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2019年11月19日 (火)

薄葉重「虫こぶ入門 増補版 虫えい・菌えいの見かた・楽しみかた」八坂書房

…生物の寄生の影響で、植物体の細胞に生長や分化の異常が起こり、結果として奇形化したり、過度に肥大化あるいは未発達に終わるような組織や器官が“ゴール(gall)”ということになる。
  ――第2章 虫こぶの生物学 1.虫こぶの定義

虫こぶをつくる昆虫で、最も種類数が多く、広範囲の植物群に虫こぶを作っているのはタマバエ類である。タマバエ科のハエは4500種ほど知られ、その約半分は虫こぶを作るという。
  ――第2章 虫こぶの生物学 8.タマバエ類とその生活

…菌糸は虫こぶ内で保護されて育ち、タマバエ幼虫は菌糸から栄養を摂取する。また成虫は菌の胞子などを伝播して繁殖を助ける。
  ――第2章 虫こぶの生物学 9.虫こぶを利用する他の生き物

一般に群落の内部は虫こぶを探しにくく、実際にも少ないように思われる。群落の周辺部、道端、渓流の岸など植生に変化があるところを探すのが能率的である。
  ――付録A 虫こぶ観察の手引き 2.探し方のポイント

虫こぶを開いて、すぐ成虫が見つかるのはアブラムシ類やクダアザミウマ類ぐらいで、多くは幼虫なので、すぐには虫こぶをつくる昆虫がわからない場合が多い。
  ――付録A 虫こぶ観察の手引き 4.虫こぶの記録・標本の保存

【どんな本?】

 葉がきれいに開かず、一部がクルリと巻いてしまう。緑色の葉の上に、虫ピンの頭のような形の赤い珠や、黄色いピラミッド状のものができる。果実が異様に大きい、または未熟なまま変形する。幹や枝の途中に妙なデキモノができる。

 これらは虫こぶかもしれない。原因はウイルスや菌の場合もあるが、多くは昆虫が作ったものだ。往々にして農家や園芸家にとっては大敵だが、時として植物と共生関係を築いているものもあれば、人間が利用する場合もある。

 理科教師として勤務する傍ら、虫こぶに魅せられ各地の虫こぶを収集・研究してきた著者が、虫こぶの魅力と研究の実態を伝える、身近な生物学研究の案内書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 元は1995年に八坂書房より自然史双書6「虫こぶ入門 虫と植物の奇妙な関係」として出版。2007年7月30日に同社から増補版として初版第1刷発行。単行本ソフトカバー横一段組み約271頁。9ポイント29字×29行×271頁=約227,911字、400字詰め原稿用紙で約570枚。文庫本なら普通の厚さの一冊分ぐらいだが、イラストや写真を多く収録しているので、実際の文字数は8割ぐらい。

 文章は比較的にこなれている。内容も特に難しくない。植物、特に樹木に詳しいと更に楽しめるだろう。

【構成は?】

 素人向けに親しみやすさを考えた構成なので、素直に頭から読もう。

  • 序章 春のマジック 舞台はエゴノキ
  • 第1章 虫こぶの文化誌
  • 1.虫こぶの歴史
    • 虫こぶをめぐる関心と混乱
    • 日本の古い記録に見る虫こぶ
      笹魚/ナラゴウ/五倍子/イスノキの虫こぶ/マタタビの虫こぶ
  • 2.虫こぶの利用
    • 虫こぶが利用されてきたわけ
    • どのように利用されてきたのか
      薬にする/インクをつくる/なめす/染める/食べる/入れ墨・お歯黒・花材・除草など
  • 3.有名な虫こぶ
    • 没食子
    • 五倍子
  • 4.イチジク果の中の虫こぶ
  • 5.飛び跳ねる虫こぶ
  • 6.忠誠のシンボルとして
  • 7.奇妙な学名
  • 8.植物図鑑に現れた虫こぶ
    イスノキ/ヌルデ/ノブドウ/マタタビ/ニガクサ/ムシクサ/シラヤマギク/マコモ/エゴノキ/ケヤキ
  • 第2章 虫こぶの生物学
  • 1.虫こぶの定義
  • 2.ゴールの細胞や組織の特徴
  • 3.ゴール形成の仕組
  • 4.ゴールのつくりとでき方
  • 5.ゴールが見られる植物
  • 6.ゴールをつくる生物
  • 7.タマバチ類とその生活
    • 分類上の位置とおよその生活
    • 生活史の型
  • 8.タマバエ類とその生活
    • 分類上の位置とおよその生活
  • 9.虫こぶを利用する他の生き物
    • 寄生者(Parasite)
    • 寄居者(Inquiline)
    • サクセッソリ(Successori)
    • 共生者
  • 10.虫こぶの害
    • ヘシアンフライ
    • フィロキセラ(ブドウネアブラムシ)
  • 11.“移動”する虫こぶ
    • クリタマバチ
    • イギリスでのタマバチの分布拡大
    • 日本の帰化植物の虫こぶ
  • 第3章 虫こぶ観察ノートから
  • 1.カイガラキジラミ
  • 2.ムクノキトガリキジラミ
  • 3.トゲキジラミ
  • 4.タケノウチエゴアブラムシ
  • 5.イスノキの虫こぶ
  • 6.シバヤナギのハバチによる虫こぶ
  • 7.ニシキウツギハコブフシ
  • 8.日本の野生イチジク類とコバチ類
    イヌビワ/アコウ、ガジュマルなど
  • 9.ヤブコウジクキコブフシ
  • 10.アオカモジグサクキコブフシ
  • 11.ヨシメフクレフシと寄生蜂
  • 12.ヨシのタマバエによる虫こぶ
  • 13.ハリオタマバエ類
    キヅカツボミフシ/シラキメタマフシ/ヘクソカズラツボミホソフシ/ヒイラギミミドリフシ/ヤブコウジフクレミフシ/アセビツボミトジフシ/ダイズサヤクビレフシ
  • 終章 日本の虫こぶ研究
  • 付録A 虫こぶ観察の手引き
  • 1.採集
  • 2.探し方のポイント
  • 3.飼育
  • 4.虫こぶの記録・標本の保存
  • 5.野外観察
  • 付録B 日本で普通にみられるゴール
  • あとがき/用語解説/参考文献/索引/補遺

【感想は?】

 きっかけは、こんな葉だ(蓮コラなど集合体恐怖症の人は要注意、→写真)。

 散歩していて、見つけたものだ。実は本書を読み終えた今でも、正体はわからない。虫こぶかもしれないし、病気かもしれない。いずれにせよ、やたら目を惹く葉である。

 本書に出てくる虫こぶは、もっと派手なモノが中心だ。大きさは1cmぐらいから、中には10cmを超えるものもある。その多くはタマバエまたはタマバチによるもの。かつては薬として使われたモノもある。ケッタイな形で目立つから、つい「何か凄い効用がありそう」とか思っちゃうんだろうなあ。

 著者も剛毅で、ナラゴウを「味わってみると柔らかく、うすい酸味とかすかな渋みが残る」とか、食ったんかい。やんちゃだなあ。科学を志す人は、好奇心旺盛な人が多いんだろう。もっとも、メキシコじゃ「砂糖より甘い虫こぶがあり、果物店で売られているという」。でも大抵の虫こぶはタンニンが濃いので、あまし美味しくなさそうだ。その代わり、皮なめしに使われてたり。

 虫こぶを作る虫の生態も、けっこう複雑で、例えばオーク・アップルに虫こぶを作るタマバチ、Biorhiza Pallida。

  1. 交尾後の雌が、オークの根に大豆ぐらいの虫こぶをつくる。
  2. 根の虫こぶから成虫が出てくる。ただし雌だけで、蟻のように羽根がない。
  3. 蟻雌がオークの冬芽に卵を産み、これが虫こぶになる。
  4. この虫こぶから雌雄双方が出てきて交尾する。

 世代ごとに雌だけだったり、雌雄双方があったりする。おまけに雌のみ世代は羽根がない。だもんで、かつては二つの世代は別の種だと思われていたとか。そりゃそうだよね。つか、どうやって同じだと判ったんだろう。往々にして実在の生物の生態は、SF作家の想像力を超えてるなあ。

それとも七回の変態で八つの姿を経る、と考えるべきだろうか。根の卵→根の幼虫→根の蛹→根の成虫→芽の卵→芽の幼虫→芽の蛹→芽の成虫、と。

 などと、一種だけでも複雑なのに、一つの虫こぶに複数種の虫がいるからややこしい。

…寄生者に二次的、三次的に寄生する高次寄生者(Hypetparasite)があり、なかには同種の他個体に寄生するものもある(Autoparasitism,自己寄生)。
  ――第2章 虫こぶの生物学 9.虫こぶを利用する他の生き物

 虫こぶは目立つ。寄生バチにとっては、産卵所のいい目印だ。例えば、既にある卵や、幼虫が幼いうちに卵を産み付け、美味しく育ったところでいただく。寄生されるタマバエにとっちゃたまらん話だが、観察する研究者にとってもいい迷惑だったりする。というのも…

 「面白い虫こぶだ」と思って観察してたら、タマバチが出てきた。「おお、これはタマバチの虫こぶか」と思うでしょ、普通。ところが、実際にはタマバエが作った虫こぶで、そこにタマバチが寄生してた、とかあり得るのだ。しかも、空き家になった虫こぶに住み着くアリやハチやクモがいたり。つか、これも宇宙SFのネタになりそうな話だなあ。

 当然ながら、寄生される植物にとっちゃ嬉しくない、どころか時として壊滅的な被害をもたらす事もある。1920年代にアメリカのコムギに大損害を与えたタマバエのヘシアンフライや、19世紀末にヨーロッパのブドウに猛威を振るったアブラムシのフィロキセラの話などは、農業が本質的に持っている脆さが肌に伝わってくる。単一種を大規模で栽培するってことは、病原菌や害虫に楽園を提供することでもあるのだ。

 「第3章 虫こぶ観察ノートから」では、著者ならではの旅行の楽しみ方を持っているのが伺えて微笑ましい。高校の教師として勤める傍ら、部活の合宿や修学旅行などで出かけた先で、虫こぶを探しては集め研究者の仲間に相談し…と、思いっきり満喫している。私にはただの林に見える風景も、著者には変化に富んだ採集フィールドに見えるんだろうなあ。そういう人生って、豊かだよね。

 とか思うと同時に、生物学という学問の、底知れない幅の広さも、つくづく思い知らされる本だった。何せ昆虫は種類が異様に多い。Wikipedia によれば「2018年時点で知られている昆虫は約100万種」だ。それをカバーするには、著者のような在野の研究者による、熱心なフィールドワークの協力は欠かせないだろう。何か自分にもできることがあるんだろうか。いや今の私は樹木の区別もつかないボンクラなんだけど。

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