなじもの」からは、第二次世界大戦中のイタリアを舞台とした作品。この作品では理屈が先立つ兄と、銃器に興味津々な弟の対照が面白い。

 「ベーヴェラ村の飢え」は、戦争に巻き込まれた村を描く。村を占拠され、村人は山の洞窟に逃げ込むが、食料が尽きてきた。町へ買い出しに行かねばならないが、途中の道は激しく砲撃されており…。被弾したカタツムリや巣を壊された蟻を描く場面が印象に残る。そうだよなあ、彼らも被害者だよねえ。

 「最後に鴉がやってくる」は、少し幻想的。山を行くレジスタンスに、一人の少年が加わる。見事な銃の腕を見せた少年は、面白がって鳥や木の実を次々と撃ち落とすのだが…。少年は戦術もヘッタクレもなく銃を撃ちまくるんだが、つまりは新しいおもちゃを見つけたんで楽しくてしょうがないってだけなんだろう。撃つ方は気楽なもんだが…

 「地雷原」は、一種のスリラー。男は峠を越えようとするのだが、そこには多くの地雷が埋まっていて…。どこに埋まっているかわからない地雷原の恐怖を、じっくり描いた作品。

 「食堂で見かけた男女」からは、戦後のイタリアを描いた作品。闇商売でガッポリ稼いだ未亡人と、没落して貧乏暮らしの老貴族が、大衆食堂で相席となり…。価値観が完全に変わってしまった事を、まったくわかってない老貴族の姿が切ない。

 「ドルと年増の娼婦たち」からは、だいぶ芸風が違い、ヤケになったようなユーモアが楽しい。32歳のエマヌエーレは、妻のイリオンダと共に闇両替で稼いでいる。今夜もフェリーチェの店でアメリカ人水兵相手に商売しようと出かけたが…。終盤でドタバタがエスカレートしていくあたりは、短編映画にしたらさぞ笑えるだろう。大柄の水兵は若い頃のシュワルツネッガーあたりで。雰囲気、かのジョン・ベルーシが大暴れした映画「1941」を彷彿とさせる。

 「犬のように眠る」は、駅でねぐらを探す者たちの話。飢えた者たちが、美味い食いものについて語り合う物語はあるが、心地よいねぐらについて語り合う話は珍しい。

 「十一月の願いごと」も、開き直った芸風のコメディ。寒さが身に染みてくる11月、冬物のシャツと下穿きの施しが始まった。多くの者が長い行列を作り順番を待つところに、バルバガッロがやってくる。老いたこの男、ミリタリーコートを羽織ってはいるが…。なんちゅうか、開き直ったオッサンってのは、無敵だよねw 映像化は、様々な事情でちと難しいけどw

 「裁判官の絞首刑」は、ダークな味わいの分かりやすい寓話。今までオンオフリオ・クレリチは裁判官として強い信念に基づき判決を下してきた。だが最近は風当たりが強くなり…。

 「海に機雷を仕掛けたのは誰?」は、海辺の町が舞台。富豪ポンポーニオの屋敷には、将軍や代議士や新聞記者が集まっている。そこに老夫バチが今日の漁の獲物を持ってくる。新鮮なウウニとカサガイだ。ただし妙なオマケも持ってきて…。 これまた、気取った上流階級の連中と、逞しく日々を生きる貧しい者たちを対比させた作品。

 「工場のめんどり」は、戦後も落ち着いたころを舞台としたコメディ。工場の警備員のアダベルトは、工場の中庭で一羽のめんどりを飼っている。おとなしいし、毎日卵を産む上に、中庭でミミズを漁るので助かっている。めんどりは工場内を歩き回り、工員たちも大目に見ていた。中でもベテラン旋盤工のピエトロは一計を案じ…。ブラック企業ってのは別に今に始まったワケじゃなく、昔からあったんです。ピエトロ爺さん、もう少し要領が良ければねえ。

 最後の「経理課の夜」は、夜のオフィスを舞台とした、少し幻想的な作品。社員が帰った後、幼いパオリーノは母と共に掃除の仕事を始める。経理課に立ち寄った時、残業していた男から世界の秘密を打ち明けられ…。 後の芸風の片鱗をうかがわせる、微妙に人を食ったような話。

 農村生活を描くもの、戦中の暮らしを描くもの、戦後が舞台の作品と、三種類の芸風の中じゃ、私は「ドルと年増の娼婦たち」以降の開き直ったようなコメディが、わかりやすくて好きだなあ。「十一月の願いごと」とか、かなりしょうもないネタなんだけど、だからこそインターナショナルなのだ。いやそんなご大層なシロモノじゃないんだけどねw

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【つぶやき】

 読み終えてから気づいたんだけど、これ国書刊行会の「短編小説の快楽」シリーズの一冊なのね。このシリーズ、カバーが謎めいていていいんだよなあ。

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2019年12月 5日 (木)

○○力

 以下のような、○○力なるものを想像してほしい。

人はみな、多かれ少なかれ○○力がある。ただし○○力が強い人と弱い人がいる。

苦しいとき、つらいとき、ここ一番の大勝負のとき、○○力がモノをいう。○○力があれば苦しさやつらさに耐えられるし、勝負にも勝てる。

○○力は、訓練で鍛えることができる。

より厳しい訓練に耐えるほど、より優れた○○力が身につく。

残念ながら、○○力を客観的に測る手段はない。数値化もできないし、単位も定まっていない。

だが、専門家が見れば○○力の強弱はわかる。○○力を鍛えたければ、専門家に頼るべきだ。

そして他ならぬこの私、ちくわぶは○○力の専門家である。

 これであなたはちくわぶを信用するだろうか? しないよね。あなたの判断は妥当だ。だって、○○力は、たった今、私がデッチあげたものだから。

 では、上の文章から、○○力を霊能力に入れ替えてみよう。胡散臭いと思ったなら、あなたは常識は豊かで論理的にモノを考えられる人です。

 ではその次。 ○○力を精神力に入れ替えたら、どうなるだろうか? 最近はメンタルって言い方が流行ってるけど。

 ってなネタを、「懐疑論者の事典」を読んで思いついた。

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2019年12月 4日 (水)

ロバート・T・キャロル「懐疑論者の事典 下」楽工社 小久保温・高橋信夫・長澤裕・福岡洋一訳

自然のものは(医薬品のような)人工物よりも体に良く安全だと思っている人は多い。
  ――代替医療

ジプシーがタロット・カードを使いはじめたのは20世紀以降のことだ。
  ――タロット・カード

自分自身が優秀であると主張する理由が薄弱になればなるほど、人はますます、彼の属する国家、宗教、人種、あるいは神聖な大義が、優秀きわまりないと主張する傾向がある
  ――トゥルー・ビリーバー・シンドローム

21世紀に入った時点で、アムウェイのディストリビューターは年間平均約700ドルを売り上げていたが、製品を買うのに年間千ドル費やしていた。
  ――マルチ商法

もしもモーツァルトの音楽が健康にいいというのなら、なぜモーツァルト本人はああも病気がちだったのか?
  ――モーツァルト効果

UFOを観測するのが一般に素人のスカイウォッチャーであり、プロアマを問わず天文学者(つまり上天の観測にあり余るほどの時間をさいている人間)の観測した例はほとんど一度もない。
  ――UFO

ローマン・ブンダ神父「信ずる者にとっては何も説明はいらない」「信じない者にとっては説明がまったく成り立たない」
  ――ワトソンヴィルの聖母

 ロバート・T・キャロル「懐疑論者の事典 上」楽工社 小久保温・高橋信夫・長澤裕・福岡洋一訳 から続く。

【どんな本?】

 著者が始め、世界中の懐疑論者が協力しているWeb サイト The Skeptics's Dictionary m(→日本語版)は、オカルト・超自然・疑似科学などの用語を集め、多少の辛辣なユーモアを含め解説している。2003年、米国で主な400項目を選び出し、書籍として出版された。

 本書はその日本語版として、並びをあいうえお順に改め、上下巻に編纂したものである。

 日本語版編集委員として、小内亨・菊池聡・菊池誠・高橋昌一郎・皆神龍太郎の五名が協力している。

【前科】

  •  上巻
  • 日本語版編集委員まえがき
  • 著者はしがき/謝辞/序/凡例
  • 懐疑論者の事典 あ行~さ行
  •  下巻
  • 懐疑論者の事典 た行~わ行
  • Picture Creditss
  • 参考文献一覧/人名索引/欧文索引

 これだけ多くの記事が載っていると、中には私がひっかかったモノも出てくる。その一つがバイオリズム(→Wikipedia)。心身のリズムは三つのサイン・カーブで云々、ってやつ。いや私、三角関数は苦手なんで持ち出されるとコロリと参っちゃうんだよなあ。もっとも楕円関数まで行っちゃうと皆目見当がつかないんだけど。でも落ち着いて考えると、これや星占いなど誕生日で判断するシロモノは、早産の場合はどういう計算になるんだろ?

 やはり信じてたのが、バミューダ三角海域(→Wikipedia)。サルガッソ(→Wikipedia)と関係あるとか、メタンハイドレートが云々とか思ってたけど、そもそも交通量に比べ特に事故が多いわけでもないとか。火のない所の煙に踊ってたのか。

 同様に、「何か深い知恵があるんじゃないか」と思っていたのが、ロールシャッハ・テスト(→Wikipedia)。インクの染みを見て云々ってやつね。ところが、本書では…

インクの模様の検査結果を解釈するというのは、科学的かどうかということでいえば、夢判断とほとんどいい勝負なのである。
  ――ロールッシャッハ・テスト

 と、バッサリ。どうも心理学関係は、怪しげなのが入り込みやすいようだ。ちなみに本書はジークムント・フロイドの精神分析もカール・ユングの分析心理学も切り捨ててます。もっとも、ユングはSFやファンタジイのネタとして美味しいんだけど(→「人間と象徴」)。

【名前】

 ありがちな現象や統計的に多く出会う現象について、何か名前がついていると、覚えやすいし、議論の時に便利だ。上巻では「靴べら的行為」が出てきた。これは下巻にも幾つか出てくる。まずは…

「ジーン・ディクスン効果」とは、サイキックの予言が少しばかり当たったとき、マスメディアがそれを宣伝、誇張して、確実に世の人々の頭に残るようにするいっぽう、多くのはずれた予言は忘れたり無視したりする傾向をさす。
  ――ディクソンとジーン・ディクソン効果

 これは超能力に限らず、オカルトの類もそうだよね。先のバミューダ三角領域も、事故が起こればマスコミは騒ぐけど、普通に通り抜けたら何も言わない。マスコミの偏向は他にもあって、少し前は「あおり運転」が流行った。昔からあったのに。まあ車載カメラと動画投稿が普及したせいもあるんだろうけど。同様に、占い師がよく使う手口で…

あいまいで普遍的な性格描写を、同じ内容がおよそ誰にでもあてはまることに気づかず、自分にしかあてはまらないものとみなす傾向。
  ――ファウラー効果

 「外交的なときもあれば、深く考え込む時もある」とか。そして私たちは、当たった事は覚えてるけど、外れたことは忘れるのだ。

 また、彼らは誘導尋問が上手いんだよね。例えば女に対し「男のことで悩んでますね」と言えば、たいてい当たる。男は恋人や夫に限らず、父や兄や息子や上司や部下、はたまた近所のウザいオッサンかもしれない。悩みが借金だとしても、取立人が男なら当たった事になる。そこで女が「はい、実は…」とか言いだせば、もういただきだ。

 と思ったら、別口の「必ず当たる占い」も出てた。

<あなたはとても傷ついていて穴だらけです。そんなあなたは清い人です>
  ――ヒューストン博士とミステリースクール

【宗教】

 5ちゃんねらは、宗教ネタが大好きだ。そこでよく話題になるのが、「無神論」の定義。実はこれ、ハッキリしていないのだ。

神の概念はいくつもある(略)。そうすると、神の名の数と同じくらい、多種多様な無神論があることになる。
  ――無神論

 神道の神とユダヤ教・キリスト教・イスラム教の神は違う。すると、互いに相手を無神論者と見なすことになってしまう。もっとも、八百万の神がいるとすると、面倒くさいことになるけど。また、仏教も…

スピノザやプラトンを無神論者とみなすのと同じ理由で、仏教徒を無神論者とみなすキリスト教徒もいる。
  ――無神論

 と、視点によっては無神論になるらしい。とすると、禅はどうなるんだろ? もしかすると禅宗と ZEN は違うのかも。

 やはりありがちなのが、「神の不在を証明せよ」的な理屈。

まだ偽であると証明されていないのだから、それは真であるとか、まだ真であると証明されていないのだから、それは偽である、と主張する論理上の虚偽。
  ――無知に訴える論証

 あと、「進化論じゃ説明がつかない現象がある」とかもあるけど、進化論に穴があるからといって、創造論が正しいって事にはならないんだよなあ。なぜか二者択一的な議論になっちゃうけど、第三・第四の理論があるかもしれないし。もっとも、たいてい第三・第四の理論は、進化論の改訂版だったりするんだけど。

【ユーモア】

 辛辣なユーモアは、下巻でも健在だ。かつて大流行したアレも…

予言の意味は、予言対象の事件の起きる前は支離滅裂で判然としない。しかし事件のあとには、非常に明瞭になる
  ――ノストラダムス、ミシェル

 さすがに1999年を越したら下火になるかと思ったが、海の向こうじゃ健在みたいだ。仕方がないのかも。人ってのは、やっぱりケッタイなモノが好きなのだから。

【おわりに】

 やはりアメリカ人が作ったWebサイトが元なので、どうしてもアメリカで幅を利かせてるモノが中心になる。それでも、セラピューティック・タッチが手かざしとソックリだったり、薬草燃料が水ガソリン事件と似てたり、リフレクソロジーがモロに「足のツボ」だったりと、この手のネタは地域を問わないもんだなあ、などと妙な感慨にふけっちゃったり。

 また、これだけ量が集まると、その中にパターンが見えてくるのも、意外な効果の一つだろう。真面目に読んでもいいし、SFやホラーのネタとして使ってもいい。もちろん、幼い頃に怪獣図鑑に熱中したように、興味本位で読んでも充分に楽しめる本だ。

【関連記事】

【つぶやき】

 そんなノストラダムスをテーマにした曲もあって、私は好きなんだよなあ。Nostradamus - Al Stewart(→Youtube)。ちょっとブライアン・メイの三味線ギターみたく、生ギターの使い方が独特なのだ。

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2019年12月 2日 (月)

ロバート・T・キャロル「懐疑論者の事典 上」楽工社 小久保温・高橋信夫・長澤裕・福岡洋一訳

本書『懐疑論者の事典』は、超自然・オカルト・超常・疑似科学関連のテーマについての定義、議論、小論を記したものである。
  ――序

…超心理学者はESP実験で任意の開始と中止をするので評判が悪い。
  ――確証バイアス

…ひとりの妄想は狂気、少数の妄想はカルト、大勢の妄想は宗教…
  ――カルト

人はいついかなるときでも不思議な現象を望む傾向がある。
  ――奇跡

…受講生は、<もっと上級のトレーニングに申し込んだ人を待ち受けるすばらしいよろこびと達成>のほんの一部を味わったに過ぎない…
  ――自己啓発セミナー

人体自然発火現象(SHC)を目の当たりにしたものはいない。
  ――人体自然発火現象

患者の問題の原因が家族なのだから、家族には患者を助けることができない。
  ――<ニュー・エイジ系>心理療法

スティーヴン・ジェイ・グールド「打ち負かすことのできない体系は、教理であって科学ではない」
  ――創造論、創造科学

【どんな本?】

 大元はWeb サイト The Skeptics's Dictionary である(→日本語版)。オカルト・超自然・疑似科学などの用語を集め、多少の辛辣なユーモアを交えて解説している。その人気に乗じ、2003年に主な400項目を選び出し、米国で書籍として出版した。

 本書はその日本語版として、文章を訳しただけでなく、並びをあいうえお順に改め、上下巻に編纂したものだ。

 単に用語の意味や事件の内容を示すだけに留まらず、オカルトや疑似科学の支持者がよく用いる手法や、私たちが陥りがちな勘ちがいや心理的な罠の説明もある。

 なお、日本語版編集委員として、小内亨・菊池聡・菊池誠・高橋昌一郎・皆神龍太郎の五名が協力している。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Skeptics's Dictionary : A Collection of Strange Beliefs, Amusing Deceptions, and Dangerous Delusions, by Robert Todd Carroll, 2003。日本語版は2008年10月20日第1刷。単行本ソフトカバー上下巻で縦二段組み本文約425頁+412頁。9ポイント26字×19行×2段×(425頁+412頁)=約826,956字、400字詰め原稿用紙で約2,068枚。文庫ならたっぷり四冊分ぐらいの巨大容量。

 文章は比較的にこなれている。内容も特に難しくない。原書が2003年の発行のため、新しいモノを収録していないのは残念。改訂版を出してほしい。

【構成は?】

 個々の項目は数行~数頁で、それぞれ独立しているので、気になった所だけを拾い読みしてもいい。

  •  上巻
  • 日本語版編集委員まえがき
  • 著者はしがき/謝辞/序/凡例
  • 懐疑論者の事典 あ行~さ行
  •  下巻
  • 懐疑論者の事典 た行~わ行
  • Picture Creditss
  • 参考文献一覧/人名索引/欧文索引

【感想は?】

 つまりは「怪しげなモノの一覧」だ。ただし、書いているのは懐疑主義者なので、中身の紹介はいささか辛口に仕上がっている。

 私は怪しげなモノが大好きだ。UMAやUFOや怪獣が好きだし、SFが好きなのもそのためだろう。だからか、著者が望んだのとは少し違った形で本書を楽しんだ。私が知らない「怪しげなモノ」を見つけて喜んでいるのだ。

 その代表例が、「神経言語プログラミング」略してNLP(→Wikipedia)だ。最近になって、この言葉をチラホラと見かけるようになった。少し検索して調べたんだが、サッパリ実態がつかめない。「プログラミング」なんて入ってるから、強化学習とかのAI関係か、流行りのアルゴリズムか、はたまた「言語」があるから「バベル-17」的なアレかしら、などと思っていたんだが…

NLPの専門家を自称する人のあいだに、NLPに関する統一した見解を見いだすことは難しい。
  ――神経言語プログラミング

 と、わからないのも当然で、ちゃんんとした定義はなく、新手の自己啓発っぽいナニモノからしい。そうか、日本語ラインプリンタじゃなかったのか。

 こういうケッタイなネタは豊富に載ってて、「陰茎プレチスモグラフ」なんて思わず笑ってしまう。男のナニがどれぐらい膨らむかを測る機械で、ロリコンや同性愛者をあぶりだすのに使う。最初に使ったのはチェコスロヴァキアで、軍役を逃れるためゲイを装う者を暴くのに使ったとか。マジかい。ただ、信頼性はイマイチ。

 とまれ、実は真面目な役にも立つってオチもついてる。曰く、「器質性のインポテンツと心因性のインポテンツの識別」。心因性なら「レム睡眠中は数値も増大する」って、朝勃ちを調べるのね。んなモン使わんでも、切手を巻いて云々って話があったような。

 この手のネタは「イカの石」「インディゴ・チルドレン」「E線」と、「い」の段だけでもうじゃうじゃ見つかる。読んでいくと、この手のモノのクセみたいのががウッスラと見えてくるのも楽しい。ニューエイジ系はインドや禅とかの東洋趣味だったりするんだが、傾向としては…

…古い理論であればあるほど信用すべき…
  ――エネルギー

 ああ、うん、あるよね。とはいえ、さすがに限度はあって、石器時代にまで辿れるものはあまし歓迎されないみたいだけど。縄文土器を崇める集団とか、聞いたことないし。もしかして私が知らないだけで、探せばあるのかな? この手の傾向としては、他にも…

…物質世界にまみれた存在は、霊的進化のさまたげになる…
  ――人智学

 とかも、ありがち。テクノロジーを嫌うタイプもあるんだよね。でもインターネットは使うから、その基準がよくわからん。こういう傾向や手口は、名前がつくと憶えやすくて便利。

靴べら的行為とは、その時どきの出来事を、自分の個人的・政治的・宗教的なアジェンダ[行動計画・スケジュール・実践すべき義務]に無理やりあてはめてゆくプロセスのことである。
  ――靴べら的行為

 この項では、911を神の怒りの表れだとしたキリスト教原理主義者を例に挙げてる。もっとも、これはアメリカや宗教に限った事じゃなく、5ちゃんねるじゃ某政党を責めるのによく使われたり、子供はいじめに使ったりする。

 こういうのは他のとセットになってる事が多い。本書でもよく出てくるのが、占い師やサイキック(自称超能力者)がよく使うコールド・リーディング。占い師の顧客は往々にして「当たったことは記憶し、はずれたことは忘れる」のだ。なお、私は誰にでも当たる占いを知っている。それは、こうだ。「あなたは誤解されているけど、本当はとてもいい人ですね」。

 また、この手のモノは、けっこうローカルな文化の影響が強いのも、実感できる。元はアメリカ人が作った英語のサイトのため、やはり西欧・アメリカ文化の色が濃い。だからアトランティスの項目はあるが、ムー大陸とレムリア大陸はない。透聴はあっても恐山のイタコはない。狼憑きはあるが狐憑きはない。そういえば悪魔憑きはあるが、日本じゃ鬼憑きってのはないな。

 逆に洋の東西を問わないのもあって、セラピューティック・タッチとか、まるきし「手かざし」だったり。あと、組織的強化もそうだね。アレな人が集まると、その信念が更に強化されるってやつ。でもこれ、カルトに限らず、趣味の集団でもそうだよね。レイ・ブラッドベリが作家志望の者に向けたアドバイスの一つが、「外に出て同じ境遇の人を探せ」。SFが勢いを得たのも、ファンが集まるSF大会の貢献が大きいと私は思う。

 なども面白いし、ボンヤリと名前だけは知っていたアレの実態が分かるのも楽しい。私がビビったのが、これ。魔術師で有名な…

アレイスター・クローリーは、自称ドラッグ・セックス狂で…
  ――クローリー、アレイスター

 つまり金持ちのドラ息子で、女たらしのジャンキーだったとか。確かカードキャプターさくらにも出てきたな。さくらちゃん、逃げて~!

 こういう衒学的なトリビアを真面目に歴史から掘り起こす部分もあるが、懐疑主義者にありがちな皮肉なユーモアも忘れちゃいない。

いまだかつてサイキックを賭場から追放したカジノもない。
  ――サイキック

 数学者は追い出されたけどね。クロード・シャノン(→Wikipedia)だったかな? 仲間と組んで計算機を使いカウンティングしたのだ。情報理論は博打にも役立つんです←をい

 と、そんなところで、下巻へと続く。

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【つぶやき】

 カルトは悪役にされがちだけど、Blue Öyster Cult は見逃してください。Astronomy(→Youtube) とか名曲もあるんです。

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