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2019年10月21日 (月)

コリン・エヴァンス「不完全犯罪ファイル2 最新科学捜査が挑んだ88の殺人・凶悪事件」明石書店 藤田真利子訳

全国火災データセンターが発表した数字によると、アメリカでは毎年ほぼ200万件の火災が起きている。そのうちおよそ1/4が故意の火災である。(略)放火の動機には通常三つの種類がある。保険金詐欺、復讐、窃盗や殺人など他の反抗の隠蔽である。
  ――放火

銃身を作るのに使われる工具は刻々と磨り減るので、どの銃にも同じ線条をつけるのは不可能である。
  ――弾道学

燃えるときに出すエネルギーは物によって違う。(略)その大きさの洗濯物が出すエネルギーを176キロワットと算出した。(略)炎の最大の高さを算出できる。この事例ではちょうど75cm(略)。しかし、衣類の山に(略)ガソリンをかければとたんに1300キロワットのエネルギーが生み出され、空中に4mの炎を吹き上げる。
  ――クレゴリー・ブラウンとダーリーン・バックナー事件

LE(弱火薬)に殺傷力を与えるのは容器なのだ。(略)最大の損傷を与えるのは秒速900mで外側に進行する衝撃波である。
TNT(トリニトロトルエン)、ダイナマイト、PETN(四硝酸ペンタエリトール)のような高性能爆薬は(略)爆発の速さは秒速6000mにものぼり…
  ――爆発物

復顔の技術には9000年以上の歴史があることを示す証拠がある。1953年にジェリコで発見された紀元前7500年の頭蓋骨は、石膏で肉付けされ、眼窩には貝殻がはめ込まれて目の代わりになっていた。
  ――復顔

「ヘレナがお墓の中から犯人を指差している」
  ――デイヴィッド・フレディアーニ事件

織物のいたんだ部分も繊維を落としやすい。たとえば、自動車が歩行者を轢いたとき、車体にはほぼ確実に衣服からの繊維がついている。
  ――毛髪と繊維

ヴァッサー大学文学部教授ドナルド・フォスター「人間はみな自分の言葉の囚人なのだ」
  ――シオドア・カジンスキー事件

指紋は別かもしれないが、拡大レンズは他の法医学の道具のなかで最も大勢の犯罪者を監獄に送り込んでいる。
  ――顕微鏡

シアン化水素の存在を臭いでわかるかどうかは遺伝的な能力で、40%の人だけに限られている。
  ――リチャード・オヴァートン事件

二人の試験者に(嘘発見器の)同一の結果を渡して解釈させると、(略)二人が正反対の結論を出すことがある。
  ――嘘発見器(ポリグラフ)

プロの殺し屋は、弾丸が貫通しないで被害者の体内に留まるように力を弱くした武器(弾丸)を選ぶということもある。
  ――ウドハム・シン事件

死体を探す典型的な方法は、T型の鉄の探り棒を持ち、地面に突き刺し、それを抜いて腐敗する肉の存在を示す匂いを嗅ぎ取る。
  ――クライド・スノウ

(科学者ジェームズ・)シューメーカーは(略)実験をしてみた。プロピオン酸の入っている血液を七つの研究所に送ってみたのである。おそろしいことに、三カ所までがそれをエチレングリコールと誤って判定した。
  ――パトリシア・ストーリングズ事件

歯の髄質は自然によって汚染されることがないため、最も豊かなDNA情報源となる。
  ――ダレン・ヴィカーズ事件

鋭錐石は自然の中に存在するが量は少なく、存在するのはぎざぎざの不規則な結晶の形である。
  ――ヴィンランドの地図事件

【どんな本?】

「不完全犯罪ファイル」の続編。

 銃で撃ち殺す。火で焼き殺す。ナイフで刺し殺す。ひもで絞め殺す。鈍器で殴り殺す。自動車で轢き殺す。毒を盛る。様々な殺し方があるが、犯人は何らかの形で被害者と接触する。そして接触すれば、どこかに痕跡を残す。

 血痕の形が分かれば、との時に被害者がどんな姿勢でどう動いたのかがわかる。銃創があれば、どんな角度でどれぐらいの距離で撃ったのかがわかる。指紋が決定的な証拠なのは、ミステリ・ファンでなくとも知っている。最近はDNA鑑定がこれに加わった。ひもや布も、繊維が残っていれば決定的な証拠となりうる。そればかりか、大量生産される工業製品さえ、根気よく調べれば「個性」が見つかる。

 物的証拠が犯人を突き止める決定的な証拠となった事件を多数紹介し、犯罪捜査における科学が果たす役割を明らかにするとともに、科学捜査の手法とその進歩に功績を残した人々を紹介し、科学捜査の歩みを記すミステリ・ファン必携の書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Murder Two : The Second Casebook of Forensic Detection, by Colin Evans, 2004。日本語版は2006年2月15日初版第1刷発行。単行本ハードカバー縦一段組み約519頁。9ポイント46字×18行×519頁=約429,732字、400字詰め原稿用紙で約1,075枚。文庫なら上下巻ぐらいの分量。

 文章はこなれていて読みやすい。内容もわかりやすい。というか、あまり科学の話は出てこない。内容の多くは事件の概要や捜査や裁判の話で、科学の話は1/4~1/5ぐらいか。やはり凶悪犯罪が中心なので、グロが苦手な人には向かないかも。

【構成は?】

 それぞれ4~6頁の独立した記事からなるので、気になった所から拾い読みしてもいい。〇がついた記事は、科学捜査に功績があった人や、科学捜査で使われる手法の紹介で、ついていない記事は事件の紹介。

  • 謝辞/序文
  • ジョン・アラン事件
  • ロウエル・エイモス事件
  • 〇法人類学
  • トロイ・アームストロング事件
  • 〇放火
  • フランク・アトウッド事件
  • 〇検死
  • 〇マイケル・ベイデン 1939~
  • 〇弾道学
  • ロイ・ベック・ジュニア事件
  • 〇アルフォンス・ベルティヨン 1853~1914
  • 〇血痕分析
  • イボリットとリディ・ド・ボカルメ事件
  • ブース・ディリンジャー事件
  • 〇脳指紋
  • アール・ブラムブレット事件
  • クレゴリー・ブラウンとダーリーン・バックナー事件
  • エドウィン・ブッシュ事件
  • ブライアン・カルザコルト事件
  • スデュアート・キャンベル事件
  • 〇フランシス・カンプス 1905~1972
  • サー・ロジャー・ケイスメント日記事件
  • 〇クロマトグラフィ
  • 〇ロバート・チャーチル 1886~1958
  • ハドン・クラーク事件
  • マーティン・コルウェル事件
  • 〇検視官
  • フレデリック・クロウ事件
  • ジェームズ・ロバート・クルス事件
  • ジョーン・カーリー事件
  • 〇DNA鑑定
  • ハワード・エルキンズ事件
  • フレデリック・エメット=ダン事件
  • 〇法昆虫学
  • 〇爆発物
  • 〇復顔
  • 〇指紋
  • ジェイク・フリーグル事件
  • デイヴィッド・フレディアーニ事件
  • テリー・ギブス事件
  • 〇ジョン・グレイスター 1892~1971
  • ジョージ・グリーン事件
  • 〇ハンス・グロス 1847~1915
  • ジョージ・グァルトニー事件
  • ジョン・ヘイ事件
  • 〇毛髪と繊維
  • ジェームズ・ハンラッティ事件
  • ルイス・ハリー事件
  • エリック・ヘイデン事件
  • スティーヴン・ヘフリン事件
  • 〇エドワード・O・ハインリヒ 1881~1953
  • 〇ミルトン・ヘルバーン 1902~1977
  • 〇サー・エドワード・ヘンリー 1850~1931
  • ウィリアム・A・ハイタワー事件
  • デイヴィッドとジョイ・フッカー事件
  • ウィルバー・ハワード事件
  • アイスマン事件
  • マーク・ジャーマン事件
  • 〇サー・アレック・ジェフリーズ 1950~
  • クレイトン・ジョンソン事件
  • ブライアン・モーリス・ジョーンズ事件
  • シオドア・カジンスキー事件
  • ジーン・カイデル事件
  • ロジャー・キビー事件
  • 〇ナイフの傷
  • 〇アレクサンドル・ラカサーニュ 1843~1924
  • カセム・ラシャール事件
  • マリー・ラファルジュ事件
  • アンジェロ・ジョン・ラマルカ事件
  • 〇ヘンリー・リー 1938~
  • エドワード・レオンスキー事件
  • 〇エドモン・ロカール 1877~1966
  • ジョージ・マッケイ事件
  • エルマー・マカーディ事件
  • デイヴィッド・マイヤーホファー事件
  • 〇顕微鏡
  • デイヴィッド・ミドルトン事件
  • ウォルター・リーロイ・ムーディ・ジュニア事件
  • モルモン遺言書事件
  • アール・モリス事件
  • ケヴィン・モリソン事件
  • 〇中性子放射化分析
  • 〇トーマス・ノグチ 1927~
  • 〇チャールズ・ノリス 1867~1935
  • 〇法歯学
  • リチャード・オヴァートン事件
  • スタンリー・パトレクとジョゼフ・ステブカ事件
  • ライザ・ベン事件
  • サムソン・ペレーラ事件
  • ペルシャ・ミイラ事件
  • チャーリー・フィリップス事件
  • フォーンマスターズ事件
  • 〇アラン・ピンカートン 1819~1884
  • ウィリアム・ポドモア事件
  • 〇嘘発見器(ポリグラフ)
  • エドモン・ド・ラ・ポムレ事件
  • 〇心理プロファイリング
  • 〇不審文書
  • デニス・ラーゾとスティ-ヴン・アッツォリーニ事件
  • ジェームズ・ロバートソン事件
  • キース・ローズ事件
  • ダーリー・ルーティエ事件
  • スティーヴン・シャー事件
  • ジョン・シュニーバーガー事件
  • 〇血清学
  • ロジャー・セヴァーズ事件
  • 〇キース・シンプソン 1907~1985
  • ポーラ・シムズ事件
  • ウドハム・シン事件
  • デヴフック・シヴリ事件
  • デニス・スモーリー事件
  • 〇サー・シドニー・スミス 1883~1969
  • 〇クライド・スノウ 1928~
  • ディモシー・スペンサー事件
  • 〇サー・バーナード・スピルズベリー 1877~1947
  • サー・リー・スタック襲撃事件
  • バーバラ・ステイガー事件
  • パトリシア・ストーリングズ事件
  • 〇ケニス・スターズ 1931~
  • 〇オーギュスト・アンブロワーズ・タルディユー 1818~1879
  • 〇チャールズ・アンソニー・テイラー 1885~1965
  • エリック・テツナー事件
  • シャルル=ルイ・テオバル事件
  • 〇死後経過時間
  • 〇毒物学
  • ジャック・ウンターヴェーガー事件
  • ヴィレム・ファン・リー事件
  • ダレン・ヴィカーズ事件
  • 〇フランソワ=ユ-ジェーヌ・ヴィドック事件 1775~1857
  • ヴィンランドの地図事件
  • 〇声紋
  • アルバート・ウォーカー事件
  • 〇デルバート・ウィード事件
  • 〇シリル・ウェクト 1931~
  • レイモンド・ホワイト事件
  • グスタフ・ウィルソン事件
  • ポール・ウルフ事件
  • ウィリアム・ザフ事件
  • 法医学の歩み/索引

【感想は?】

 事例としては、やはり殺人事件が多い。そのため、全体的に殺伐とした雰囲気が漂っている。

 まあ、仕方がないかな、とも思う。なにせ警察も忙しい。どの事件も、捜査にはやたら手間がかかってる。それは科学的な分析だけじゃない。現場から証拠物件を探したり、物件の製造・流通ルートを探ったり、そういった「足で調べる」類の捜査で、大勢の警官が動いている事例が多いからだ。

 だもんで、本書が扱うのも、いわゆる重大事件が中心となる。例えばハドン・クラーク事件では、ヘアブラシから見つかった、たった一本のかつらの繊維が、犯人を追い詰めてゆく。これを証拠とする科学の手法以上に、たった一本の繊維が重要な証拠となると見抜いた捜査員の手腕も凄い。

 髪といえば、ジョーン・カーリー事件も印象深い。ここでは髪の毛からタリウムを盛られた時期を特定した時期を明らかにする。

人間の髪の毛は毒による悪事の驚くべきバロメーターなのだ。人体内にある毒物は髪の毛の中に移動する。髪はかなり一定の割合で成長するので(およそ2.7日に1mm)、毒物がいつ摂取されたかをおおまかなグラフにすることができる。
  ――ジョーン・カーリー事件

 そんなワケで、髪は大事なのだ。私も残った少ない髪をせいぜい大切にしよう。ああ切ない。

 生物的な証拠としては、指紋とDNAが双璧だろう。他にも「死体につく虫が犯人を告げる」ではウジが活躍した。花粉が現場を示すこともある。死体を水中に捨てても…

顕微鏡検査によって、(被害者の体についていた)藻にははっきりと二つの世代があることがわかった。今年生えてきた新鮮な藻と、去年の死んだ藻である。つまり、死体は少なくとも18カ月は水中にあったということだ。
  ――ウィルバー・ハワード事件

 と、藻が死体の経歴を明らかにしたり。

 私が驚いたのは、大量生産の権化でもあるビニール袋にさえ、その気になれば「個性」を見つけられる、ということ。「ポーラ・シムズ事件」では、ビニールのゴミ袋からアシがついた。ゴミ袋は一日に100万mも作られ、どれもこれも同じように見える。だが、顕微鏡で調べれば、違いが見つかるのだ。コンクリートだって…

コンクリートは砂とセメントと水と骨材をいっしょにして型に入れて作られる。乾くと、その混合比によって独特のパターンができる。
  ――マーク・ジャーマン事件

 と、素材の比率を調べれば、出所は判ったり。

 全般的に殺伐とした事件が多い中で、息抜きになりそう、と思ったのがペルシャ・ミイラ事件。

「わたしはクセルクセス王の娘、ローデュギューネ」
  ――ペルシャ・ミイラ事件

 パキスタンのカラチで、紀元前五世紀のペルシャ帝国の王クセルクセス(→Wikipedia)の娘ローデュギューネのミイラが見つかった、なんて話だ。紀元前五世紀当時、ミイラ技術はエジプトにしかないはず。ミイラが本物なら、ペルシャにも技術が伝わっていたか、王女がエジプトで死んだかだ。いずれにせよ、歴史の通説は大きく揺らぐ。ところが…。

 物騒なネタが多い中で、こういった贋作事件は、やはり気分転換になる。中でも印象深いのが、モルモン遺言書事件だ。前の巻でも出てきた変わり者の大富豪ハワード・ヒューズは、亡き後も世間を騒がせる。遺産を巡り人々が騒ぎ駆けずり回る中、彼の自筆の遺言書がモルモン教の本部に届いたのだ。果たして…って、改めて読むと、かなりお粗末な手口だけどw

 偽造事件としては、ヴィンランドの地図事件の方がよほど洗練されている。時は1965年、1440年ごろに書かれたと思われる地図が見つかる。そこには大西洋西部にヴィニランダ・インスラことヴィンランドが書かれていた。用紙の仔牛皮紙は1434年ごろのもの、付属の文書は中世ラテン語。しかし…

 前巻同様、事件物として面白い記事が盛りだくさんだ。ただ、それぞれの事件のタイトルで、少し損をしているのも、前巻と同じ。例えばブース・ディリンジャー事件は、エイブラハム・リンカーン暗殺事件で使われた銃をめぐる話だし、シオドア・カジンスキー事件は、かの有名なユナボマーの記事だ。

 進歩の速い現代科学の世界で2004年の作品というのはいささか残念だが、それでも科学が犯罪捜査にどれほど役立つかは充分に伝わってくる。また、こういった手法が未発達な昔を想像すると、うすら寒い気分になるし、「検視官」のようにその懸念を裏付ける記事もある。「小さな塵の大きな不思議」とかを読むと、未来の犯罪捜査にまで妄想が広がって、眠れなくなったり。

 そこまで妄想を働かせなくとも、犯罪の事例集として野次馬根性で読んでも充分に楽しめるので、気軽に手に取ってみよう。

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