SFマガジン2019年12月号
「ここには自分の場所なんてないのよ」
――ブルース・スターリング「巣」小川隆訳「統和機構って、何だと思う?」
――上遠野浩平「総裁人間は計算しない」「聞いてないか? 昨日は史上初めて死者がゼロだったんだ」
――ピーター・トライアス「死亡猶予」中原尚哉訳
376頁の標準サイズ。
特集は三つ。「テッド・チャン『息吹』刊行記念特集」、「第七回ハヤカワSFコンテスト受賞作発表」、「小川隆追悼」。
小説は13本。
特集で5本。「第七回ハヤカワSFコンテスト受賞作発表」で優秀章と特別賞の二本の冒頭、春暮康一「オーラリメイカー」と葉月十夏「天象の檻」。「小川隆追悼」でブルース・スターリング「巣」小川隆訳。「テッド・チャン『息吹』刊行記念特集」で「オムファロス」大森望訳,「2059年なのに、金持ちの子にはやっぱり勝てない DNAをいじっても問題は解決しない」大森望訳。
連載は4本。椎名誠のニュートラル・コーナー「ズリズリをケトン膜で抽出した断剥種」,夢枕獏「小角の城」第56回,冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第27回,菅浩江「博物館惑星2 ルーキー 第9話 笑顔の写真」。
加えて読み切りが4本。ジーン・ウルフ「金色の都、遠くに在りて」後編 酒井昭伸訳,草上仁「嘘の藁」,上遠野浩平「総裁人間は計算しない」,ピーター・トライアス「死亡猶予」中原尚哉訳。
春暮康一「オーラリメイカー」。遠未来。恒星系アリスタルコスは異様だった。九つの惑星のうち四つは、公転面が60度以上も傾斜しており、質量は水星程度、しかも極端な楕円軌道で近日点と遠日点が他の惑星の軌道すれすれを通る。この不自然な星系は意図的に作られたと考え、製作者を仮に星系儀製作者、オーラリメイカーと名づけ、≪連合≫加盟種族のうち五種族が共同で探査に赴く。
オラフ・ステープルドンをベースに小松左京でダシを取りアーサー・C・クラークで和えデビッド・ブリンを添えたような、骨太で本格的な直球のSF。バラエティに富む五種族は知性化シリーズを、牙の場面はあの傑作カルトSF映画を、災厄が迫るあたりは小松左京を、そして稀有壮大な設定とタイトルからはオラフ・ステープルドンを思わせる。こういうのは大好きだ。早く続きが読みたい。
葉月十夏「天象の檻」。まもなくシャサは十五歳、成年の儀式を迎える。しかし彼女がアタの場から出かけているうちに、集落が襲われ、皆殺しになった。戻ってきたシャサが見つけたのは、同じくらいの年頃の少年ナギ。襲撃者ではないらしい。山の北、『暁』の者だという。二人で弔いを済ませたとき、老若男女が入り混じった大勢の者が近寄ってきた。
先の「オーラリメイカー」とは対照的に、古代の山がちな土地を舞台とした本格的なハイ・ファンタジイ。『暁』『蛇』『銀鱗』『巡礼団』などの部族、アタの場、識界、神人イナーなどの大きな仕掛けも魅力的だが、腰帯の文様など細かい所の作り込みも、力強く世界観を支えている。と同時に、冒頭から危機また危機が続くお話作りも巧い。
ブルース・スターリング「巣」小川隆訳。<投資者>の手引きで、<工作者>のサイモン・アフリール大尉博士は<群体>の<巣>に潜り込む。そこは小惑星の内部だ。<群体>は宇宙に進出してはいるが、道具もテクノロジーも持たない。何より、宇宙にでた種族としては唯一、基本的に知性を持たない種族なのだ。
看板の<機械主義者>vs<工作者>シリーズの一つ。メカを信奉する機械主義者、生体改造を進める工作者。この作品では工作者が主役を務め、異星人<群体>の巣に潜入する。この巣の中の描写が、なんともおぞましい。生態はアリみたいなんだが、それぞれの個体は地虫みたいな雰囲気ながらバラエティに富んでいて…。覚悟して読もう。
ジーン・ウルフ「金色の都、遠くに在りて」後編 酒井昭伸訳。夢の中では山脈を目指し旅を続けるビル。現実世界のビルは憧れのスー・サムナーとの関係は深まり、フットボールでは一年生ながらラインバッカーのポジションをかちとり、ダイナおばさんは若く美しくなる。
ますます異世界転生物の俺Tuee設定っぽい展開で、「え、ジーン・ウルフって、こういうの?」とか思ってたら、終盤で更に意味不明な方向に。すんません、誰か解説してください…って、直後に訳者の酒井昭伸の解説があるけど、やっぱりわからなかった。
椎名誠のニュートラル・コーナー「ズリズリをケトン膜で抽出した断剥種」。異様な惑星に残ったナグルスと市倉は、そこにあった総合研究所を訪れ、そこに滞在することにした。ベドレイエフ博士に差配人手伝いのランプを紹介され、彼に部屋へ案内される。ランプが言うには、人の出入りが多いとのことだが、ここを出てどこに行くというのか。
ランプは頭のてっぺんに光る電球がついているし、市倉の隣の部屋の者はひっきりなしに大きな声で喋っている。おまけにこの星の名前はインデギルカ。異様な星に異様な施設、そして異様な奴ら。まあ、もともと、ラクダの胎内で旅をする男なんて異様な設定で始まった話だけど、果たしてお話はどこに向かうのか。
冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第27回。一時的に<クインテット>を率いるバジルは、バロットとの戦闘からいったん撤退を始める。あわてて逃げるのではなく、傷つき動けぬ者を回収しながらの組織だった撤退だ。だが戦闘は終わらない。ストーンとアビーに合流したバロットに、次は<クインテット>に代わり<誓約の銃>が襲い掛かる。
登場人物一覧にボイルドの名があると、今でもドキリとする。<誓約の銃>はただの銃器ヲタクかと思いきや、やはりいましたエンハンサー。いいなあポリポッド。流行ってるレストランのランチタイムで働いたら引く手あまただぞ←違う 次のビートルは、まあ、なんというか、仮面ライダーV3あたりに出てきそうな。体勢的に射線は安定しそうな感じだけど。
上遠野浩平「総裁人間は計算しない」。川沿いの繁華街で飲みながら語る三人。交換人間のミナト・ローバイは明るく喋りまくり、つまらなそうに受け答えするのは監査部門のギノルタ・エージ,そして時おりミナトに絡まれては言葉に詰まるギノルタの部下デューポイント。話題は、製造人間ウトセラ・ムビョウに始まり、憎悪人間カーボンへの統和機構からの脱走へと移り…
陰険な奴ばかりが出てくるこのシリーズ、上の三人のうち誰かとサシで飲む羽目になったら、誰がいいかと考えたら、うーん。ミナトなら話は弾む、というか勝手にいろいろ喋ってくれそうだが、何を巻き上げられるかわかりゃしない。ギノルタ相手じゃ何を話しても尻つぼみで終わりそうだ。デューポイントなら上司の愚痴で盛り上がれるかもw
菅浩江「博物館惑星2 ルーキー 第9話 笑顔の写真」。<アフロディーテ>開設50周年企画の一つとして、ティティが企画をネジ込んできた。記録係の一人にジョルジュ・ペタンを採用しろ、と。銀塩写真にこだわる48歳のジョルジュは「笑顔の写真家」と呼ばれ、世界各地の人びとの笑顔を写真に収めてきた。代表作「太陽の光」はチリのマプチェ族の幼い男の子を撮ったもの。だが、今のジョルジュの表情は…
今回は前後編の前編のみ。お騒がせキャラクターのティティ、今回は軽い顔見せだけ。まあ面倒を持ち込んでは尻拭いを健に任せるあたりが、ティティらしいというか。冒頭から美術品闇取引やらクラッキングやらはぐれAIやらと物騒なネタや、「太陽の光」にまつわる怪しげなクレームなど、伏線バリバリ。にしても銀塩写真とは、面白いネタを見つけてきたなあ。
草上仁「嘘の藁」。4頁のショートショート。校内のいじめが原因とみられる、少年の自殺事件。少年の父親、学校の教師、いじめの加害者、少年にプリントを届けに行ったクラスメート、それぞれの証言はみな食い違い…。
テッド・チャン「オムファロス」大森望訳。考古学者のドロシーア・モレルは、講演会でシカゴーを訪れる。そこでいとこのローズマリーから妙な話を聞いた。博物館のギフトショップで、原始のアワビの貝殻を買った、と。今のところ、原始のアワビの貝殻が発見されたのは一か所しかない。
書き出しの「主よ」や「シカゴー」「モンゴリア」で「おや?」と思わせつつ、樹木の交差年代決定法や貝殻の成長輪など、至極まっとうな考古学の手法で安心させた後で、「どひゃあ!」な世界観をサラリと示す。が、この作品じゃ、それすら前菜なのが凄い。ある意味、科学は私たち人間を特権的な地位から「ありがちな生命現象」に引きずりおろし続けてきたんだよね。
同じくテッド・チャン「2059年なのに、金持ちの子にはやっぱり勝てない DNAをいじっても問題は解決しない」大森望訳。3頁の掌編。遺伝子平等化プロジェクト。遺伝子技術は発達したが、知力強化など高価な遺伝子操作は低所得層には手が届かない。そこで低所得層500組の子どもに知力強化を提供したが…
荻生田文科省大臣の「身の丈」発言が話題になっている現在の日本にとっては、あまりにタイミングが良すぎる作品。最近のノーベル賞といい、もしかしたら早川書房はタイムマシンを隠し持ってるんじゃないかと疑いたくなる。短いわりに中身はズッシリと重い作品。
ピーター・トライアス「死亡猶予」中原尚哉訳。バイロン・デュウェイはポータリストだ。黄泉ポータルで次元断層が発生し、現実で赤が消えた。次元断層を閉じるため三日三晩の連続勤務をこなしたバイロンは、友人のビビアンを引き取るため警察に行く。ビビアンはタチの悪いヒモに食いつかれているが、別れる気はないようだ。帰り際、交通事故を見た。負傷者は体が真っ二つなのに生きている。
書きたてでまたインクが渇いていないホカホカの原稿みたいな感触の作品。いやきっと著者も訳者も手書きじゃないだろうけど。ビビアンは日本でいう地下アイドルっぽい。これも Youtuber みたく過激化してるあたりが、著者らしい。さて、人が死ななくなったら、どうなるか。いや確かにそうなんだけど、巧いわw
新連載「SFの射程距離」、第1回は「思考のストッパーを外せ」として東京大学大学院情報学環教授の暦本純一。AI研究者にインタビューし、SF作品が現実の科学研究に与えた影響を探る企画。やっぱりSFを読んでる研究者って多いんだなあ。言われてみるとHAL9000の人型でない人工知能って発想は斬新だった。「現実世界が沈没しているときに“沈没した小説”は書けない」って、確かにね。
柿崎憲「SFファンに贈るWEB小説ガイド」第10回「来る!悪役令嬢ブーム!」。悪役令嬢って言葉は見かけるけど、何なのか分からなかったが、そうだったのか。ってんで「乙女ゲームの破滅フラグしかない悪役令嬢に転生してしまった…」を読み始めたら、これヤベェわ。一気にハマって数時間トリップしてしまった。
東茅子「NOVEL&SHORT STORY REVIEW」、今回は「今年の受賞作・注目作総まとめ」。キャサリン・M。バレンテ「スペースオペラ」が、すんごい面白そう。作品名がジャック・ヴァンスのアレとカブってるだけじゃなく、内容もちょいアレだし。私としては主人公?デシベル・ジョーンズにジョー・ウォルシュあたりを充てて楽しみたい。
なんと次号から神林長平の雪風シリーズと飛浩隆の廃園の天使シリーズが連載開始だあああぁぁぁっっっ!!!
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