« デニス・E・テイラー「シンギュラリティ・トラップ」ハヤカワ文庫SF 金子浩訳 | トップページ | アン・アプルボーム「グラーグ ソ連集中収容所の歴史」白水社 川上洸訳 2 »

2019年11月25日 (月)

アン・アプルボーム「グラーグ ソ連集中収容所の歴史」白水社 川上洸訳 1

これはグラーグの歴史、(略)ソ連の東西南北全域にわたって散在していた労働収容所の一大ネットワークの歴史である。
  ――序論

「…ここにはソヴィエト権力はない。あるのはソロヴェールキイ権力だけだ」
  ――第2章 「グラーグ収容所第1号」

【どんな本?】

 「シベリア送り」で象徴される、旧ソ連の収容所。アレクサンドル・ソルジェニーツィンの「収容所群島」などで有名で、多くの人がボンヤリとその印象を持っている。気まぐれな逮捕とおざなりの裁判、そして過酷な労働と劣悪な環境。だが、その実体はどんなものだったのか。

 誰が、どんな理由で収容所に送られたのか。収容所内の暮らしは、どんなものだったのか。どこにどれぐらい収容所があったのか。誰が生き残り、誰が亡くなったのか。ソ連政府のどこが管轄し、どのような目的で運営したのか。

 ソ連崩壊に伴い公開されたソ連の公式文書を中心に、監督官・囚人双方の収容所生活経験者の手記なども漁り、収容所の実態を明らかにする、衝撃のドキュメンタリー。

 2004年度ピュリツァー賞一般ノンフクション部門受賞作。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は GULAG, by Anne Applebaum, 2003。日本語版は2006年7月15日発行。単行本ソフトカバー縦二段組み本文約632頁に加え、訳者あとがき5頁。9ポイント27字×24行×2段×632頁=約819,072字、400字詰め原稿用紙で約2,048枚。文庫ならたっぷり4冊分の巨大容量。

 文章は比較的にこなれている。内容も特に難しくない。ただ、歴史と共に収容所の性格も変わっているので、ソ連の歴史を知っていると更に深く理解できる。

【構成は?】

 第一部は収容所の歴史前半、第二部は収容所の実態、第三部は再び収容所の序歴史後半となる。

  • 凡例/謝辞/序論
  • 第1部 グラーグの起源 1917~39年
    • 第1章 端緒をひらいたボリシェヴィキー
    • 第2章 「グラーグ収容所第1号」
    • 第3章 1929年 偉大な転換
    • 第4章 白海運河
    • 第5章 収容所の拡張
    • 第6章 大テロルとその余波
  • 第2部 収容所の生活と労働
    • 第7章 逮捕
    • 第8章 監獄
    • 第9章 移送、到着、選別
    • 第10章 収容所での生活
    • 第11章 収容所での労働
    • 第12章 懲罰と褒章
    • 第13章 警備兵
    • 第14章 囚人
    • 第15章 女性と子ども
    • 図版
    • 第16章 死にざま
    • 第17章 生き残り戦略
    • 第18章 反乱と脱走
  • 第3部 収容所=産業複合体の盛衰 1940~86年
    • 第19章 戦争勃発
    • 第20章 「よそ者」たち
    • 第21章 恩赦 そしてそのあとで
    • 第22章 収容所=産業複合体の絶頂期
    • 第23章 スターリンの死
    • 第24章 ゼークたちの革命
    • 第25章 雪どけ そして釈放
    • 第26章 異論派の時代
    • 第27章 1980年代 銅像のうちこわし
  • エピローグ 記憶
  • 補説 犠牲者の数は?
  • 訳者あとがき/文献・出典一覧/主要人名索引

【感想は?】

 |┃三     , -.―――--.、
 |┃三    ,イ,,i、リ,,リ,,ノノ,,;;;;;;;;ヽ
 |┃    .i;}'       "ミ;;;;:}
 |┃    |} ,,..、_、  , _,,,..、  |;;;:|
 |┃ ≡  |} ,_tュ,〈  ヒ''tュ_  i;;;;|
 |┃    |  ー' | ` -     ト'{
 |┃   .「|   イ_i _ >、     }〉}     ______
 |┃三  `{| _;;iill|||;|||llii;;,>、 .!-'   /
 |┃     |    ='"     |    <  聞かせて貰った!
 |┃      i゙ 、_  ゙,,,  ,, ' {     \ シベリア送りだ!
 |┃    丿\  ̄ ̄  _,,-"ヽ     \
 |┃ ≡'"~ヽ  \、_;;,..-" _ ,i`ー-     ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
 |┃     ヽ、oヽ/ \  /o/  |    ガラッ

 …なんてアスキー・アートがあるぐらい、ソ連の収容所は有名だし、多くの人がなんとなく知っている。そこは過酷な所で、スターリンの気まぐれで収容所送りになる、と。

 だが、「収容所群島」を読み通した人はどれぐらいいるだろう? いや私も全く読んでないけど。それに、「収容所群島」は文学作品で、ソルジェニーツィンが体験したこと、見聞きしたことを中心に書いている。それに対し、本書はより多くの人々の体験談を集め、また公的文書や統計も漁り、より俯瞰的な視点で収容所の全体像を描き出そうとするものだ。

 この記事では、本書の第一部を紹介する。というか、実は記事を書く時点じゃ第二部までしか読み終えていない。そういうわけで、第一部、収容所の歴史の前半部分、1917~1939年までを紹介する。

 元々、帝政ロシア時代の18世紀から収容所はあった。未開拓の北方と東方を開拓するためだ。革命で権力を奪ったソ連も、これを受け継いだ。が、「この段階では収容所の目的は不明確なままだった」。ボリシェヴィキーも、社会には収容所が必要だと思っていたんだろう。お題目じゃ世界革命を唱える共産主義者も、所詮はロシア的な文化・風習に囚われていたわけだ。

 これが1920年代になると、OGPU(後のKGB)の管轄になり、「経済的利益のために奴隷労働を活用する」方針を打ち出す。つまりはタコ部屋だね。とはいえ、ソ連の経済政策が間抜け極まりないのは皆さんご存知だよね。工業化を目指す最初の五カ年計画で…

もっとも目立ったのは、技術専門家の逮捕だった。
  ――第3章 1929年 偉大な転換

 工業化するのに技術者は不可欠だと思うのだが、OGPUの理屈は違った。工業化計画がコケるのは技術者が怠けているからなのだ。これを皮切りに、馬鹿が権力を握るとロクな事がない、そう感じさせる記述が本書には何度も出てくる。ったく、なんだってこう権力を握る才能を持つ奴ってのは、権力を使う能力が見事に欠けてるんだろう。

 続いて1930年代には「悲しみの収穫」にある農業集団化とホロドモール(→Wikipedia)で、多くの農民が収容所送りとなる。以後、スターリンが死ぬまで農民が収監者の大部分を占めた。飢饉だってのに、農民を農地から離すとは、何考えてんだか。

 そんな収容所の奴隷労働の情報は西側にも届き、反発も出てくる。特に影響が強かったのはアメリカ労働総同盟(AFL)が呼びかけたボイコット。極右の人は労働組合を赤の手先と決めつけるけど、たいていは悪質なデマです。

ソ連側は(収容所に抗議する西側の)ボイコットの脅威をきわめて深刻にうけとめ、外貨流入の途絶を防止するためいくつかの手を打った。これらの措置の一部は、うわべをごまかすだけものもで、たとえばヤーンソン委員会はそのすべての公式発表からコンツラーゲリ(集中収容所)という表現をすっかり削除した。
  ――第4章 白海運河

 ってな具合に、経済制裁にもソレナリの効果はあるのだ。もっとも、ソ連側の対応はいつも通りのセコい隠蔽だけど。

 そういう全体主義の間抜けっぷりがよく出てるのが「第4章 白海運河」。白海とバルト海を運河で結ぼうって壮大な計画だ(→Wikipedia)。スターリンの命令で工事は特急となる。独裁者ってのは、壮大な土木・建設工事が大好きなんです。ところがその無謀な計画に間に合わせる方策は、手抜き工事だ。お陰で運河の水深はたったの3.6m、今じゃ通過する船は「いちばん多くて日に七隻」なんて体たらく。ところが、そのコストは…

ある推定によると囚人二万五千人以上が死んだが、これには病気や事故で釈放された者や、釈放後まもなく死んだ者は含まれていない。
  ――第4章 白海運河

 これだけの人間が、一つの建物に入るはずもなく。だからこそ収容所「群島」と呼ばれる。バラックをボコボコ作り、次第に町となってゆく。しまいにゃ共和国まで出来てしまう。コーミ共和国(→Wikipedia)がソレだ。

 もともと前人未到の荒野で、「1937年までコーミでは有刺鉄線は使用されなかった」。だって周囲は何もないタイガだし。収容所建設の目的は地下資源開発で、そのため1928年11月「絶妙のタイミングでOGPUは著名な地質学者のN・チホノーヴィチを逮捕」している。今もコーミ共和国は石油産業で稼いでますね。

 やがて1930年代後半の大テロルがやってくる。囚人は続々とやってくるが、受け入れ態勢は整っていない。バラックも食料も衣服も足りない。そもそもソ連の流通網の無能さは有名だ。ってんで、囚人は次々と死んでゆく。肝心の経済効果も…

公式統計によれば、全体としてグラーグの収容所の取引額は1936年に35億ルーブルだったのが(大テロルの)1937年には20憶ルーブルに落ち、収容所の総生産も11憶ルーブルから9憶4500万ルーブルに低下した。
  ――第6章 大テロルとその余波

 これにはさすがのベリヤ(OGPUの親玉、→Wikipedia)もヤバいと思って改善に乗り出し、「収容所=産業複合体」へと進化してゆく。

 さて、その収容所の中はどんな具合か、というと、それは次の記事で。

【関連記事】

【つぶやき】

 往年のプログレッシヴ・ロックをカバーしてる Fleesh って二人組がすごい。伸びやかで澄んだ歌声は、アニー・ハズラムを凌駕してるかも(→Youtube)。

|

« デニス・E・テイラー「シンギュラリティ・トラップ」ハヤカワ文庫SF 金子浩訳 | トップページ | アン・アプルボーム「グラーグ ソ連集中収容所の歴史」白水社 川上洸訳 2 »

書評:歴史/地理」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« デニス・E・テイラー「シンギュラリティ・トラップ」ハヤカワ文庫SF 金子浩訳 | トップページ | アン・アプルボーム「グラーグ ソ連集中収容所の歴史」白水社 川上洸訳 2 »