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2019年11月12日 (火)

小野不由美「白銀の墟 玄の月 1~4」新潮文庫

「心からお帰りをお待ちしておりました……!」
  ――1巻p52

「…私は結局のところ、天意の器にすぎない。私が選ぶのではありません。天が選ぶのです」
  ――2巻p25

「どちらを主と呼ぶかは、私が決めます。それで良ければ」
  ――2巻p218

「せめて台輔を」
  ――2巻p405

「…わたしはこの世界と王の関係に興味があるんだ。何が起こればどうなるのか、それが知りたい」
  ――3巻p73

「民が保身を考えてはいけないのか?」
  ――3巻p96

――ついに翼を手に入れた。
  ――4巻p33

【どんな本?】

 前史「魔性の子」から本編「月の影 影の海」へと続き、「黄昏の岸 暁の天」で物語はピタリと止まり、その後に幾つかの短編集はあったものの、世界全体の行方は知れず、多くのファンをヤキモキさせてきた長編ファンタジイ・シリーズ十二国記、待望の新長編。

 戴国は荒れていた。王の驍宗は消息を絶つ。しかし王の逝去を告げる白雉は鳴いていない。では驍宗は生きているのか? この時、戴麒もまた蓬莱へと流されてしまった。そして六年。戴国の将、李斎の努力が実り、慶国や雁国の協力を得て、戴麒は蓬莱より戻った。しかし戴麒は角を失うと共に麒麟の力も失せ、変化もできず、王気を感じる能力も失った。

 戴国では阿選が王として君臨し、反対派をことごとく弾圧する。しかし国を治めようとはせず、里は荒れ民は飢え、妖魔の徘徊も始まった。

 荒れた戴国に戻った戴麒と李斎は、驍宗を求め旅を続けるが…

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 1・2巻は2019年10月12日発行、3・4巻は2019年11月9日発行。文庫で全4巻、縦一段組みでそれぞれ本文約369頁+412頁+367頁+426頁=約1,574頁に加え、末國善己による解説10頁。9ポイント39字×17行×(369頁+412頁+367頁+426頁)=約1,043,562字、400字詰め原稿用紙で約2,609枚。文庫の4巻としてはやや厚め。

 舞台が産業革命前の中国風のファンタジイのため、やたら画数の多い漢字が多いが、要所要所にルビがふってあるため、見た目より遥かに読みやすい。長いシリーズ物のため設定も込み入っているが、大事な設定は改めて説明が入るので、ここから読んでもなんとか理解はできる。

 が、その背景にある人物のドラマは、この作品だけだとイマイチ伝わり切れない。できればシリーズを通して読んでほしい。とはいえ、どこから読み始めるのがベストかは、ファンの間でも(少なくとも)三派に分かれるからややこしい。

  1. 「魔性の子」:刊行順派その1。一言でいうと「俺に触れると火傷するぜ」。本作の主人公、高里=戴麒が主人公。ただし、本シリーズの中華風ファンタジイではなく、現代日本を舞台としたホラーだ。そのため、外伝的な色合いが強い。また、オチが本シリーズの設定に深く関わっているが、あまり説明がないので、知らない人はかなり戸惑いそう。
  2. 「月の影 影の海」:刊行順派その2。簡単に説明すると「JKヨーコは異世界でホームレスになった」。十二国記がハッキリとシリーズになった作品。TVアニメにもなったので、ここから手に取る人も多い。ただ、上巻はひたすら鬱展開が続くので、気の短い人は途中で放り出したくなるかも。とまれ、シリーズ通しての主人公ともいえる人物が主役を務め、また世界設定も親切に説明している点でポイントが高い。
  3. 「図南の翼」:初心者には親切に派。サブタイトルをつけるなら「恭の使い魔」。外伝的な位置づけの作品だが、とっつきやすさはピカ一。賢く気が強い少女が、王の座を目指し化け物のウロつく荒野を旅する話。全編を通してアクションが多く、また主人公の性格もあり、明るい雰囲気でお話はポンポンと心地よく進む。加えて本シリーズの重要な設定も親切に説明しているのが嬉しい。

 ちなみに私は「図南の翼」派。お断りしておくが私がロリコンだからじゃないぞ、違うったら。いや珠晶は好きだけど。

【感想は?】

 いやホント、ずっと待ってました。半ばあきらめかけてたけど。

 元は少女を主な顧客に見据えた講談社ホワイトハートで始まったシリーズだ。それが講談社文庫に移り、更に新潮文庫に移籍しての再スタート。しかも豪華四巻だ。そりゃ期待する。

 結果として、移籍してよかったと思う。もともとこのシリーズの長編は、「月の影 影の海」から、お話の前半は鬱展開が長く続く。それは本作も同じ、いやそれ以上で、李斎と戴麒が驍宗を探す旅は、なかなか実を結ばない。

 この展開が気の短い若い人には向かないだろう、ってのが、移籍を喜ぶ理由の一つ。だが、それ以上に、李斎たちが旅の途中で出会う人々の姿こそが、この作品の前半の目玉だろう。

 李斎は将軍で、戴麒は麒麟。いずれも高い地位にある貴人だ。しかし、道中で彼らが出会うのは、私たちと同じ市井の人たちである。例えば最初に出てくる園糸。元はただの村人だ。だが謀反人を匿ったとして里を焼かれ、家も家族も失い、幼い子供を抱えて浮浪者として彷徨う羽目になった女。

 彼女には何の罪もない。巻き添えで全てを失った。かといって誰かが助けてくれるわけじゃない。王座をめぐるゴタゴタで国は機能していない。それでも生きていかなきゃいけない。だから半端仕事で食いつなぎ、仕事がなくなれば次の里へ行く。その里だってカツカツだ。余計な余所者に食わす分はない。

 こんな事態を、更に悪くしている者の代表が土匪で、その代表が朽銭。もともと、彼らは鉱山を仕切っていた。ところが鉱山が枯れ、商売にならなくなる。そこで里を襲い、金品を奪って食いつなぐ。要は山賊やヤクザだね。彼らにしても、元は園糸みたいなホームレスだったりする。まっとうな生き方を追われ、たまたま腕っぷしが強かったために土匪になった者たちだ。

 そんな物騒な奴が出没するから、里も余所者を怪しむ。そのため園糸は里に入れず、仕事どころか宿にすらありつけなかったりする。

 国が荒れ政(まつりごと)が誤っているから、園糸のような者が出る。土匪にしても、軍が討伐すれば被害は減るんだが、その軍もロクに機能していない、どころか玉座争いで里を焼き払う始末。

 そこで国を立て直し再興しようとするのが李斎たちだ。しかし、今を生きるのが精いっぱいの園糸や朽銭らとは、目線がまったく違う。

 この目線の違いが、この作品では何度も繰り返される。私が最初に痛感したのが1巻の110頁、項梁が李斎と共に旅立つ場面。大きな目的に向かう者と、とりあえず今日の命をつなぐことに必死な者。けど、国が国として成り立つためには、どちらも必要なのだ。

 若い頃の私だったら、李斎たちに肩入れしただろう。でも今は園糸の気持ちが痛いほどよくわかる。いやもう、それでもヤケを起こさず、まっとうに生きてるだけで立派だよ、園糸。

 対して、組織に務める者の悲哀をしみじみ感じるのが、簒奪者である阿選側のパート。

 こちらは典型的な「お役所」を、更にデフォルメした感じに仕上がっている。いろいろと事情があって、各役人は、自分の周りの事しかわからない。上位の者の権限が必要になって、そう報告しても、やたら動きが鈍い。というか、全く動かない。でも命令は降ってくる。典型的な縦割り行政、または大企業病だ。

 あなた、そんな経験ありませんか? まさか中華風ファンタジイで勤め人の悲哀を実感するとはw そうか、スルーするには「聞いた」とだけ答えればいいのか←違う

 と、そんな風に、齢経て仕事や暮らしで経験を積んだオッサンオバサンだからこそ楽しめる場面がやたらと多いのだ。広い年齢層を対象とした新潮文庫に移籍してよかった、と思う最大の理由が、これ。

 とかの魅力に加え、道観だの神農だのと、国家とは別の次元で成り立つ組織や社会が見えてくるのも、この作品の面白いところ。なにせハイ・ファンタジイだ。この現実とは違う世界を、いかにもありそうに描き出すのも、こういった物語の欠かせない魅力の一つ。

 ここでは中華風ならではの特色が活きている。西洋風だと中央集権的な一枚岩の教会組織が牛耳りがちなんだが、中華風だと怪しげな宗派が乱立してても「さもありなん」と思えてくる。この組織の拡がり方・根の張り方が、当たり前ながら国家組織とは全く違う形で、作品世界をもう一段深くかつ強健にしている。こんな風に、世界の解像度が増してくるのも、ハイ・ファンタジイの魅力だろう。

 にしても、戴がコレなら、他の国もいろいろありそう…とか考えると、妄想が止まらなくなるから困るんだよな、こういう長期シリーズはw

 驍宗失踪の真相は? 王を失った戴の現状は? なぜ阿選は暴挙に出たのか? 角を失った戴麒は麒麟であり得るのか? そして戴麒と李斎の悲願は成るのか? 首を長くして待ったファンがやっと報われる、感動の巨編だ。

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