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2019年10月 1日 (火)

菅浩江「不見の月 博物館惑星Ⅱ」早川書房

「どんな方式を使おうが、あなたはメインを褒めないでしょうよ。(略)自分は細かいところまで<見えている>と主張したいだけだわ」
  ――お開きはまだ

「また一つ、いい傷ができたな」
  ――手回しオルガン

<アフロディーテ>職員拘束事件は、それから四時間続いた。
  ――オパールと詐欺師

「あら、使っているうちに判ってくる特色だってあるし、パフォーマンスしながら見えてくるコンセプトだって大事な」
  ――白鳥広場にて

「うーん。判った。すぐには判らないということが判った」
  ――不見の月

【どんな本?】

 地球と月のラグランジュ・ポイント3に浮かぶ、オーストラリア大陸ほどの表面積を持つ小惑星<アフロディーテ>は、天体まるごとが巨大な博物館だ。大きく三部門、音楽・舞台・文芸全般の<ミューズ>、絵画と工芸の<アテナ>、動植物の<デメテル>に分かれ、加えて<アポロン>が三部門の調停を担う。いずれも学芸員は独特のインタフェースでデータベースを使える。

 兵頭健は国際警察機構内の組織VWAに所属する新人警備員だ。今は<アフロディーテ>で勤務につきながら、新型の犯罪捜査用データベース・インタフェース<ディケ>の教育係も務めている。<アフロディーテ>側から相方としてあてがわれたのは、<アポロン>所属の新人、尚美・シャハム。職務には熱心だが兵頭には悪態ばかりの尚美を持て余しつつ、健は警備に務めるのだが…

 星雲賞受賞作「博物館惑星 永遠の森」と同じ舞台ながら、主な登場人物をルーキーに変えて語る、期待の続編。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2019年4月25日発行。単行本ハードカバー縦一段組み本文約286頁に加え、あとがき1頁。9ポイント43字×20行×286頁=約245,960字、400字詰め原稿用紙で約615枚。文庫本なら少し厚い一冊分。

 文章はこなれていて読みやすい。SFだし、コッソリ最新の科学や先端技術の成果を取り入れているが、ソコはマニア向けのイースターエッグみないなモノなので、分からなくても問題ない。それより、舞台や映画や絵画など、何かを創作したり、鑑賞して感動した経験の方が大事です。とはいえ、ソコも語り手を素人の兵頭健とすることで、グッと分かりやすくなっている。

【収録作は?】

 それぞれ 作品名 / 初出。

黒い四角形 / SFマガジン2017年2月号
 中規模美術館<ペイディアス>の展示「インタラクティブ・アートの世界」の目玉は、二人の有名クリエイターだ。ベテランの楊偉と、彼を崇める若手ショーン・ルース。警備の兵頭健が気になるのは、ショーンのマネージャー、マリオ・リッツォだ。ショーンを売り込むためなら手段を選ばない。今回も無茶を吹っかけてきた。ショーンの作品をメインに据えろ、と。
 肝心の『黒い四角形』は、その名のとおり白い地に真っ黒な正方形を描いたもの。振動を感知し、何らかのタイミングで崩れ落ちる。こういうの、子供が喜びそうだなあ。何かが崩れるのって、妙に心地いいんだよね。昔、爆竹の上に使用済みのマッチ棒を山と載せ、爆発させて遊んだなあ。若者を見守るベテランの目線が心地いい。
お開きはまだ / SFマガジン2018年4月号
 ミュージカル『月と皇帝』の初演を目前にして、兵頭健が気になるのはアイリス・キャメロンだ。若く盲目ながら辛口のミュージカル評論家として名をはせている。特にメインに対し厳しい彼女の評は多くの反感を買い、脅迫状も頻繁に届く。アイリスの武器は Relief aquare、両手に握った浮き彫り画像で失った視覚を補う。その Relief square がバージョン・アップし…
 こんなブログをやってる私には、アイリスに食ってかかるヘレナの台詞がグサグサ突き刺さる。ついついやっちゃうんだよな、「賢い僕ちゃんこんな細かい所までわかってるもんね」的な書評。なるたけ「こういう所も面白いんだよ」的に書きたいんだけど、なかなか。全力で楽しんじゃうと、没頭しちゃって書評どころじゃなくなるし。
手回しオルガン / SFマガジン2018年6月号
 「新天地」は、<アフロディーテ>初期に、手回しオルガンの少年奏者を描いた作品だ。作者はピエール・ファロ。これが話題を呼び、奏者のエミリオ・サバーニも客が増えた。今はエミリオも歳を取り、演奏は若いバックパッカーのアンディ・ジブソンに任せている。肝心のオルガンはシュナイダー&ブルーダー社製の逸品だが、今は塗装も剥げアチコチにガタが来ている。
 広島の原爆ドームは、やたら保存が難しいと聞く。きれいに再建しちゃったら台無しだから、崩れた姿のまま維持しなきゃいけない。ロリー・ギャラガーのストラトキャスターも、塗りなおしたらファンが怒り狂うだろう。もちろん、私も。かといって、塗装が剥げたままじゃボディも痛む。どないせえちゅうねん…と思ったら、禿げた感じの塗装でレプリカを作ってる(→Fender)w 使ってこそ楽器とは思うが、そこに物語が貼りつくと、難しい所。また、手回しオルガンの音を表すオノマトペもやたら楽しい。
オパールと詐欺師 / SFマガジン2018年8月号
 ライオネル・ゴールドバーグは山師だ。世界中を掘りあさり宝石の鉱脈を探している。八年前、<アフロディーテ>は彼から依頼を受けた。仔犬の乳歯をオパール化してくれ、と。やっと完成し、受け取りに来るのはいいが、彼の相棒が問題だ。今はカスペル・キッケルトと名乗っているが、元はクルト・ファン・デン・ラック、かつて別件でオパールをだまし取った前科がある。
 宝石というのは奇妙なもので。採掘の現場は、むさくるしい汗だくの野郎どもが、泥にまみれて地面を掘ってる。ところが商品になると、ベルベットをあしらった小箱に入り、清潔で着飾ったご婦人がご鑑賞なさる。その生成や鑑定の過程では、科学者や技術者が最新の技術を駆使した機器を使ってたり。まあ、商品なんてたいていそんなモンだけど。とかはともかく、終盤、ライオネルがポーズを取ってからの、たたみかけるような展開がスピーディかつダイナミックで実に楽しい。
白鳥広場にて / SFマガジン2018年10月号
 兵頭健は、白鳥広場の展示物「Satu sama lain」を見守る。ワヒドの作品だ。素材は<自律粘土>、観客が押したり引いたり何かを埋め込んだりして刺激を与え、専用の人工知能が学習して色や形や肌触りも変えてゆく。どんな形になるのか、作者のワヒドにも予測できない。だが健が考えているのは別のことだ。人に覆いかぶさったり、長い突起が折れたりしたら、危ないじゃないか。誰かが怪我したらどうする。
 警備員の苦労が伝わってくる作品。気まぐれなアーティストに付き合わされるのは、そりゃシンドかろうなあ。おまけに今回は、あのネネすら押し返すティティ・サンダースまで乱入するんだから、健の心労はどれほどかw どうでもいいが、私はオールナイトで観た映画「ウッドストック」を思い出した。途中で寝ちゃって、起きた時は会場のゴミを片付ける場面になってた。
不見の月 / SFマガジン2019年2月号
 宿泊客が襲われた。被害者は吉村亜希穂、50代の女性、亡きイラストレーター吉村輔の長女。被疑者は男二人、うち一人は既に確保した。吉村輔は次女の華寿穂を可愛がり、彼女の死後はそれをしのんでか「不見の月」という22枚のシリーズを描いた。亜希穂がアフロディーテに来た目的は、「不見の月」の一つ#18の鑑定。賊の狙いは、その絵らしい。
 ちょっと前に長年使っていたモニタを新しいのに変えて、色温度の違いに驚いた身としては、「プロはそうくるかー」と参った。スマートフォンとかは、変化の激しい環境で使われるんで、調整も大変だよなあ。肝心のネタ、私が亜希穂の立場なら、更に怒り狂う気がする。にしても、相変わらず天然は最強だなあ。

 前の「永遠の森」がキッチリ構成した重厚な交響曲なら、今回のは思わず踊りだすビッグバンド・ジャズの雰囲気かな。主人公が気苦労の多い孝弘から、若い新人の兵頭健と尚美・シャハムに変わったことで、お話にも勢いが出てる気がする。何より、野暮天の私には、視点が素人の兵頭健なのがありがたい。加えて嬉しいのが、あとがきのコレ。

この続きは<SFマガジン>で連載中です。
  ――あとがき

 やっぱり連載だったのか。続きを待ってます。

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