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2019年9月17日 (火)

ルーシャス・シェパード「竜のグリオールに絵を描いた男」竹書房文庫 内田昌行訳

「グリオールの体に絵を描いているようなふりをして作業を進め、その胴を真実の光景で美しく飾るいっぽうで、やつに絵の具という毒をあたえ続けるのです」
  ――竜のグリオールに絵を描いた男

「あなたは彼をなんだと思っているのです?」(略)「神ではないとでも言うのですか?」
  ――鱗狩人の美しき娘

「その偉大な務めはグリオールに関係しているのでしょうね」
老女は肩をすくめた。「あらゆることがそうですから」
  ――ファーザー・オブ・ストーンズ

「これまでの人生が空虚だったせいで、あなたはわたしが何か達成感をあたえてくれると期待している。あなたが戻ってくるのはそれを望んでいるから。ふたりが進むべき道に、あなたとわたしがすでに足を踏み出しているから」
  ――嘘つきの館

【どんな本?】

 アメリカのSF/ファンタジイ作家ルーシャス・シェパードが遺した多くの作品の中から、「竜のグリオール」のシリーズ四編を選んで編んだ作品集。

 グリオールは巨大な竜だ。何世紀も生き、鼻づらから尾の先までは千八百メートルにも及ぶ。グリオールはカーボネイルス・ヴァリー一帯を支配し、住民たちを操っていた。あるとき、魔法使いがグリオールと戦った。グリオールの心臓は止まり呼吸も途絶えたが、命は奪えなかった。

 今、グリオールは巨大な体を谷に伏し、全く動かない。だが今なお谷の住民たちに影響を及ぼしていると言われる。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2018年9月6日初版第1刷。文庫本で縦一段組み本文約390頁に加え、おおしまゆたかの解説が豪華25頁。8.5ポイント41字×17行×390頁=約271,830字、400字詰め原稿用紙で約680枚。文庫本ではやや厚め。

 文章はこなれていて読みやすい。内容も特に難しくない。ただし、竜のイメージは大事かも。日本や中国の龍は聖なる獣みたいな印象があるが、グリオールは違う。底知れぬ邪悪さを秘め、賢いが賢明というより狡猾という感じ。それと単位がフィートなのがちと辛いかも。1フィートは約30cm、1マイルは約1.6km。

【収録作は?】

 それぞれ 作品名 / 原題。

竜のグリオールに絵を描いた男 / The Man Who Painted the Dragon Griaule
 谷はグリオールの殺害に報奨金をかけた。何百もの計画がたてられたが、みな失敗した。そして1853年、メリック・キャタネイが現れる。若者が持ち込んだ案はこうだ。グリオールに絵を描き、絵の具の毒で竜を殺す。提案は受け入れられ、作業が始まった。
 グリオールの巨大さに呆れてしまう作品。全長1.8km、高さ200m越えって、そりゃ生物というよりもはや地形だ。実際、絵を描く作業も、創作というより土木工事だし。そんな巨大な生物だけに、一つの独特な生態系を形作っているのも楽しい。こういった所は、映画「パシフィック・リム」のカイジュウを思い出したり。
鱗狩人の美しき娘 / The Scalehunter's Beautiful Daughter
 グリオールの鱗は薬として珍重される。男やもめのライオルは鱗狩人だ。谷の者は鱗狩人をのけ者にする。グリオールが鱗狩人を好まず、それが谷の者に影響しているからだ。ライオネルの娘キャサリンは妻の命とひきかえに生まれた。彼はキャサリンをグリオールの鱗の上で育てた。キャサリンは美しく育ち、何人もの男たちの間を飛び回った。だが…
 前作で少しだけ出てきたグリオールの生態系を、じっくりと味わえる作品。ドラゴンが火を噴くメカニズムにまで、ちゃんと理屈をつけてるのも楽しい。
 なにせ一つの環境、しかも竜なんぞという異様な生き物を中心とした世界だけに、そこに住む生物もなかなかに異様でおぞましい。狩猟隊の場面の迫力と気色悪さは半端ない。それに輪をかけて怖いのが、蔓草のシーン。いかにもグリオール生態系にふさわしく、この世界とは異なる「何か」を感じる。
 冒頭からグリオールとの強く結びついている様子のキャサリンが、終盤で己の運命を悟る所では、グリオールの底知れなさがジンワリと伝わってくる。動けないとはいえ、やはり竜は竜、しかも齢経た竜ともなれば…
ファーザー・オブ・ストーンズ / TheFather of Stones
ポート・シャンティの<竜の宮殿>で、僧侶マルド・ゼマイルが殺される。宮殿の門前にいた宝石研磨工ウィリアム・レイモスが捕まった。レイモスの娘ミリエルも、宮殿で見つかる。薬で麻痺状態になり、裸で祭壇に横たわっていた。凶器は始祖の石、グリオールの天産物と言われている。弁護士アダム・コロレイはレイモスと面会するが、レイモスは投げやりにグリオールのせいだ、と主張するだけ。
 グリオールの支配下にある谷を離れ、警察や法廷が機能している町ポート・シャンティで展開する法廷劇。主な視点が、弁護士のアダム・コロレイなのが巧い。貧しい育ちから理想を求めて身を立て、若いながらも頼りがいのある弁護士となった…が、経験を積むに従い現実を思い知り、今は少々疲れ気味。いい人なんだけど、やや燃え尽き気味なのだ。
 この構成が、物語が進むにつれボディブローのようにジワジワと効いてくる。最も邪悪で狡猾なのは、いったい何者なのか。グリオールなのか、彼らなのか、はたまた世界そのものなのか。
 「医者と弁護士には何も隠すな」とは言うが、この話の登場人物の言葉は、みんな信用できないのが凄い。肝心のレイモスは押し黙ったままだし、ミリエルも腹に一物ありそうだ。殺されたゼマイルも、調べが進むにつれ、ロクでもない目論見を持ってた事が明らかになる。
 この邪悪さはグリオールの影響なのか、もしくは人の正体なのか。少なくとも、こんな物語を書ける著者が極めて狡猾なのは間違いない。
嘘つきの館 / Liar's House
 ポート・シャンティの港長の馬車が、女を轢き殺した。女は荷役のホタ・コティブの妻だった。逆上したホタは港長とそのふたりの息子を殺して金目の物を奪い、逃げる際に使用人や警官も殺し、テオシンテに逃げ込む。この集落はグリオールに近く、無法者の巣だ。ホタは宿屋<竜木館>別名<嘘つきの館>に住み着く。42歳になったホタは、グリオールの近くを飛ぶ十数mの竜を見て、それを追うが…
 オッサンが若く美しい竜の娘に出会う話。おお、ファンタジイの王道だねえ、なんて思ったらとんでもない。いやこれまでの話を読めば、綺麗なロマンスにはならないだろうってのは想像がつくけどw
 なにせ若い竜の娘マガリの性格が、いかにも竜だし。口を開けば「肉」。まあ、竜だしなあ。やっぱり肉食なんだねえ。他にも、特に終盤で描かれる竜の生態が、実に生々しくて迫力に満ちている。この辺が、ファンタジイだけでなくSFファンも惹きつける魅力なんだろう。姿はヒトに似せていても、やはり根本的に違ういにしえの生き物なんだ、と伝わってくる。
 それほど異なった生き物であるにも関わらず、マガリと暮らすうちに、いろいろと変わってくるホタが切ない。だが、所詮はヒト、グリオールの企みはもっと老獪で…

 こうやって改めて感想を書いてみると、このシリーズはやっぱりグリオールの魅力が光ってる。いや光るというより、邪悪な霧が密かに忍び寄ってくる感じなんだけど。また、一種のファースト・コンタクト物としての魅力もある。つまり、グリオールは、ヒトとはまったく異なった思考方法で、独自の目的を持ち、極めて賢いながらも絶望的にコミュニケーションが取れない生物なのだ。しかも、その能力もまた計り知れない。知性はあるようだが、ヒトとは全く異なる働きをするみたいだし。あまし読み込むと、グリオールに魅入られそうな気さえしてきて、ちょっとした恐怖も味わえる、SFともファンタジイともホラーとも分類不能な、不気味で異形の物語だ。

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