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2019年11月 5日 (火)

モート・ローゼンブラム「チョコレート 甘美な宝石の光と影」河出書房新社 小梨直訳

世界におけるカカオの栽培総面積は約千五百万エーカー(約600万ヘクタール)。その九割が12エーカー(約5ヘクタール)に満たない土地で、人手を雇うにしてもごくわずかという家族経営の農園である。
  ――第1章 神々の朝

ジャック・ジェナン「チョコレートは生ものだから(略)すぐに食べないとだめなんだ」
  ――第2章 ショコラ その魅力にとりつかれた人々

テオブロマ・カカオの種としての原産地は、推測に頼るしかない。原産地は南アメリカのアマゾン川流域――オリノコ川とアマゾン川に挟まれたあたりだろうとされている。
  ――第3章 種の起源 チョコレートの誕生と進化

もっとも条件のよいときでさえ、コートジボワールのカカオ農民は、最終的に小売店に売られるチョコレートからもたらされるカカオ1ポンドあたりの価格の1/100足らずしか、収入として得ることができない。
  ――第6章 チョコレート海岸

本物のチョコレートは三つの材料、すなわちカカオマス、ココアバター、砂糖からつくられる。そこに乳化剤としてよくつかわれる大豆レシチンを微量加えても、味はほとんど変わらない。そして、貴重なココアバターは化粧品の世界での需要が非常に多い。
  ――第9章 フランスの名ショコラティエ

ベルギー王国には現在、手づくりの工房と工場生産のメーカー合わせて約五百のチョコレート会社がある
  ――第10章 ベルギー ホビットのチョコレート

だれがどこのスーパーマーケットへ行っても買える、いちばん値段が手頃なまともなチョコレート、それがリンツだと私は思う。
  ――第13章 伝統のスイスと新生ロシア

「ヌテッラは食べ物じゃない。薬、ヤクだよ、万能薬」
  ――第14章 ヌテッラをさがせ!

「…純粋なクリオロ種の木は、もうほとんど存在しない、どこにも」
  ――第16章 合衆国チョコレート革命の兵士たち

【どんな本?】

 みんな大好きチョコレート。カカオの苦味を活かしたダークチョコレート、甘くとろけるミルクチョコレート、フルーツやお酒を包んだボンボン、賛否両論が激しく交わされるミントチョコ。

 その原料であるカカオが南米出身なのは、広く知れ渡っている。だが、古の時代からその楽しみ方のバリエーションがどれほど豊かなのかは、あまり知られていない。

 そして現代、チョコレートの本場ヨーロッパでは、高級チョコレートの王座を争い、老舗のスイスと名声高いベルギーに対し、快楽の狩人フランスが激しく追い上げている。そしてハーシーとマーズの両巨頭が君臨するアメリカでも、革命が起こりつつある。

 現在のカカオの主な産出地であるアフリカ西海岸、古代の名残りを色濃く残すメキシコ、高名なショコラティエが腕を競うフランスとベルギー、そしてアメリカのハーシータウンと、チョコレートの名所を訪ね著者は世界中を飛び回る。

 チョコレートの歴史から製法、現代の流通ルート、しのぎをけずるショコラティエたちなどチョコレートに憑かれた者たちから、知られざる名店やニューフェイスなど高級チョコレートの紹介まで、チョコレートを愛する人たちに送る香り高いガイドブック。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は CHOCOLATE : A Bittersweet Saga of Dark and Light, by Mort Rosenblum, 2005。日本語版は2009年1月30日初版発行。単行本ハードカバーー縦一段組み本文約375頁に加え訳者あとがき5頁。9ポイント46字×19行×375頁=約328,624字、400字詰め原稿用紙で約822枚。文庫なら厚い一冊か薄い上下巻ぐらいの分量。

 文章はこなれている。内容もわかりやすい。敢えて言えば、世界中を飛び回る話なので、地図帳か Google Map があると便利かも。

【構成は?】

 第1章はチョコレートの原料から製法までが書いてあり、いわばチョコレート入門とでも言うべき内容なので、素直に最初に読もう。以降はほぼ独立しているので、美味しそうな所からつまみ食いしてもいい。

  • 第1章 神々の朝食
  • 第2章 ショコラ その魅力にとりつかれた人々
  • 第3章 種の起源 チョコレートの誕生と進化
  • 第4章 チョコレートと七面鳥
  • 第5章 ほろ苦い町ハーシータウン
  • 第6章 チョコレート海岸
  • 第7章 プリンシペ島のクラウディオ
  • 第8章 チョコレートの殿堂ヴァローナ
  • 第9章 フランスの名ショコラティエ
  • 第10章 ベルギー ホビットのチョコレート
  • 第11章 女王のお召し物 ゴディバ社の謎
  • 第12章 バラのクリームと代替油脂
  • 第13章 伝統のスイスと新生ロシア
  • 第14章 ヌテッラをさがせ!
  • 第15章 身も心も チョコレートは体にいい?
  • 第16章 合衆国チョコレート革命の兵士たち
  • 第17章 キャンプ・カカオ
  • 謝辞/訳者あとがき

【感想は?】

 ちょっと不安になってきた。果たして私は今までチョコレートを食べたことがあるのだろうか。

 もちろん、ロッテのガーナチョコレートや明治のミルクチョコレートは大好きだ。だが、本書が主に扱うのは、そういった量産品ではない。名のあるショコラティエ(チョコレート職人、→Wikipedia)が丹精込めて作った高級チョコレートだ。当然、甘いミルクチョコレートではなくカカオ成分が多いダークチョコレートが主役となる。きのこたけのことか言ってる場合じゃない。

 同じチョコレートを扱った本として「チョコレートの帝国」がある。こちらはアメリカでのハーシーとマーズの熾烈な戦いがメインテーマだったが、本書では第5章だけに押し込めてしまう。

 代わりに活躍するのが、フランスを中心にベルギー・イタリア・スイスそしてアメリカ合衆国で腕を競うショコラティエたちと、全天候レーダーよろしく美味しい高級チョコレートを目ざとく見つけるチョコレート鑑定人クロエ・ドゥートル=ルーセルだ。特にクロエの言葉は、世界中のチョコレート中毒者に対する有難い赦しをもたらす。

「(チョコレートを)食べるときには、自分を許さなきゃだめ」
  ――第2章 ショコラ その魅力にとりつかれた人々

 そんな著者とクロエによる高級チョコレートの定義は、チョコレートに対する私の常識を軽く吹き飛ばす。かのゴディバでさえ、11章では酷い扱いだ。にも関わらず売れるのは…

ゴディバには販売戦略担当者の発見した、ある秘密の法則があった――他のチョコレートより美しく見せれば高くても売れる。
  ――第11章 女王のお召し物 ゴディバ社の謎

 と、製品そのものより販売戦略の賜物とアッサリ切り捨てる。

ゴディバの名誉のために補足すると、少なくとも日本の販売店の店員は文句なしに一流だ。「たった今、場外馬券場で有金スってきました」的な風体で店を訪れた私に対し、完璧な笑顔で懇切丁寧に応対してくれた。ただし味は判らない。手土産として買ったので、私の口には入らなかったのだ。幸い、訪問先のご婦人方には口の肥えた方もいるのだが、土産の評判は良かった。

 その分、脚光を浴びるのは、主にフランスのショコラティエたち。中には政府から授与されるMOF=メイユール・ウヴリエ・ド・フランス=スランス最優秀職人の肩書を持つ人までいる。というか、フランスにはそんな制度があるのか。さすが美食の国フランスだ。しかも「フランスではロックスターや哲学者にも匹敵する存在」ってのにも驚く。奴ら本気だなあ。

 そんなショコラティエたちの店を訪ね歩く所では、ちょっとしたフランス旅行案内の感もある。必ずしも店がパリにあるわけじゃないし、パリでも大通りに派手な店を出してるわけでもない。いわゆる「隠れた名店」だ。これはベルギーも同じなので、あの辺に旅行に行くなら、詳しくメモしておくと同行者に通として威張れるかもしれない。

 どのショコラティエも新しい挑戦に余念がないが、同時に製造上の微妙な調整にも厳しく気を遣う。とはいえ、チョコレートの工程は様々だ。これは「パンの歴史」でもそうだった。小麦農家から直接に仕入れる人もいれば、製粉会社から仕入れる人もいる。チョコレートも同じで、大手のヴァローナ社(→ヴァローナジャポン)から仕入れる人もいれば、カカオ農園と契約する人もいる。終盤での農園の奪い合いなどは、ショコラティエたちの執念が伝わってくるのだが、思わず笑ってしまうのはなぜだろう。

 と書くと気取った話ばかりのようだが、チョコレートの道は広く豊かだ。第四章では古のアステカ時代の香りを伝えるチョコレート・モレを求め、いかにもメキシカンな家庭料理を堪能する。唐辛子とチョコレートって一見唐突な組み合わせのようだが、実は伝統的な味だったり。

 かと思えば第14章では罪深きヌテッラ(→Wikipedia)を巡り、世界中の家庭で繰り広げられる戦争をレポートしたり。うん、たしかにチョコレートを味わう時には自分を許さなきゃダメだ。

 などと、チョコレートの歴史からカカオの原産地の状況、製造・流通過程、量産型・専門店・地域密着型の意外なレシピ、世界中のショコラティエたちの挑戦、チョコレート産業が抱える問題から健康への影響など、チョコレートに関する色とりどりの話題が詰まった香り高い本だ。ただし読み終えたら近くの専門店に飛び込みたくなるのが難点かも。

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