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2019年10月27日 (日)

モルデハイ・バルオン編著「イスラエル軍事史 終わりなき戦争の全貌」並木書房 滝川義人訳 1

1936~39年の戦争では、主にパレスチナゲリラと英軍が戦った。
  ――第1章 アラブの反乱

【どんな本?】

 1948年に戦火の中で生まれ、以来ずっと紛争が続き、今なおパレスチナやヒズボラそしてシリアとの衝突が続くイスラエル。かつての中東戦争では華々しい勝利を続け無敵と目されたイスラエル国防軍だが、最近ではハマスやヒズボラなどを相手とした非対称戦で苦戦しているように見える。

 本書はイスラエル建国前の「アラブの反乱」から2003年までの防盾作戦までの戦いを、主にイスラエルの視点から軍事を中心に外交や政治も含めて扱い、中東問題の全体像を示そうとするものである。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Never-Ending Conflict : A Guide to Israeli Millitary History, Edited by Mordechai Bar-On, 2004。日本語版は2017年2月20日発行。単行本ソフトカバー縦二段組み本文約405頁に加え、訳者による「その後の『イスラエル軍事史』」が豪華16頁。10ポイント23字×19行×2段×405頁=約353,970字、400字詰め原稿用紙で約885枚。文庫なら上下巻ぐらいの文字数。

 文章は比較的にこなれている。が、章により著者が違うため、わかりやすさはマチマチ。例えば「第2章 1948年のアラブ・イスラエル戦争」は歴史的な全体像がスッキリ見える半面、戦闘の経緯はバッサリ省いている。逆に「第4章 シナイ戦」では「セーブル協定」が出てくるが、その内容の説明はない。

 それと、戦場地図が随所に出てくるので、栞をたくさん用意しておこう。

【構成は?】

 各章は独立しているので、気になった所だけを拾い読みしてもいい。

  • 序文 終わりなき紛争の着地点 モルデハイ・バルオン
  • 第1章 アラブの反乱 1936~39年 イガル・エヤル
  • 第一段階
  • 第二段階
  • 第三段階
  • 第四段階
  • 第五段階
  • 最終段階
  • まとめ
  • 第2章 1948年のアラブ・イスラエル戦争 ヨアヴ・ゲルバー
  • パンドラの箱
  • 戦争史観
  • 歴史修正学派の調査研究
  • パレスチナ・ユダヤ戦争
  • アラブ正規軍の侵攻
  • 両者の戦力比
  • 難民問題の浮上
  • 存在しなかった共同謀議
  • 未解決の四つの問題
  • 第3章 休戦期の戦争 1949~1956年 ダビッド・タル
  • 1948年戦争後の安全保障観
  • 越境潜入者との闘い
  • 対応方法の形成
  • イスラエル・エジプト休戦ラインの緊張
  • まとめ
  • 第4章 シナイ戦争 1956年 モッティ・ゴラニ
  • 「顧みて不満」
  • 「仏軍とは低姿勢を保ち、英軍の視界から消えよ」
  • 航空協力 あいつらは謝り方も知らない
  • 海上協力の実態
  • スエズ運河域での仏イ共同作戦準備
  • イギリスとイスラエル 敵意にみちた協調関係
  • まとめ
  • 第5章 水資源戦争 1960年代 アミ・グルスカ
  • 水をめぐる紛争の根源
  • 1950年代の水資源戦争
  • イスラエルの“全国配水網計画”
  • アラブの“流域変更計画”
  • シリアとの対決
  • 水資源戦争の覚悟
  • 流域変更の波紋 1966年7月~8月
  • 戦争への道
  • まとめ
  • 第6章 六日戦争 ミハエル(マイケル)・オレン
  • 戦いの始まり
  • 戦争への道
  • 開戦初日
  • 戦闘二日目
  • 戦闘三日目
  • 戦闘四日目
  • 戦闘五日目
  • 戦闘六日目
  • 戦争が残したもの
  • 第7章 消耗戦争 1969~1970年 ダン・シュフタン
  • ナセルの“最後の戦い”
  • ナセル時代とポスト1967年のジレンマ
  • 消耗戦争の構想
  • 思い通りにいかない戦争
  • ポスト・ナセル時代のサダト
  • 現代史の中の“忘れられた戦争”
  • 第8章 ヨムキプール戦争 シモン・ゴラン
  • 開戦前
  • 双方の戦力と配置
  • 現役部隊による持久戦と予備役の動員
  • 反撃戦 10月8日
  • 反撃と防勢戦闘の継続 10月9~10日
  • 北部正面の攻勢、南部正面の防勢 10月11~15日
  • 政治正面
  • スエズ運河西岸の橋頭堡構築と強化 10月16~18日
  • 運河西岸地域突破戦と北部正面におけるヘルモン山奪回戦 10月19~22日
  • 第三軍の包囲 10月22~4日
  • ヨムキプール戦争がもたらしたもの
  • 第9章 不正規戦 1960~1985年 ベニー・ミハエルソン
  • PLOとの戦い
  • ファタハの勃興 1965~67年
  • 消耗戦争 1967~73年
  • 1969年3月~70年8月 ヨルダン内戦
  • 1970年9月~73年10月 レバノン基地化
  • 1973~1982年 北部へ移った戦争
  • 1982年9月~83年8月 シーア派の台頭
  • 1983年9月~84年8月 レバノン占領地の管理強化
  • 1984年9月~85年6月 撤収
  • 第10章 ガラリヤ平和戦争 1982年 エヤル・ジッサー
  • 選択肢としての戦争と選択肢なき戦争
  • ガラリヤ平和戦争のルーツ
  • ガラリヤ平和戦争の推移
  • マロン派との同盟 折れた葦
  • まとめ 戦争の遺産
  • 第11章 パレスチナのインティファダ 1987~1991年 ルーベン・アロハニ
  • パレスチナ紛争史
  • インティファダ勃興の経過
  • 第12章 防盾作戦 イスラエル・パレスチナ紛争2000~2003年 シャウル・シャイ
  • エルアクサ・インティファダ
  • 9.11テロ事件とイスラエル・パレスチナ紛争
  • 防盾作戦の発動から2002年9月まで
  • パレスチナ自治政府の改革
  • 紛争解決に向けたアメリカの新たなプラン
  • 「訳者あとがき」に代えて その後の『イスラエル軍事史』 滝川義人
  • 脚注/執筆者

【感想は?】

 今はまだ第4章までしか読んでいないが、そこまでだと。

 中東問題に興味があるなら、「第2章 1948年のアラブ・イスラエル戦争」はぜひ読もう。とても分かりやすく、対立の構造とイスラエル・アラブ・パレスチナそれぞれの認識の食い違いを示している。

 この章では、独立戦争(第一次中東戦争、→Wikipedia)を扱う。イスラエル建国の直前にパレスチナ人を中心とした義勇兵が蜂起し、続いて建国と同時にエジプト・シリア・ヨルダンなどアラブ諸国が攻め込んだ戦いだ。この章では、軍事的な話はほとんど出ない。軍事研究家というより歴史家の視点で、衝突までの経緯と、戦後から現在に至るまでのアラブ・イスラエル双方の歴史認識の話が中心だ。

 ここでいきなり、私は思い込みを覆された。それまでの私の認識は、「おおエルサレム!」で刷り込まれたものだ。いささかイスラエル国防軍を美化した、イスラエル贔屓のものだった。装備と兵力に勝るアラブに対し、少数のイスラエル軍が善戦した、そんな物語である。これを、著者はアッサリとひっくり返す。

戦力比を詳しく調査すると、1948年戦争のほぼ全期間を通して、兵力、装備、兵站能力、組織力のいずれをとっても、ユダヤ人側がまさっていたことがわかる。
  ――第2章 1948年のアラブ・イスラエル戦争

 総合的な戦力では、イスラエルが優っていたのだ。組織力にしても、イスラエルは自警組織ハガナを中心として外敵に備えていたのに対し、アラブ諸国の軍は「政権護持を主任務とし、国内の反乱に備えた存在である」。内乱を抑えるための組織で、他国と戦う体制は整っていなかったのだ。しかも指導者たちは…

指導者はその(国内世論の)圧力にさらされて、いやいやながらパレスチナ侵攻を決めるのである。
  ――第2章 1948年のアラブ・イスラエル戦争

 と、あましヤル気はなかったらしい。実際、エジプトのファルーク王は、この後でナセルらに国を叩きだされてるしなあ。困ったことに、この戦争が、現在まで続くアラブとイスラエルの歴史観の違いとなり、またパレスチナ難民などの問題も生み出してしまう。

20世紀に勃発したほかの戦争と違って、1948年の戦争はまだ終結していない。
  ――第2章 1948年のアラブ・イスラエル戦争

 この章では、イスラエル・アラブ双方の歴史観も扱っていて、ここがとってもエキサイティング。イスラエル国内でも様々な派閥があって、先の私みたいな人もいれば、イギリス悪役説・ソ連の支援のお陰説とかもある。まあ言論の自由があれば、自然とそうなるんだろう。

 対してアラブ側の歴史認識は、資料の公開が進まないこともあり、ある意味単調である意味バラエティに富んでいる。

アラブの研究者は、現実の過程を知ろうとしない。(略)誰が(倫理的に)正しいのか、どちらの主張が不法なのかを追求する。
  ――第2章 1948年のアラブ・イスラエル戦争

 共通してるのは、「イスラエルが悪い」「国際世論はイスラエルを贔屓した」「他国の干渉がなきゃ俺たちが勝った」あたり。加えて「俺は悪くない」が入る。これがバラエティの源で、「俺」が人により違うから。シリア・ヨルダン・エジプト・パレスチナそれぞれが、「俺は正しい」と言い張り、「お前が悪い」と「罪の投げ合いに終始していた」。

 なんともレべルの低い話だとは思うが、日本人が語る太平洋戦争論でも、陸軍悪玉論・海軍悪玉論・マスコミ悪玉論があるし、酷いのになるとアメリカの陰謀なんて説まであるわけで、あまし笑ってばかりもいられない。

ちなみに私はイアン・トールの説に近い。大日本帝国としての統一した外交・軍事政策はなく、陸海軍や各省庁が、それぞれ勝手に「やったモン勝ち」を続けたところ、他国からは領土拡張の暴走にしか見えず、ハブられ追い込まれて戦争以外の道を断たれた、そんな感じです。

 この章ではもう一つ、今も続くパレスチナ難民の原因もわかりやすく説明している。国家観・戦争観の違いだ。

 戦争が始まる前から、パレスチナ人は雪崩を打って逃げ出した。あまりの逃げ足の速さに、イスラエルはパレスチナ指導部の陰謀じゃないかと疑ったほどだ。確かにパレスチナの村人は虐殺を恐れた。イスラエルがハガナを中心に村を守る体制を整えていたのに対し、パレスチナ側は無政府状態で、誰も守ってくれないし。だが、それ以上に、逃げることの意味が違っていたのだ。

 逃げた人々は、停戦や休戦の際に、自分の家へ帰ろうとした。彼らは引っ越したのではなく、一時的に避難しただけなのだ。中東の常識だと、戦争は台風や津波と同じ天災みたいなモノらしい。過ぎ去れば元に戻って今までの暮らしを続けるつもりだった。だから、アッサリと村から出て行ったのだ。

 だが欧州の常識だと、そうはいかない。この点は日本も欧州に近い。敗戦後、多くの日本人が満州や朝鮮から引き揚げた。戦争に負け、敵国の領土となった土地から出て行った者は、他の土地で暮らしを立て直す。勝者は奪った領土に入植する。イスラエルは、そう考えて、出て行ったパレスチナ人の土地を我が物にした。

 なぜパレスチナ難民が生まれたのか、これでスルスルと頭に入ってくる。国境をハッキリと定め、その隅々まで行政組織が把握する中央集権国家と、地域ごとの有力者の連合体にすぎず、地域ごとの自治権が強い中世的・封建的な国家との、国境観・国家観の違いが、パレスチナ難民を生み出してしまったのだ。

もっとも、その後のアラブ諸国のパレスチナ難民や国内のユダヤ人に対する扱いは、双方の美味しい所どりを狙った非情かつ冷酷なものだと私は思う。国内のユダヤ人は欧州風に叩きだし、パレスチナ人は中東風に難民扱いってのは、ちと身勝手が過ぎるんじゃないの? おまけに政府も軍も中央集権型で、クルドなど地方の自治は認めないし。

 などと「第2章 1948年のアラブ・イスラエル戦争」だけでダラダラと書いてしまったが、それだけこの章が面白くてエキサイティングなんだからしょうがない。文句は著者のヨアヴ・ゲルバーに言ってほしい。などと責任転嫁しつつ、次の記事に続く。

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