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2019年10月23日 (水)

リリー・ブルックス=ダルトン「世界の終わりの天文台」創元海外SF叢書 佐田千織訳

「われわれは今を生きなくてはならないんだ」
  ――p74

彼がここにやってきたのは死ぬためだった。
  ――p88

彼が蓄積してきた地元の知識は、偶然知ったことばかりだった。
  ――p149

あなたの心はそこまで壊れていたのね
  ――p192

災害時に電波に乗って流れる情報を最初につかむのは、いつもアマチュア無線家だ。
  ――p220

【どんな本?】

 アメリカの新鋭作家リリー・ブルックス=ダルトンの小説デビュー作。

 近未来。木星探査船<アイテル>は木星圏でのミッションを無事に終え、地球への帰路についた。一年以上にわたる共同生活でも、クルー六人のチームワークは乱れず、熱心に職務に励む。だが、地球を目指す旅の途中、地球からの通信が途絶えた。技術者のサリーは通信の回復に努める。しかし、入ってくるのは木星圏に残した機器からのデータだけで、地球からの応答はない。

 オーガスティンは78歳の天文学者。人嫌いがこじれ、今は北極圏のバーボー天文台にいる。他の研究者や技術者たちはすべて去った。オーガスティンは一人で天文台を独占し、気の向くまま観測と研究を続ける…つもりだったが、意外な居候が現れる。八歳ぐらいの少女、ルーシーだ。去った者の子供かと思い無線で問い合わせたが、どこからも応答がない。

 家族を置き去りにして宇宙に進んだ女、人とのつながりを拒み極地へと向かった男。静かな風景の中で世界の終わりを描く、少し変わった終末物SF。

 SFマガジン編集部編「SFが読みたい!2019年版」のベストSF2018海外篇29位。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Good Morning, Midnight, by Lily Brookss-Dalton, 2016。日本語版は2018年1月12日初版。単行本ソフトカバー縦一段組み本文約260頁に加え、訳者あとがき3頁。9ポイント43字×20行×260頁=約223,600字、400字詰め原稿用紙で約559枚。文庫なら普通の厚さの一冊分。

 文章はこなれている。内容もわかりやすい。ごく稀に無線通信関係の用語が出てくるが、分からなければ無視して構わない。大切なのは登場人物の心の動きなので、理科が苦手な人でも大丈夫。敢えて言えば、太陽系の惑星の配置。地球から遠い順に木星→小惑星帯→火星→地球、となる。これさえ知っていれば、充分に楽しめる。

【感想は?】

 SFか、と言われると、ちとツラい。が、SFファンの心には鋭く突き刺さる作品だ。

 最初にハッキリさせておこう。人類滅亡の原因は最後まで明かされない。少なくとも核戦争ではないらしい。というのも、オーガスティンはホッキョクグマやシャコウウシやオオカミに出会うのだ。

 ただ、地上の誰もが重大な危機を予期しているのは、冒頭でハッキリと描いている。ここでは、天文台からの計画的な引き上げと、オーガスティンが強情を張って居残る場面がある。

 このオーガスティン、あまり主人公らしくないのが、この作品の大きな特徴だろう。人生の末期、78歳ってのもそうだが、性格もなかなかアレな人でw 最初は研究一筋の純粋な人かと思ったが、あ、いや、確かに研究が大好きな人ではあるんだが…。

 そういう意味だと、この作品はアンチSFとすら言えるほどのインパクトを持っている。孤高といえば聞こえはいいが、同僚の研究者からも持て余されているのが、冒頭でわかる。後に彼の過去が少しづつ明かされるに従い、彼がそうなってしまった経緯も呑み込めてくる。この辺までくると、とても他人事とは思えなくて、「ヤな奴だなあ」とは感じつつも、なぜか嫌いにはなれなかったり。いやあまし近くには居て欲しくないけどw

 そういった点では、グレゴリイ・ベンフォードや松崎有理とも違う視点での、研究者小説またはヲタク小説かもしれない。ただ、そのまなざしは、不器用な人間に深い理解を示しつつも、決して温かいだけのものじゃなかったり。もっとも、これはオーガスティンが住む、雪と氷に包まれた北極圏の風景がもたらす印象が混ざっているせいかも。

 というのも、冒頭の季節が春だからだ。太陽が昇らない長い冬が終わり、少しづつ日が差す春に、物語は始まる。その後、次第に日が長くなり、日が沈まぬ白夜の夏がやってくる。大気が温もりを取り戻すと共に、凍りついたオーガスティンの心も謎の少女アイリスによって揺らいでゆく。そんな彼の心の変化が、この作品の大きな読みどころ。

 もう一人の重要な人物は、宇宙飛行士の一人サリー。念願の木星圏探査船のクルーに選ばれ、木星圏でのミッションには成功したものの、帰路で地球との通信が途絶えてしまう。彼女もなかなかに複雑な環境で育ち、仕事はともかく家庭生活は順調とは言い難く…

 とまれ、こちらのパートだと、サリー自身より、彼女を含めたクルー全体の心の動きが、私には印象深かった。

 おそらく人類初である木星圏の有人探索だ。クルーは選び抜かれた優秀な人ばかり。熱望する冒険的なミッションに成功し、意気揚々と引き上げる…つもりが、地球からの返事はなしのつぶて。これがチームひとりひとりに、どんな影響を与えるか。

 実はサリーのパートだと、私はサリーより船長のハーパーが気になった。

 これが見事にオーガスティンと対照的な人で、選ばれるべくして選ばれたリーダーなんだな。プロフェッショナルな意識こそ共通しているものの、生まれも育ちも考え方も違う多国籍のメンバーを率い、通信途絶という危機にありながら、なんとかチームとして機能させようとする彼の努力は、涙ぐましくさえある。

 50年代のSFだったら、間違いなく彼が主人公になってサバイバル劇で大活躍していただろう。ここでも、背景となる舞台が大きな効果をもたらしている。

 人里離れているという点ではオーガスティンのいる北極圏と似ているが、こちらは板子一枚じゃなかった船殻を隔てた向こうは真空の宇宙。オーガスティンの周囲にはクマやオオカミが姿を見せるが、宇宙じゃ生命を思わせるものは何もなく、気配といえば木星圏からロボットが送ってくるデータだけ。

 宇宙にいるので家族や友人に会えない寂しさはあるが、ちょっと頭を回せばすぐそばに見慣れた、どころか息苦しいほどに見飽きたクルーがいる。それまでは明るい雰囲気だったのが、通信の途絶が長引くにつれ…。こっちのパートだと、別の事故で再び雰囲気が一変するところでニヤニヤしちゃったり。

 終末を迎えるなら、サリーとオーガスティン、どっちの立場に居たいだろうか。私はオーガスティンの方がいいなあ。

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