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2019年11月17日 (日)

高島雄哉「エンタングル:ガール」東京創元社

…わたしは夏を撮ることができたのだろうか。
  ――p9

人間の観測精度には上限がある。それは世界の原理なのだ。
  ――p55

「これって、主語が全部ロボットなんだよね」
  ――p126

そう、世界に謎があるんじゃなくて、世界はそれ自体が謎なんだ。謎がからまって世界を形づくっている。
  ――p163

「…お前はすげえよ、了子。また映画手伝うからさ、舞浜で待っててくれ」
  ――p228

「あたし、この世界を超えたいよ、守凪ちゃん」
  ――p241

【どんな本?】

 2006年放送のTVアニメ「ゼーガペイン」と、2016年の映画「ゼーガペインADP」の、同じ世界を舞台としたスピンオフ小説。

 舞台は少し未来の千葉県、舞浜。守凪了子は映画監督になりたい。中学生の頃から短編は撮っていた。役者は幼馴染の十凍京やその友人の冨貝啓に頼んだが、脚本や撮影や編集は自分ひとりでやってきた。だが、これからはチームで本格的に映画製作に取り組みたい。

 そう考えた了子は、舞浜南高校に入学してすぐ、映画研究部を訪れる。幸い三年で部長の河能亨が部室にいたが、返ってきたのは意外な言葉だった。

「きみは映画監督になれない」

 映画を愛する少女・守凪了子と、映画研究部の面々の目を通し、ゼーガペイン世界を語りなおす、SF青春群像劇。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2019年8月31日初版。単行本ソフトカバー縦一段組み本文約250頁に加え、あとがき5頁+花澤香菜の解説5頁。9ポイント43字×19行×250頁=約204,250字、400字詰め原稿用紙で約511枚。文庫なら普通の厚さの一冊分ぐらい。

 文章はこなれている。内容も難しくない。量子力学の用語が出てくるけど、実はかなり強引に屁理屈をつけてるので、分からなくても大きな問題はない。ただ、世界設定が重要で、ゼーガペインの設定を知らないと、終盤の印象が大きく違うだろう。また、映画が好きな人向けに、アチコチに仕掛けが施してある。

【感想は?】

 ああ、まぶしい。若さが、熱意が。

 出てくるガジェットは、間違いなく21世紀のSFだ。今より少しだけ進んだ未来が持つ輝きやワクワク感が、ちょっとした小道具から滲み出している。だが、それを使う人の姿は、ちょっと懐かしさが漂ってたり。そう、かの眉村卓が書いた学園ものを思わせる、爽やかで切なく、だがサスペンスが効いた青春群像劇だ。

 やはり主役の守凪了子がいい。今どき映画監督だ。Youtuber じゃない。この、ちょっと古臭い、でも敢えて王道をまっすぐに行こうとする、真面目だけど熱意のある姿勢が、オジサンにはやたら可愛い。と同時に、ダラダラと過ごしてしまった自分の高校時代を、「もったいないことしたなあ」などと悔やんでみたり。じゃ、やりなおしたいか、というと…

 まあいい。ゼーガペインは、守凪の幼馴染である十凍・上腕二頭筋・京を中心に物語が進んだ。サンライズらしいヒーローで、先頭を突っ走るタイプだ。本作の守凪は、ちょっと違う。何せ目指すは映画監督だ。チームを率いなきゃいけない。今まではほぼ独力でやってきたが、これからはチームを動かす必要がある。

 彼女が映画研究部のメンバーを集め、守凪組へとチームに仕立ててゆく過程も、目標へと向け成長しようとする彼女の若さがほとばしる。それを強く感じるのが、三年の飛山千帆を脚本家として引っ張る場面。千帆の卓越した才能は認めるものの、映画人としてはどうしても妬みを感じてしまう。そこをどう乗り越えるか。

 ここの記述はアッサリしているけど、守凪の納得の仕方に、彼女の若さをつくづく感じるのだ。自分の将来像をしっかりと持っていて、今後の己の成長を信じて疑わない姿勢。そうなんだよなあ、いいいなあ、若いって。

 その飛山千帆と因縁を抱えた二年の深谷天音は、ガジェット担当の理系少女。彼女の作るガジェット、特にドローンが、本作では大活躍する。言われてみれば確かに、ドローンの活用が進めば映画の撮影は大きく変わっていくだろう。それは単に様々なアングルで撮れるってだけじゃない。

 特に感心したのは、謎のDVDを巡り守凪と話し合う場面。ここでは、今後のドローン・カメラが克服すべき問題点の指摘に加え、ちょっとヤバさを抱えた可能性も示唆していたり。機能としては嬉しいんだが、そこを自動化するのが果たして良いのかどうか。でも執筆アプリは欲しいなあ。語彙に乏しい私には有難いことこの上ない。

 などの小技に感心しているうち、次第にゼーガペイン世界が物語に侵入してくる。ここで舌を巻いたのが、守凪が映画監督を目指すという、この作品の骨組みだ。守凪が映画を撮ることに、ゼーガペインならではの意味と強いメッセージが関わってくる。それも、幾つものレイヤーで。ヒトによる創作物であること、それが映画であること、映画製作は何人もが関わるチームであること、そしてそれを守凪が率いること。

 花澤香菜の解説も、彼女の肉声が聞こえるような生々しさがある。と同時に、ゼーガペイン世界の、苛烈なまでの厳しさを改めて突きつけてきて、そこで生き映画を撮ろうとする守凪の姿の眩しさが増す。そして脳裏に、あの傑作コピーが蘇るのだ。

消されるな、この想い
忘れるな、我が痛み

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